ブルーアーカイブ~Wish of Blue Devil~ 作:ロキシード
裂け目に入った瞬間、バージルの体に浮遊感が。上下左右の間隔をつかむことができないまま、どこかへ引っ張られていくような感覚だけが感じられる。
「くそっ……迂闊だったか」
先刻の自身の行動を恨むも、事態はすでに動いている。自分の身体の状態さえ把握できない時間が続き、ふと視界に一点の光が入った。
「あれは一体…?」
どうやら自分はその光の方へ向かっているらしく、目に映る光は段々と大きくなる。そして光の場所へ到達したかに思われた瞬間、気づくとバージルは見知らぬ空間に立っていた。
「ここは、どこだ……?――ッ!」
周囲を警戒していたバージルは、向けられた敵意に即座に身を翻す。彼の立っていた地点に、無数の光弾が降り注ぐ。バージルは身構えたまま、その攻撃をもたらした方に視線を向ける。そこには、黒い衣装に身を包んだ銀髪の少女が、煙を放つ銃口を向けて立っていた。
「初対面にしては、随分なご挨拶だな。」
「………」
対する少女は応えず、刺すような敵意を向けたまま昏い瞳でバージルを捉えている。
【対象の分析結果:生命反応から人間と推測。しかし、対象のエネルギー反応は通常のそれをはるかに凌駕しています。】
"――――――"
バージルは、銀髪の少女の背後に立つ別の存在に気付く。そこには、不気味な外套に身を包む仮面の者――プレナパテスが佇んでいた。
"――――――"
「……了解。武装を切り替える。」
プレナパテスが何か告げると、少女は武装をガトリングに切り替え、こちらに銃口を向けて言った。
「これで終わりにする。」
「ほう。そんなものが通用するとでも?」
バージルの言葉と同時に、少女はトリガーを引く。瞬間、耳をつんざく轟音とともに数の暴力が放たれた。高密度で射出された弾丸は、対峙する存在を瞬く間に塵にせんと迫る。対するバージルは、右手に閻魔刀の刀身を露わにし、その場から動こうとしない。少女が勝利を確信し、着弾と同時に轟音と煙が広がる。
「無駄だ。」
煙の中から声が届く。バージルに放たれた弾丸の雨は、彼の持つ刀によってすべて切り伏せられていた。
「――!……ありえない。」
少女が呟く。一体何が起こったのか理解できない。否、彼女は見ていた。着弾の直前、抜いた刀を流水のごとく滑らかに、円を描くように振るうバージルの姿を。まさかすべての弾丸を刀一本で防いだというのか。彼女は一層警戒を強める。
「…これなら!」
牽制射撃を行いつつ、ドローンによるミサイル攻撃。銃弾で誘導した地点にミサイルをあらかじめ発射する、二段構えの回避困難なコンビネーション。バージルは僅かに身を翻すだけで銃弾を躱し、飛来するミサイルに向けて踏み込み、跳躍する。彼の立っていた地点にミサイルが着弾する。しかし、まだ終わりではない。放たれたミサイルは複数。空中のバージルに対し、残りのミサイルが迫る。
「ふん!」
空中では当然踏み込む地面もない。無防備を晒したかに見えたバージルは、迫るミサイルを自身の身体を回転させながら刀を振るうことで両断する。その身に放たれたすべてのミサイルが一挙に縦に分かたれ、バージルの背後でミサイルの残骸が爆発する。
「こんどはこちらから行かせてもらうぞ。」
爆発の勢いを利用し、空中で加速したバージルが少女に迫る。近接戦闘に持ち込まれるという意識に応じ、少女は即座にショットガンを構え、接近するバージルにトリガーを引く。一発。放たれた弾丸は空中で身をひねるバージルに当たらない。二発。今度は確実に当たる胴体の中心を狙う。しかし拡散前の弾丸を刀で弾かれる。もう距離がない。ギリギリまで引き寄せ、三発目を確実に当てる。肉薄するバージルに銃口を向けたまま、両者の距離が縮まっていく。まるで時間の流れが遅くなったかのような感覚の中、眼前に迫ったバージルに対しついに少女は三発目のトリガーを引く。マズルフラッシュで目標は視認できないが、確かに打ち抜いた。そう確信した瞬間だった。頭上から迫る剣気に、思わず視線を上げる。そこには、撃ち抜いたはずの存在がこちらに刀を振り下ろそうと構えている光景があった。
「もらった。」
三発目が放たれる瞬間、トリックアップで少女の頭上に高速で移動したバージルは、一度鞘に納めた閻魔刀を振りぬこうとした。しかし、少女に向けて刀身を抜き放とうとする刹那、よぎる考えがその手を止める。
(……俺は、こいつを斬るのか?)
かつての彼であれば迷いなく切り伏せていただろう。しかし、彼の脳裏に、先刻のダンテとの会話の果てに生まれた考えで思考がよぎる。
『より多くの命を救え。そうして一生かけて償ってくんだ。』
(そうだ。今度こそ俺は、人として――)
少女がこちらに視線を向けるのが見えた。しかしもう彼女には反撃の余地はない。そう判断したバージルは、鞘に納めたままの閻魔刀を握り、彼女の背後に降り立つ。渾身の一撃を躱されたことで反応が遅れる少女に対し、バージルは言う。
「殺しはしない。が、眠ってもらうぞ。」
足元を払うようにして閻魔刀を振るい、姿勢を崩した少女の襟をつかむ。抵抗しようとするも、地面から足が離れた彼女にできることはなかった。人一人を掴んでいるとは思えないほど軽々とした動きで、バージルは少女を投げ飛ばす。
「ぐっ……くそっ」
恨めし気に少女が零しながら、猛スピードで飛ばされていく。
「ぐはっ…」
壁に激突した瞬間、少女は苦しそうに肺から空気を吐き出して地面に落下する。が、まだその意識を刈り取るには至らなかった。
「随分と頑丈なことだ。」
四つ足で苦しそうに息をする少女に向かってバージルは歩いていく。しかし、彼の前に、プレナパテスが立ち塞がる。その姿はどう見ても、少女を守るようにしか見えなかった。
「邪魔だ。そこを退け。」
"――――――"
プレナパテスの声はくぐもっていてよく聞こえない。しかし、バージルは直感的に理解する。奴はこう言っているのだ。この子に手を出すな、と。わが子を守るかのように目の前に立ち塞がるプレナパテスに、バージルは自分の母親の最期を重ねる。思わず閻魔刀を引き抜き、プレナパテスに切っ先を向け言い放つ。
「なぜだ!なぜ貴様は自分の身を挺してまでそいつを守ろうとする!」
目の前の異業はおおよそ人間には見えなかった。だがしかし、地に伏せる少女を守ろうとする姿には、どうしようもないほどの人間味を感じざるを得なかった。向けられた問いに対し、プレナパテスは一歩、バージルに寄る。
"――――――――"
両者の距離が縮まる。閻魔刀の刃がプレナパテスの胸に触れた瞬間――世界が止まった。音も、光も、重力すらも消え失せるような感覚の後、白い虚空にバージルとプレナパテスだけがいた。
「これは一体……?」
目の前のプレナパテスから、無数の"色"が剥がれ落ちるように分離していく。そこには、ごく普通の人間が立っていた。
"そうか、あなたが色彩を呼んだんだね。"
「ッ!」
突然目の前の存在から放たれた言葉にバージルは目を見開く。
「貴様…話せるのか」
"うーん、ずっと話してはいたんだ。最も、会話が成立するのは二人だけなんだけどね。"
先ほどまでとは打って変わって人間臭く話すプレナパテスに対し、バージルは僅かに警戒を鈍らせる。
"あなたの持つ刀、これが私とアレを分けたのか。"
「一体何の話だ?わかるように…」
そう、バージルが言おうとした瞬間。彼の握る閻魔刀に、光の奔流が迸る。彼の中に、景色が流れ込んでくる。それは、目の前の存在、かつて"先生"として選び取った、数々の選択。その記憶だった。
『……責任は、私が負うからね』
『それが、大人のやるべきことだから』
『君がなりたい存在は、君自身が決めていいんだよ――』
『生徒たち自身が心から願う夢を』
『いつも頑張ってくれてありがとうって』
『ミカは魔女じゃないよ』
『いってらっしゃい、いざとお言うときは責任取るから』
『――この先に続く未来には、無限の可能性があるんだから』
彼は――先生は、いつだって子供たちの味方だった。いつだって大人として子供のために行動し続けた。いつだって大人としての責任を果たそうとした。先生として。――そしてその果てに、かれは色彩の嚮導者となった。ほかでもない、生徒を守るために。
「お前は……」
"はは、そっちの色彩と私の色彩が一つになったことで、私たちの間に繋がりができたのかな?ちょっと恥ずかしいね"
プレナパテスは少し照れるような声で言う。バージルは答えない。否、答えられなかった。
(これが、お前の"選択"だと?)
流れ込んできた記憶の中の先生は、何の変哲もない、ただ人であった。突然キヴォトスという銃弾が飛び交う世界に放り出され、自身の身が弾丸一つで危機に陥るというのにも関わらず、生徒のため、子供の責任を負う大人として選択し続けた。そんな彼の姿は、バージルには到底理解のできないものだった。
"……私もあなたの記憶をみたよ。たった今ね"
「――!……それは」
"あなたも、大変だったんだね"
その言葉にバージルは押し黙る。
(やめろ。俺は…俺は彼女たちとは違う。)
プレナパテスの記憶の中では、過ちを犯した少女たちに向き合う姿があった。取り返しがつかないと感じ罪悪感に押しつぶされそうになる少女たちに、自分が責任をとるからと、彼女たちの可能性を示し続ける姿が。
「……俺は、お前の守ろうとしてきた子供たちとは違う」
"……そうだね。――でも、"
「……?」
"あなたは、その罪を背負って生きると決めたんだろう?"
"そして、今度こそ人として生きるって。"
「…………ああ、そうだ」
バージルは、数秒の沈黙の後プレナパテスの言葉を認める。
"あなたの罪を許すことは、私にはできない。私は、誰かを裁く者じゃないからね。"
"私にできるのは、大人として、先生として、生徒たちの責任を負うことだけだ。"
「それは……俺には到底できないだろうな」
"そうかな?あなたは今まさに大人として責任を負っているじゃないか。"
プレナパテスは言う。
"失礼かもしれないけど、あなたが大人として責任を負うことができるようになったのは、最近だと思うんだ。"
「…それは、どういう……?」
"あなたがかつて力に固執したのは、子供だったからだ。"
「………」
バージルは、プレナパテスの言葉に驚愕する。あれだけの所業を、子供だったからの一言で片づけるのかと。
"それに、その後もあなたは魔界を彷徨っていた。ようやく人間として生きようって、自分の責任を果たそうって、そう思ったとき、あなたは初めて大人になったんじゃないかな。"
「……はっ」
それは、思わず漏れた笑いだった。プレナパテスにとっては、ついこの前までのバージルすらも責任を負うに足る大人ではなかったのだ。
"でも、今は違う。そうでしょう?あなたは、あなたの行動と選択に責任を持てるし、人を救おうと誰かのために行動できる。"
「俺の記憶を知ってなお、俺が人として信頼に足ると?」
バージルは問う。こんな自分をお前の言う"大人"として認められるのかと。
"だってあなたは、さっきシロコを斬らなかった。"
「――!」
"それが、今のあなたの選択なんだって、証拠だよ。"
「……そうか。」
思い返すのは、先ほどの戦闘で少女――シロコと対峙した際に浮かんだ考えと、今度こそ人として生きたいという願い。
(まったく。かなわないな。)
心の中で呟く。
「俺が信じていた力より、ずっと強いものがあったんだな。」
穏やかな口調でバージルが言う。
"――どうやらもうあまり時間はないようだ。"
「……?」
"あなたの刀――閻魔刀が私から色彩を引きはがしたのは、あくまで限定的なものらしい。"
「…それは」
"ここは時間の流れが違うようだけれど、そろそろ限界だ。"
プレナパテスが続ける。
"……あなたになら、任せられるかな。"
「…何の話だ?」
"――シロコを、私の生徒たちを。"
"私は、救えなかった。彼女を、そしてほかの生徒たちを。記憶を見たあなたなら、わかるはずだ。"
バージルは沈黙したまま次の言葉を待つ。
"色彩を取り込んだ私は、無名の司祭を騙し、シロコすらも騙して世界を渡った。世界を壊すためだと偽って。"
"すべては、彼女を守るためだ。彼女が、すべての生徒が無事に過ごせる世界に、たどりつくために。"
「…ああ。わかっている」
"……だけど、見つからないんだ。そんな世界は。"
「………」
"どの世界でも、同じような終着点に行き着く。生徒たちを救えなかった世界に"
プレナパテスは視線を落とす。
"――でも、あなたになら、違う結果にたどり着けるんじゃないかな"
「……俺が、だと?」
思いもよらぬ言葉にバージルは虚を突かれる。
"うん。人として生きることを選択したあなたになら。"
「こんなにも多くを奪った俺に、託すというのか?」
"だからこそだよ。一度道を外れたなら、次はちゃんと正しい道を行けるはずだ。"
「……それは」"
詭弁だ。そう言おうとしたが、言葉が続かない。
"あなたには、違う選択ができる。そして、力がある。"
"今度はその力を、誰かを――生徒たちを守るために使ってほしいんだ。"
"自分を信用できないなら、私があなたを信じる。だから、"
プレナパテスは一度言葉を区切り、バージルに言う。
"生徒たちを、よろしくお願いします。"
どこまでもまっすぐな眼で、プレナパテスがバージルに告げる。バージルはその言葉を静かに受け止め、目を閉じる。胸の奥にある衝動が強まるのを感じた。それは、もはや逃避的な願いでも、自罰的な感情でもない。目の前のプレナパテスから託されたものを、生徒たちを救うという確かな指標だった。
バージルは閉じていた瞼を持ち上げ、目の前のプレナパテスを見る。二人の視線が重なる。答えはすでに、決まっていた。
「ああ、任せろ。」
バージルが、真剣な眼差しで言う。
「俺は救う。この手で、未来を守る。お前が守ろうとした、生徒たちの可能性の未来を。」
"――ありがとう。"
プレナパテスは一言、礼を告げる。そして、空間がひび割れる。白だけが広がっていた空間に、色が流れ込む。プレナパテスの身体に、吸い込まれるように色が集まっていく。
"色彩は、あなたごと飲み込むつもりだ。"
"最後に観測した世界に、あなたを送り出そう。"
"――全ての可能性の始まりの地へ。"
「っ…まて!お前はどうなる!」
"私は、最後の責任を果たす。大人として、自分にできることをするよ。"
バージルの意識が薄れていく。空間が歪み、すべての色に染まっていく。
"アロナ、準備はいい?"
【――はい。問題ありません。多次元宇宙で観測した世界へのパスは、確立しています。】
【ですが、このままでは色彩が対象の世界を捉えます。】
"それなら大丈夫。これを使う。"
プレナパテスが懐から一枚のカードを取り出す。黒く汚れたそれは、朽ち果てる寸前のように見える。
"まだ、使えるはずだ。"
そう言って、プレナパテスが掲げたカードから、光が発せられる。
"ここでの会話はほとんど忘れることになる。そうじゃないと、色彩があなたを目印にしてしまうからね。"
(くそっ、もはや言葉を発することも…)
薄れていく景色の中、バージルは必死にプレナパテスの言葉に耳を傾ける。
"……彼女も、こうしたのかな。"
その言葉を最後に耳にし、バージルは意識を手放した。白い虚空が崩壊していく中、プレナパテスと、白髪の少女が立っていた。
【オーパーツによる奇跡の適応により、時空間の反転を確認。対象は、目標の記憶と肉体、および接続先観測宇宙の時間です。】
"うん、わかった。想定通りだね。……肉体?"
【肯定します。彼の者の記憶と肉体が、反転した時空間による干渉で巻き戻されたことを確認しました。】
"……うーん、やっぱりオーパーツの扱いは難しいね。"
崩壊していく空間の中で、プレナパテスは苦笑する。
【警告。ナラム・シンの玉座に、先程とは別の干渉者を確認。】
"それは……どうやら、彼もこちらに来てしまったみたいだね。"
プレナパテスは、バージルの記憶をたどる。彼の双子の兄弟、ダンテもこちらの世界に向かっているらしい。
"アロナ、彼を捉えられるかい?"
【肯定。先ほどと同一の階層外宇宙からの干渉のため、対象の捕捉は可能です。】
"彼も、同じ世界に送ってほしいんだ。あとは、シロコもね。"
【――それは可能ですが、彼女の存在は色彩を引き寄せるのでは?】
"大丈夫だよ。私が引き受ける。私にすべての色彩を引き寄せることで、ね。"
【その行動は推奨されません。自我の維持が不可能になります。今度こそ、司祭の思惑通り…】
"そうかもしれない。でも、彼らならきっと――"
一呼吸おいて、プレナパテスが呟く。
"たどり着けるはずだ。私とは違う、奇跡の未来に。"
そう発した瞬間、プレナパテスは色に包まれた。
前回はバージルの心境の変化をメインにしましたが、今回でようやくキヴォトスにバージルが行き着く流れを描くことができました。なるべく説明うを省いたつもりだったのですが、描写しきれなかった部分を簡単に以下にまとめます。
Q. どうしてDMCの世界がキヴォトス(というよりナラム・シン)に繋がったのか?
A. いくつかの偶然が重なった。
・クリフォトにより人間界と魔界の境界が曖昧になっている状態で、ダンテとバージルが暴れ散らかした余波で、世界そのものの次元の境界が弱まっていた
・外宇宙との境界が弱まった状態で、バージルの願いに閻魔刀が呼応し、階層外宇宙との境界が破られた
・色彩の一部が閻魔刀に引き寄せられ、それをプレナパテスが観測し、ナラム・シンとのパスが生まれた
本当はうまいこと本編で描写しようと思ったのですが、無理でした☆
次回からようやくキヴォトスでのバージルの歩みをえがくことができるぜ!