ブルーアーカイブ~Wish of Blue Devil~ 作:ロキシード
「「弟!?」」
バージルに双子の弟がいたこと。それがつい先程まで常軌を逸した戦いを披露していた人物であること。二重の衝撃で少女たちが驚きの声を上げる。
「先生、それ本当なの?」
「双子……言われてみればそっくり……いや、雰囲気違いすぎない?」
「先生が言ってた野暮用ってこれのことだったんですね~。感動の再開ってやつです!」
「……はぁ」
興味津々といった様子で一斉に話しかけてくる少女たちに、バージルは辟易とした表情で低く唸るのみ。いつも通りの塩対応に、当然彼女たちの興味は隣にいるダンテへと移る。
「えーっと、ダンテさん?さっきは助かったわ」
「ダンテでいいさ。それと、礼もいらねぇよ。ただの暇つぶしだ」
「暇つぶしって……マーケットガード相手に?」
「ん、さすが先生の兄弟」
「―――」
シロコの言葉を受けたダンテは、彼女の顔をじっと見つめて黙り込んだ。怪訝に思ったシロコが首を傾げると、ふっとダンテが口元に笑みを浮かべていつもの調子で、
「先生、ねぇ。初めて聞いたときは何の冗談かと思ったもんだ。なぁ、バージル。少し前のお前に言ったら、真っ二つにされてたんじゃねぇか?お前が先生やりますってな」
「……そうかもな」
「あ?なんだよ、素直になりやがって。こりゃ明日は雪が降るな」
「ん、アビドスの明日の天気は快晴」
「そういうことじゃねぇって……っと、お前は――」
ずれた返しにやや調子を狂わせられつつ、ダンテは目の前の少女の名前を知らないことを思い出した。それどころか、ヒフミを除いてその場の少女全員が初対面だった。
ダンテが言葉に詰まった様子を見て自己紹介がまだだったことを思い出した少女たちは、それぞれ自分の名前を口にする。
「私は砂狼シロコ。よろしく」
「シロコか、よろしくな。それにしても、シロコってちょっと兄貴と似てるとこあるかもな」
「俺とこいつがか?」
心当たりがまるでないとばかりに、バージルとシロコが揃って眉を上げる。
「ほら、口下手でずれたこと言うところなんか特に」
「何だと?」
「む。私は先生ほど口下手じゃない」
「おい、それはどういう意味だ」
即座に否定の言葉を返すシロコ。しかし、その内容に今度はバージルが噛みつく。
「確かに、勝手に突っ込んでいくところとか先輩そっくりね」
「昔はもーっと手のつけられない問題児だったんだけどねー」
「……その話はいいでしょ、ホシノ先輩」
「へぇ、そんなとこまで似てるのか。お前も昔は相当やんちゃだったよな?なんせ…」
「それ以上口を開くな」
閻魔刀の刀身を露わに、その切っ先をダンテの首筋へ突きつけるバージル。少女たちに緊張が走る。ヘルメット団を相手にするときでさえ、直接刀を振るうことはなかったが故に、その光景は少女たちにとって衝撃的だった。
「なんだよ。バラしちゃマズいのか?」
「何を言い出すかわからんが、べらべらと人を暴くような真似はやめろ」
「わかったよ。黙りゃ良いんだろ黙りゃ」
刃を向けられているというのにあまりに暢気な対応のダンテに、少女たちが顔を見合わせる。
一方、バージルはダンテの軽い口調に苛立ちを抑えるように息を吐くと、閻魔刀を鞘に納めてシロコへと身体を向ける。
「で、そろそろ事情を話してもらおうか」
「事情?」
「その膨らんだ荷物のことだ」
バージルはシロコの肩にかかっているカバンを睨みながら問い詰める。
「銀行強盗とはな。騒ぎを起こすなといったはずだが」
「……先生だって銀行で滅茶苦茶に暴れてた」
「それは……こいつが余計なことをしたせいで……いや、今はいい。とにかく、理由は聞かせてもらうぞ」
予想外の返答にバージルは一瞬ダンテの方を振り返り、弁明を図ろうとする。しかし、視線に即座に中指を返してくる愚弟に時間の無駄だ、とさっさと本題に移行することにした。
「それについては、おじさんから説明するよ~」
そこへ、横合いからホシノが口を開く。
「すべては、そこのヒフミちゃん……いや、ファウストの発案だよ」
「えぇ!?わ、私は別に……いや、あながち嘘でもないかも……」
彼女たちは、闇銀行を襲撃するに至った経緯を話した。今朝借金を返済したカイザーローンの現金輸送車が闇銀行に入っていったこと。そして、闇銀行の局員とカイザーローンの銀行員が何やら書面を交わして、自分たちの返済したお金をやりとりしていたこと。
「つまり、お前たちの返済した金が犯罪資金に横流しされていた、と?」
『はい、その可能性が高いです。あの状況だったので詳しくは見れていませんが……』
「集金記録にしては、随分大きく膨れているが」
「それ、さっきから気になってたわ」
バージルの言葉に、シロコは地面に置いたカバンのジッパーを開く。
「「……え?」」
カバンの中身を見た少女たちは、思わず驚きの声を漏らす。
「なんじゃこりゃ!?」
「シロコ先輩、お金盗んじゃったの!?」
カバンの中には、大量の札束がこれでもかと敷き詰められていた。
「ち、違う……目当ての書類はちゃんとある。この札束は、銀行の人が勝手に……」
「うへ、軽く一億はあるね」
「やったあ!!早く持って帰ろう!」
ホシノの口にした金額に、嬉々とした様子で現金の詰まったカバンを閉じるセリカに、シロコは押し黙る。
『ちょっと待ってください!そのお金、使うつもりですか!?』
「なに?これがあれば、借金だって…」
『そんなことしたらダメだよ、セリカちゃん!!』
「なんでよ……! このお金は私たちが汗水流して稼いだのに、それが闇銀行に流れてたんだよ!?」
アヤネに対して必死に訴えかけるセリカに、ヒフミとノノミが反応する。
「……確かに、あのままだったら、犯罪者の武器や兵器に変わっていたかもしれません」
「私はセリカちゃんの意見に賛成です。犯罪者の資金になるぐらいなら、私たちが正しい使い方をした方が……」
「そうよ! これだけあれば、借金だってかなり減らせるのよ!」
セリカの主張は尤もだ。しかし、最年長の少女は動じることなく、淡々と応じた。
「正しい使い方、ねぇ。シロコちゃん、どう思う?」
「答えるまでもない。ホシノ先輩が反対する」
「へ?」
思わぬ返答に、セリカが目を丸くする。
「さっすがシロコちゃん。私のこと、わかってるねー」
「私たちに必要なのは書類だけ、お金じゃない」
お金じゃない。その言葉にセリカが強い反応を示す。
「そんなのっ……!」
「悪人の犯罪資金だから、使ってもいいって? じゃあ、その次は?」
「次……?」
「そうやって理由をつけてたら、いつか平気で同じことをするようになる。そうやって慣れちゃったら、『仕方ない』って、やっちゃいけないことに手を出すと思う」
諭すように、一言ずつ。ホシノはいつになく真剣な声で言い聞かせる。
「うへ~、おじさんとしては、可愛い後輩がそうなっちゃうのはイヤだなー」
「それに、そんな方法で学校を守って、何の意味があるのさ」
「……すみません。先輩の気持ち、私にも分かりました。以前私のカードで返済する提案に反対されたのも、同じことですよね」
ノノミがはっとした表情で思い起こしたのは、かつて彼女がホシノと交わしたやりとり。
「きちんとした方法で返済をしなければ、アビドスはアビドスでなくなってしまう……」
「そゆことー。だから、このお金は置いてくよ。いただくのは必要な書類だけ。これは委員長としての命令だよ」
委員長として対策委員会の方針を示した以上、その場で反対する者はいなかった。若干一名は、大金を放棄することにもどかしさを覚えずにはいられなかったが。
「はっ、状況はよく知らねぇが、完璧なまでに綺麗ごとだな」
「……」
少女たちのやりとりを一歩後ろで眺めていたダンテが鼻で笑いながら呟いた。
「だが、嫌いじゃないぜ」
「……ふん」
バージルはダンテの言葉に特に応じることはなかった。しかし、否定の言葉も発さなかった。
以前の彼であれば、ダンテよりも先にホシノたちの主義をくだらないと切り捨てていたことだろう。かつての兄を知っているからこそ、ダンテは意外なものを見るような視線を送る。
「ふぅ……事情は良く知りませんが、このお金を持っていると、何かトラブルに巻き込まれるかもしれません。災いの種みたいなものでしょうから……」
「仕方ないですよね……。これは、私が適当に処分して――」
「ちょっと待って!!」
不意に届いた第三者の声に、追っ手を警戒した少女たち――もとい覆面水着団は、それぞれの番号が刻まれた覆面を即座に被る。
一方声の主は、彼女たちの前で足を止めると、膝に手をついて肩で呼吸をしている。走り続けてきたようで、なんとか息を整えてから声を発した人物は、
「あ、落ち着いて。私は敵じゃないから……」
便利屋68社長、陸八魔アルだった。
「なんでアイツが……?」
「撃退する?」
「敵対するつもりはないみたいだしねー」
アルに戦う意思がないとみたホシノが、銃に手を掛けたシロコたちを引き留める。
「お知り合いですか……?」
「ちょっとした縁がありまして……」
「あの!!」
不意に呼びかけられた覆面水着団が、アルの方へ振り向く。
わざわざこんなところまで追ってきて、しかし敵意はないのなら、一体何を――
「さっきの襲撃、見事だったわ」
――。
――――。
――――――。
「!?」
「ものの数分でブラックマーケット随一の銀行を制圧して、目的を果たせばすぐに撤収……あなたたち、近年まれに見る素晴らしいアウトローっぷりだったわ」
褒められているのだろうか。いざその所業を並べられると、到底褒められた行為ではない。だが、アルの目は紛れもなく自分たちへの賞賛の意を宿していた。
「何より、途中の乱入者。あの人たちの攪乱も最高だったわね」
「……そういえば、先生は?」
「あ、いつの間にあんなとこに」
周囲を見渡すと、やや離れた家屋の屋上に二つの人影が見えた。あの一瞬でどうやってあんな高さに、などという疑問は今更抱くこともなかった。
「すごく衝撃的だったというか、このご時世にあんな大胆なことができるなんて……感動的というか……」
アルは、興奮冷めやらぬ様子で、顔を紅潮させながら続ける。
「法律や規律に縛られない、そんなアウトローになりたいからっ」
「一体何の話?」
「さあ?」
一方的に喋り続けるアルに、疑問符を浮かべていると、
「そういうことだから……名前っ!あなたたちの名前を教えてくれないかしら!」
「名前?」
「組織名とか、チーム名とかあるでしょ?とにかく、私が今日の雄姿を心に深く刻んでおけるように!」
熱い視線を向けてくるアルに、少女たちはたじろぐほかない。――一名を除いて。
「はいっ!おっしゃることは、よーくわかりましたっ!私たちは、人呼んで……覆面水着団!」
「……覆面水着団!?」
「ノノミ先輩!?」
突然何を言うかと思えば、抜群のネーミングセンスを爆発させたノノミにセリカが目を剥く。これはさすがに、アルもそのダサさに引いて、
「や、ヤバい……!!超クール!!カッコ良すぎるわ!!」
しまうことは全くなかった。
「目には目を、歯には歯を。無慈悲に、孤高に、我が道の如く魔境を往く。これが私らのモットーだよ!!」
そしてもう一人、ノノミの横でノリノリで口上を述べるのは、小鳥遊ホシノ。
「な、なんですってー!!」
「何をやっているんだ、あいつらは……」
「随分賑やかじゃねぇか。なぁ先生?」
「黙れ。貴様にそう呼ばれる筋合いはない」
「ほぅお~? その割には随分あいつらに目を掛けてるみたいじゃねぇか」
少女たちを見下ろしながら、双子が言葉を交わす。バージルは、再会してからというものことあるごとに揶揄するように先生と呼んでくるダンテに舌打ちする。
「見違えたねぇ。お前が自分以外のために動くなんざ、まるで想像がつかなかったぜ」
「そうかもな」
「否定はしないんだな。……で? 何があったんだよ」
声色がいつものそれから一段と真面目なものに切り替わったことを察知し、バージルがダンテに目を向ける。
「何の話だ」
「そりゃ、何で先生やってるんだとか、どうしてこんなとこにいるのかとか、色々聞きたいことはあるが……ここ――キヴォトスに来た経緯だ」
「知らん」
「……嘘だろ?」
即答。ダンテが唖然とした表情で口を開く。
「本当のことだ。魔界で出現した裂け目に入ってから、気づけばここにいた。何かがあったはずだが……思い出せん」
「……嘘を言ってるわけじゃなさそうだな」
「そう言っている。ただ――」
「ただ?」
バージルは自身の胸に拳を当てながらゆっくりと言葉を紡いだ。
「託された、ということだけは覚えている」
「託された? 誰に? 何を?」
「……さあな。だがこれだけは言える」
「俺はあいつら――子供たちのために、責任を負う者としてここにいる」
「……それが、先生ってか?」
「ああ、そうだ」
「………ふぅー、そうかい」
ダンテはじっとバージルを見つめ、少ししてから納得したように息を吐いた。
「あいつも親父がちゃんと社会復帰できたと知ったら喜ぶかもな」
「ふん……どうだかな」
見定めるような態度から一変して、いつもの軽薄な雰囲気を取り戻す。
「ん? おい、そろそろ向こうも終わりそうだぜ」
「わかっている。俺に指図するな」
「別にしてねぇだろ……やれやれ、そういうところは変わらねぇな」
相変わらずの兄に肩を竦めながら、その背中を見送るダンテの瞳にはある疑問が浮かんでいた。
(あの嬢ちゃんとは会ってないのか? いや、覚えてないだけなのか)
「……まあいい。いずれわかることさ」
上空の円環を見上げながら、笑みを浮かべて呟いた。