白いシャツにライトブラウンのブレザージャケットを羽織り江戸紫のプリーツスカートのファスナーを上げた私はほっと息をつく。
ざっと10年ぶりの学生服、ファスナーに脇腹が挟まって閉まらないという虚しい事態は起きなくてすんだ。
「うう、流石にこの年で制服は恥ずいというか慣れないわね」
「な〜におばちゃんみたいなこと言ってんだよ隊長ー。良く似合ってるぜ」
「ありがと。…ふ〜ん、ナンブは女子校でやたらモテるタイプね」
「うへぇやめてくれよ、アタシにそういう趣味はないんだからさ」
落ち着いたデザインの学生服を着たニューナンブはすらっとしたスタイルと伸びた背筋、凛々しい目元が幼い麗人といった絶妙なバランスの印象を抱かせる。もし街を歩けばときめく少年少女も多いだろう。
「豊和ちゃんの方はどう?着れた?」
「うん。ピッタリ」
その場で髪とスカートの裾を軽く靡かせふわりと一回転した豊和はなんとも可憐で私は思わず抱きしめたくなる感覚に襲われた。
「無限にお茶とオヤツあげたくなるわね」
「おばちゃん通り過ぎておばあちゃんじゃねえか」
「失礼ねまだそこまではいってないわ」
こちとらピッチピチ(死語)の2X歳よ。とまで口が裂けても言えず私は口を尖らせ唸った。
「ところで今日から習熟訓練だってヘリアンは言ってたけど何するの?一日中匍匐前進?」
「いや、基本的な身のこなしは最初から電脳にインプットされてるし人間みたいに運動で体力は鍛えられないからな。最初から射撃訓練だ」
曰く戦術人形の人工筋肉は人間のメニューで鍛えても摩耗するだけで筋力や筋肉量が増えることはないらしい。中には筋トレが趣味の人形も居るがあくまでも趣味であり実利は伴わないのだとか。
でも食べすぎてカロリーオーバーすると太るし痩せる為にはやはり動かないといけないらしい。解せぬ、ペルシカはなんでそんなところに拘ったんだ。
改めて自分の身体の造りの謎が増えたところで私たちは今回予定されているミッション、「射撃訓練」のためにラボに併設された兵器実験場に向かった。
四方を高い盛り土で囲まれただだっ広いグラウンドに足を踏み入れた私たちはあらかじめ設営されていた射撃台に入る。
「これが私の銃で、こっちがミサイルなのかな」
テーブルに置かれていた自分の半身である89式短小銃とその弾薬を運ぶ迷彩柄のサスペンダーを身につけた私は分解されたミサイルシステム、『87式対戦車誘導弾』通称"中MAT"に目を向ける。
でっか。
いや戦車をぶちのめすミサイルなんだから当たり前だけど人力で運べるのこれ?無理じゃない?
と、思っていると豊和がミサイル本体が入ったやたら長いキャニスターを片手でひょいと持ち上げた。
「ん、お爺さんたちより軽い。大丈夫」
「マジかよ」
「な、びっくりするだろ?」
目を丸くする私にナンブがだから言ったでしょとでも言いたげに得意げな顔になる。
『あーあーみんな聞こえるかな?準備できた?』
私たちが耳に着けたゴツい軍用ヘッドセットからペルシカの声が聞こえてきた。
見回せば土塁の上に建てられた監視塔からマイクを持ちながら手を振るペルシカとヘリアンの着ているものに似た赤い制服を身に纏った青年がこちらを見ていた。
「出来てるよ。こっから撃てば良いの?」
私が言うとペルシカはちょっと待ってとジェスチャーをして手元のタブレットを操作し始めた。
『今からATM-3のデータと運用法を送るから確認して』
同時に視界の端に『責任者権限の接続を確認』という英語の文字列が現れた。
「うお?」
頭の中に直接データを書き込まれ保存されている感覚といえば良いだろうか。本来なら本職の軍人が数週間掛けて学ぶ運用方法や操作手順を10秒足らずでインプットされる感覚は脳内を好き勝手に他人が弄くりまわしている感じがしてあまり気持ちのいいものじゃない。
他の2人が特になんともない顔をしていることを見るにこれは私だけに感じられた違和感なのかもしれない。人形と元人間の違いかな。
『運用記録は来た?』
「データは受け取れたけど一気に大量の情報を浴びせられるのは気持ち悪いわね」
『慣れて、そればかりはどうしようもないからさ。さて、これで君たちは重装部隊ATM-3として行動する下地が整った。その武器を簡単に扱えるようになってるはずだよ。試してみて』
「了解。だってさ、ナンブ、豊和ちゃん、どう?」
ペルシカとの通信を終え小隊員に向き直ると2人は準備できてると頷いた。
「ああ、大丈夫。バッチリだ。全部ここに入ってる」
「あら頼もしい」
「ん、ぶい」
私は索敵用の双眼鏡を首に掛けレーザー照射機とその三脚が入ったケースを持ち負い紐を肩にかける。ナンブはランチャー関連の部品を背負い、豊和はなんと1発12キロの弾薬が収められたコンテナを6本背負子に取り付け苦も無く立ち上がった。
「規格外だわほんと」
「それな」
「介護人形ならみんなこれぐらい持てる。移動が難しい人も助けなきゃいけないから」
そうなのか、そうかもしれない。
世の中の医療従事者に畏怖の念をおぼえつつ私は射撃ポジションの移動を指示した。
「じゃここはテーブルとか弾薬箱で狭いから隣の射撃台に移動しよっか」
「「了解」」
3人とも戦闘用に調整された人形だからか大荷物にもかかわらず足取りはスムーズだ。
十数m離れた広めの射撃ポジションに移動した私たちは早速初めてなのに慣れた手つきで発射機を組み立てていく。
三脚を組み地面に固定する。今回は反撃とかは考えなくて良いから速さ重視で全部一纏めに配置する。
三脚に発射機を据え、レーザー照射器を側面に光学照準器と一緒にマウントする。ナンブが豊和の背負子からミサイルコンテナを1つ受け取り発射機の上に接続した。
この間わずか30秒。わーお本当に私たち初めて?もうプロじゃない。
「準備よし」
『オッケー。じゃあ射撃に移ろうか。正面1500mに設置してある戦車型の的、狙い次第撃って』
「わかった。ナンブ、聞こえたわね?」
「あー、あれか。既に捕捉した、準備よし」
「よし、バックブラストに注意して、撃て!」
「テェッ!」
ナンブが発射機のグリップに付いているトリガーを引きミサイルを撃つ。
ミサイルの推進剤が点火し燃焼する凄まじい音と爆風で一瞬視界が滲む。
首に掛けていた双眼鏡を目に当てミサイルの行方を追うと後端を光らせた誘導弾が一直線に戦車(ハリボテ)に向かって飛んでいた。
発射から3.7秒後、ハリボテ戦車は粉々に飛び散り遅れて爆発音が私たちの所まで届いてきた。
「よっしゃ!」
「ナイスよナンブ」
「静止目標なんて朝飯前だぜ」
「次、撃つ?」
「待って豊和ちゃん、ペルシカ次はどうするの?」
早くも次のミサイルコンテナを準備していた豊和を制し私は監視塔へと視線を向ける。
『うん初手でここまで動けるなら問題ないかな?3人の作業中のモニタリングも済んだし今回はもう終わりで良いよ。お疲れ』
「えーまだ撃ち足りないぜ」
口を尖らすナンブに苦笑するとペルシカとは違う声がヘッドセットから聞こえてきた。
『悪いがそのミサイルは矢鱈に撃てるほど安くないんだ。あとはシミュレーターで我慢してくれ』
声は若いが張りがありよく通る声だった。監視塔から先ほどペルシカの隣で見学していた青年がマイクに声を吹き込んでいるのが見える。
「あなたは?ヘリアンと同じ服を着てるけど傭兵なんて見た目じゃないわね」
『よく言われる。僕はG&Kで前線指揮官をしている新米だよ。君たちの上官ってことになるのかな』
この優男はどうやら私のこの世における上司らしい。
ふむ、顔は悪くない。好みじゃないけど。
しかし、新米を自称するわりには制服に着られてる感じもしないし所作に緊張もないように思える。
遠目で見てるだけだから勘違いかもしれないけど。
言葉通りのただ新人じゃなさそうね。
「そ、よろしく指揮官。貴方がブラック上司じゃないことを祈るわ」
「善処する。一応福利厚生には気を遣ってるつもりだ。カフェもあるし」
「良いわね。是非行かせてちょうだいな」
こうして私たちの初めての訓練は終わった。ペルシカが言うにはあと数回シミュレーションと実地訓練をしたら前線配備だそうだ。
………いやなんだけど。