囚人No.13 安心院なじみ 作:囚人
無駄に長生きしちまったぜ。
そんな言葉を吐きつつ
ふむ、なるほどねえ。どうやら僕──
結局のところ、自殺だって成功しちまったしな。つまり僕は主人公を出し抜き、世界から一抜けをかましたというわけだ。世界がカードゲームだったのなら、僕が一番最初にあがってやったってことになるね。いやあ、愉快愉快。わっはっは。
いやあ、しかしまったく。
できないことなどない人生だったぜ。
その上で、出来の悪い人生だったぜ。
人生っつーか、人外なんだけどさ。
だからまあ、この場合は人外生か。語呂が悪いったらありゃしない。
それにしても。ここは一体どこなのだろうか? 僕としてはその辺り、流石に気にせざるを得なかった。僕の死んでいるうちに、世界とはここまで
ひとしきり見回してみたけれど、ちっぽけな僕の視界だけでは流石に全貌を見渡すことなど到底出来るはずもない。見えたのはゴミや機械や死体だけだった。
ので。僕が持つ
……いやいや、確かに僕は三兆年ほど歳を重ねてきた人外ではあるけどさ。だからってこんな美少女を都市の裏路地なんざに放置するというのは、いささか倒錯しすぎていると思うんだがね。
せめて“巣”と呼ばれる地区(比較的治安の良い場所らしい)に放り出してくれたまえよ。どうして僕がこんな場所に来ちまったのかは定かじゃねーけど、それにしたって文句の一つくらいは言わせてもらうぜ。
ああ、そうだ。
文句ついでに、もう一つ言いたいことがあるんだった。
「
気付かれてないとでも思っているのかい? 僕が意識を取り戻してから、刺すような視線が常に僕に対して向けられてやがる。
どうやら都市には随分と
……とはいえ、どうやら僕個人を見ているというよりかは、むしろ
まさかこの目を潰して爪を剥ぎ、頭をすげかえてやることが──今の僕にとって
……さて。
つまらない
「で、そこのきみは僕に何の要件があるのかな?」
おもむろに振り返りつつ、そんなことを口にする僕。
なにせ、僕に注がれていた視線は
果たして、振り返った先には。
いっそ幻想的とも形容できるような──つまるところが、
上背の程は僕よりも20cmは高いだろう。陽の光を浴びずとも輝く白銀髪のミディアムショートに、水晶玉のような双眸。その手には物騒なツヴァイヘンダーが握られているものの、しかしその様相は理知的な存在にしか見えず、スーツ姿がよく似合っていて、腰の辺りには「
総括すると。
こいつ、とんでもなく胡散臭い。
いやまあ、僕が言えたことでもないと思うけどさ。
「……雰囲気を見て取るに、どうやら僕に交渉を持ちかけようとしているようだが──きみの右手のそれ、少しばかり物騒すぎやしないかい? 僕みたいな美少女はそんなものでの脅しに屈しはしないけれど、しかしそれでも文句の一つくらいは挟ませてもらうよ」
「ご心配なさらずとも、ファウストにはあなたを害するつもりはありません。そもそも今のあなたを害する理由も方法も、ファウストには存在し得ませんから──そのことは重々承知の上でしょう、
「へえ、見た目に違わず聡明らしいね──が、しかし。それでも僕は苦言を呈さざるを得ないぜ、ファウストちゃん。どうしてそこまで僕のことを一方的に知っておきながら、
「……その点に関しても、あなたが心配なさる必要はありませんよ。ファウストは既にあなたの
「その通り。僕のことは親しみを込めて
「ええ、ファウストはファウストですから──あなたが人生で出会った生命体のうち、確実に五本の指に入るほどの天才ですから。いえ、三本の指……。一本の指に入るほどの天才です」
ファウストと名乗った女はさも当然かのようにそんな傲慢なことを口にしやがった。ここまで自信たっぷりとなると、やはりそれなりに理由はあるのだろうね。
……いやしかし、
ファウストちゃん、それはさあ。天才たるきみはつまり、
僕のことを知っていたのなら──というか、僕のことを知らなかったとして。そこで出てくる語彙は「
天才たるファウストちゃんからその言葉が出てくる片鱗すらなかったということは。いやあ、いよいよもって愉快なことになってきて来ちまったぜ。
どうやら、この都市とかいう場所は。
僕の生まれ育った世界ではないらしい。
ま、今どき別段珍しい話でもねーけどさ、異世界転移だなんて。いや、この場合僕は拳銃自殺を成し遂げているわけだし、異世界転生と呼ぶ方が正しいのかな? 近頃のサブカルに疎い僕としては、その辺り曖昧にならざるを得ないけれど。
つーか、いちいちそんなことを気にしてたらキリがないっつーの。僕はそうして一旦疑問を切り捨てて、ひとまず正面に立ちはだかっているファウストちゃんと言葉を交わしてみることにした。
「で、天才のファウストちゃん」
「その表現は文法的に間違っています、
「……国語の教員志望ことファウストちゃん。先の話に戻るけれど、何か僕に交渉したいことがあるのならそのツヴァイヘンダーを床に下ろすなり壁に立てかけておくなりしてくれないかな?」
「何度でも申し上げますが、このツヴァイヘンダーはあくまで護身用のものであり、ファウストに
「夏休みの課題である読書感想文には作品名や作者名を長々と書き連ねることによって文字数を稼ぎ何とか凌いできたのだろうファウストちゃん、もう少し僕の言葉の裏を読んでおくれよ。僕の言いたいことは分かっているんだろう? 分かっていないのだとしたら、きみはそんなんだから読書感想文が書けないんだと言わざるを得ないぜ」
「もちろんファウストはあなたの発した言葉の裏に秘められた意図にも気付いています。しかしそれでも、都市の裏路地で武器を手放すという選択肢は基本的には存在しません。ファウストの申し出が
「
僕が冷ややかにそう言い放った直後。
ファウストちゃんの手に握られていたツヴァイヘンダーは、
当然ながらこれも僕の持つ一京のスキルのうちの一つである、消滅のスキル「
さしものファウストちゃんもこれには面食らったらしく、その表情をほんの少しだけ驚愕に染め上げた。しかしすぐさま平静を取り戻し、そして僕の方に責めるような視線を投げかけてきた。
いやいや、僕のせいじゃねーっつーの。
物騒なものを持っていたきみが悪い。
つまるところが、僕は悪くない。なんつって。
「まあまあ、あれはこの話が終わった時にでも
「……ええ、私はあなたの言葉を信用します。ここはT社ではありませんが、過ぎたことをいつまでも気にしていてはファウストの貴重な時間をむざむざ浪費することに直結してしまいますからね」
「そうかい、そりゃあよかった。それじゃあファウストちゃん、さっさと要件を話してくれたまえ。僕の貴重な時間をむざむざ浪費させるんだ、それなりに面白い話だと助かるよ」
「単刀直入に要件を告げられることがお好みのようですので……。ファウストの極めて理性的で理知的な会話方法は感性にはそぐわないようなのでそうさせていただきます。
だから、何度も言っているように。
僕のことは親しみを込めて
そう言い放とうとしたのだけれど──しかし僕の言葉はファウストちゃんの
「ファウストは既に知っています。あなたが、『
「……どうやら、退屈な話ではなさそうだね。続けてくれたまえ」
「ですから、ファウストは提案させていただきます。
ファウストちゃんの口から出た単語。
僕はその意味を、ほんの一瞬だけ理解できなかった。
入社。リンバス・カンパニーに。僕が?
……
あまり損得勘定で物事を考えるのは好きではないからしたくないんだが、しかしそうも言っていられない。なにせ僕はこの都市とかいう場所に半ば放り投げられているような状況なんだぜ。
考えられるパターンとしてはいくつかあるが──現状の最有力説としては、リンバス・カンパニーとかいう連中が目的を果たすために、僕を無理矢理
そうじゃなけりゃ
「どうしてあなたの望みを知っているのか──と、そう言いたそうな表情ですね。残念ながらファウストがその疑問に答えることはできません」
「……それは、どうしてなのかな?」
「そちらについての回答も差し控えさせていただきます。ただ──星明かりが照らすあなただけの道筋を辿っていけば。自ずと答えに辿り着くことが出来るでしょう。どうしてあなたがここにいるのかという事実にも……。あるいは、あなたの求めるものの真実にも」
呆気に取られ続ける僕のことなど全く気にしていないかのように、ファウストちゃんは言葉を淡々と紡ぎ続ける。聞く者によっては退屈さを覚えるかもしれない、無味で無臭な、無駄で無意味で無価値な言葉の羅列。
たった、それだけの言葉。
たった、それだけの言葉が。
どうしてか、僕の心に一筋の光をもたらした。
それはある意味では運命的だし。
それはある意味では致命的だった。
「私たちと共にバスに乗り、そして地獄を共に巡る覚悟があるのであれば。その時はあなたの、『
「……交渉にしちゃあ、随分と一方的な気がするがね」
「ええ、ファウストとしても理解はしています。これはどちらかと言えば交渉ではなく、むしろ要請と形容すべきでしょうから。もっと強い言葉を使うのであれば、強要です」
あいも変わらず表情一つ変えずにそんなことを宣いやがった上に、こちらへ右手を差し出してきたファウストちゃんだったが、しかしその瞳の奥にわずかな不安が揺らいでいるのを、まさか僕が見逃すはずもなかった。
……もしかすると、ファウストちゃんも僕と同様に。何か一つ、心焦がれているものを、追い求めようとしているのかもしれないね。そしてそれを得ることが出来るかどうかは、彼女の不安と同様に、今なお
一見すると全知であるかのように見えたファウストちゃんだが、どうやら僕がそうであるように、全ての事象へと通じているわけではないらしい。まあ僕は知ろうと思えば全てを知ることだって出来るのだけれども。
だから、まあ。
どうせ、行くあても。
やりたいこともない身の上なんだ。
僕は僕らしく、僕なりのやり方で。
今まで通り、気ままにやらせてもらおうか。
「──いいぜ、乗ってやるよ。そして、乗せられてやるよ。きみの言うバスとやらにも……、そしてきみの口車にも」
そうして僕は、ファウストちゃんの手を取った。
それがきっと、地獄への片道切符であることを理解した上で。
「……忘れられているかもしれませんから、もう一度だけ釘を刺しておくことにしますが。私のツヴァイヘンダーを
「もちろんだとも、腕によりをかけてやるぜ。これから地獄巡りを共に楽しむ──仲間ってやつになったんだし。それに僕は約束を守る女なのさ、だから安心してくれたまえ(
「ええ。これからよろしくお願いします、
リンバス。つまるところが、
随分と大層な社名だが、しかし物語とはこうでなければね。
地獄だろうが何だろうが、僕の知ったことじゃねーっつーの。僕は人一人(人外だけど)の身に降りかかる不幸を積み重ねて、それを地獄と呼称するような真似をしてやるつもりもないし。
だから僕は、ただ待ち望むだけだ。
この旅の果てに、僕の追い求めた──
そうして、僕にも
そうなれば、きっと。平凡だった世界にも。
退屈だった未来にも。適当だった現実にも。
そして、僕の人生にも。
意味があったんだって思えるだろうから。
生きることは劇的だったって。
そう言える日が、きっと来るから。