囚人No.13 安心院なじみ 作:囚人
人格ストーリー W社 2級 整理要員/
「ふぅん、なるほど。大体この辺りからおかしくなり始める奴が出てくるのか。まったく、人間ってのはここまで堪え性のない連中だったかねぇ」
閉じ込められてから十三日目。首を果物ナイフで掻き切って、血痰混じりの叫び声を上げている乗客が現れた、ワープ列車の後方車両。
子供はそんな状況で生あくびを噛み殺しながら、とても退屈そうに呟きを漏らしたんだ。
「やはり外側から見るのと内側で体感するのとでは、得られる知識にも差があるね。貴重な休暇をわざわざ浪費した甲斐があったぜ」
子供はW社の2級整理要員だったけど、その中でも特に成績が秀でていたの。だからでしょうね。人手不足で多忙を極めているはずのW社でも、特別に休暇をもらうことができたんだ。
つまり今日は非番だったんだけど、好奇心旺盛な子供はわざわざ自分が勤めている会社について詳しく知りたくなったみたい。だからといって、勤勉というわけではないみたいだね。
W社の中では、子供を3級整理要員に昇進させる話が出ているらしいけど……。でも子供は、今の地位に満足しているみたい。階級に興味がないんだろうね。
眼前では閉鎖空間に耐え切れなかった乗客がその身体を何度も切り裂いていたけど、W社に勤めていればそんな惨状を目にすることは日常茶飯事だったの。
「さて、と。せっかく二千年の休暇をもらえたんだ、のんびり休ませてもらうとするかな──っと。その前に、ファウストちゃんに一報入れておかねーとな」
だから、パニックに陥っていた車内でも。
至極冷静な子供は、同僚にメッセージを送ってから、のんびりと居眠りすることにしたみたいだね。
⬛︎ ⬛︎
ワープ列車に閉じ込められてから八年後。まだ全身の皮膚が半分以上残っている乗客たちは、襲いかかってくる“モンスター”たちに対抗するため、団結してお互いを励まし合うことにしたみたい。
でも、いくら飢餓や衰弱で死んでしまう可能性が皆無だったとしても、隣の車両から絶えず聞こえてくるおぞましい声のせいで、一人また一人と痛みを求めるようになっていったの。
そんな様子を、子供はやっぱり退屈そうな眼差しで眺めていたんだ。
「ふぅん、群れを作ると人間ってのはここまで安定するのか。まあ当然っちゃ当然だけどね。弱いから群れるのではなく、強くあり続けたいから群れるもんってわけだ」
子供は頬杖を突きながらそう呟いて、いつもみたいに一つあくびを漏らしたの。
ちょうどその瞬間。返り血にまみれた乗客の一人が子供に近づいて来たかと思うと、気さくな雰囲気で話しかけてきたんだ。
「
「ん、ああ……。おかえり、元気そうで何よりだとも。いやあ、きみの顔をまた見ることが出来て安心したぜ(
子供は“ギルド”の受付嬢としての仕事を任されていたの。せっかくの休暇なのに結局働いているのを見るに、相当退屈していたんでしょうね。
ワープ列車の中では時間が経つと、こういった団体が結成されることが多いの。過酷な環境から精神を守るための、健気な一種の防衛反応なんだ。それは時に“騎士団”だったり“協会”だったりするけど……。
今回の列車では“ギルド”が結成されたの。子供はそこの受付嬢として、“冒険者”たちにクエストを伝えているみたいなんだ。八年も閉じ込められていたせいで、まともな思考が出来ているのは子供だけになっちゃったみたいだね。
「……はい、今回の報酬だ。金貨一枚に……、銀貨三枚。命の危険を冒して手に入れた大切な金なんだ、慎重に使いたまえよ」
「もちろん。今度もまたよろしく頼むよ、
「はいはい、さっさと帰りたまえよ。僕は仕事一筋なんだ、今は忙しいからまた今度にしてくれたまえ」
「……分かったよ。じゃあ、また今度」
子供から手渡された
でも、子供はそんなこと気にも留めていなかったの。本当にどうでもいいと思っているんでしょうね、今だっていつも通りに生あくびを噛み殺していたし……。
「……あいつの名前、何だったっけな? 長いこと生きてると物忘れが激しくなっちまって困るぜ」
乗客の名前なんて、一つも覚えていなかったから。
⬛︎ ⬛︎
ワープ列車に閉じ込められてから八十四年後。前方の車両は“冒険者”たちの拠点として安全が確保されていたけど、後方は“モンスター”たちによって占拠されてしまったみたいだね。
伴って、子供が働いていた“ギルド”も前方の車両に移設されたんだ。今となっては“ギルド”は閉鎖された社会の中心でもあったし、それに団結の象徴でもあったから。ぼんやりとした意識でも、大切だと思ったことは覚えていられるみたいだね。
恐らく乗客たちは、それを忘れてしまったら今度こそ生きていく術を見失って、延々と途方に暮れ続けることを本能で理解しているんだろうね。
でも、未だ“冒険者”たちのほとんどが苦痛の
だからなのかもしれないね。子供にとって地位や名声はあってもなくても同じようなものだったけど……、それでも八十年という長い時間“ギルド”で働き続けた結果、それらを手にしたんだ。
だから今も、子供の眼前に
「……これは?」
「俺からのプレゼントだよ、
「ふぅん、アクセサリーかぁ……。おい、まさかこれ──
「指輪! そう、そうだそうだよそうだとも
普段は冷静沈着な子供でも、これには流石に驚いたんだ。皮がまるっきり剥がれて細長く変形していたその指は、鋭く尖った爪が切断面に突き刺されているだけの、お粗末なものだったから。
びくびくと痙攣し続ける
「……ま、きみに悪気がないことも──好意の下にこんな行動を取っていることも分かっているから、ひとまずは感謝しといてやるよ。ただ、次はもっと丁寧にラッピングしなさい」
「ラッピング……ラッピング! そうか、その手があったぞ! 肉と骨だけじゃなくて皮を使えば──やはり
「……ま、ここでは“受付嬢”ってことになってるしね」
子供の呟きは、狂喜に打ち震えている“冒険者”には届かなかったんだ。八十年もの間好意を向け続けた相手にアクセサリーを一つ渡せたことが、よっぽど嬉しかったんだろうね。
……でも。
あと五十年も経てば。
それすらも忘れちゃうんだ。
⬛︎ ⬛︎
ワープ列車に閉じ込められてから五百七十二年後。自分のことを歴戦のベテラン“冒険者”だと勘違いしていた乗客たちも、今はすっかり大人しくなってしまったね。
子供は今も変わらず、暇つぶしで受付嬢の役をこなしていたの。でも、変わったことが一つだけあったんだ。
この五百年で、子供の働く“ギルド”はとても巨大になったの。結果として、ワープ列車の乗客たちはみんな“冒険者”になったんだ。今も子供の目の前では、あちこちをつぎはぎにされた“冒険者”がクエストを受けようとしているところみたいだね。
「やあ。元気してたかい、ああああ。もっともその雰囲気を見て取るに、僕が心配するようなことは一つもなさそうだがよ」
「……おれ、は。おれ? あああ、あ! じゃない。う、あ……、あれ? おれ。は、おれ……。ああああ?」
「いいや、きみは確かにああああという名前のはずだぜ。他でもない僕の言うことなんだ、信じてくれたまえよ」
「! うん! おれ、おれは。ああああ! だった! ありがと、ぉ。
子供はこの六百年で“冒険者”の名前を覚えようとはしなかったみたい。元から興味がなかったんだし、こうなるのは必然だったでしょうね。
……子供の眼前には、ありとあらゆる皮膚や肉や骨をツギハギにした存在が立っていたの。既に原型は留めていないけど、多分子供に好意を向けていた“冒険者”の一人だろうね。
ぶるりと身震いをすると、その身体から血液と他にもいくつかのべたついた液体が吹き出したの。もちろんそれらは子供の頭上にも降り注いだけど……、どうしてだろうね。一滴も子供には当たらなかったんだ。
ワープ列車の車内というのは、大抵の場合は時間が経つにつれておぞましいほどの血と肉に
だけど、子供の周囲だけはなんの変哲もなかったの。子供はたくさんの特別で異常な力を持っているから、それを駆使して汚れないようにしたんでしょうね。
でも、そのせいでむしろ崇拝の対象になってしまったみたい。穢れの溢れる車内において、未だその身に一点の汚れすらも宿していない子供の存在は、文字通り神様みたいに見えたから。
「……街が出来て“ギルド”が結成されて、乗客たちが“冒険者”と“モンスター”に分類されて、互いが領地である車両を奪い合い始めたところまでは面白かったんだがね。今やどっちが“モンスター”なのかも分かりゃしなくなっちまった」
子供が隣の車両に移動すると、そこには様々な乗客たちがいたの。みんながみんな、常識では考えられない有様になっているみたいだね。
身体を半分に引き裂いて、右半分が“冒険者”、左半分が“モンスター”になっている乗客は、自分同士で延々とこぼれそうな肉を抓み合っていたの。
どこかの工房製の武器を持っている“冒険者”の乗客は、その武器を自分の右腕の骨と取って変えようと四苦八苦していたけど、手足が増えすぎたせいで狙いが定まらないみたい。
地面をぶどうゼリーみたいにじゅるじゅると這い回っていた“モンスター”の乗客は、子供の存在に気付くなりゆっくりと近付いて行ったけど、それに気付いた“冒険者”たちにこれでもかと踏みつけにされてしまったんだ。今となっては、“冒険者”たちはみんな子供を崇拝していたから。
「……薄々分かっちゃいたが、やっぱり違うか。まだ千四百年近く残っているとはいえ、これ以上の進展は期待できないっつーのが正直なところだぜ」
どうやら子供は何か目的があって、わざわざワープ列車の内部を見に来たみたい。だけどこの様子を見るに、あまり芳しい結果は得られなかったんだろうね。肩を落として落ち込んでしまっていたの。
「目の前で悲惨な出来事を見れば何か変わるかと思ったんだが──ま、いいさ。二千年なんて時間は、僕にとっては時間じゃねーし。暇つぶしには丁度いい長さだけどね」
子供はやっぱり生あくびを噛み殺しながら、そんな言葉を呟いたんだ。
⬛︎ ⬛︎
「
「……こ、こんな環境でも
子供がその声に瞼を開けると……、そこにはW社の制服を身に纏った同僚と後輩がいたんだ。どうやら同僚の方は、子供の制服を持って来てくれているみたい。
後輩の方は普段の快活さをすっかり潜めてしまって、その顔を真っ青に染め上げていたの。敬愛する先輩が乗車していることも知らされていなかったのに……、その上先輩が万全の状態でそこにいたから、困惑してしまっているんでしょうね。
「……おはよう、ファウストちゃん、ドンキホーテちゃん。いやしかし、二千年はあっという間だったねぇ──ちゃんと僕の制服を持って来てくれたみたいで感動しているよ、ありがとう」
「まあ、事前に連絡されていましたからね。ただ、流石のファウストも目を疑いましたけど。……でも、私も気になっていたことなので」
「今回はハズレを引いたかもなぁ、まあそこまで面白みはなかったね。あっ、でも一つ面白いことがあったんだよ。なんとこの僕が“ギルド”の“受付嬢”として──」
「ん、んん? 何やら当人だけ置いてけぼりにされている気がするのだが……」
後輩は突飛すぎる子供の話についていけなかったみたいだけど、同僚はそうはならなかったんだ。二千年の間に起こった様々な出来事に、興味深そうに耳を傾け続けていたの。
そんな話をしながらも、子供はテキパキとW社の制服に着替えていたんだ。帽子まできちっと被って、すっかり業務に当たるつもりみたいだね。
「さて、と。結局のところ、ワープ列車に乗った意味はまるでなかったが──成果はまるで得られなかったが、それでも時間は時間だ。休暇は終わってしまったし、さっさとゴミ掃除に励もうか」
そうして今日も子供は、業務に励むんだ。
そうしていれば、何も思い出さなくて済むからね。