囚人No.13 安心院なじみ 作:囚人
「お、目ぇ醒めたみたいだな? 院・さん」
「…………」
心臓が灼かれているかと思ってしまうほどの痛みで目覚めた。どうやら僕が気絶しているうちに、バス車内へと押し戻されたらしい。
胸に手を当てると、先ほどまで確かにそこにあった螺子は
だというのに。胸郭を丸ごと粉砕されたかのような、中身を手づかみでしっちゃかめっちゃかに混ぜっ返されたみたいな感覚は、決してなかったことにはならなかった。
確かめなければならない。僕に何が起こっているのか。何が僕をここまで捕えているのか。僕の隣に横たわっているこの感覚が、どうして──どうしてこんなにも、苛々させてくれるのか。
だから僕は、起き上がるなりあの時計頭の元へと「
〈なっ、
「無駄口を叩いてねーでさっさと答えろよ。お前のせいで僕は最悪な気分なんだ──さっきの戦闘、
〈私はただ、ファウストに言われた通りにしただけで……!〉
「……それなら、ファウストちゃん。きみは一体ダンテくんに何をさせたのかな。答えによっちゃ、今すぐきみの優れているらしい脳髄を──」
そう言いながらファウストちゃんの方へと振り向き、そして指を鉄砲みたいに構えた直後。
僕の傍には、いつの間にか案内人──ヴェルギリウスくんが立ち尽くしていた。折れ曲がった僕の指を、更に捻り上げて機能不全に陥らせながら。
「どういうつもりだい」
「頼むから落ち着いてくれないかと、そう思っただけだ。それに俺が見る限り、お前はそうやって短絡的な行動を取るのは好きじゃないと思ったんだが」
「指を一本へし折られただけで、僕が止まるとでも思っているんじゃないだろうね?」
「違うのか?」
「…………違わないさ、きっとね。ダンテくん、すまなかった。これからはこういうこともないように努めるよ」
〈……そうしてくれると嬉しいかな〉
ここまでされておきながら、強情な態度に打って出るのは愚の骨頂以外の何ものでもないか。僕はそう考えて矛(というか手指)を納めることにした。
ダンテくんにも迷惑をかけちまったが、そこから更なる迷惑をかけることになった。一応の謝罪と共に、
……まあ、それはそれとして。
僕の質問には答えてもらうぜ、ファウストちゃん。
「先ほどの戦闘で
「それが僕の場合は──あの、螺子だったと?」
「はい、そうなりますね」
「よりにもよって、どうして螺子なのかな」
「この先。あなたが地獄を巡り続ければ、自ずと氷解するであろう疑問です……、と。ファウストはそう解答させてもらいます」
あまり、わくわくはしない解答だぜ。
まったくもう、どうして螺子なんだろうね。最悪を更に煮詰めて最低をトッピングしたみてーな気分だ。
……
どうして僕は、こんな気分に陥っている?
それもまた、地獄を巡れば知ることが出来るのだろうね。とにかくこの会社から退社することが出来ない以上は、ひとまず大人しくしておくとしよう。
と、そう考えたところで。
ようやく僕は、運転席付近が何やら騒がしいことに気が付いた。
見るとそこには、カロンちゃんにあれやこれやと指示を出しているシンクレアくんと、赤い髪をした見たことのない女がいた。新しい囚人かな? いやいや、流石にそれはねーだろ。
寝覚めは最悪と言ってしまって差し支えなかったし、しょーがねー、あの二人にちょっかいをかけて気を紛らわすとしようか。
「もし、そこのお二人さん。地図を広げて何をしているんだい? まさか運転手たるカロンちゃんが道に迷っているわけでもあるまいし」
「あっ、おはようございます、
「マジで? いや流石はカロンちゃんだ、退屈させないことに関しては右に出る者がいないね」
「でしょう。でもカロン、おじゃまされてる。
「言われるほどゆるふわパーマではないと思うんですけど!?」
「カロンちゃん、人にものを頼むときはそんな言葉使いじゃ駄目だろう? それなりの態度を取ってほしいな」
「それなら。ピンクあたまとにせものパーマ、連れてってください。カロン、頭を下げます」
「うわあああああ!? 前! せめて前を見て運転してくださいって!!」
シンクレアくん、直線だからそんなに騒ぐことない……、いや騒いだ方がいいかもな。カロンちゃん、アクセルをベタ踏みしすぎだぜ。何キロ出てるんだこれ。
まあ流石に事故るようなことはないはず(ないよな?)なので、僕はこの高速運行をいっそ楽しんでやることに決めたわけなのだけど。
赤い頭の女は、そんな状況においても騒いだりすることなく、僕の顔面をこれでもかと凝視していやがった。
そんな見た目で意外と不良なのか、喧嘩でも売られるのかとも思ったけれど──しかしその表情は、どちらかと言うと
僕にはその子がそんな表情を浮かべている理由に、これっぽっちの心当たりもなかったわけだけど……。でも、だからこそなのだろうか。
赤い髪の女が放った一言に、僕はそれこそ
「──
……いっそ親しみすら感じるほどに、当然のように口にされたその呼び名は、まず間違いなく僕のことを指していた。
表情は驚愕から期待へ。……恐らくは僕と出会えたことが、彼女にとってはよっぽど嬉しいことなのだろうね。僕としては、そんな視線を向けられる覚えはないわけだが。
「
「…………ごめん、誰?」
マジで覚えがないので、僕としてはそう返すしかなかった。すると赤い髪の女──ユーリという名前らしい──は、その表情を期待から落胆、どころかそれすら通り越して半ば絶望しているかのような表情になっちまった。
ユーリちゃんの反応を見るに、彼女は僕のことを一方的に知っているみてーだが。しかし本当に覚えがねーんだよな、マジで。
……僕がまた知らず知らずのうちに、何かしでかしちまっているのかな? いやしかし、いくら長生きしているとはいえそこまで物忘れが激しくなった覚えはないんだがよ。
つーか。そもそも僕はこの都市に来たばかりだから、顔見知りなどいるはずもないし。だから一番あり得る可能性としては、僕に似たそっくりさんでもいるっつー感じになるんだろうか。
例えば、僕の
「……えっと。その、旧L社──ロボトミーコーポレーションのことは覚えていらっしゃいますか?」
「すまないが、僕は数日前に初めてこの都市に足を踏み入れたばかりでね。だからきみが出会ったというその
「そう、ですか……。で、でも! もしかしたらこれから向かう旧L社の支部を見れば、何か思い出すかもしれませんから。うん、そしたら私のことも思い出すはずです、きっと」
どうやらユーリちゃんは、僕こそがその
僕としても『
「つーか、今はその旧L社の支部に向かっているという認識でいいのかな? ほら、僕ってばついさっきまでぐっすり寝こけていたもんだから、事情が全く把握できていなくてね」
「はい。どうやらリンバスカンパニーの方々は、旧L社の支部──D-02支部跡地に向かっているみたいです」
「ふうん、わざわざ向かうってことは何か重要なもんがあるんだろうが……。その辺り、ご教示いただけないかな」
「もちろんです、
……黄金の枝。その言葉の響きは、どうしてか僕の心を揺さぶった。
この都市に来てからというもの、僕はどーにかなっちまったみたいだね。これもまたダンテくんと鎖で繋がった影響なのかな?
まあいいさ。今となっては何事も、どれだけ気になろうが実際に体験するまで知ることは出来ない立場になっちまってるし。一つ一つ、丁寧に紐解いていくことを心がけるとしよう。
そうすればいつかは、僕がこんなところにいる理由も分かるだろうぜ。
「……
「……まあ、善処するよ」
あと、ユーリちゃんが初っ端から親しみを込めまくっている理由の方も。ぶっちゃけ今は、こっちの方が気になって仕方ねーな。
未だに頭を下げたままアクセルをベタ踏みしているカロンちゃんと、それを顔面蒼白の様相で涙ぐみながら何とか止めようとしているシンクレアくんを眺めながら、僕はそんな何でもないことを考えた。
……しょーがねーな、そろそろ止めてやるか。
こんなことを考えるようになった辺り、僕も随分お人よしになっちまったぜ。
人間じゃなくて人外だけど。
なんつって。わっはっは。