囚人No.13 安心院なじみ 作:囚人
かくして、晴れてリンバス・カンパニーの社員──バスに乗っている連中は『囚人』と呼ばれるらしい──となった僕は、会社から支給された制服であるところのスーツに身を包んでいた。
つまるところ今の僕はいわゆる
胸元からは顔写真と名前が載っているパスケースが吊り下がっている。顔写真についてはつい先日、スーツが支給される前に撮ったせいで学生服のままだが……。まあこの際構わねーだろ。血まみれで写真撮った奴もいるらしいしな。
色々としち面倒臭い契約書やら何やらを書かされたのだけは納得していないがね。あんな契約、僕にとっちゃあ口約束や紙っぺらのメモ用紙一枚と何の変わりもないっつーのによ。
ちなみに、服装についてだが。ファウストちゃんに対して「僕の方がきみより着こなしが上手いだろう?」と聞いてみたところ、「ファウストは実用性を重視しているので」と返されてしまった。
煽りに乗っかってくれる奴は嫌いじゃないぜ。
嫌いじゃないどころか、むしろ僕好み。
「ふむ、ジャケットをオーバーサイズにしすぎましたね。ファウストが想像していたよりも、
「きみさあ。僕がその気になれば、きみのことを刹那で木端微塵にしてやれるってことを忘れているわけじゃないだろうね?」
「ファウストは引き際を知っているので。それにあなたがこの程度では激昂しないことも、当然ながら知っています」
「……じゃあ、どうしていちいち突っかかってくるのかな。僕が思うにファウストちゃん、きみはそうして人を煽るような人間ではないと思うんだがよ」
「
僕の隣を歩くファウストちゃんは、やはり表情をぴくりとも動かさずにそんなことを言い放ちやがった。なんつーかこう、手玉に取ろうとしている感じが気に食わねーぜ。
ただ、不快じゃねーな。
ほら、僕ってばこれで案外お喋り好きなもんだから。
そんな感じで、その後も軽口を叩きながら歩くこと十五分。僕たちの眼前には、無骨で物騒としか形容できないバスが駐車されていた。
本当ならば「
さて。先ほど物騒と言い表したバスだけど、一見すると蒸気機関車のようにも見える。もしかすると仕組みが同じなのかもしれないね。
つまるところが。
自走には何らかの燃料が必要だということだ。
さて。どうやらバスの中には、既に僕以外の囚人たちが集まっているらしい。軽口を叩くことに熱中し過ぎてペース配分をミスったかな。まあいいか、どうせ文句なんて言わせねーし。
……そんなことを考えていた折。突如としてファウストちゃんが口を開き、眼前のバスについて解説を始めてしまった。
「このバスは『メフィストフェレス』と言います。メフィストフェレスのエンジンはファウストが設計し、また開発したものです。つまり
「……まあ、そうだね。エンジンくらいなら僕にだって作ることはできるだろうが──しかし、
「……? ああ、なるほど。
……何だか勘違いされている気がするけど、都合は良さそうだしこのまま放っておくとしようか。
さて。そんなことは今の僕にはどうでもよくて、だ。先ほど数を数えるスキル「
まあだから何なんだって話ではあるんだけどさ。僕に──
ただ、一つだけ気になることがあってね。
七人いる男のうち、一人だけ──
これから共にバスでの地獄巡りに興じる仲だというのに、そんなつっけんどんな態度のままじゃあ興が削がれるってもんだぜ。
──というわけで。
恨むのなら、悪戯好きに生まれてしまった僕の性格を恨みなさい。
「……ファウストちゃん。一つ質問なんだが、僕はもうバスに乗ってもいいのかな?」
「もちろんです。ファウストはあなたをメフィストフェレスへと乗せるために案内してきたのですから──」
「そうかい。それだけ聞ければ十分だとも──それじゃ、遠慮なく」
僕はそんな言葉を吐きながら、メフィストフェレスへと乗り込んだ。
バスの内部には既に複数人の囚人たちが乗り込んでいた。見た目や雰囲気も十人十色、千差万別。これから始まる旅が楽しみで仕方がなくなっちまうような、個性的な面々ばかりだぜ、わっはっは。
と、僕がそんなふうにご機嫌になっていたところで。
突如として、腹の底から虫唾が走るような──
視線を送ってきていたのは、囚人の中の一人──ではなく。メフィストフェレスの前方部分、つまりは運転席付近に座していた、明らかに都市においてもレベルが違うのであろう男だった。
その手には、
そしてその短剣には、
突如としてそんな状況に陥ったものだから、囚人たちのうち何人かは見るからに慌てていた。しかしそれとは反対に、むしろ面白いものを見るかのような目つきを隠そうともしない奴もいた。
そんな状況に陥ってしまった上に。途轍もないプレッシャーが僕に対して向けられていて、僕としては非常に困っちまうぜ。さて、どうやって切り抜けようかな──なんて。
そりゃそうなるよな。
だって、僕が先に
しばらく睨み合う、僕と男。
そうし始めてから数秒後、先に口を開いたのは男の方だった。
「……先に言っておくが、俺をあまり不機嫌にさせるべきではないと思うな。はあ……、俺にはファウストさんが何を考えてお前をこんなところに呼びつけたのかも分かっていないというのに、どうして出会い頭に最悪の事態を想定しなきゃいけないんだ?」
「最悪の事態ねえ。そんな事態に陥ることはないと思うぜ、僕としてはね。もちろん、それはきみ次第なのかもしれねーけどよ──さて。一つ聞きたいことがあるんだけど、構わないかな?」
「へえ、俺たちの貴重な時間を奪っておきながら、まだそんなことを言える度胸があるのか。頼もしいことこの上ない、今後もそんな減らず口を叩いてくれることに期待していよう。何にせよ、俺を疲れさせる質問じゃないといいんだが。それかもしくは、俺を癒してくれる質問でもいいぞ」
「それじゃあ、聞かせてもらうとしようかな──」
未だに赤熱しきった短剣から手を離そうともせず、目を煌々と赤く光らせている男に対して、僕は非常に大切な質問を投げかけた。
それはこの地獄巡りの旅において。
もしかすると最も重要かもしれない質問だった。
「──このバスって、座席とか決まってたりする?」
「…………。勝手にしろ、自由席だから。分かったらさっさと座れ、
「僕のことは親しみを込めて
「そうか。それなら俺に少しでも親しみを込めてもらえるように──無駄な努力を怠らないようにするべきだろうな。そうだろ、
唇の片端を意地悪そうに吊り上げて言葉を吐く男。いっそ清々しいほどの拒絶だった。ま、ファーストコンタクトとしちゃあ上々だろうぜ。
とりあえず、満足満足。やはり僕はこうでなければね。内心で鼻歌を口ずさみつつ、僕はバスの最後部座席へと進んでいき、邪魔なバットを一度どけてからそこに座り込んだ。
隣には、いかにもガラの悪い男。どうやらこいつは、僕がわざわざ隣を選んで座り込んできたことに対して怒りと困惑を覚えているようだった。
「やあ、これから同じ囚人としてよろしく頼むぜ」
「……よし、オレは決めたからな。次また無闇に騒ぎを起こしやがったら、テメェのドタマを躊躇なく叩き割ってやる」
「それについても、よろしく頼むよ」
よし。ぶっちゃけ見た目やら態度だけで選んだけど、僕が予想していた通りに、随分と元気のいい奴らしい。どうやら僕は
これならしばらくは退屈せずに済みそうだぜ。
わっはっは。