囚人No.13 安心院なじみ 作:囚人
僕がメフィストフェレスに乗り込み、そして席に着いた直後。見るからに物騒だったバスはこれまた物騒な音を立てつつ、途轍もない速度で運行を開始した。
……酷く荒い運転だ。こんなに治安の悪い運転は初めて体験するかもしれないね。絶叫マシンなんぞに興味があるタイプではないと自己分析していたけれど、しかし案外そんなこともないのかもしれなかった。
当然ながら、こんなにも運転が荒いのにはそれなりの理由があるらしく。どうやら僕ら囚人一行を乗せたこのバスは、巣の方面ではなくむしろその反対──つまるところが『外郭』に向かっているらしかった。
ふむ。わざわざそんなところに向かっているのを見るに、恐らくはそこにも、この会社に入社する予定の存在(人材と言うべきか)がいるのだろうね。要するに
と、いうことは。
そいつのとこに到着するまでは暇ってことだ。
「つーわけで金属バットくん。可愛らしい僕の暇つぶしに付き合ってはくれないかい?」
「……チッ。黙ってろ、がきんちょ。オレは子守をするためにこの会社に入ったわけじゃねえんだよ──つーかお前、どう見たって十七歳かそこらじゃねえか? 何でこんなとこにいるんだよ」
「…………」
「なあ、おい。おい! テメェ、オレの質問に答えろよ! さっきまであんなにペチャクチャ嫌味ったらしく喋ってやがったのに、どうして今度はニコニコ笑いながらシカトこいてんだ!」
「きみから見れば、僕はがきんちょなんだろう? だからほら、それならきみの言った通りに黙っておかないとね。無闇に口を開いて機嫌を損ねてしまうというのは、僕の望むところではねーからさ」
「テメェこのクソガキ……、ここが裏路地だったら──いや、バスの中じゃなかったら。そん時はタコ殴りにしてやるところだったぜ」
「いいねえ、タコ殴り。もしかして、きみの得意技だったりするのかな?」
「あ? そりゃまあ、そういうことすんのは慣れっこだけどよ……。どうしてそう思うってんだ、なあ?」
「きみは怒りっぽいようだからね。当然、常日頃から顔は真っ赤に染め上げられているんだろう? それこそ、タコみたいに!」
冗談混じりにそんな言葉を吐き捨ててやった直後。
いやあ、美少女相手にも容赦ないねえ、金属バットくん。良くも悪くも無差別らしかった。それにしたって怒りすぎな気がするんだがよ。
流石にバスの中に動揺が走った──厳密に言うのならば、一定数の囚人たちのみ驚きの表情を浮かべていた──ので、少しやりすぎちまったかもしれねーな。ほら、僕って手加減とか知らないからさ。
しかし目的地に辿り着く前からこんな空気感にしてしまったのでは、流石に申し訳が立たないね。しょーがねーから僕がどういう人物(人外だけど)なのかを
「ハッ。ガキだからって調子こいてんじゃねえぞ、おい。もしかしたらテメェはぬくぬく甘ったれて腐り切った環境で育ったのかもしれねえから教えておいてやるけど、裏路地に身を置いてた野郎に『遠慮』の二文字はねえんだよ」
「ああ、うん。身をもって体感したとも、たった今ね。つまり裏路地に身を置いていた奴ってのは、どいつもこいつも揃いも揃って『短慮』ってことらしい」
「っ、テメェ!!」
すかさず掴まれる僕の胸ぐら。二発目の拳が、既に僕の目と鼻の先まで到来していた。このまま顔面で受け止めてやったっていいんだけど、しかしいつまでもそれじゃあ芸がないってもんだぜ。
……だからまあ、結論だけを先に述べるとしよう。
結局のところ、金属バットくんの拳は
まだ空振っていることにも気付かれていない内に。僕は彼の背後──つまるところが
「まあ一旦落ち着きたまえよ、金属バットくん。初めに言った通り、あくまで僕は暇つぶし程度に会話をしようって考えてるだけなんだぜ?」
「っ!? な、テメェ……、いつからオレの後ろに……!」
「いつからでもいいだろう? 今となっちゃそんなことは重要じゃねーぜ、金属バットくん──こと、ヒースクリフくん」
「散々おちょくりやがった挙句、気安く呼んでんじゃねえぞクソガキ。……頼むからその口を縫い合わせてくれねえか? そうなりゃその鬱陶しい減らず口も叩けなくなっちまうだろうしな」
「そんなことを言われると困ってしまうぜ。何度も言っていることだけれど、僕はあくまで暇つぶしとして互いに軽口を叩き合おうっつー遊びに興じているだけなんだから。ま、どうしても縫い合わせたいっつーなら止めはしないけどね。針と糸は僕が用意してやるよ」
「……いよいよマジに気になってきたぜ、テメェの頭ん中がどんなふうになっちまってるのかが。つーかよくもまあ、オレにぶん殴られてもまだそんな態度を取れたもんだな?」
「まあ僕の面の皮は厚いからねえ」
一回ひっぺがされてるし。
それに頭の中だって、全部吹き飛んでる。
なんつって。わっはっは。
とか、そんなことを言ってみたものの、しかしヒースクリフくんから向けられる視線は冷ややかな──つーか、寧ろ呆れられてるみたいな視線だった。そういう視線を向けられたことはなかったから新鮮だぜ。
いやあ、新鮮にも程があるっつーの。
……新鮮ねえ。
──新しい。
そんな言葉も、今となっては懐かしいな。
「……あの。そろそろ静かにしてくれませんか? えっと、
「ん、ああ……。お気遣いありがとう、船乗りちゃん。それもそうだね──どうやらこの辛気臭え森こそが、僕たちリンバス・カンパニーの目的地のようだし」
「なんだ、意外と普通に話が通じるじゃないですか。というか、どうして私の転職前のことを……。まあいいです。とにかく、やっぱりいくら腹が立ったとしても、暴力に訴えかけるのは野蛮ってことなんですよ」
「……チッ。がきんちょの次はテメェの番だ……。覚えとけよ、そばかす」
ふむ、どうやら橙色の髪をした船乗りちゃんとは気が合いそうな感じがするぜ。この子のことは、あまりイジらないでおいてやるとしよう。
僕は分別のつく奴なのさ。やっぱりイジるのならイジり甲斐のありそうな奴に限るぜ。それは例えば、僕の隣で青筋立ててるヒースクリフくんとかね。
そんな感じで。僕からすれば和やかで賑やかな雰囲気のまま、囚人たちを乗せたメフィストフェレスは薄暗い森の中を突っ走っていった。
さて。
ここから先、鬼が出るのか、蛇がでるのか。
先に知ることもできるけど、それはいささか無粋って奴だろうぜ。