囚人No.13 安心院なじみ 作:囚人
第8箱「歪んだ自分を写すものだ」
のっけから戯言で恐縮だが、もしもきみが気がかりな夢から目覚めた時、自分がベッドの上で一匹の巨大な毒虫に変わってしまっていたら。その時、きみはどうしたいと思うのだろうね?
言うまでもなく、虫というのは存在しているだけで嫌悪されることが多い。もちろん好きな人から見れば魅力的なのだろうけれど──そうでなくとも蝶やクワガタなんかは大人気だが──しかしそれでも、やはりどうにもならないほどに忌み嫌われている存在でもある。
人によっては、具体的な虫の名前を文字として認識しただけでも怖気が走ってしまうらしい。(少なくとも見た目の上では)うら若き乙女である僕としては、その気持ちもまあ分からないでもないんだけどさ。
ほら。
僕ってば人と虫の区別とかつかねーから。
ああでも、手足の数は違うよね。
さて。そんな僕のどうにもならない程にどうしようもない特性は置いといて、だ。つまり僕としては、
例え話に例え話を重ねてしまい大変申し訳ないのだけれど、僕にとっては重要なことなのでこのまま進めさせてもらおう。
例えば。僕たちが考える外見が不快である害虫の見た目が、
もしかしたら、心優しい存在なのかもしれない。
もしかしたら、案外気が合うのかもしれない。
もしかしたら、もしかしたら、もしかしたら──。
でも、そんな仮定や例え話に意味はない。
だって、
だから徹底的に駆逐されて。
だから圧倒的に駆除されて。
だから決定的に排除される。
外見が気持ち悪いから。動作が気持ち悪いから。色味が気持ち悪いから。形状が気持ち悪いから。名前が気持ち悪いから。生態が気持ち悪いから。種別が気持ち悪いから。絵面が気持ち悪いから。数量が気持ち悪いから。存在が気持ち悪いから。
──でも、もしかしたら。
つまるところ、僕が言いたいことなどたったの一つしかないのさ。
見た目には気を付けろ。
甘く見ると、痛い目を見るから。
⬛︎ ⬛︎
ゴリゴリとえげつない音を立てながら、鋼鉄製のバスに文字通り喰われているごろつきたちを見ていると、流石の僕も気が滅入るらしい。人の死因にも色々あるけれど、機械に巻き込まれて圧死するのだけは勘弁願いたくなってきた。
ふと自分の両手を見てみると、返り血でべっとりと赤く染まっている始末。つーかぶっちゃけ、両手どころか全身血まみれだった。ああ、臭い臭い。醜く肥えたチンピラの返り血だからか、やたらと粘ついていやがる。
僕としても、まさかこんな風に手を汚すことになるとは思っていなかったとも。
とんでもねー会社に就職しちまった。古巣の連中に知られたらどうなるか分からないし、さっさと足を洗いたくなってきちまったぜ。
……ただ、しかし。僕の胸に一種の充足感──要するに「してやったり」という気持ちのことだ──が飛来したのもまた嘘ではない。
だから一仕事終えたのだという確かな事実が、僕の精神を高揚させていることには何の間違いもなかった。人を数人ヴァルハラ送り(メフィストフェレス送り?)にしておきながら、こんなことを言うと人道を疑われてしまうかもね。
つって。
僕ってば、人間じゃなくて人外なんだけど。
そんな感じで今日も一人ジョークに精を出していたタイミングで。突如として僕の後ろからダンテくんが声を掛けてきた。
〈……
「うん? ああ、ダンテくん。ちょうど今一仕事終わったところだからね、小休止がてら水分補給に勤しんでいるんだよ」
〈えっ、と。それは、うん。大事なことだと思うけど──〉
そこまで言って、おずおずと僕……ではなく、僕の右手を指差すダンテくん。そこにはいかにも健康に良さそうなジュースが握られていた。
そして、しばらく迷ってから。
覚悟を決めたのか、ダンテくんは言葉を続けた。
〈──私の目がおかしくなったのでなければ。……いやまあおかしくはなっているんだけど、とにかく、
「うん、トマトジュースだよ。この僕、
〈後半部分は理解できるけど……〉
「ちなみにだが、大変珍しいことに果肉入りだぜ。ダンテくんも一口どうだい──って、きみはその頭じゃ飲めないか。すまない、素直に謝罪するよ」
〈いやいや、そういう問題じゃないから!!〉
うわお。突如としてダンテくんのチクタク音が早まりやがった。この時計頭、何故かは知らねーが無駄に
しかしそれにしたって、果肉入りトマトジュースは流石に悪ふざけが過ぎたかな。昨今の漫画作品やらイラストやらでは、トマトジュースを血と見做し、それを吐き出しているのを見た奴が吐血していると勘違いする……、みたいな展開がありがちだろう?
だから出来ることなら、そういう悪戯もしてみたかったんだがね。この調子だとあまり好意的には受け取られないかもしれねーな。いやはや、意外にままならねーもんだぜ。
とか、そんなしょうもないことを考えてながらトマトジュースを始末したタイミングで。突如として声をかけてきたのは、僕の口喧嘩友達であるファウストちゃんだった。
「……ファウストとしては、神経を疑う他ない悪戯だと言っておきます。
〈ファウスト……! もっと言ってやってくれる?〉
「おいおい、まさか言うに事欠いて二対一かい? 弱いものいじめは感心しないなあ、僕ってばこんなにも美少女なのに」
「容姿が端麗なのはあなただけではありません」
「言うねえ」
〈ファウスト……?〉
もうこれだけで僕としては満足しちまいそうなくらい面白いやり取りだったが、しかし僕はここで満足するようなことはせず、言い合いついでに以前から気になっていたことを聞いてみることにした。
すなわち。
「つーかよ、僕としてはどうしてこのバスが人を貪り喰っているのかの説明をそろそろいただきたいところなんだが。何も知らされずに息も絶え絶えの連中を放り込み続けるのは、流石の僕でも不愉快だぜ」
「簡単なことです。ファウストが設計したメフィストフェレスのエンジンは、“エンケファリン”という物質を燃料としていますから」
〈そのエンケファリンっていうのは、人間から抽出することが出来るの?〉
「その通りです。死体を
「ふぅん、なるほど。だから僕たち囚人連中はこんな風に血みどろ血まみれの、血で血を洗う様相を強いられているわけか。合点がいったよ」
エンケファリンねぇ。
どうにも僕が知っているそれとは色々と差異がありそうだけれど、取り立てて気にするようなことでもないか。
ほら、この都市は僕の常識とか理屈とか、そういうのは一切通用しない場所らしいし。そのうち馴染むだろうぜ。あれだ、習うより慣れろってやつ。
さて。
このバスについての疑問がやっとこさ一つ氷解したところで、流れに乗って二つ目の疑問も解凍させてもらうとしよう。
「それじゃあ二つ目の質問だ。
〈あっ、それは私も気になってたんだよ。ファウスト、良ければ教えてもらえない?〉
「ダンテがそうおっしゃるのであれば──そうですね。
「質問を質問で返すんじゃねーよ──ふむ。そんな風にわざわざ分かり切ったことを聞いてくるということは、普通の鏡ときみの言う『鏡』は別物だと、そう捉えて構わないね?」
僕の言葉に首肯をもって応じるファウストちゃん。つまるところが、ここでもまた都市の謎技術が出張って来るらしい。
いやはや参ったもんだね。この都市に来てからというもの、僕の知的好奇心は刺激されっぱなしだぜ。漫画雑誌のグラビア表紙よりよっぽど刺激的だ。まあ僕はグラビアなんぞに興味はねーけど。
……確か、僕の知り合いには。
寧ろそういった物に興味津々だった奴も、いた気がするんだけどね。
とっくに忘れちまったぜ。
わっはっは。
「……うん、鏡ってのはつまり、歪んだ自分を写すものだ。僕でありながら、同時に僕ではない。文字通りに鏡写し、反転した自身の片割れ。それらを写し取る技術の
「それでは、『窓硝子』は?」
どうやらファウストちゃんはクイズ大会がお望みらしい。いいだろう、どうせ暇だったんだ。きみの余興に付き合ってやるぜ。
「僕が思うに『窓硝子』とは、景色を写す物だ。もっとも、それが真実か虚飾であるかまでは分からないけどね。ほら、ステンドグラスってあるだろう。あれと同じことで、あり得たかもしれない現在とか、有り得べからざる未来とか。そういう物を見るための技術なのだと、僕としてはそんな答えを返させてもらおうか」
「『鏡』と『窓硝子』の明確な差異の有無については、どうお考えですか?」
「きみは僕の扱いが本当に上手いねぇ。そんな風に分かり切ったことを聞かれると、僕は講釈垂れちまいたくなるんだよ。さて、御託は抜きにしとくとして──その違いは明白であり、差異はある。要するにその二つの技術は、見ている物や見るべき部分が違うっつーことなんだからよ」
「それは、どのような差異ですか?」
「
僕がそこまでほとんど間髪入れずに、そして律儀に
……人にクイズを吹っかけておいてそんな反応をされても困るんだがね。もしかすると僕は、
さて。そんなファウストちゃんだったが、僕との問答が終わってからしばらくして。一呼吸置いた彼女は、ゆっくりとダンテくんの方を振り向いた。
そして、一言。
「ダンテ。これでご理解いただけましたね?」
〈えっ? いや、全然……〉
「…………
「いや、まあうん。どうやら僕たち二人だけで盛り上がりすぎたらしいぜ、ファウストちゃん」
見るからに膨れっ面になったファウストちゃん(表情はそこまで変わっていないのに頬を膨らましているように見える。見ていて面白いね)は、ため息を一つ吐いてから再び簡易的な説明を開始した。
つまるところが。メフィストフェレスには『鏡』技術を応用した、囚人たちの別側面──言うなれば
……思いっきり次元跳躍の類だと思うんだが、どこのどいつがこんなもんを作り上げたんだろうか。ファウストちゃんが言うには、地獄巡りの旅を進めていけばいずれ分かるらしいけれど。
いやはや、その辺りも上手いこと僕を誘導してくれるじゃねーの。自覚はあるが、僕はこれで結構好奇心旺盛なわんぱくガールなもんでね。そんなことを言われちまえば、僕としては率先して地獄に身を落とすほかないっつーの。
〈へえ、別人格……。これまた凄まじい話な気がするけど、それって今抽出することもできるのか?〉
「ええ、可能です。こちらの“狂気”が百三十個で一回、人格の抽出を行うことが出来ます。抽出チケットがあれば──」
〈ちょっと待ってファウスト。えっと、まずその狂気っていうのは何……? それに、抽出チケットって……?〉
「狂気は狂気です。抽出チケットは抽出チケットです。ファウストとしては、これ以上の説明は必要ないと思いますけど」
〈あ、うん……。じゃあまあ、いいか……〉
何だよそのソーシャルゲームみてーなシステムは。
それならば、課金するとより強い人格が入手出来たりするのかな? リンバス・カンパニーは余程の資金難に陥っていると見えるね。
そんな風に僕が内心雑な皮肉を効かせていたところで。ダンテくんはファウストちゃんから受け取った10回抽出チケット(ますますソシャゲじみてきた)を使い、早速囚人の人格を抽出することにしたらしかった。
すると、中心部に存在しているエンジンが鈍く光り始めた。僕もそこを覗き込んでみたところ、何やら
その数を確認した直後。
麻雀牌のような形をしたそれらの光は、ダンテくんの持つ端末の元へと収まった。
……どういう技術かは分からないが、気にしても仕方がないので気にしないことにしようか。
〈おお……、何だか本当にガチャを回してるみたいだ〉
「みたいっつーか、実際ガチャみてーなもんだろ。それで、ダンテくん? 僕にわざわざ言わせるよりも先に、僕の言いたいことを察してはくれないかな?」
「ダンテ。
〈ん、ああ……。あるみたいだけど、ひとまずこれはまた後で。みんなの前で発表するから〉
遠回しに僕のことを子供っぽいって言いやがった。しかしファウストちゃん、きみは分かってないぜ、僕がどれほどこの人格抽出システムを高く買っているかを。
だって、そうだろう。
別人格の僕だなんて。
僕には出来ることが。
出来ないかもしれないんだから。
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