ウマ娘キタサンブラック短編集 大人編   作:大典74

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pixivにある同名の作品を手直ししております
多分この話がR-15のタグがつけた理由になっていると思います


どういう意味でしょう?

「キスって、部位によって意味が違うらしいですよ!」

「どうした、急に」

 

 突然ベッドから立ち上がったキタサンが、よく分からないことを言い出した。

 もう寝る時間だというのに、また妙なことを。

 小さく息をついて見上げると、不意に視線が絡む。

 こちらを見つめる赤い瞳は、夜空の星々よりも煌めいて見えた。

 

「これですよ、これ! 見てください!」

 

 勢いよく、俺の目の前へスマホを突き出してくる。

 そういえばさっきから、画面に穴が空くほど見入っていたっけ。激しく揺れる尻尾が、何度も俺の背中を打っていたのも納得だ。

 

「どれどれ」

 

 促されるまま、突き出された画面を覗き込む。

 なになに……『キスに秘められた真意とは!』か。

 いかにもなネット記事。キタサンって意外とこういうのを気にするよな。

 画面から少しだけ視線をそらし、彼女の顔を盗み見る。

 パタパタと揺れる耳と、紅潮した彼女の頬が視界に入った。

 

「見ましたよね?」

「あ、うん」

「では、一旦隠しますね!」

 

 その言葉とともに、スマホが視界から消える。

 遮るものがなくなった彼女の頬は先ほどよりも赤く、耳の動きはさらに激しくなっていた。

 

「というわけで旦那さん。今からあたしがするキスがどういう意味か考えてください!」

 

 おっと、今、とんでもないことを言い出したな?

 唐突な宣言に、思考が一時停止する。

 確か、キタサンが俺にキスするってことだよな。その前にも何か言っていた気がするけど……なんだっけ?

 

「分かったよ」

「……!」

 

 まあ、このくらいの戯れならすぐに終わるだろう。付き合ってあげようか。

 小さく息をつき、もう一度彼女を見上げる。

 そこには、宝石のような瞳を輝かせた、はち切れんばかりの笑顔があった。

 

「よぉし! ではではいきますね〜」

 

 彼女はぐっと拳を握りしめ、体を俺に寄せてきた。

 あれだけ合っていた視線はもう外され、閉じた唇からは小さく息が漏れている。

 ピンと立った耳は、微動だにしない。

 

「……っ……」

 

 輝いていた瞳は閉じられ、頬の熱がこちらに届きそうな距離まで、彼女の顔がゆっくり、ゆっくりと近づいてくる。

——直後。

 突如、彼女はしゃがみ込み、そのまま下へと顔を向けた。

 

「………ん」

 

 右手首に落ちた、柔らかな感触。

 彼女の唇から伝わる微かな熱が、じんわりと指先にまで広がっていく。

 

「む……んん……」

 

 顔を押し付けるように、彼女はさらに強く手首に吸い付いてくる。

 じんわりと深まる熱と、こそばゆさ。

 その奥に混じる微かな痛みが、彼女の隠しきれない熱量を伝えていた。

 

「…………」

 

 微かな彼女の息遣いだけが、静かな室内に溶けていく。

 天井の淡い照明の下、二人きりの時間がただ濃密に過ぎていった。

 

「……ちゅ……」

 

 ゆっくりと、彼女の唇が離れていく。

 糸を引くこともなく、手首の温かな感触だけが空気に溶けて消えていった。

 

「ど、どういう……意味……でしょう……?」

 

 再び隣に座り直した彼女の頬は、リンゴのように真っ赤に染まっていた。

 消え入りそうな声に、手首を押さえた俺も、どうしても視線を返すことができない。

 

「えっ、と……その……だな……」

 

 普段と場所が違うだけなのに、どうしてこんなに動揺しているんだ。

 手首を押さえた手を離せないまま、視線を泳がせることしかできない。

 

「い、一回じゃ……わ、分からない、かもですよね……! で、ではでは! も、もう、一回……」

「えっ!?」

 

 裏返った声とともに、とんでもない言葉が飛んできた。

 驚いて隣を振り向くと、そこには激しく耳を揺らし、目を回しながらパクパクと口を動かしている妻の姿があった。

 

「つ、つよいあい……つたえる、あたし……」

「き、キタサン……落ち着いて……」

 

 ふらりと立ち上がり、こちらに近づいてくるキタサン。

 荒れ狂う波のように激しく動く尻尾は、彼女の心の内をそのまま映し出しているようだった。

 さらに危ういのは、彼女の足取りだ。焦点の合っていない瞳でふらつきながら近づいてくる姿は、何かの拍子に躓いてしまいそうで——

 

「……あっ!?」

 

 刹那、彼女の姿勢がぐらりと崩れた。

 

「キタサン!?」

 

 考えるよりも先に体が動いた。

 

「わぷっ」

 

 胸元から聞こえた声に、ハッと意識が引き戻される。

 視線を落とすと、俺の胸に彼女の顔が埋もれていた。

 いや、違う。俺の腕が、倒れ込んできた彼女の体を無意識に抱きとめていたんだ。

 

「大丈夫か、キタサン?」

 

 もしも床やベッドの縁に頭でもぶつけていたら……。

 最悪の想像にゾッとして、自然と彼女を抱き寄せる腕の力を強くする。

 

「…………」

 

 しかし、キタサンは俺の呼びかけに応えない。

 ただ無言のまま、甘えるように俺の胸へと頭を擦り付けてくる。

 こそばゆい感触と、揺れる尻尾や耳が、彼女の答えのようだった。

 

「キタサン?」

 

 流石に何か言葉を返して欲しい。

 背中へと回している手で、彼女をポンポンと軽く叩いて促す。

 

「!」

 

 ピクンと耳が跳ね、彼女の頭がピタリと動きを止めた。

 胸元からこそばゆい感触が消えてしまい、ほんの少しだけ名残惜しくなる。

 

「旦那さん……」

 

 ゆっくりと顔を上げるキタサン。

 熱に浮かされたように揺れる瞳に射抜かれ、俺は息をすることすら忘れて硬直してしまった。

 

「キタ……サン……?」

 

 震える唇から、ようやくその声だけを絞り出す。

 

「………………」

 

 無言で俺を見つめる瞳。

 吸い寄せられるように落とした視線の先では、彼女の口元からタラリと引いた糸が、俺の胸元へと繋がっていた。

 

「どういう……意味だと思いますか?」

 

 糸がゆっくりと消えていくのと同時に、彼女は言葉を紡ぎ出した。

 俺の服を掴む彼女の手の力が強くなる。

 絶対に離さない。

 

「どういう、って、何がだい?」

 

 喉を震わせながら、必死にとぼけてみせる。

 

「キス……です……。分かりますか?」

 

 ふわりと頬を緩ませるキタサン。

 緊張をほぐすための、いつもの優しい笑みだと思いたいのに。

 熱を帯びたその瞳から、どうしても目を逸らすことができなかった。

 

「え、っと……愛情……とか?」

 

 真っ白な頭から、どうにか絞り出した答え。

 気の利いた言葉など浮かばず、先ほどの彼女のうわ言をそのままなぞるしかできなかった。

 

「……あはは」

 

 もう一度、彼女は微笑む。

 その笑みが歓喜なのか、それとも愉悦なのかは、俺には分からなかった。

 

「……ううん、違います。だけど、さっきまでなら正解でした」

 

 彼女はゆっくりと首を振った。

 宝石のように綺麗な瞳で真っ直ぐに俺だけを捉えながら、噛みしめるように言葉を紡ぐ。

 

「……っ。それなら、今のキスには、どういう意味があるんだ?」

 

 手首から逸れて、偶然にも俺の胸元――心臓の真上に落とされたキス。

 視線を落とさずとも、跡の消えたそこには、彼女の唇の熱が火傷のようにはっきりと残っている。

 

「わかりませんか?」

 

 ゆったりとしているはずなのに、妙に鋭く耳に残る声。

 ハッとして視線を戻すと、彼女は口角を上げ、俺のすべての退路を塞ぐような深い笑みを浮かべていた。

 

「……逃さない、とかか……」

「………………」

 

 ハッと瞳を大きく見開き、キタサンはうつむくように顔を伏せた。

 もう、どんな表情をしているのかは窺えない。

 あの熱を帯びた視線も、底知れない微笑みも、見えないはずなのに――

 

「……ごめんなさい」

 

 絞り出すような声とは裏腹に、彼女の耳は獲物を狙う猛獣のように激しく揺れていた。

 

「本当に偶然なんです」

 

 俺の胸に添えられた彼女の手が、服を強く掴み――。

 

「偶然、触れて。貴方の胸が、温かくて……。そうしたら、もう、どうしようもなくて……っ、ごめんなさい」

 

 彼女の尻尾が俺の足に強く巻き付いていて——

 

「ですけど……っ……ううん……。だけど……ぅ……だから……っ……ね……」

 

 途切れ途切れに紡がれる言葉と一緒に、ひどく熱い吐息が俺の胸元に吹きかかり――

 

「だんなさん……ごめん……っ……」

 

 そして、ゆっくりと顔を上げた彼女。

 その表情は。

 

「もう、ねかせないから、かくごしてね」

 

 絶対に、俺を離さない。

 有無を言わさぬその熱い瞳に射抜かれ、俺はただ、彼女の甘い熱に呑み込まれることしかできなかった。

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