ウマ娘キタサンブラック短編集 大人編   作:大典74

17 / 17
pixivに同名の作品を投稿しております


温かな匂いに包まれて

 春とは思えないほどの冷え込みを越えると、今度は嘘のように暑い日々が待っていた。

 じりじりとした日差しに当たると、まるで夏みたいで、少しだけ頭がクラクラしちゃう。

 幸い、吹き込む風だけは春らしく優しくて、窓を開ければ部屋の中は思いのほか過ごしやすい。

 だからなのかな? このリビングで旦那さんは、窓を開けて、朝からずっと作業をしている。

 

「……よし、これでオッケーっと」

 

 ようやく注ぎ終えた二つのコーヒーカップを見つめ、あたしは小さく息をつく。

 時計の短い針は、3を指している。

 リビングの真ん中に陣取る旦那さんの方から、さっきまで響いていたカチカチという作業音が消えている。

 ……彼もひと息ついているところなのかな?

 

「それなら!」

 

 時間も時間だし、きっと良い休憩になるはずだよね!

 せっかくのお休みなのに、今日はあんまりお話できなかったから……今ならちょっとくらい、いいよね♪

 あたしは二つのカップを手に取ると、スキップするように彼の元へ駆け寄った。

 早く話したい、色々労ってあげたい、一緒に笑っていたい。

 次々とあふれてくる温かい気持ちを、あたしはもう止められなかった。

 

「旦那さん、コーヒー持ってきま……っ」

 

 弾んでいた足が、ぴたりと止まる。

 視線の先に待っていたのは──。

 

「すぅ……」

「……寝ちゃってる」

 

 何とも可愛らしくて、ほんのちょっぴりだけ憎たらしい。

 腕を枕にして、すっかり無防備に目を閉じている。

 綺麗に閉じられたノートパソコン。きっと、ギリギリまで頑張って終わらせてから、力尽きちゃったんだろうな。

 

「むぅ……」

 

 まぁ、朝から頑張っていたのはわかりますよ? あたしだって応援してたわけだし。

 だけど、こう……もう少しだけ、あたしと話す時間を作ってくれてもいいと思うんですよ。

 温もりが足りないですよ、あたし。

 

「……もう」

 

 なんて、ワガママなことを思っても仕方がない。

 これだけ頑張って疲れているんだから、邪魔しちゃダメだよね。

 ならば、今のあたしにできることは、彼のお昼寝を最高のものにしてあげること!

 あっ、せっかく淹れたコーヒー……。うん、二つ飲むのはちょっと大変だから、牛乳を入れてカフェオレにして飲んじゃおっと。

 コーヒーには悪いけど、少しの間だけテーブルに置いておくことにした。

 

「えっと、どうしようかな」

 

 まあ、なんにせよ、この姿勢のままだと体が痛くなっちゃう。ひとまず横にしてあげようかな。場所は……寝室が良いよね。

 そっと体を机から離して、リュックを背負い込むように彼をおんぶする。

 意識がない人を背負うのってちょっとコツがいるけど、あたしはお助け大将だからね。

 これくらい、すっかり慣れっこなのです、へへん♪

 

「んん……」

 

 っとと……っ。

 あっ、起きちゃったかも。

 

「すぅ……」

 

 なんて焦ったけど、どうやら大丈夫みたい。

 背中からはまた規則正しい寝息が聞こえてきて、すっかり安心しきっているのがわかる。

 ……でも、これでおんぶされても起きないってことは、よっぽど深く眠っちゃってるんだね。……そっか。なるほどなるほど。

 頭の片隅に浮かんだ『あること』にワクワクしながら、あたしは寝室へと足を進めた。

 

「よいしょっ……と」

 

 あっという間に辿り着いた寝室。あたしはゆっくりと、彼をベッドへ降ろした。

 ポスリ……と可愛らしい音を立てて沈んだ体を、そっと仰向けに寝かせ直す。

 

「すぅ……」

「やっぱり起きない」

 

 そうなると……えへへ

 さっきからずっと考えていたことを実行できる。そう思うだけで、自然と頬が緩んでしまう。

 ではでは、始めるとしましょうか。あたしのご褒美タイムを!

 

「……よし」

 

 彼のベッドにゆっくりと腰を下ろし、そのまま背後へと回り込み――

 

「これで……よし」

 

 そのまま彼の胸へと腕を回し、そっと抱きしめる。

 ギュッ……とすると起きちゃうから、キュッ、くらいの力で密着する。

 

「……えへへ」

 

 衣服越しでも、彼の体温がしっかりと伝わってくる。

 あたしより少し大きな背中。ほんのりと温かい、大好きな温度だ。

 胸板のたくましさは、この位置からじゃ少しわかりにくいかな。対面なら、頭をすりすりしながら堪能できるのに……なんて。まあ、そんなことしたら起きちゃうから、今は我慢。忍耐だよ、キタサンブラック!

 というわけで、この姿勢のままできることに挑戦しよう。

 まずは……そうだなぁ。

 

「……すりすり」

 

 まずは、彼の背中に頭をこすりつけてみる。

 意味なんてない、ただの匂い付け。それでも、どうしてもやってみたかったから。

 彼を起こさないように。そっと、慎重に。

 

 すりすり……すりすり……。

 

 衣服にすれるたび、ふわりと彼の匂いが立ち上る。

 胸の奥がホッとするような、温かい匂い。

 もっと、もっともっと、欲しい。欲しいな。

 

「……むぅ」

 

 一旦、こすりつけるのをやめてみる。これじゃあ、彼の匂いがよくわからないから。

 ピタリと動きを止めてみると、背中越しに匂いが強くなった。

 深く息を吸い込む。

 すると、彼の匂いだけがあたしの胸いっぱいに広がってくれた。

 ……もっと。もっと深く感じたい。

 あたしは思い切り、彼の背中に顔を押し付けた。

 

「……あっ」

 

 胸の奥まで、入ってくる。

 彼の匂い。優しい匂い。大好きな匂い。

 頭がクラクラしてくる。なのに、幸せ。

 もっと、もっともっと、欲しい。欲しいの。

 無意識のうちに、彼に回していた腕の力が強くなっていく。

 

「……うぅん〜……」

「……っ」

 

 だけど、そんなワガママは許してもらえなかったみたい。

 腕に込めた力が強すぎたんだ。彼は小さく声を漏らし、もぞもぞと動き出してしまった。

 だ、ダメ……このままじゃ起きちゃう。

 あたしはビクッと尻尾を震わせ、慌てて抱きしめていた腕を離した。

 

「……すぅ……」

 

 だけど、まだツキは残っていたみたい。

 慌てて腕を離したのが良かったのか、彼はまた静かな寝息を立て始める。

 よ、良かった〜……起きなくて〜……。これならまだ堪能できちゃうよね?

 そう思っていた時だった。

 

「……うぅん〜……」

 

 旦那さんが、こちらへ向かって寝返りを打ったのは。

 驚きのあまり、体は金縛りにあったようにピクリとも動かない。

 あたしにできたのは、ただ目と口を大きく見開くことだけだった。

 

「……うぅ……」

 

 寝返りを打って真っ正面になった彼。

 その腕が、あたしの体を包み込むように動き――ゆっくりと、彼の方へ引き寄せられる。

 やりたいことが向こうからやってきちゃいました、やったね!

 ……なんて喜ぶ余裕、今のあたしにはないのです。

 目の前には、大きくてたくましい胸板。引き寄せられたせいで、鼻先が触れそうなほど距離が近い。

 衣服越しでも、ダイレクトに体温と大好きな匂いが伝わってくる。

 

「……ふぅ……っ」

 

 息を吸い込むと、さっきよりも強く匂いが流れ込んでくる。温かくて、だいすきな匂い。

 燃えるように胸が熱い。

 頭が、チカチカする。

 

「ふぅ……ふぅ……っ……」

 

 ぱちぱちって、はじけて、わかんなくなってきた。

 でも、ふわふわして、きもちよくて、しあわせ。

 あたしも、うでを、かれのほうにまわす。

 だって……がまん、できないんだもん。

 

「……っ!」

 

 もっと近くなった。かれとのきょり、もっと、もっと。

 うれしい。しあわせ。

 ぱたぱた、うごく耳。

 ……そうだ。しっぽも、まきつけちゃお。

 そしたら、もっともっと、しあわせ。

 

「……あっ……」

 

 ぱちぱちって、あたまのなかに、ひろがっていく。

 しかいが、ゆっくりと、やみに、とけていく。

 からだにうつった、かれのにおいだけをかんじながら……。

 

………………

…………

……

 

「……ン」

 

 聞こえてくる。

 すぐ耳元から、くすぐったい距離で。

 

「……サン」

 

 温かくて柔らかな声。

 もっと、もっと聞きたくて。

 自然と、耳がピクリと動く。

 

「キタサン?」

 

 聞こえた。はっきりと、大好きな声が。

 そのひと言で、甘いまどろみがスッと晴れていく。

 

「……ぅ……ううん?」

 

 ごしごしと目を擦る。

 うん。重たいまぶたも、なんとか開けられそう。

 ゆっくりと、目を開く。

 

「…………?」

 

 視界を埋め尽くしたのは、真っ白な世界。

 ……いや、全部が白いわけじゃない。上の方に、かすかに肌色が見える。

 なんだろう。すごく、思い当たる節があるような……。

 ヒヤリと背筋が凍るのを感じながら、あたしはガクガクと震える首をゆっくり上へ向けた。

 

「……目が覚めた?」

「……だ、旦那さん!?」

 

 視界に飛び込んできたのは、優しく微笑む最愛の人の顔。いや、本当に目の前!

 なんで!? ……って、それを聞くのはさすがにダメだよね……。

 はい、覚えてます。自分が欲望のままに何をやらかしたか。

 幸せ気分でどうやって寝落ちしたのかも、ぜんぶ……!

 

「ご、ごめんなさい! あたし……その……とにかくごめんなさい!」

 

 ワタワタと両手を宙に泳がせ、なんとか言葉を探してみるけれど。

 どう考えても、あたしが悪い。

 あわあわと、ただ平謝りすることしかできなかった。

 

「いや、怒ってないから大丈夫だよ」

「えっ?」

 

 目の前の彼は変わらず、優しい眼差しでこちらを見つめていた。

 い、今なんて言いました? 怒ってない? ……本当に?

 

「ここまで連れてきてくれたのは、君の優しさだって分かるしね」

「旦那さん……!」

 

 よ、良かった〜……! 純粋な『お助け心』が評価されたおかげで、なんとか助かりそう……!

 い、一応、ちゃんとお手伝いする気持ちもあったもんね!

 よ、欲望もあったけど、それはそれとして! ……って、必死に言い訳する自分に、ちょっと良心が痛んでくるけど……。

 チクリと痛む胸をごまかしつつ、そっと彼の方を見上げる。

 あれ? なんだか、彼の頬が赤くなっているような……?

 

「……それに、君の抱き心地が良かったおかげで、よく眠れたといいますか……その……はい……」

「そ、そうですか……」

 

 な、なるほど……それでそんなに顔が赤かったんだ……。

 だ、抱き心地が良かった……。そ、そっか……あ、あぅぅ……っ。

 なんでこの人は、こういう時に限って破壊力抜群のことを言うのかな。顔なんて、もう絶対に見られないじゃないですか……。

 頬なんか赤らめちゃって……あたしの方が、ずっと熱いんですからね。ベッドを叩く尻尾だって、さっきからうるさく動いてるし……。もう……もうっ……!

 

「そ、そうだ! それよりも早くご飯を食べようか! 結構良い時間だしね!」

 

 あきらかに焦って、早口になる旦那さん。

 熱を持った耳にも、その言葉はしっかりと届く。

 なんですかもうっ。話を変えようとしても、そうはいかないんですからね。……まあ、見ますけどもっ。

 熱い頬を両手で押さえながら、時計へと視線を向け――って、もう七時だこれ!?

 

「わ、わわわ! 早く準備をしないと!」

 

 バッとベッドから飛び降り、そのまま居間へと駆け出す。

 

「俺も手伝うよ!」

 

 背中から追いかけてきた、大好きな声。

 ぴょんと跳ねちゃうくらい、嬉しい。

 だけど、それはさすがに……っ。

 

「えっ! そんな――」

「一緒に寝てたことと、あとは構ってあげられなかったお詫び……なんてのはどうかな?」

 

 はにかむように、ふわりと優しく微笑む旦那さん。

 その温かさに胸がホッとして。……でもやっぱり、申し訳なくて。

 

「……貴方がそう言うなら、喜んで」

 

 あたしも、彼につられて微笑みを返す。

 頬が熱くて、きっと、うまく笑えていないけれど。

 ……それでも。

 

「……よかった、なら一緒に行こう」

「はい!」

 

 彼の笑顔を見て、思い切って笑い返してみてよかったと、胸がじんわり温かくなる。

 きっと今なら、すっかり冷めてしまったカフェオレだって、とびきり甘く感じるはず。

 そっと彼の隣に並んで、ゆっくりと歩幅を合わせる。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

ウマ娘キタサンブラック短編集(作者:大典74)(原作:ウマ娘プリティーダービー)

ウマ娘キタサンブラックの短編のお話になります▼基本的には作品毎に繋がりはありません▼pixivにも同様に投稿しております▼トレウマ注意です


総合評価:29/評価:-.--/短編:52話/更新日時:2026年07月06日(月) 20:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>