ウマ娘キタサンブラック短編集 大人編   作:大典74

19 / 19
pixivにも同名の作品を投稿しております
キタちゃん側はよく嫉妬する話を書くんですけど、旦那さん側は書いてない気がしたので書きました


ドロっとした気持ちごと抱きしめて

「……」

「い、痛い痛い!」

 

 胸の奥で渦巻くドロドロとした熱を押し付けるように、ギュッと締め上げてトレーナーさんを後ろから抱きしめる。

 服がシワになるほど強く握りしめ、耳を倒したあたしには彼の悲痛な声なんて何も聞こえない。

 

「あ、あれはただのリップサービス! ほら、君と一緒ならお似合いだって、おだてられただけで——いたたた!」

 

 風船のように膨らんだ頬はもう破裂寸前。逃がさないとばかりに、尻尾を彼の腰にしっかりと巻き付ける。

 

「……信じられないもん」

「……どうすれば信じてくれるのかな?」

 

 巻き付けた尻尾を優しく撫でられる。

 ビクッと肩が揺れるけれど、尻尾の先まで伝わる手のひらの温かさに絆されて、腕の力が抜けてしまった。そのまま彼の背中を滑り落ちるように、ゆっくりと尻もちをつく。

 痛みはない。そのかわりにドキリと胸が跳ねた。

 

「キタサン……」

 

 振り返った彼が、あたしの目の前にしゃがみ込む。声に導かれるようにゆっくりと顔を上げると、瞳の中には彼の顔だけが映っていた。

 どこか熱に浮かされたような表情で、あたしだけを見てくれている。

 まるでスローモーションみたいに、ゆっくりと、だけど確実に。あたしへと近づいてくる彼をただ見守る——

 

「そ、そんなことで誤魔化されませんもん!」

「へぶ」

 

——ことなんてなく。

 ギュッと目を瞑り、咄嗟に伸ばした両手は、近づいてくる彼の顔面をグイッと押し戻す。

 バクバクとうるさい胸の音だけが、あたしの耳に鳴り響いていた。

 

「誤魔化すつもりはなかったんだけどな……」

「こ、こんなことするヒトのことなんて信じられません!」

「でも、ちゃんと説明しても信じてくれたことないだろう?」

「ほ、ほら! ああ言えばこう言う!」

「……はぁ、どうすればいいんだ」

 

 深いため息の熱があたしの手のひらに当たる。

 ズシリと重くて、だけど包んでくれるみたいで——って、違う違う!

 ジンジンと痺れている両手を彼から離し、大きく振ってみる。それでも痺れは全く消えてはくれなかった。

 

「と、トレーナーさんは、こんな気持ちになったことがないから分からないんです!」

 

 そうだ、絶対に分かりっこない!

 こんな……グルグルと胸の奥が痛くて、重くて、苦しい……こんな想いをしたことないから……。

 服がくしゃくしゃになるほど、強く胸を握りしめる。それでもドロドロとした想いは消えなくて、吐き出したいくらいに気持ち悪かった。

 

「心外だな、俺だって嫉妬することくらいあるぞ」

「ち、ちが、嫉妬なんかじゃ! い、いや、それよりも! トレーナーさんには分かりっこないです!」

 

 嫉妬なんかじゃ、きっとない。だけど、苦しくて辛いこの想い。貴方なんかにきっと分かりっこない。

 大人で、頼りになって、カッコよくて。

 好きである前に、ずっと尊敬している貴方には。

 きっと、ありえない感情だから。

 

「……買いかぶりだよ」

 

 熱を帯びた瞳で彼を睨むと、彼の表情は思いがけないものに変わっていた。

 現役時代には見せてくれなかった、どこか子どもっぽい、キュッと眉間にシワを寄せた、拗ねたような顔。

 付き合うようになってから、ふとした瞬間に見せてくれるその表情は、あたしの胸を強く弾ませた。

 

「じゃあ、言わせてもらうけど」

「な、なんですか! か、かかってこいです!」

 

 胸が跳ねるのを振り払うように声を張る。

 それでも、彼の拗ねたような表情は余計に強くなっていくばかりだった。

 

「数日前、君のファンに笑顔を振りまいていたよね」

「握手した方ですよね? それがなんですか」

 

 プイッと顔を背け、あの時のことを思い浮かべる。

 なんてことはない、よくあることだ。

 引退しているあたしのことを未だに応援してくれる。だからこそ、想いを込めて笑いかけたし、握手したんだ。

 

「ズキリと胸が痛んだ」

「えっ?」

「当たり前のことだし、よくやってることでも胸が痛かったよ」

 

 それって、今のあたしと同じ?

 ゆっくりと彼の方に向き直ると、やっぱり悔しそうな顔をあたしに見せてくれた。

 

「こんなものなんだ、俺は」

 

 唇を噛みしめるようにして笑って、困り眉で眉間にシワを寄せる。

 等身大の彼を映し出したその姿が、どうしようもなく胸をくすぐって。どうしようもないくらいに心を熱くしてくれた。

 

「だからって、やめて欲しいわけじゃないんだ。君のそういう魅力的なところに俺は惹かれてるんだから。でも、知って欲しかったんだ。俺も君と同じなんだって」

 

 漠然と、大人になるものだと思ってた。

 だけど現実はそうじゃなくて。地続きに続くあたしがそこにいて、劇的な変化なんかない。子どものときと変わらずに、彼を見上げてるばかりだった。

 でも、違うんだね。

 

「トレーナーさんがあたしと同じ?」

「そうだよ。同じように嫉妬して、そんな自分に落ち込んで。ただほんの少しだけ隠すのが上手いだけなんだよ」

「隠すのが、上手い……」

「うん、ほんのちょっとだけね」

 

 親指と人差し指がくっつくスレスレでトレーナーさんは指を止める。

 きっと数ミリにも満たないそんな距離。だけど、今のあたしと彼との決定的な差に思えて。

 途方もなく長い距離に見えてしまった。

 

「それにね、カッコつけたいだけなんだよ」

「カッコ、ですか?」

「うん、男ってどうしようもないからさ。好きな子には見栄を張りたいんだ。……まあ、そのせいで誤解もされちゃうし、誤解も解けないんだけどね」

 

 頬を掻くその姿は、確かにカッコよくなんてない。

 だけどそれ以上に、嘘偽りのない姿そのものだ。

 

「だから、信じてほしい。今日のあれも、これまで色々なことがあったって。君から心が離れたことなんて、一度もないって」

 

 ただ真っ直ぐな言葉が彼の瞳とともに突き刺さる。

 縋るように、でも真心が籠もった気持ち一杯のその言葉は、耳の奥にまで響いていき、尻尾の先まで痺れていく。

 

「……それでも」

「キタサン?」

「それでも、あたしは多分きっとこのままです」

 

 例え貴方の心があたしに染まっていても。

 あたし以外が見えなかったとしても。

 この胸の奥のざらざらしたものは、きっと変えられない。

 

「妬いて、拗れて、拗ねちゃって。貴方を困らせることが山程あると思います」

 

 なんて身勝手な告白。

 それでも彼の瞳は、変わらずにあたしだけを映してくれている。

 包み込むように、目尻を下げてあたしを見てくれていた。

 

「そんなあたしでも、いいですか?」

 

 胸の前であたしは両手を強く握りしめる。

 縋るように、お祈りするように。

 あの視線から逃げるようにあたしは握りしめた手を見つめる。

 

「それをひっくるめて君はキタサンブラックなんだろ? とっくの昔に受け入れてるよ」

 

 優しい言葉そのままに、包み込むように彼は両手を重ね合わせる。

 指先まで冷えていたはずなのに、彼の熱が温めてくれる。

 ゆっくり、じわじわと。時間をかけて、確実に温めてくれた。

 

「……だけど、抱きしめる力はもう少し緩めてほしいかな」

「それをひっくるめてあたし、ですよね?」

「お、俺の言葉をいいように使ってきたな……」

 

 呆れたように、でも受け入れるように。彼は優しく笑ってくれた。

 包み込まれた手のひらは太陽みたいにポカポカで、もうそれだけで心の内は満たされていく。

 

「……きっとこれからも、貴方を困らせます」

「ならそのたびに抱きしめるよ」

「貴方のものよりも、きっとドロドロしています」

「受け入れるってそういうことだろ?」

 

 ああ、貴方を好きになって良かった。

 この熱も、想いも、全部。

 受け止めてくれるヒトで、本当に良かった。

 

「なら、今のドロドロも受け止めてくださいね」

「もちろんだよ」

 

 どちらからなんてどうでもいい。

 重なり合っていく唇は甘く痺れていく。

 啄むようなものでも満足していたはずなのに、それだけじゃもう足りなくて。

 

「……ん、っ……ふ……っ」

 

 舌先でなぞられるあたしの口内。

 歯茎から舌の裏側まで念入りに弄ばれて、尻尾がピンと立ち上がる。

 先ほどの痺れなんて目じゃないくらい、瞳の奥までパチパチと眩い光が弾けて消えていく。胸に抱えていたドロドロした感情が、極上のスパイスになっているのかな?

 徐々に薄れていく思考の中で、細くなっていく目で彼を見つめる。

 彼の舌に合わせるように、あたしも舌を絡ませた。




嫉妬すると思うんですよね、男性側も
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

ウマ娘キタサンブラック短編集(作者:大典74)(原作:ウマ娘プリティーダービー)

ウマ娘キタサンブラックの短編のお話になります▼基本的には作品毎に繋がりはありません▼pixivにも同様に投稿しております▼トレウマ注意です


総合評価:27/評価:-.--/短編:54話/更新日時:2026年07月20日(月) 20:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>