キタちゃん側はよく嫉妬する話を書くんですけど、旦那さん側は書いてない気がしたので書きました
「……」
「い、痛い痛い!」
胸の奥で渦巻くドロドロとした熱を押し付けるように、ギュッと締め上げてトレーナーさんを後ろから抱きしめる。
服がシワになるほど強く握りしめ、耳を倒したあたしには彼の悲痛な声なんて何も聞こえない。
「あ、あれはただのリップサービス! ほら、君と一緒ならお似合いだって、おだてられただけで——いたたた!」
風船のように膨らんだ頬はもう破裂寸前。逃がさないとばかりに、尻尾を彼の腰にしっかりと巻き付ける。
「……信じられないもん」
「……どうすれば信じてくれるのかな?」
巻き付けた尻尾を優しく撫でられる。
ビクッと肩が揺れるけれど、尻尾の先まで伝わる手のひらの温かさに絆されて、腕の力が抜けてしまった。そのまま彼の背中を滑り落ちるように、ゆっくりと尻もちをつく。
痛みはない。そのかわりにドキリと胸が跳ねた。
「キタサン……」
振り返った彼が、あたしの目の前にしゃがみ込む。声に導かれるようにゆっくりと顔を上げると、瞳の中には彼の顔だけが映っていた。
どこか熱に浮かされたような表情で、あたしだけを見てくれている。
まるでスローモーションみたいに、ゆっくりと、だけど確実に。あたしへと近づいてくる彼をただ見守る——
「そ、そんなことで誤魔化されませんもん!」
「へぶ」
——ことなんてなく。
ギュッと目を瞑り、咄嗟に伸ばした両手は、近づいてくる彼の顔面をグイッと押し戻す。
バクバクとうるさい胸の音だけが、あたしの耳に鳴り響いていた。
「誤魔化すつもりはなかったんだけどな……」
「こ、こんなことするヒトのことなんて信じられません!」
「でも、ちゃんと説明しても信じてくれたことないだろう?」
「ほ、ほら! ああ言えばこう言う!」
「……はぁ、どうすればいいんだ」
深いため息の熱があたしの手のひらに当たる。
ズシリと重くて、だけど包んでくれるみたいで——って、違う違う!
ジンジンと痺れている両手を彼から離し、大きく振ってみる。それでも痺れは全く消えてはくれなかった。
「と、トレーナーさんは、こんな気持ちになったことがないから分からないんです!」
そうだ、絶対に分かりっこない!
こんな……グルグルと胸の奥が痛くて、重くて、苦しい……こんな想いをしたことないから……。
服がくしゃくしゃになるほど、強く胸を握りしめる。それでもドロドロとした想いは消えなくて、吐き出したいくらいに気持ち悪かった。
「心外だな、俺だって嫉妬することくらいあるぞ」
「ち、ちが、嫉妬なんかじゃ! い、いや、それよりも! トレーナーさんには分かりっこないです!」
嫉妬なんかじゃ、きっとない。だけど、苦しくて辛いこの想い。貴方なんかにきっと分かりっこない。
大人で、頼りになって、カッコよくて。
好きである前に、ずっと尊敬している貴方には。
きっと、ありえない感情だから。
「……買いかぶりだよ」
熱を帯びた瞳で彼を睨むと、彼の表情は思いがけないものに変わっていた。
現役時代には見せてくれなかった、どこか子どもっぽい、キュッと眉間にシワを寄せた、拗ねたような顔。
付き合うようになってから、ふとした瞬間に見せてくれるその表情は、あたしの胸を強く弾ませた。
「じゃあ、言わせてもらうけど」
「な、なんですか! か、かかってこいです!」
胸が跳ねるのを振り払うように声を張る。
それでも、彼の拗ねたような表情は余計に強くなっていくばかりだった。
「数日前、君のファンに笑顔を振りまいていたよね」
「握手した方ですよね? それがなんですか」
プイッと顔を背け、あの時のことを思い浮かべる。
なんてことはない、よくあることだ。
引退しているあたしのことを未だに応援してくれる。だからこそ、想いを込めて笑いかけたし、握手したんだ。
「ズキリと胸が痛んだ」
「えっ?」
「当たり前のことだし、よくやってることでも胸が痛かったよ」
それって、今のあたしと同じ?
ゆっくりと彼の方に向き直ると、やっぱり悔しそうな顔をあたしに見せてくれた。
「こんなものなんだ、俺は」
唇を噛みしめるようにして笑って、困り眉で眉間にシワを寄せる。
等身大の彼を映し出したその姿が、どうしようもなく胸をくすぐって。どうしようもないくらいに心を熱くしてくれた。
「だからって、やめて欲しいわけじゃないんだ。君のそういう魅力的なところに俺は惹かれてるんだから。でも、知って欲しかったんだ。俺も君と同じなんだって」
漠然と、大人になるものだと思ってた。
だけど現実はそうじゃなくて。地続きに続くあたしがそこにいて、劇的な変化なんかない。子どものときと変わらずに、彼を見上げてるばかりだった。
でも、違うんだね。
「トレーナーさんがあたしと同じ?」
「そうだよ。同じように嫉妬して、そんな自分に落ち込んで。ただほんの少しだけ隠すのが上手いだけなんだよ」
「隠すのが、上手い……」
「うん、ほんのちょっとだけね」
親指と人差し指がくっつくスレスレでトレーナーさんは指を止める。
きっと数ミリにも満たないそんな距離。だけど、今のあたしと彼との決定的な差に思えて。
途方もなく長い距離に見えてしまった。
「それにね、カッコつけたいだけなんだよ」
「カッコ、ですか?」
「うん、男ってどうしようもないからさ。好きな子には見栄を張りたいんだ。……まあ、そのせいで誤解もされちゃうし、誤解も解けないんだけどね」
頬を掻くその姿は、確かにカッコよくなんてない。
だけどそれ以上に、嘘偽りのない姿そのものだ。
「だから、信じてほしい。今日のあれも、これまで色々なことがあったって。君から心が離れたことなんて、一度もないって」
ただ真っ直ぐな言葉が彼の瞳とともに突き刺さる。
縋るように、でも真心が籠もった気持ち一杯のその言葉は、耳の奥にまで響いていき、尻尾の先まで痺れていく。
「……それでも」
「キタサン?」
「それでも、あたしは多分きっとこのままです」
例え貴方の心があたしに染まっていても。
あたし以外が見えなかったとしても。
この胸の奥のざらざらしたものは、きっと変えられない。
「妬いて、拗れて、拗ねちゃって。貴方を困らせることが山程あると思います」
なんて身勝手な告白。
それでも彼の瞳は、変わらずにあたしだけを映してくれている。
包み込むように、目尻を下げてあたしを見てくれていた。
「そんなあたしでも、いいですか?」
胸の前であたしは両手を強く握りしめる。
縋るように、お祈りするように。
あの視線から逃げるようにあたしは握りしめた手を見つめる。
「それをひっくるめて君はキタサンブラックなんだろ? とっくの昔に受け入れてるよ」
優しい言葉そのままに、包み込むように彼は両手を重ね合わせる。
指先まで冷えていたはずなのに、彼の熱が温めてくれる。
ゆっくり、じわじわと。時間をかけて、確実に温めてくれた。
「……だけど、抱きしめる力はもう少し緩めてほしいかな」
「それをひっくるめてあたし、ですよね?」
「お、俺の言葉をいいように使ってきたな……」
呆れたように、でも受け入れるように。彼は優しく笑ってくれた。
包み込まれた手のひらは太陽みたいにポカポカで、もうそれだけで心の内は満たされていく。
「……きっとこれからも、貴方を困らせます」
「ならそのたびに抱きしめるよ」
「貴方のものよりも、きっとドロドロしています」
「受け入れるってそういうことだろ?」
ああ、貴方を好きになって良かった。
この熱も、想いも、全部。
受け止めてくれるヒトで、本当に良かった。
「なら、今のドロドロも受け止めてくださいね」
「もちろんだよ」
どちらからなんてどうでもいい。
重なり合っていく唇は甘く痺れていく。
啄むようなものでも満足していたはずなのに、それだけじゃもう足りなくて。
「……ん、っ……ふ……っ」
舌先でなぞられるあたしの口内。
歯茎から舌の裏側まで念入りに弄ばれて、尻尾がピンと立ち上がる。
先ほどの痺れなんて目じゃないくらい、瞳の奥までパチパチと眩い光が弾けて消えていく。胸に抱えていたドロドロした感情が、極上のスパイスになっているのかな?
徐々に薄れていく思考の中で、細くなっていく目で彼を見つめる。
彼の舌に合わせるように、あたしも舌を絡ませた。
嫉妬すると思うんですよね、男性側も