ウマ娘キタサンブラック短編集 大人編   作:大典74

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pixivにある同名の作品を手直ししております
こんな雰囲気の話がいくつかありますのでご了承ください


お腹に伝わる、貴方の指先の熱

「む、むむむ……」

 

 唸り声とともに流れた汗が頬を撫でる。

 ポタリと落ちていく汗を横目に見ながら、あたしは下にある物から目を離すことが出来ない。

 見間違いであってほしいと願いを込めて、一度ギュッと目を閉じてみる。……けれど、再び目を開いても結果は同じだった。

 ならばこれは夢に違いない。そう思い、少しモチッとした自分の頬をつねってみたが、確かな痛みがそこにあるだけ。

 そう、これは紛れもない現実だ。

 だ、だけど……そんな……嘘だ……。信じたくない……信じたくないよ……。

 

「ふ、増えてる……」

 

 〇〇キロ。

 

 画面が示す数字は無慈悲に静止している。

 震える瞳でその現実から視線をそらすと、さっき脱ぎ捨てた衣服が視界に入った。

 

『自分たちを脱ぎ捨てたところで、大した変化はないぞ』

 

 服たちのそんな声が聞こえた気がして、あたしは力なく天を仰ぐ。

 天井はいつもと変わらず白くて、その潔白さが妙に恨めしかった。

 

「はぁ~……」

 

 体重計をそっと視界の端に追いやった後、あたしはふらふらと居間へ歩き出す。

 見なければ良かった。

 『そういえば最近量ってないな』なんていう、ほんの軽い気持ちだったのに。後先考えずに行動しては後悔する、自分の悪い癖が恨めしい。

 力なくコタツの前で立ち止まり、また小さくため息をつく。

 ……はぁ、どうして増えちゃったんだろう。

 ご飯の量は変わってないし、運動もちゃんとしてる。睡眠だってとれてるはずなのに。

 いくら考えても思い当たる節がなく、もどかしさだけがあたしの中で渦巻いていた。

 

 ガチャリ

 

「ただいま」

 

 玄関の方から、彼の声が聞こえてきた。

 ハッとして時計を見る。……嘘、もう彼が帰ってくる時間になっちゃったの!?

 サァ……と血の気が引いていく。どうしよう……体重が増えたなんて恥ずかしくて言えないよ……。

 パニックになる頭とは裏腹に、あたしの足取りは鉛のように重い。いつもならすぐに辿り着けるはずの玄関が、今日ばかりはやけに遠く感じられた。

 

「……おかえりなさい」

 

 やっとのことで辿り着いた玄関。

 いつも通りを心掛けたつもりだったけれど、発した声は泥を含んだように重たく、視線と一緒に地面へ落ちていった。

 

「……キタサン、何かあったのか?」

 

 ああ、やっぱり。彼には隠し事なんてできないんだ。

 伏せたままで顔は見えないけれど、心配そうに揺れる彼の声色だけで、自分の情けなさが胸に刺さる。

 

「……やっぱり分かっちゃいますか?」

「そんなに耳が垂れてたら、俺じゃなくても分かるよ。話してごらん、力になるから」

「……本当ですか?」

「本当だよ」

 

 うう……優しさが心に染み渡るようだよ……。

 ジ~ンと胸の奥が熱くなって、少しだけ前を向く勇気が湧いてきた。

 ……とはいえ、流石に玄関先で立ち話するような内容じゃない。いくら彼でも、やっぱりちょっと恥ずかしい。

 

「……それならちょっと場所を変えましょう」

「あ、ああ……」

 

 気持ちが少し落ち着いて、ようやく顔を上げる。

 けれど、視線の先にある彼の表情はどこか硬く、不安げに揺れていた。

 

「「……」」

 

それからお互い無言のまま移動し始めた。

 彼ならきっと受け止めてくれる。そう思えたからか、鉛のようだった足取りも『稍重』くらいまでは回復していた。

 けれど、後ろから聞こえてくる彼の足音は、あたしと同じくらい重苦しい。……あんな顔させちゃって、やっぱりすごく心配かけてるよね。

 どう切り出せばいいのか分からないまま、あっという間に居間へ辿り着いてしまう。

 あたしは覚悟が決まらないまま、ゆっくりと彼の方へ振り向いた。

 

「……」

 

 彼の表情はやはり重苦しいままで、晴れる兆しのない曇り空のように見えた。

 

「じ、実は……ですね……」

「……ああ」

「その……ですね……」

「……」

 

 ま、不味い……どう言えばいいか分からない……。

 いや、素直に体重増えたって言えばいいのは分かってるけど、言いにくいよ! これでも一応女の子なんだから! ……女の子って年齢ではないかもだけど、いつでも気持ちは女の子なの!

 そ、それは置いておいても! 言葉以外で伝えることができるならそれに任せたいよ……いや、ちょっと待って?

 台風みたいにぐるぐると回っていた思考の中に、ピシャンと一筋の光が差し込んだ。

──そうだ、この手があった!

 これなら言葉にしなくても伝わるし、何より確実だ!

 

「……旦那さん!」

「! ……うん」

 

 呼びかけると、彼は真っ直ぐにあたしを見た。

 不安げなその瞳を見て、一瞬決意が揺らぐ。

 だけど、迷っていたって意味はない。やるんだ、あたし!

 

「……っ!」

 

 あたしは裾を勢いよく掴み、

 

「とぅわっ!」

 

 おヘソが見えるまで、思い切りめくりあげると——

 

「キタサン!?」

 

「……お腹、触って……確認して下さいっ……!」

「キタサン!?!?」

 

 彼の困惑に満ちた絶叫が、居間に響き渡った。

 

………………

…………

……

 

「……つまりこういうことかい?」

「はい……」

 

 あの絶叫の後。お互いにフリーズして見つめ合う謎の時間を経て、彼の必死の声掛けで、あたしはようやく我に返った。

 そして二人で逃げるようにコタツへ潜り込み、ポツポツと事情を打ち明けたのだ。

 実は体重が増えてしまったこと。言葉にするのが恥ずかしくて、勢いでお腹を見せるという暴挙に出てしまったこと。

 ……もう、全部事細かに。伝えました、うん……。

 

「……それくらいなら口で言ったほうが良かったんじゃないか?」

「そう思います! そう思うんですけど……あの時は口で言う方が恥ずかしいと思っちゃって……」

 

 コタツの熱と恥ずかしさにより、全身が燃えるように熱くなっていく。

 ああ……なんであたしはあんなことをしてしまったのだろうか……。ちょっと考えれば分かることなのに、もう……あたしの考えなし……。

 ヤカンを置いたらお湯が沸かせるんじゃないかと思うくらい、頭が沸騰しているのを感じる。

 

「まあそうだよな。焦っちゃったら訳がわからなくなっちゃうよな。うんうん」

「あぅ……」

 

 ポンとあたしの頭の上に置かれた彼の手が、ゆっくりと動き始める。

 優しく、優しく。ゆっくり、ゆっくりと。

 大切なものを触るかの如く、丁寧にあたしの頭を撫でてくれた。

 そんなことで喜ぶほど、あたしは子供じゃないですよ……。

 心の中ではそう思っているのに、体は違うらしい。

 心臓がドクドクと煩くて、それなのに蕩けそうなくらいに温かくて。

 全身を侵食していくような熱に、あたしの心まで染められていく。

 気づけば、自然と彼の方へ体重を預けてしまっていた。

 

「重く……ないですか?」

「全然、いつも通りだよ」

「……本当に?」

「俺が嘘をついたことがあるかい?」

「…………早く帰ってくるって言ったのに、全然早く帰ってこれなかった日がありましたよね?」

「うっ……あ、あの時はすいませんでした……」

「ふふ……忙しいですもんね、仕方ないですよ」

 

 他愛のない言葉を重ねながら、彼はあたしの頭を撫で続けてくれる。

 優しく、優しく。

 ぱたぱたと動く耳。彼の体を撫でるように動く尻尾。

 飛び跳ねるほどの喜びと、耐えきれないほどの胸のドキドキが、あたしの中の熱を燃やし続けている。

 もっと、もっと。

 あたしは、その熱が欲しい。

 

「ねぇ」

「な、なんだい?」

 

 さっきのことを気にしているようで、どこか引きつった声色になっている。

 ふふ、もう気にしてないのに。

 胸の奥がふわりと温かくなる。

 だけど、だけどね。

 

「あたしのお腹、触ってくれませんか?」

「キタサン?」

 

 今のあたしは、その温かさよりも。

 貴方が直接くれる、その手の温もりが欲しい。

 

「やっぱり体重が増えてるの、気になりますので。……お願い、してもいいですか?」

「…………」

 

 彼はあたしの言葉に何も返してくれない。

 だけど、小さく息を飲み込む音が。

 ドク……ドク……って煩い、彼の心臓の音が。

 熱に浮かされたあたしの耳には、しっかりと届いていた。

 

「……きて」

 

 囁くように呟いた声は、空気に溶けて消えた。

 それでも、彼の耳にはしっかりと届いたらしい。

 頭を撫でていた手がゆっくりと離れ、体を覆っていた熱がわずかに和らぐ。

 だけど、そんなのはほんの一瞬のことだ。

 これからきっと、もっと強い熱があたしを覆い尽くす。

 

 ガサリ……

 

 小さく音を立てて、服の裾がわずかにめくり上げられる。

 そのままゆっくりと、彼の指先が、あたしの素肌をなぞった。

 ちょこんと確かめるような感触の後、押し込むように熱い手のひらが当てられる。

 ジンワリと、徐々に。お腹の奥底から甘い熱が広がるのを感じた。

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