澄んだ空に白い雲が泳ぐように浮かぶ昼下がり。
目が覚めるような冷たい風が頬を刺し、いよいよ冬も本領を発揮してきたようだ。
う~む……この寒さに対抗するにはお鍋しかないのでは? ああ、ふわりと広がる出汁の香り、湯気の向こうで躍る食材達のことを思うと……くぅ〜考えただけで心がワッショイだよ!
「……ふふ」
お鍋への期待で歓喜に震えるあたしのすぐ横から聞こえてきたのは、穏やかな笑みを含んだ声だった。
その響きに意識を引き戻され、隣へと視線を向ける。
そこには、声のトーンそのままに、彼──あたしの旦那さんが優しく微笑んでいた。
「……もしかして、声に出てました?」
彼の様子を窺いながら、恐る恐る声を絞り出した。
あたし、結構長々と考えてたよね? どうしよう、もしも声に出てたなら恥ずかしいなんてもんじゃないよ!
お鍋を食べる前なのに、もう少しで頭から湯気が出そうなくらい茹だっている。
「えっ!? いや……声には出てない、ぞ?」
「……?」
しかし、彼の反応は思っていたものとは違っていた。
何というのだろう。まるでイタズラを親に見つかった子供みたいに、分かりやすくバツの悪そうな顔をしている。
声には出てない……か。それなら、別の何かが出てたのかな? 声以外で出るとしたら……もしかして。
「……あ、あたし、変な顔してました……?」
サァ……と血の気が引くとは、このことだろう。喉元から、震える声が漏れ出ていた。
き、きっとそうだ……。お鍋のことを考えていた時に、締まりのない顔をしてたに違いない。だから、思わずくすりと笑ってたんだ……。ま、周りには見られてないよね……!?
「ち、違う違う! 変な顔なんかじゃないって!」
「そ、それなら、どんな顔をしてたっていうんですか……?」
だけど、彼は首を振ってそれを強く否定した。
それでも、あの笑みの理由が知りたい。包み込むような柔らかい表情には、きっと何かあるはずだから。
叩くように速く脈打つ鼓動を誤魔化すように彼を見つめると、彼は何度か視線を泳がせ、観念した様子で目を閉じた。
い、いったいどういう理由なんだろう? 悪い理由ではないとは思いたいけどなぁ……。
額から、たらりと汗が流れていく。
それが頬から落ちる前に、彼はゆっくりと目を開いた。
「……照れくさいから、一回しか言わないよ?」
「は、はい……?」
気になることはあるけれど、あたしは頷いてみる。
彼は覚悟を決めた瞳であたしを見つめていた。
その視線が、飛んでくる矢みたいに真っ直ぐで、目を逸らすことなんて出来なかった。
ううん、嘘をついた。
その目をそらしたくないなって、思っちゃったんだ。
「君の横顔がね」
「……あたしの?」
「幸せそうに微笑んでるように見えたからさ」
「は、はい……」
ほ、微笑んで……。そ、そうだったかな……? 顔が緩んでただけじゃない……?
両頬を手で触りながら、ペチペチと確かめてみる。
う~む……ちょっと柔らかい気が……やっぱり緩んでいるような……?
「君のその顔が、俺は好きなんだよなぁ……って」
「……っ」
……ずるい。あの微笑みにそんな理由があったんなら、何も言えないじゃないですか。
火傷しそうなくらいに両頬が熱い。なのに、それがどこか心地良くて。
頬を包んだ両手を離すなんて、出来るはずがなかった。
「だから……。だから貴方は、微笑んでたんですね」
「そ、そっか……俺、笑ってたんだ。良かった、変な顔とかしてなくて……」
はぁ~……と大きめのため息をつきながら、彼は呟く。
そうだよね、貴方だってあたしと同じ。好きなヒトには、変な顔なんてなるべく見せたくないって、そう思うに決まってる。
それなら、あたしも伝えなきゃいけない。そうだよね。
だって、あたしは、あたしだって……。
「……好きですよ」
「えっ?」
「あたしも貴方の微笑んだ顔が、大好きなんです」
「……っ」
両頬が火傷するくらいに熱い。その熱さに耐えられなくて、あたしは両手を頬から離した。
揺れそうになる視線を何とか堪え、彼の顔をしっかりと見る。
彼の顔は、風邪を引いたみたいに真っ赤になっていて。
きっとあたしも、同じくらい赤くなっているんだと、そう思えた。
叩くようにうるさく鳴り響く心音を、何とか誤魔化したくて。
「……よし! それじゃあ行きますよ!」
大きく、大きく。空まで届くように。
この頬の熱を冷まして下さいと冷風にお願いしながら、あたしは勢いよく声を出した。
彼の手を、しっかりと取りながら。
「えっ、キタサン!? い、行くってどこに!?」
彼は目を見開き、視線を泳がせながら言葉を紡ぐ。
彼は目を見開き、戸惑ったように視線を泳がせる。
繋いだ手のひらから、直接体温を感じることは出来ない。彼の手は、冬の手袋にしっかりと覆われているから。
だけど、それでも。
恥ずかしくて、照れくさくて、だけどどうしようもなく温かいあたしの気持ち。
この熱だけは、どうか彼に届いてほしいから。
「スーパーですよ、スーパー! 今日のご飯は、お鍋ですから!」
貴方の手を離したくないから。
貴方の心を繋げていたいから。
あたしは、その手を強く、強く握りしめた。
「……そうか、それは楽しみだな!」
風が体をすり抜ける一瞬の無言の後、彼から明るい声が返ってきた。
同時に、あたしの手がぎゅっと握り返される。決して痛くはないけれど、絶対に離さないというような力強さで。
良かった、きっと届いたよね。うん、絶対そうだよ。
だって、振り向いた時の彼の顔が。
「ふふ」
あたしの大好きな、雲のように包み込んでくれる柔らかい微笑みで満ちていたから。
その顔を見るだけで胸がいっぱいで。
もう、耐えきれそうもないから。
「えへへ♪」
彼がくれたのと同じ、とびきりの笑顔が届くように。
あたしのありったけの気持ちを込めて、笑ってみせた。
ここだけの話なんですが、pixivでは前の二作品まではキタちゃんの夫への呼び方が「貴方」呼びだったのですが、ここから「旦那さん」になってます。
ハーメルンに投降するにあたり直しました。