ウマ娘キタサンブラック短編集 大人編   作:大典74

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pixivにある同名の作品を手直ししております


貴方の好きをあたしが好きでありますように

「キタサン、最近はよくコーヒー飲んでるよな」

 

 思いがけない言葉に、あたしは目を丸くした。

 コクン、と小さな音が喉の奥で鳴る。

 通り過ぎていく熱感を見送ってから、カップをソーサーにコトリと置いた。

 急に何を言ってるんだろうか?

 視線を上げると、向かいの旦那さんと目が合った。

 

「そうですか?」

「ああ。だって今までなら、こういうお店ではお茶を頼んでただろ?」

「う~ん……まぁ、確かに?」

 

 彼の言葉に頷きながら、ぐるりと周りを見渡してみた。

 揃いではないのに不思議と調和しているヴィンテージの椅子。控えめな光を放ち、優しくテーブルを照らす琥珀色のペンダントライト。焙煎された豆の香ばしい匂いと、木材の柔らかいぬくもりに包まれたこの空間は、なんだかとても落ち着く。

 以前のあたしなら、こういう場所では紅茶を頼んでる気がする。……まあ、本音を言えば緑茶の方が好きだけど、流石に場の雰囲気を考えたらね。紅茶の方が合ってそうだし。

 

「……大人になったのかも、しれませんね」

 

 もう一度カップを持ち上げ、ゆっくりとコーヒーを口に含む。

 ぶるりと身を震わすほどの苦味に耐えながら、なんとかソーサーへ戻した。

 ふふ……これが大人か……。いつの間にかそうなってたんだね……。

 

「……………………そうだな」

 

 シュガーポットから角砂糖をつまみ入れているあたしを見ながら、旦那さんは何故か笑いを堪えるように頷いていた。

 何か面白いことでもあったのかな……?

 首を傾げつつ、再びコーヒーをコクリと飲み込む。

 僅かに残る苦味に目を瞑ってしまうが、さっきよりも飲みやすくなっていて、自然と頬が緩んだ。

 よし。あともう一つくらい入れたら、ちょうど良くなりそう。いや、今で三個目だし、これ以上入れるのはどうなんだろう? う~む……。

 

「……ふふ」

 

 シュガーポットとにらめっこをしていると、堪えきれないような小さな笑い声が聞こえてきた。

 顔を上げると、旦那さんは口元を押さえて俯いていた。

 

「どうかしましたか?」

「い、いや……なんでもない……なんでも……ふふ」

「??」

 

 かなりツボに入っているらしく、笑いが止まる気配が無い。

 あたしは頭にハテナを浮かべたまま、再びコーヒーを口に運んだ。

 ……うーん、やっぱりまだニガニガする。もう一つ、お砂糖を入れるべきかも?

 

「そ、それは置いといて! いつから飲むようになったんだろうね?」

 

 妙に焦ったような口調の旦那さんは、あからさまに視線を泳がせていた。

 何かを誤魔化したいのは丸わかりだけど……まあ、いっか。それよりも彼からの質問の方が大切だ。

 あたしはコト、とカップをソーサーに置き、ちゃんと思い返してみた。

 

「う~ん……少なくとも学生時代ではないです」

 

 今もそうだけど、あの頃のあたしはとりわけ甘いものに目がなかった。

 特に金平糖みたいな砂糖菓子! あれは口に運んだ時の感触も良いんだよね……。ガリッと噛むと甘さが口全体に広がって幸せを実感できるし、何よりも星みたいにキラキラした見た目が最高で……。

 ……いやいや、今はそれは置いとかないと。いらない雑念が入ってしまった。反省、反省……。

 

「となると、卒業してからか……」

「そうなりますね……」

 

 考え込むように視線を落とした旦那さん。

 頭の中を整理しているのか、彼はゆっくりとカップに手を伸ばし、一口だけコーヒーを含んだ。

 

「ふふ♪」

 

 無意識のうちに笑みがこぼれていた。

 なんだか妙に嬉しくて、彼の何気ない仕草に心を奪われてしまったからだ。

 だけど、こんな光景なんていつも見ているはず。なんであたしは、今更になって気になっているんだろう?

 

「……あっ!」

 

 ある答えに行き着いた瞬間、あたしの耳はピンと立ち上がった。

 思わずこぼれた大きな声に、彼はカップを口元で止めたまま、目を丸くしてこちらをジッ……と見つめている。

 

「あ、あはは……つい大きな声が出ちゃいましたね……」

 

 かぁ〜……と一気に頬が熱くなる。誤魔化すようにパタパタと揺れる尻尾を落ち着かせたくて、あたしは素早くカップを掴み、コクリとコーヒーを流し込んだ。

 だいぶ温度が下がってきたコーヒーでも、この顔の熱を冷ますことはできなかった。

 

「……いや、大丈夫だよ。それよりもキタサン、何か思い当たることでもあったのかい?」

「そ、そうでした!」

 

 パタパタと揺れる尻尾はそのままに、あたしはしっかりと彼の瞳を見つめ返した。

 

「ごほん! ……あたしはですね、貴方のことが大好きです!」

「あ、ありがとう……。だ、だけどそれとコーヒーに何の関係が……?」

「まぁ、聞いてくださいよ!」

 

 ペンダントライトの灯りを差し引いても分かるくらい、旦那さんの頬は真っ赤に染まっていた。

 あたしは左手をスッと前に伸ばし、困り眉で首を傾げている彼に待ったをかける。

――本題はここからです。きっと、納得してもらえますから。

 

「それでですね、あたしは貴方をずっと見ていて、気づいたことがあります」

「……それは?」

「貴方はコーヒーを好んで飲んでいる」

「そう、だな?」

 

 学生時代を一緒に走り抜けて、卒業して、付き合うようになって、結婚までしちゃって。

 長い長い付き合いの中で見つけた大切なもの。その一つが彼の好みだ。

 あの頃は集中するために飲んでいるんだと思っていたけど、そうではなくて。

 ドリップコーヒーだけじゃなく、インスタントコーヒーでも弾むような笑顔を見せ、様々な種類のコーヒーの香りを楽しみ、飲み終わった後にはホッと穏やかな顔で和んでいる。

 そんな貴方の姿を、想いを通わせ、好きを重ね合うことで、あたしは初めて知った。

 

「だけどあたし、コーヒーってあまり飲んでこなかったじゃないですか」

「そうだったね」

 

 別に嫌いだったわけじゃなく、ただお茶の方が好きだっただけ。

 だから、わざわざコーヒーの美味しさを知ろうともしなかったし、別に知らなくてもいいと思ってた。

 

「でも、貴方への想いが強くなるにつれて、貴方の好きをあたしも好きになりたかった」

 

 大好きなヒトの好きが、あたしの好きになれたなら。

 あたしの中の「大好き」が、もっともっと広がっていくと思ったんだ。

 ……あれ、ということは。

 

「そっか、そうだったんだ……。さっきは大人になったなんて言っちゃったけど、そんなことじゃなかった。あたしはただ、貴方の好きをあたしの好きにしたかった、ただそれだけだったんだ」

 

 口に出してみると、自分でも驚くほどあっさりと腑に落ちた。

 なんだ、こんなに単純な理由だったんだ。

 胸の奥にチクリと引っかかっていた小骨は、スッと綺麗に消えていった。

 

「まあ、旦那さんみたいに味わって飲む! というのは、まだまだ難しそうですけどね、あはは♪」

 

 晴れやかな気分で、彼の方へと視線を戻す。

 そこに映っていたのは――

 

「……そうか」

 

 もうペンダントライトの灯りなんて関係ないくらい、顔中を真っ赤に染め上げた彼の姿。

 今度は、あたしの方が目を丸くする番だった。

 

「ど、どうしたんですか? そんなに顔を赤くして」

「……ふぅ」

 

 首を傾げるしかないあたしの前で、彼は下を向いたまま、呆れ半分といった様子で長くため息をこぼした。

 それはきっと、必死に気持ちを落ち着かせようとするための深呼吸だ。

 やがてゆっくりと顔を上げた彼の頬には、まだ強い赤みが残り続けている。

 

「なんでこう……照れずに言えるかなぁ……」

「何のことですか?」

「ほら、俺の好きを……ってやつだよ」

 

 こちらを見ようともせず、絞り出すように呟いた彼。

 な~んだ、そんなことですか。

 

「そんなの当たり前ですよ!」

 

 やれやれと言うように首を振ると、あたしはドンッと自分の胸を叩く。

 そして、上機嫌に尻尾を揺らしながら、彼を真っ直ぐに見据えた。

 

「だって、貴方のことが大好きなんですから! その気持ちに嘘がないなら、伝えるのだって簡単にできますよ!」

 

 言い終わった後、あたしの口角は自然と上がっていた。

 

「……敵わないな」

 

 諦めたように、彼がこちらへ真っ直ぐな視線を向ける。

 貫かれそうなほどのその瞳に、あたしの胸は大きく跳ねた。

 途端、あんなに上機嫌に揺れていた耳と尻尾が、ピタリと動きを止めてしまう。

 

「君のそういう真っ直ぐなところには、いつも負けちゃうよ」

 

 そんな風に言いながら、優しく微笑む旦那さん。

 頬はまだ真っ赤なままなのに、その温かくて包み込むような雰囲気に、こっちがすっかり飲まれてしまいそうになる。

 ああ……やっぱりあたし、このヒトのこういうところが大好きなんだ。

 

「……それはあたしだって同じですよ」

「そうかな?」

「そうですよ。スキンシップだと、いつも照れちゃうのはあたしの方ですもん」

「ふふ、確かに。いつも顔が真っ赤だもんな」

「むむぅ〜……」

 

 彼はクスリと笑ってカップを手に取り、ゆっくりと口に運んだ。

 コクリと喉を鳴らしてふぅ……とひと息入れると、そのままソーサーに置いて柔らかく微笑む。

 うん、あたしはこの顔が大好きなんだな。

 あたしも残りの少ないコーヒーを、静かに流し込んだ。

 やはり苦みは変わらない。だけど、少しだけ口当たりが良くなった気がした。

 そっとカップを置き、彼を見つめる。

 

「どうかした?」

「ううん、なんでもありません」

 

 ゆっくりと首を振り、残りのコーヒーを飲む彼の姿を見つめる。

 貴方のお陰で、またコーヒーが好きになれましたよ。

 そんな気持ちを込めて、あたしは彼へと柔らかく微笑みかけた。

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