ウマ娘キタサンブラック短編集 大人編   作:大典74

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pixivにある同名の作品を手直ししております
この話で初めてオリジナルウマ娘が出てきます


願いを込めてお守りを

「こ、こう……ですか……?」

 

 机を挟んで向かい合うあたしと、一人のウマ娘――ハーヴィちゃん。

 彼女はおずおずとした手つきで、救いを求めるような視線をあたしに向けている。

 いつもなら、その瞳に星を散りばめたような輝きを宿している元気な子だ。けれど今日ばかりは、真っ直ぐな黒髪から覗くカミナリ型の耳飾りごと耳をぴくぴくと震わせ、必死に指先を動かしていた。

 彼女の右手には針、左手には四角い小さな布。

 そのど真ん中に『健康』の文字が丁寧に縫い付けられようとしているのを見れば、彼女が今、不器用ながらも何を手作りしているのかは一目瞭然だった。

 

『キタさん、お願いがあるんです』

 

 つい先日、旦那さんに連れられてうちへやってきた彼女は、いつになく強張った表情でそう切り出した。

 普段の元気な姿からは想像もつかないような、ただならぬ空気。

 あたしは余計なことは聞かずにコクリと頷くと、彼女を居間へ案内し、少しでも落ち着けるように温かいお茶を淹れた。

 

『お守りを作りたいんです』

 

 飛び出してきた言葉に、思わず目を丸くした。

 聞けば、チームのみんなに渡すお守りの作り方を旦那さんに相談したところ、あたしに白羽の矢が立ったらしい。

 彼女の真っ直ぐな瞳と、ギュッと握りしめられた両手。それを見せられて、あたしのお助け魂に火がつかないわけがなかった。

 すぐにでも作り始めたかったけれど、材料が手元にない。

 ……そんなわけで彼女のお休みに合わせて迎えたのが今日になる。

 

「うん、良い感じ!」

「良かったぁ……」

 

 ホッと一息をつくハーヴィちゃん。

 分かる、分かるよ。針を通すのって中々難しいし、結構神経使っちゃうんだよね。

 不器用だった昔の自分をつい重ねてしまい、あたしは無言のまま、うんうんと深く頷いてしまった。

 

「キタさん?」

 

 あたしに呼びかける声にハッとして、声の主に目を向ける。

 ハーヴィちゃんは、カミナリ型の耳飾りを小さく揺らしながら不思議そうに小首を傾げながらあたしを見ていた。

 あたしは右頬を掻きながら、恥ずかしさを隠すように笑う。

 

「あ、あはは……。今のハーヴィちゃんを見てたら、昔の自分を思い出しちゃってさ。なんだか懐かしくて」

「昔の……!」

 

 しまった、と思ったときにはもう遅い。ハーヴィちゃんの瞳が「待ってました」と言わんばかりにカッと見開かれた。

 何を隠そう、彼女はあたしに強烈に憧れてチームに入ってきた子だ。初対面の日、その凄まじい熱量に内心少し引いてしまったことは、本人には口が裂けても言えないけれど……。

 今、目の前でギラリと輝いている瞳は、まさしくあの時と同じだった。

 

「それってどんなエピソードなんですか! トレーナーさんとの話ですか! それともサトノダイヤモンドさん! はたまたドゥラメンテさんとか──」

「す、ストップ! 今は針を使ってるからそんなに近づいたら危ないよ! 危ないから!」

 

 机の存在など無視するかの如く、前のめりで迫ってくるハーヴィちゃん。

 怪我を防ぎたい気持ちが半分、あまりの勢いにちょっと引いてしまったのが半分。

 あたしは両手を前に突き出して、なんとかその突進を食い止めた。

 

「……そ、それもそうですね……。ごめんなさい……」

「あ、あはは……。だ、大丈夫、大丈夫……」

 

 ハーヴィちゃんはハッとした顔になった後、頬を赤らめながらゆっくりと体を戻してくれた。

 よ、良かった……ちゃんと引いてくれて……。

 あたしは彼女にバレないように、小さく安堵の息を吐いた。

 

「こ、コホン……。さっきの話の続きですけど……」

 

 一つ小さな咳払いをして、ハーヴィちゃんは何事もなかったかのように話を切り出した。

 

「昔のキタさんと私が似てるって、どのあたりですか? 少し気になるので、聞いておきたいのですけれど」

 

 頭隠してなんとやら。表情は隠せても、尻尾がパタパタと机の角を叩くほど激しく動いている。

 似てるとまでは言ってないんだけどな。……まあ、よっぽど嬉しいらしい。

 その様子がなんとも微笑ましくて、つい「ふふ♪」と笑みがこぼれてしまった。

 

「キタさん?」

 

 激しく揺れる尻尾とは裏腹に、当の本人は不思議そうにキョトンとしている。

 そのちぐはぐな姿がまたおかしくて、もう一度吹き出しそうになるのをなんとか堪えた。

 

「……ううん、何でもないよ。それよりもあたしとハーヴィちゃんが似てるって話だよね?」

「は、はい! そうです、そうです!」

 

 ハーヴィちゃんは一瞬だけ前のめりになりかけた体を、なんとかグッと堪えてみせた。

 とはいえ内なる勢いはそのままだから、フンフンと息を荒げているんだけどね。

 その健気な様子を微笑ましく見つめながら、あたしは小さく口を開いた。

 

「その前に聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

「ええ、なんでも! 私に話せることがあるなら!」

「それなら良かった。えっとね、お守りはチームの皆に渡すって聞いてるけど……それを作りたい『本当の理由』は別にあるよね?」

「………………」

 

 それまでの熱はスッと鳴りを潜め、彼女の表情が硬く引き締まる。

 思った通り……なんて、カッコつけたことは言わない。彼女の現状を考えれば、それはあえて予想するまでもないことだったからだ。

 

「それってさ、皆にいつまでも元気で走ってもらいたいからだよね?」

「……はい、そうです」

 

 重々しく呟いたきり、彼女は下を向いてしまう。

 ギュッと固く握りしめられた手元からは、言葉にできないほどの想いの重さが、痛いほどに伝わってきた。

 

 ハーヴィちゃんは今、怪我により長期療養を余儀なくされている。

 幸いなことに治療の経過は良好。つい先日退院し、近い内にトレーニングも再開する予定だ。

 入院中、チームの皆はもちろんのこと、あたしも何度もお見舞いに行った。

 いつもならあたしを見てすぐに笑顔になる彼女が、この時ばかりは痛々しい作り笑いしかできなかったこと。その頬に、乾いた涙の跡が残っていたこと。

 あたしも皆も、絶対に忘れない。

 

「「…………」」

 

 時計の音だけが、ただ静かに室内に響く。

 あたしから声をかけるのは簡単だ。けれど、今はただ彼女が言葉を絞り出すのを待つべきだと思った。

 

「……もう二度と走れないって、思いました」

 

 ぽつりと、けれど芯の通った声が静まり返った室内に落ちる。

 顔を上げた彼女の表情は、一見すれば凪いでいた。けれど、膝の上で握りしめられた拳は白く震えている。

 

「思うように脚が動かない。走ることはおろか、歩くことさえままならない。ターフを駆けるあの日々が、砂時計の砂みたいに指の間からこぼれ落ちていく感覚。……あの瞬間、私の世界から光も、風の匂いも、すべてが消えてしまった気がしたんです」

 

 ウマ娘にとって、それは単なる怪我ではない。大地を蹴るという魂の証明を奪われる、底なしの暗闇だ。

 だからこそ、彼女の震える小さな拳が、たまらなく痛々しかった。

 

「だからこそ、私のような悲しみを、皆には味わってほしくない。気休めかもしれない。それでも、作りたいんです。皆には、ずっと元気で、たくさん、たくさん走ってもらいたいから……!」

 

 潤んだ瞳からポロリと雫が零れ落ち、机の上の布に小さな染みを作った。

 あたしは思わず身を乗り出して、彼女の頬を伝う一筋の熱を、そっと指先で拭う。

 

「……あたしも、同じだよ」

 

 あたしは、力強く一つ頷いた。

 

「元気になってほしい。無事でいてほしい。その一心でお守りを作ってるんでしょ? ……ほら、この温かい涙が、何よりの証拠だよ」

「……!」

 

 ピンと耳を立てて自分の頬に手を当てた彼女は、そこでようやく、自分が泣きじゃくっていることに気がついたようだった。

 

「だからね、ハーヴィちゃん。あたしも最後まで、とことん付き合わさせてもらうよ! あ、もちろん可愛い後輩のためっていうのと、お助け大将の心意気ってのもあるんだけどね」

「キタ、さん……」

「やってやろうよ、想いを込めた最高のお守り作り! 皆をびっくりさせて、今度は嬉し泣きさせちゃおう!」

 

 自然と口角が上がっているのを感じながら、真っ直ぐ彼女の瞳だけを見る。あたしの手は、いつの間にかギュッと強く握り込まれていた。

 ハーヴィちゃんは雫が消えた瞳を丸くして、何度も瞬きをしながらあたしを見つめている。

 

「……ふ、ふふ」

 

 張り詰めていた糸がふっと解けたように、彼女は小さく吹き出した。

 そして堪えきれないというように、楽しそうで、とても温かい笑い声をこぼす。

 

「お守りで泣いちゃうくらい涙腺が弱い子は、ふふ、いませんよ、ふふふ」

「そうかなぁ? 結構こういうの弱い子が多いと思うんだけどね? ハーヴィちゃんもそうだし」

「わ、私の話はいいじゃないですか! それを言ったらキタさんだってそういうタイプですよね!」

「あ、あたしは隠れて涙を流すよ! お助け大将は、人前では涙を見せないものだから!」

「やっぱり泣いてるじゃないですか」

「ぐっ、ぬぬ……」

「……ふふ」

「ふふ」

 

 ひとしきり笑い合った後、彼女はスッと表情を引き締め直してあたしを見つめた。

 そこには、頼み事をするためにここへ来たあの日よりも、ずっと強い意志の宿った瞳があった。

 

「……キタさん、よろしくお願いします。皆に、最高のお守りを渡したいんです」

「しかと心得たよ! その想い、全部お守りに詰め込んで、一緒に作ろう。……絶対、良いものにしようね」

「……はい! よろしくお願いします!」

 

 言い終わった後、彼女は針仕事で少し赤くなった左手を、グッと拳にして突き出した。

 その小さな拳に、あたしは迷わず右手を強く握りしめて重ね合わせた。

 

「「ふふ♪」」

 

 同じタイミングで笑い出し、視線が自然と机の上のお守りに重なる。

 そこには、彼女が書き上げた『健康』の文字。不器用ながらも真っ直ぐなその一文字が、今は何よりも眩しく映った。




今回登場しているハーヴィは深く設定を決めているわけではありません
元気で明るいキタちゃんに憧れていて、暴走しちゃうこともある女の子と覚えていただければと思います
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