目の前には一枚の羊皮紙、そしてそこに書かれた問題文。
解けるか、ではなくて、解けてしまったことが問題だった。しかも前世という記憶によって。
少しばかり振り返れば、日本人なら何となくであの世とか来世はなんて思っていたが、いざ死んでみればこの通りで、三途の川は渡らずに羊水に使った赤ん坊になっていた。
だが暗くて暖かい世界から追いやられて寒くてまぶしい世界に放り出されるあの恐怖は地獄に落とされたと勘違いしてもおかしくは無いだろう。
死因など思い出せないから多分運の悪いことに急病かガス溜まりに突っ込んだかだろう、まして雪が降っていたような記憶もあるから寒さでという可能性すらある。
そんなこともあってふと意識を取り戻した時にはあの世とは随分いいところだと思ったのに急に寒くなったものだから地獄の前の一時の安らぎだとすら思ったほどだ。
それでもその後に柔らかな何かに包まれたと感じて少ししたら眠ってしまった。後でわかってきたことだが赤ん坊とは随分に眠りが必要らしい。何かを考えるよりもただ眠っている時間が多く、しばらく自分が転生してなんて考えは浮かびすらしなかった。
それがわかってきたのは、目も見えて少しばかり起きている時間が長くなってきたころだろうか。自分の手足の短さに、そしてしきりに話しかける親の姿で漸くだ。
両親とは商人をしているらしくてそういった会話が聞こえてきてというのは大分先の話、最初に目についたのはその様相だった。前世的に言えば北欧系、とかく色素の薄い感じがした。金の髪に透けてしまいそうな灰の瞳。どちらも前世からすれば遠い世界としか思わなかったような見た目だった。そんな男女がやたら話しかけて、しかも全く知らない言葉で親し気にというのだから、そういうものだというのは直ぐに腹落ちした。
というかその時の身体ではそんなことよりもただ腹が減るものだった。欲求の段階とはよく言ったもので自分とはなどということを考える以前に腹が減っては何もできず、耐えがたい眠りへの誘いと飢えの辛さから日々はただその慰めになっていた。少しばかり俺の名誉のために書いておくと最初は葛藤もなくはなかったわけで、だが原初の欲求とは凄まじいとだけ。
そうして過ごせば成長もするもので身体が落ち着いてくるとようやっと思考の時間を取れるようになった。とても嬉しいことにずっと話かけられていたせいか言語の方も何となく覚えられていた。同時にかつての言葉も。不思議とどんなことを考えても二つの言葉で思考、言葉が浮かんでくる。前世で苦労した外国語習得は黄泉の先で先天的バイリンガルとなって克服された。もっとも語彙は全然なためもどかしさは凄かったが。
そんな日々から経た月日は15年。両親の事も家の事も、何となく国とか世界の事もわかってきて、どうやって生きるかを考えた時に一番良さそうだと思ったのは進学だった。
今の俺の居る国、には大学と呼ばれる教育研究機関がある。ほぼほぼ前世と同一だ。違うのは内容と入れる年齢くらいだろう。国の中に4つほど設置されたその大学の中で、一番近くかつ一番良さそうな学科を置いているのが王立第一大学だった。通称王都大とも呼ばれるそこには魔法道具、通称魔道具についての研究科が置かれており、他の大学よりも受け入れ人数が多かった。
家が魔道具の商売と少しばかりの加工もしているのもあって継ぐにしろ外に出るにしろ潰しがきくという意味では最高でしかも過去の問題を見る限り知っていれば解ける問題も多く、まして転生前の受験を考えれば算術など余裕ですらあった。
そんな甘い考えを持ちながら、それでいて通ってしまった入試はいつの間にか日常を家での生活から教室での一幕に変えて、傍らに聞いていた勘定の話も黒板と机に向かう時間に変えていた。
話を戻そう。要は俺が大学生で魔法のある世界で魔法を使った道具を色々と研究している。それは良い。だが学生には試験というものがつきものだ。入学してそこそこに、まあ何とかなるかなとか思い始めた矢先のこれは中々に厄介なものも多い。その最たるものが目の前のこれだ。
「単位は最後に実習テストやるからそれでね。でももしこれ解けたら実習なしでも単位ね。しかも満点。何なら研究室に推薦しちゃう」
そんな言葉を発した小太りな教授が手渡してきたのはある魔道具に施された刻印の写し。
問題とはこれを解読、そして可能なら改良せよ、というもの。
家で昔から見てきたものだから何となく見慣れていると言えばその通りだが、全体を確りと見れば確かに分かるものがある。
これは前世で言うクソコード、だと。