往復7日間の行程。その長丁場となる1年生向けのフィールドワークは、王都を遠く離れた旧文明の遺跡の手前まで行き、その外見から構造イメージを観察するという、至って簡単かつ安全なものだった。
この実習自体はそれで終わるが、定期的に実習単位は存在して本格的な調査学習はその中で深めていく。
この実習の本質的な目的は、長距離移動に必要な物品や、工程の中で必要となる物事を正確に把握し、自立して行動できる能力を身につけることにある。要はサバイバルの基礎研修だ。
前世も含めて基本的にずっと街中生活だった俺としては、支給された頑丈な背嚢を背負いながら、キャンプとはこういうものなのかと、内心ちょっとばかり興奮していた。視界の中見渡す限りの緑、舗装されていない街道、自然の匂い。不便を楽しむという感覚は、前世も今生も含めても味わえなかったものだ。
対照的に、隣を歩くアリアは、日々の彫刻ができないことに、早くも軽い禁断症状を起こしてストレスを溜めているようだった。
「ああ、タガネが握りたい……。指先が鈍っちゃうじゃないか、カイ」
「大人しく歩け。誰にも知られずに、あれだけの裏開発を突貫で終わらせたんだ。少しは脳を休ませろ」
俺たちは出発前、最初の関門である研究室所属の上級生たちによる持ち物監査をクリアしていた。必要な物品が一つでも欠けていれば、その場で街の商店まで全力で走って買ってこさせられるという厳格な確認だ。安全という意識を根付かせるために、向こうとしても手抜かりはない。噂では一人につき2個以上不足物を見つけたらちょっといい何かを奢ってくれるとか聞いたこともある。もしかしたらお酒だったり魔石だったりするだろうか。いずれにせよ。俺たちはそのチェックを問題なくパスし、さらに、誰の目にも触れない場所に魔道具を仕込んでいた。
今回の道中、驚くほどに危険が無く、野営の手順やテントの設営、食料調達の現地講義がのどかに進んだ理由の、実に2割程度は俺たちが密かに持ち込んだ秘密の魔道具たちが関連していた。
出発直前に、アリアが実家から抱えてきた死蔵刻印の山から、俺たちはいくつかの生活用魔道具を、今回に限っては一切の性能劣化なしにむしろフルスペックで作り上げていた。
ある程度の範囲の魔物を遠ざける、魔物除け。
アリアの言う、服を汚さないための、泥除け。
夜の冷え込みを相殺する、熱源魔石。
不快な虫をシャットアウトする、蚊よけ。
そして、川の生水を安全に変える、浄水魔石。
それらはすべて、服の内側に巧妙に縫い付けられるか、水筒の底や、ランタンの外装の隙間に組み込まれていた。
実習の進捗としても、そして二人の秘密の魔道具の実地調査としても、結果は文句なしの上々だった。
「ねえ、やっぱり私の彫った『蚊よけ』と『泥除け』は完璧だったよ。歩いてるだけで泥が勝手に避けていくし、虫一匹寄ってこない!」
野営地の隅で、アリアが声を潜めて嬉しそうに自慢してくる。
「ああ、実装の精度は文句なしだ。ただ、俺としてはこの浄水機能への評価が一番高い。生水の雑菌や不純物を外してくれるのはでかい。これだけで外での生活は100倍以上快適になるんじゃないか」
今回の実習では、テントは一人一つではなく複数人での共同使用だった。アリアは女子生徒用のテントへ、そして俺の同室となったのは、別のコースの平民出身の同期だった。
彼は、魔法道具科の人間を優秀層としてどこか眩しそうに見ていた。
「……なあカイ、さっき分けてくれた水、なんだか随分と美味(うま)い気がするんだよな」
夜、テントの中で、彼は俺の水筒から譲り受けた水を美味そうに飲み干しながら、ぽつりと言った。
ただの川の生水を、俺の水筒の底に仕込んだ浄水魔石が極限まで安全化し、ミネラルウォーターに変えてしまった水だ。おそらく前世での品質基準にも通るだろう。
「いいよな、魔法道具科は。そんな風に生活を便利にできる、魔法道具が作れるんだろ? 正直、すごく羨ましいよ。俺なんか、覚えることが多すぎて、もう付いていくのが精一杯なのにさ」
純粋な羨望の眼差しを向けられ、たまたま運良く良い水場を見つけただけさと、いつも通りの擬態の笑みを浮かべて誤魔化した。
服の裏、水筒の底、道具の隙間。
世界のバランスを崩さない程度に、けれど自分たちの旅に快適さへと加えてくれる、元はクソコードの秘密たち。
小さく蠢く胃の存在を感じつつも、俺は水筒に残った水を一口含み、開発のささやかな恩恵に静かに唇を綻ばせるのだった。