白色とトポロジー   作:朝凪小夜

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System; Reboot_14

フィールドワークは4日目を迎え、俺たちはついに目的の旧文明の遺跡へと到着した。

 だが、そこを管理し、今回の引率を担当しているは初老の教授。ボルス教授とは違ってやたらと規律に厳しいという男が、遺跡の巨大な石門の前で最初に放ったのは、生徒たちの期待をばっさりと切り捨てる冷徹な一言だった。

 

「いいかね、今回は遺跡の中には一切入らない。これは大学、および国家においての厳格なルールだ。君たちの年次では立入は許されない。もしどうしても内部の調査に関わりたいと言うなら、2年生以降の本格的な専門実習の単位を取りたまえ。今回はあくまで外見の観察だ」

 

 教授はそう締めくくると、石門や周囲の崩れた外壁を指差しながら、それらがどのような特徴を持っており、旧文明にどのような推察ができるかを滔々と語り始めた。彼ら研究者たちの目には、この巨大な石造りの遺構は、かつての強大な魔導王たちが築いた神殿か、あるいは巨大な要塞のように映っているらしい。

 

「さて、教授の話の受け売りで全く同じ内容になっても構わないという前提のもと、諸君にはこの遺跡の周囲で何か面白い気づきがないかをレポート課題として提出してもらう。本格的な論文を書けとは言わない。必要に応じた外見のスケッチと、気になった点のメモ、あるいは周辺調査の記述程度で十分だ。周辺の植物の植生を調べて、他の土地との違いがあるかどうかを確認するだけでも立派なレポートになるからね」

 

 上級生の指示も受けて、学生たちが一斉に羊皮紙と炭筆を取り出し、遺跡の周りへと散っていく。

 俺もまた、適当に崩れた石壁の前に座り込み、その構造をじっくりと観察し始めた。

 

 神殿?

要塞?

いや、違うな。

 

 ある程度というかかなりの部分は土砂に埋もれてしまっているが、基礎の構造、等間隔に見える空間の区切り、そして何より、崩れた土砂の隙間に見え隠れしている歪な四角い枠の痕跡。

 前世の記憶が、その構造の意味を俺の脳内に一瞬でレンダリングしていく。

 

 これはどう見ても地球で言うところの……鉄筋コンクリート製の集合住宅(アパート)の残骸だろう。

 魔導王の玉座でもなければ、兵士の詰所でもない。ここはかつて、数多くの一般人がひしめき合って暮らしていた、ただの生活空間。その一つの証拠に、俺は草木の根に覆われた壁面に、窓枠らしき錆びついた金属の意匠を見つけていた。

今は曲がってしまっているが真直ぐであったであろう面影を残し、土を掃いてよくよく見れば何かをはめることが前提のようにくぼみが続いている

 これなら周囲の植生から見て、かつてこの壁面には光を通すための開口部が存在した可能性についてのスケッチという体裁にすれば、平民の学生らしい、ちょっと着眼点のいい無難なレポートに仕上がるはずだ。

 

 俺が黙々と炭筆を走らせていると、隣に座り込んできた影。アリアだ。

 彼女は提出用の羊皮紙を白紙のまま膝に載せ、退屈そうに頬杖をつきながら、遺跡の巨大な影を見上げていた。刻印の彫刻ができないこと、そしてある種型にはまった外見観察に、彼女はすっかり興味を失っているようだった。

 

「ねえ、カイ」

 

「なんだ。レポート書かないと、あの教授にまた小言を言われるぞ」

 

「そんなの適当に石の絵でも描いておくよ。……それよりさ、ちょっと気になったんだけど。そもそも、この『旧文明』って、一体何だったんだろうね?」

 

 アリアは灰色の瞳を少し細め、ポツリと、しかし確かに好奇を孕んだ声で、問いかけてきた。

 

「これだけ大掛かりで、恐ろしいほどの技術を有していたことは、意味のわからない刻印の山を見れば私にだって分かる。……でもその最高峰の技術は今に続いていない。かつての技術の頂点は、一体どんなものだったと思う?」

 

 それは、文字の意味がわからないまま、レガシーコードの美しさを追い求めてきた天才だからこそ行き着いた、本質的な異常への問だった。

 

 炭筆を握る手を、一瞬止めた。

 かつての最高峰の技術。それは、コンロの無駄を省き、照明をフルカラーにし、冷気を無限に放つ、あの英語のソースコードたちの完全な姿だ。それがなぜ、今に続かず、残骸を遺して滅び去ったのか。

 前世でもいくらでもあった話だ。

文明がそれの遺産を残して滅びるならその理由は数種程度しかない。 

 だが、俺はそれを、隣の少女には絶対に言わない。

 

「さあな。偉い学者様でも分からないんだ、俺たち平民の1年生に分かるわけがないだろ。……ほら、アリア、早く窓枠のスケッチでも手伝えよ。不器用な俺の絵じゃ、教授に落第点にされる」

 

 俺はいつも通りの擬態の苦笑いを浮かべ、彼女の問いを軽くいなした。

 遺跡から吹き抜ける風が、俺たちの間をすり抜けていく。旧文明という名の巨大なシステムの遺産を前に、俺は自らの内に秘めた解の重みを改めて噛み締めながら、ただ静かに、羊皮紙の上に錆びついた窓枠の線を重ねていくのだった。

 

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