3級の魔石を彫り込んだ冷気石を、机の端に金属製のクランプで強引に固定し、その真下に結露した水滴を受け止めるための木桶を置いただけの突貫システム、もとい簡易除湿器は、どうやら上手く機能したようだった。
それからというもの、都合3日間でアリアが俺の部屋に訪れることはなかった。
「ふぅ……。やっぱり、空気が軽いな」
手元に置いたうちわをパタパタと動かしながら、自室で大学の課題を進めていた。
室温自体は、多少暑い。だが、試作ついでとこちらの自室にも設置した簡易除湿器で不快な湿気が消え去ると実に快適で、平民学生の俺が集中力を保つにはこれで十分だった。
とはいえ、講義もない休日は思いのほか暇だ。静かすぎる部屋でこれまでのノートと白紙と眺めていると、ふと、前世の夏の定番を思い出す。
かき氷の作り方くらい、アリアに教えてやってもよかったのかもしれない。
だが、すぐに頭を振ってその思考を消した。氷を削ってシロップをかけるというそれだけだが、一見無害に思えてその実一気に世界のインフラを変えかねない。氷を大量に生産・維持するための冷凍のロジックを、彼女に、そしてどこかに漏れる可能性を一分にでも与えてしまったら、今度こそどうなるかわからない。
ただ、アリアが来ていない間に気晴らしで行った王都の店での記憶が、未練でチクチクと脳髄を刺した。名前こそわからないが、地球のレモンによく似た柑橘の、あの果実。清涼感のある酸味と爽やかな香りは、少しのシロップと合わせたらとても良かっただろう。そんな美味の誘惑に一瞬でも負けかけた自分を、ちょっとだけ悔いる。
そんな益体のない思考に耽っていた、その時だった。
今度は静かに、男子寮のドアがノックされた。
「おーけい、カイ! 最高の気分だよ!」
部屋に入ってきたアリアは、3日前とは打って変わって、ひどく晴れやかな満面の笑み、しかし目の下にうっすらと徹夜の隈を浮かべていた。
「あのアイデアは実に素晴らしい。この3日間、食事と睡眠以外は部屋にこもりきりで、ずっと魔石を彫り直していたんだ!」
3日も姿を見せないと思ったら、そういうことか。わからない話でもないが。
彼女は自分の成果を自慢する開発者のように、早口でまくしたてた。
「実際に使ってみて分かったけど、あれは室内、それも出来る限り気密性の高い空間で真価を発揮するシステムだね。空気の出入りが激しい野外じゃ全く無意味だし、何より部屋でもあの石の下に溜まる排水の処理が地味に面倒くさい! ……でもね、そんなネックを全部差し引いても、夏の間、自室で作業に没頭するには、これ以上ない最高だよ!」
一度使うだけで、その仕様の長所と短所、そして限界まで見抜いてしまう。相変わらず恐ろしいほどの直感だった。
一通り熱弁を振るう彼女を眺めながら、俺はふと、疑問を口にしてみた。
「なあアリア。それだけ絶賛するなら、あれ……売らないのか? 蚊よけがあれだけ売れたんだ。これだって、王都の需要は相当だろうが」
アリアの実家も含めるなら、3級魔石の調達も、貴族向けの販売チャネルも揃っている。彼女がその気になれば、莫大な利益を生むはずだ。
だが、アリアは意外そうに瞬きをすると、ふっと悪戯っぽく、あの小悪魔な唇の形で微笑んだ。
「まさか。そんなことをしたら、誰かが刻印を解析して、君が作ったってことがバレちゃうじゃないか」
アリアはそれだけ言うと、じゃあ作業に戻るよ、と満足そうに部屋を去っていった。
パタン、と閉まったドアを見つめながら、俺はしばらく呆然としていた。