王都大での授業、魔法概論Ⅰの担当教授、ボルス教授の出した問題において、魔道具の刻印をクソコードと思ったら理由はいくつかある。だがその前に一つそれ以上に大きな特徴がこの刻印にはある。
そもそも刻印とは、魔物から取れる魔石を動力にして光や火だったり、他に水や氷といった何らかの結果を生み出すような道具を動かすための指令文だ。前世的に言えば家電に入っているプログラムのソースコードと言ったところだろう。
そしてこの刻印をいかにして隠しつつ、隠せなければデザインと調和させていくかというのも一つ職人の腕の見せ所なのだが、大事なのはこの刻印とは文、つまり文字で形成されたものということだ。
家に居た時には全体が見えていなかったのもあるし、一部しか見えていなかったのもあってわからなかったが、文全体を見て確信したのはこの刻印は英語で書かれているのだ。
つまり言ってしまえばこれはもう前世のソースコードそのものと言っていい。職場で見慣れてしまった単語が所々に散らされている。
何でわざわざ異世界で英語をまた見ることになったのかは今わかることでもないし、何より歴史的にも複雑なところがあるからどうにもできない。
ただそういうものとして存在してしまっているという実態を考えれば、読めてしまう人間がいて文章があるというだけの事実。
要は異世界だけど英語のソースコードが見つかったよ、というだけ。
で、問題は俺がソースコードを読める以上それがどういう内容かは分かること。何も難しくなく普通に読めてしまった。魔道具を動かすのにはこの三割くらいの記述があれば十分そうだ。
すると残りの7割は何なのか。それがクソコードの理由。
まず5割はただの日記だ。作っているときに何が起きたとか、最近上の貴族がうぜえし納期は短いしふざけんなやハゲとか書いてある。
次に2割は、これははっきり言って無駄な記述だ。ちょっと条件整理をしたり書く順番を変えれば綺麗にできる。まあ、美しいコードと汚いコードというやつだろう。
「…ふっざけんなよ、マジで…
何でこんなもん残してやがんだよ」
ぶっちゃけて言えばただのクソコードが残っているというだけで、それを解読することが課題ならそのままクソですと言ってかいぜんしたコードを刻印として提出してしまうというので終わりの話だ。
問題なのはこの刻印とは旧文明の遺産であって国々然り現文明はその解読をしてどうにか繁栄を取り戻そうとしている。
ということは、だ。刻印の解明、あるいは動作する刻印の発見者はその重要度に応じて国家からの待遇が変わりうる。
しかも、今俺が目にしている刻印は60年ほど前に発見されたもので発見者は叙爵もされている。それも無位の平民から子爵へ。それだけ国家へのインパクトが大きかったということでもある。
実際その恩恵は俺たちもすぐ近くで受けている。
日々の料理、旅の中での煮炊き、露店などなど、そういった本来は竈やそれなりの技術や用意が必要とされる火の扱いを一手に引き受ける魔道具。それが通称魔導コンロ。火力の調整も、何より着火も容易に行える上に携帯すらできて魔石も外しておけば暴発もしない。
王都においても、どころか都市程度のレベルでさえあればこの魔導コンロを持たない家はほぼない。
車もない、真空管も洗濯機もテレビもない世界でたった60年でここまで広まった。今や最もありふれた魔道具の一つ。もしかしたら子爵への叙爵でさえ足りなかったかもしれない。今は代替わりこそしているが子爵家として魔道具の大家としての評判はかなり強い。
そんな状況で一商人の息子程度がこれまでの刻印を半分以下にまでしたとなれば、その後に俺がどう扱われるかなんて2つか3つ程度だ。
できれば死にたくない。そう思ってしまうのは自然だろう。
だというのに、こんな、こんなクソコードを世に残しておくということが許せない。
これはある種歪みだ。直線ばかりの図形にたった一つだけうねる曲線があるような異質。
それがどうしようもなく喉につかえて呑み込めない。
そんな自分の狭量な美意識が恨めしい。
俺はどうすれば良いのだろう。
目の前の羊皮紙には不要と書いたり、一つ一つの単語を王国共通語に訳したものも書き込まれている。
これを燃やしてしまって解けなかったとしてもいい。というかそれが賢明で安全な判断だ。
それが分かりながらも羊皮紙はいつまでも残ったまま、いつの間にか外から白く光が差し込んでいた。