白色とトポロジー   作:朝凪小夜

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System; Reboot_20

 夏休みを経て新たな学期に進んだ俺たちの手元に後期の大イベント、もとい、研究室体験が届いた。

 案内によれば、学生はそれぞれ興味のある研究室の研究内容の紹介を受け、3年次の最終的な所属を決める前に、3つほどの研究室をローテーションしながら半年で軽いそれぞれの研究室での研究基礎を学ぶことになっている。前世の大学で言うところの、インターンや研究室見学の長期版といったシステムだ。

 食事の席での会話を聞く限りでは、いくらかの学生は相当熱意をもって行きたい研究室もあるらしくそういった学生にとってはこの体験はアピールかつ必要な知識やスキルを計画立てて習得していくための情報収集の場らしい。

 かつての世界の記憶としては似たようなものと思いながら、同時にひどく既視感のあるもので、いつかの先輩との話の空気が少しだけ鼻先に蘇った。

 

「……さて、どこに行ったものか」

 

 案内書を睨みながら、結構な時間、頭を抱えていた。最先端刻印研究室など論外だ。できれば地味で目立たず、それでいて将来的に一般の魔道具店を継ぐ際にも潰しの効くような、そこそこに学べてそれなりに評価がある程度くらいの研究室が望ましい。

 そんな風にリスクヘッジばかりを考えている俺の横で、同じように案内書を眺めていたアリアが、珍しくと唸り声を上げていた。

 

「アリア、お前も迷っているのか? てっきり、もう行くべきところは決めているものとばかり思っていたが」

 

「迷い気味、だね。どこでもいい、というのが本音じゃないか」

 

 アリアはつまらなさそうに髪を指で弄りながら呟いた。不思議に思って問い返すと、彼女は窓の外を眺めながら、どこか遠い目をする。

 

「私にとって刻印に関して新しい理解ができる場所ならどこでも良いんだよ。具体的にこの研究がしたい、というのは無かったからね。そもそも、ここに入ったことすら、ここに来れば何かがあるんじゃないかって期待したからだしさ」

 

 アリアとしては、今のところ大学の講義に対して刻印には未知の部分が多すぎて、どうにか解読をしようとしていますという、現文明の限界をなぞるだけの手応えしか感じていないのだろう。

 同時に、彼女の頭の中にはその未知に対して組み換えを出来てしまう、おそらく世界でただ一人の存在が、すぐ隣でうちわを仰いでいることも認識しているのだろうが、それを口にすることはない。

 そんな研究室選びと同時に、前期の成績確定の通知も個々人の郵便入れに納まっていた。

 俺とアリアの成績自体は、何ら問題はなかった。問題は、その通知の裏に記載されていた、後期の講義カリキュラムの難易度の伸展だ。

 

「カイ……。これ、どういうことだい。意味がわからないじゃないか」

 

 数日後、早くも後期の講義がスタートしたのだが、アリアは机にテキストを放り出し、文字通り絶望の表情を浮かべていた。

 原因は、後期の算術の講義だった。

 講義を数回受けて振り返る限り、この世界の数学的体系は、前世の地球で言えばおそらく14〜16世紀程度。数式としての学問的な体系化がそんなに進んでおらず、表現は回りくどくて非効率とすら言える。

 一応21世紀の数学も目にしていた身としては、この程度の算術は中学程度の数学の続きでしかなく、何ら困るものではなかった。しかし、中世的概念感覚と逆に現代ですら使えそうな空間感覚を持つアリアにとっては、非常に困惑の要素でしかなかった。

 

「何でわざわざ、こんな方程式なんてステップを踏んで解かなきゃいけないんだ! 空間で線を引けば、目で見てどうにでもなるじゃないか!」

 

 怒っていた。あの感覚を有する彼女から、数式を組み立てる行為自体が、魅力を感じない無駄な工程に見えるらしい。

 

「…なぁアリア。こんだけ苦戦するって、お前、前期の算術はどうやってパスしたんだよ。余裕って感じだったが」

 

「……カイ、君、知らないのかい? 前期の講義は、特殊な生まれで算術をあまり知らない平民や、教育が遅れている地方の学生のためにある、最低限の振り返り期間でしかなかったんだよ。後期からが、この大学の本番さ」

 

「は?」

 

「……と、昨日くらいに上級生らしき人聞いた情報だから、どこまで本当かは不明だけどさ」

 

 アリアが不満げに付け足したが、事実として目の前にあるテキストのレベルは相応に跳ね上がっている。

 つまり、一般の平民がちょっと追加の教育を受けていれば何とかなるというぬるま湯の仕様は、1年生の前期まででとっくに終わった。ここからは、家柄や生まれ持った才、そして努力の差が露骨に出る平等で不平等な闘争の始まりなのだ。

 そして、その仕様を理解した瞬間、俺の胃が文字通り悲鳴を上げた。

 これはマズい。非常にマズい。

 かつての現代までの数学の知識があるせいで、周囲の平民生まれの学生はおろか、貴族の系譜すら置き去りにして首席候補に躍り出てしまう可能性が出てきた。それも極めて高くに。余計な波風を立てるつもりは毛ほどもないのに、知識と経験のせいでで失敗ルートがそこかしこにありえる。

 さらに最悪なことに、目の前で髪をかきむしっているアリアに、そしてこの難易度ならおそらく他の何人かの同期にも、なぁカイ、ここ教えてくれよなんて言われて勉強を教える羽目になる未来が明確に見えていた。

「はは、は……」

 

 自分の成績通知を握りしめながら、俺は引き攣った笑みを浮かべる。

 勉強の教師役リスク、首席候補として目をつけられるリスク、そして未だに決まらない研究室体験の選択肢。

 秋の匂いを少しだけ乗せた風の中で、俺の胃壁は最大級の負荷に軋んでいた。

 

 

 

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