白色とトポロジー   作:朝凪小夜

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System; Reboot_23

「失礼します、ボルス教授。前回の課題である輸送システムの問題点についてのレポートを作成してきましたので、提出いたします」

 2度目の研究室体験の時間。ノックをして研究室に入り、羊皮紙の束を教授のデスクへ差し出した。

 しかし、ボルス教授は差し出された羊皮紙を受け取ろうとはせず、丸い眼鏡の奥の目を細めて、緩く手を振った。

「あー、うん。レポートはまずそこに置いておいて、受け取る前にね。カイくん、君が書いたそのレポートに書いた内容を、まずは君の口から僕に話してもらえないかねぇ」

 

「……私の口から、ですか?」

 

 俺は思わず訝しげな表情を浮かべた。

 提出されたレポート、あるいは実習の結果、その出来で評価するものと思っていた。ここにいる学生が1人であるためか、随分と柔軟というかなんというか。

 そん考えを察してか、ボルス教授はいやいや、そんなに身構えなくてもいいんだよ、と白髪混じりの頭を掻きながらのんびりとした口調で補足した。

 

「研究っていうのはね、ただ優れた成果を紙に書くだけじゃ半分しか終わっていないんだよ。その成果を他の人に、つまりその前提を理解していない外部の人間に分かりやすく話して、納得してもらう必要があるんだ。だから、そのための練習を、この研究室体験のうちからしておこうと思ってねぇ」

 

 教授は机の上に転がっていた魔石を一つ手弄りしながら、さらに言葉を続ける。

 

「それに、カイくんの実家は、商売をされてるんだっけ?もし将来、君が店を継いだり、商売に関わるのだとしてもね、自分の扱っている商品の長所や、現状の問題点を人に分かりやすく言葉で説明するというのは、ものすごく意味のある事だしねぇ。商人の息子さんなら、こういう伝える技術は絶対に損にならないはずだよ」

 

 教授の意図を聞いて、要するに、プレゼンテーション、研究発表のロールプレイングかと納得した。

 前世の企業でも、仕様書の作成と同じくらい、顧客や開発チームへのプレゼン、進捗報告の明確さは重視されていた。感情論や主観を排し、純粋に内容を事実として伝える行為。それなら、レポートの範囲内であれば、問題はない。

 

「……分かりました。では、私が考察した現状の馬車輸送におけるボトルネックについて、口頭で発表させていただきます」

 

 俺は咳払いを一つし、手元のレポートに時折視線を落としつつ、静かに話し始めた。

「現在、王都および王国全域における物流の主軸は、馬車依存しています。私はこのシステムを動力源と車体の2つに明確に分類して、それぞれの構造的な問題を抽出しました」

 

 できる限り主観的な感想や感情的な表現を排除し、構造に関する論理的な発表を組み立てていく。

 

「第一に、馬車の動力、すなわち馬ついてです。生き物である以上、定期的な食料と水分の補給工程が不可欠であり、これには消化・吸収という物理的な時間コストが発生します。これに加えて睡眠や休息の必要性、各個体の調教や蹄鉄の交換といった定期的なメンテナンス費用が発生し、二頭立て、四頭立てと連結を増やすほど、個体差による調整の必要性が生じ、そこに必要なコストは順調に跳ね上がります。さらに、長距離移動における疲労蓄積は速度の減衰を招き、個体差によるブレも大きいため、物流全体のスケジュールが不安定になるという致命的問題を抱えています」

 

 ボルス教授は、顎に手を当てながら、俺の言葉にじっと聞き入っている。その表情からは何を考えているか読み取りづらい。どこか不安を覚えながらも、第二のレイヤーへと話を移した。

 

「第二に、車体についてです。外郭や都市間、さらには町・村単位での未舗装路という劣悪な環境を走る際、現行の機構では、路面からの振動を効率的に吸収・分散できません。この振動は、車体、荷台、そして乗員のすべてに及びます。結果として、積載品の破損リスクを常に高め、運用コストにさらに上乗せされているのが現状です。以上の理由から、現行の馬車輸送システムは、維持コストと時間的確実性の両面において、重大なボトルネックを抱えていると結論付けます」

 

 ふぅ、と小さく息を吐いて、俺は簡単なプレゼンを終了した。

 内容はすべて、馬の餌代や車輪の耐久性、道路のガタつきといった、今日この世界を生きる人間なら誰でも知っているはずの事実に過ぎない。魔石を自律駆動の推進源として定義する、といった世界をひっくり返しかねない禁忌領域には、爪の先ほども踏み込んでいない。

 短い沈黙の後、ボルス教授はふむぅ、と小さく声を漏らした。

「素晴らしいねぇ、カイくん。いや、本当に良いよ」

 

「……ありがとうございます。ですが、内容としては、少し遠出をしたことのある人間なら誰でも感じるような、ありふれた問題点ばかりですが」

 

 だが、ボルス教授が評価していたのは、そこではなかった。教授はレポートをようやく受け取ると、そのパラグラフに目を落としながら、感心したように微笑んだ。

 

「うん、そうだねぇ。君の言う通り、挙げられているアイデアそのものは、そんなに特異なものではないんだよ。商人に、商人の息子さんなら、日々のお金の計算の中で気づくことだしねぇ。……だけどね、君の話し方、そしてこの構造が本当に優れているんだよ」

 

 教授は羊皮紙の一行を指でなぞる。

 

「君の話はね、自分の主観や感情が綺麗に排除されていて、何が事実で、何が自分の主張なのか、きちんと分離できている。これはね、研究者にとってものすごく重要なんだよ。大学の優秀な学生の論文でもねぇ、読んでいてこの数字はどこからか根拠があって出てきた事実なのか、君のただの感想なり願望なのかが曖昧なものが多くてね、そういう論文は読んでいて本当に苦痛だし、内容が頭に入ってこないからすぐに忘れられてしまうんだ。だけど、君のこの考察は、綺麗に整えられていて、読んでいて全くストレスがない」

 

 しまった、と、俺の脳内で警告の文字が明滅した。

 汚いレポートとしてのクソコードを作り内容を落としたはずが、何百枚もの仕様書や報告書を書き、レビューを繰り返してきたプレゼンの癖、構造化の意識が、文章の書き方や話し方として漏れ出てしまっている。

「…恐縮です。実家の帳簿の付け方を参考に、分かりやすさだけを意識したのですが……」

 

 俺は必死に言い訳をしようとしたが、ボルス教授はすでに、俺のその話し方の構造を完全に気に入ってしまったようだった。のんびりとした笑顔のまま、さらに深い話を持ってくる。

 

「いやぁ、この着眼点と整理の仕方ができるなら、次のステップへ進むのも速そうだねぇ」

 ボルス教授は、俺の必死の言い訳をのんびりとした笑顔でスルーすると、机の上の資料の山から、一枚の古い写本(スケッチ)を取り出した。そこに描かれていたのは、幾何学的な刻印がびっしりと施された、旧文明の「車輪(ホイール)」の出土品の写真(写生図)だった。

「君のレポートの第二の問題定義、路面からの振動と、車体へのエネルギー伝達の話はとても面白い。そこから派生する問題として、僕は今回、一つ別の視点からアプローチを深めてみたいと思っていてねぇ」

 

 教授はスケッチを俺の前に滑らせ、その目を、研究者特有の深い光で輝かせた。

 

「そもそも、僕たちは車輪というものをね、ただ地面を転がって摩擦を減らすための、物理的なパーツだとばかり思っている。だけど、旧文明のこの輸送刻印の断片を見る限りね……彼らは車輪という存在を、単なる外部の周辺ハードウェアではなく、輸送システムそのもののコアとして、全く別の定義の仕方をしていたんじゃないか、という気がしているんだよぉ」

 

 車輪というハードウェアの、輸送システムにおける再定義。

 前世でのモーター内蔵型ホイール、あるいは、車輪の回転そのものを刻印の側から直接制御し、推進力と衝撃吸収を同一のプログラム内で処理する、高度な抽象化。

 ボルス教授は、まだ英語という異世界言語で書かれたコードの中身こそ読めていないものの、現状と理想の差異という史学的なギャップ分析だけで、旧文明の技術が到達していた設計思想の核心の入り口に、正確に手をかけようとしていた。

 

「単なる物理基盤ではなく、全体機構としてどう定義された方が良いのか、という視点なんだ。

…どうしても刻印とか実際の遺構からの証拠があんまり確定しないから難しいけど、こういうのが面白いんだよねぇ」

 

 教授の緩い、しかし本質を射抜くような問いが、不格好なレポートの隙間へ、容赦なく割り込んでくる。

 

 やはりというべきか、この教授、やっぱりキレ者すぎる。

 前世知識やロジックは一切匂わせるわけにはいかない。

 如何にしてその思考の追求を躱すか、思考はそればかりを追っていた。

 

 

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