白色とトポロジー   作:朝凪小夜

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System; Reboot_27

 ハルバート教授から提示された、あえて最初からちょっと欠けさせた魔石に、いつもの刻印を試すという簡易実験は、その後も数週にわたって継続していた。

 特にこれといった成果も一切ないままに。

 俺が自分の下手くそなタガネさばきで、魔石の端をあちこちランダムに削り落としてから写経を試した実験試料は、その九割以上が起動すらしない沈黙、あるいは魔力が一瞬でリークしてボフッと虚しい煙を吹く結果となった。

 だが、そんな結果は、ハルバート教授としても最初から百も承知だったらしい。

 

「いやぁ、やっぱりそう簡単に奇跡の個体なんてビルドできないよね。僕だって学生時代から何年もやって、数えるほどしか引き当てていないんだから、カイくんが数週間で再現を取れなくても当然だよ。研究室体験としての講義評価は適当にしておくから、そんなに気に病まなくていいよ」

 

 ヨレヨレの白衣を揺らしながら、ハルバート教授は実験台の上の魔石を片付け、代わりに年季の入った陶器のティーポットを引っ張り出してきた。

 気がつけば、週に一度の研究室体験の時間は、今やその大半が雑談の時間に変わっていた。体験の学生が俺一人しかいないこともあって、教授が淹れてくれる温かいハーブティーを啜るという、ボルス教授の時とは随分と違ったどこかのんびりとした時間に。

 これこそ人徳と言うべきか、徳という言葉もそぐわない気もするがそういう物としか思えなかった。どこか余裕というか教授会の視線が痛いという割には切羽詰まるような気配はどこにもない。

 偏にゆったりとした時間ということだけで言えば、これ以上なく居心地の良いホワイトな研究室だった。

 ただ、俺の喉の奥には、いつもその爽やかな風味が、少しだけ苦く引っかかっていた。

不要記述を落として効率を出すことは出来ても、オリジナルをそのままに不要と無駄の刻印をそのまま記述した欠けている魔石で効率が跳ね上がるのは論理的にあり得ない

 手元でタガネを弄びながら、教授の言葉と、研究室の根底にある立証すべき命題への疑問をずっと止められずにいた。

 奇跡の個体。その謎への挑戦心が、この穏やかな雑談の時間の裏側で、じりじりとくすぶり続けていた。

 そんなある日の夕ごろ。

 講義の空きコマに大学の食堂の隅に陣取っていた俺の前に、随分な熱量を撒き散らしながら、かの赤髪が滑り込んできた。

 

「カイ! 待たせたねぇ!」

 

 ドン、とテーブルが揺れるほどの勢いでトレイを置いたアリアは、ここ数週間のあれやこれやを感じさせないほど、実に楽しそうな満面の笑みを浮かべていた。

現在の彼女の状況は、かなり逼迫という言葉の通りであるはずだった。

 後期から急激に難易度の跳ね上がった算術の講義。さらには、彼女が最も嫌悪する泥臭い定量化とグラフ作成を避けられない計測関連の講義。それらついて話すときのアリアはいつだって非常に苦しそうな表情を浮かべていた。

 だというのに今の彼女の顔からはそんなストレスがすべて一撃で吹き飛ばされたかのような、圧倒的な快活さが満ち溢れている。

 理由は、言うまでもなく、ボルス教授の元での最先端輸送刻印の写経が、彼女の魂を最高出力で駆動しているからだった。

 

「ねえカイ、聞いておくれよ。今日、ボルス教授のところで、旧文明の大型連結移動体の記述の断片をもう一度最初から刻まさせてもらったんだ! 彫れば彫るほど、あの美しさに指先が痺れるよ! 算術なんて退屈な時間は何一つ頭に入ってこないけど、あの輸送刻印を弄っている時間は最高だ!」

 

「お前なぁ……。楽しそうなのは何よりだけどあんまりボルス教授の前で本気を出すなよ? あの人、のんびりした風を装って、お前の刻印の綺麗さに目を丸くしてただろ。これ以上目をつけられたら――」

 

「大丈夫、大丈夫! 精々が天才彫師としての技術にしか興味なんてないさ!」

 

 アリアはそう言ってパンをと齧った。

 幾度か咀嚼の後に、ふとパンを噛む手を止め、真剣な目で俺を見つめてきた。

 

「ところでさ、カイ。ちょっと気になったんだけど。旧文明の魔法道具って、魔石をどういう風に配置していたんだろうねぇ?」

 

「配置……? どういう意味だ?」

 

「私はさ、刻印を彫る側の専門だから、魔法道具全体の設計はしていないじゃないか。そういうのって、カイの家みたいな魔道具店の方が詳しいだろ? もし旧文明が複数の魔石を連結してシステムを動かしていたんだとしたらさ、ちょっと今流通しているような、一個の魔石だけの単純な魔法道具とは、話が根本から変わってくるんじゃないかと思ってさ」

 

 アリアの何気ない、しかし実に興味深い問いかけを聞きながら、俺は少し頭の中でイメージを組み立ててみた。

 例えば、前世の自動車のような魔法道具を、この世界でゼロから動かすための設計。

 推進力を生むためのメイン魔石、それを制御するためのサブ魔石、車軸やサスペンションの負荷を相殺するための補助魔石。それらを物理機構の中にどう組み込むだろうか。

 イメージを膨らませれば膨らませるほど、それはあまりに複雑な構造。各部の三次元的な配置と、空間的な重なりを完璧に把握しなければならない。随分と高度な空間感覚が必要だな、と感じる。アリアのような超越的な立体の直感が無いと、全体の簡易図面すら厳しいのではないか。

 そこまで考えて、一つ、小さな違和感があった。

 待て。

 今、俺の頭の中に浮かんだ魔石のイメージは、どれも綺麗な真四角の立方体だ。

 何故だ。

 魔石は、最下級である4級だと、ろくに加工もされずに魔物から採取された歪な塊のまま、最低限の洗浄をされただけで市場に安価で売られている。加工費が上乗せされていない分、平民の家庭用コンロなり何でもとにかく動けばいい燃料として非常に安い。

 一方で、アリアの実家が端材として持っているような3級以上の高級魔石は、彫師たちの取り回しや魔道具への脱着の利便性を考慮してある程度形状は整えられている。

 だがそれだって決して真四角の立方体などではない。角は丸いし、全体的にやや歪な多面体の形状のままだ。

 

「……何故だ? なんで俺は、魔石を無意識に立方体として処理しようとしたんだ?」

 

 前世の地球のコンピューターの記憶が混ざっているからか?

いや、そうじゃない。

 その瞬間、俺の脳内で、ハルバート教授の命題と、魔石の形状との2つが、結びついた。

 

「…そういう、ことか…!」

 

 アリアが驚いたように目を丸くしているが、それを気にする余裕すらなかった。

 魔石という物理媒体は刻印を読み込んで魔法として駆動させるためのシステムだ。だがその一つの役割は、文字を刻む表面であったり全体に漫然と在るのではなく、魔石の中心部にこそ、そういう役割を担う信号の受付層が存在しているのではないか?

 もしその仮設が正しいのだとしたら。

 現文明の人間が歪な多面体のまま魔石の表面に文字を彫っている行為自体が、すでに大きなロスを引き起こしている。

 より中心に近い場所、魔石の幾何学的な中心に最も近い表面の場所にこそ、記述のなかでも魔法として最も読み込みが必要なコア、すなわちコンピューターで言うところの物理層へのアクセスと同等の重要な記述が配置されるべきなのではないか。

 ハルバート教授が下手くそに欠けさせて奇跡を引き当てたのは、文字を削ったからではない。文字の位置が偶然に生まれた物理的な凹凸によって最も中心部に近い最短ルートに滑り込んだから、出力効率が跳ね上がったのだ

 

「アリア! 頼む、今すぐこの問題を解いてくれ!」

 

 俺は白紙のレポート用紙を引っ掴むと、ペンで大急ぎである空間図形の問題を書き殴った。歪な多面体の中に内包される球体と、その重心から各表面までの最短距離を求めるための、立体図形のパズル的問題。

 

「ええ? なんだい唐突に。私は算術の授業は大嫌いだって…」

 

「算術じゃない! ただの図形だ! お前の目と頭なら、これの中心から一番近い場所が一瞬で見えるはずだ!」

 

 俺の真剣な剣幕に押され、アリアは不満げに口を尖らせながらも、その大きな目で俺が書いた歪な図形をじっと凝視した。

 

「……何だいこれ。君、作図が少し違う、歪んでいるよ。ここ、もう少し長くないと整合しないし、美しくないじゃないか。もっと綺麗に」

 

 アリアは文句をつけつつも、ペンをひったくると、迷うことなく図形の中心から一本の直線をピッと引き、答えを瞬時に書き戻した。

 数式による回りくどいステップを一切踏まず、立体を目と同時に脳で見て答えを出す。相変わらず恐ろしいほどの才。

 

「おーけい、完璧だ! ありがとうアリア!」

 

「な、何に使うんだい、それ……」

 

 アリアが弾き出した解を元に、手元のレポートの余白で大急ぎの数値計算を書きだしていく。

 もし、魔法の出力効率が、刻印の配置、重要部分の記述から魔石の中心部までの距離に依存しているのだとしたら、どれだけの差が生じうるのか。

少しばかり時間を掛けた計算でその比は求められた。問題はこの導き出した理論が、実地でも同等を示すかどうかだ。

 試したい。今すぐ、この手で、見てみたい。

 その猛烈な衝動に、身体はすでに支配されていた。もはや止められない。

 

「アリア! 行くぞ!」

 

「ええっ!? どこにだい! パンがまだ半分残って…」

 

「実験室だ! 今すぐに!」

 

 俺はアリアの手首を掴むと、彼女の驚く顔も構わずに、夕暮れの赤い光が斜めに差し込む大学の廊下へと一気に飛び出した。

 放課後の静まり返った校舎、平民の学生たちが帰路につくなかを、俺たち二人の足音が激しく響き渡っていた。

 

 

 

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