白色とトポロジー   作:朝凪小夜

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 王都の冬はより深く雪の層は厚みを増していた。

 空から舞い散る新雪は石畳を隠し靴の半ばが埋まるほどになっている。

 外套の襟を立てマフラーに顔を埋めながら雪を踏み締める。右手には骨太の傘、そして左手には、実家の父と母の汗とここ数日間の苦悩が物理的に圧縮されたずっしりと重いしっかりとした手土産が握られていた。

 

「……で、なんだって? カイ」

 

 夕食の肉をフォークに刺したままで、父はフリーズしていた。視線は空間の一点に固定され、瞬き一つもない。

 元々夏の休みの時点で同じ学科に刻印彫師の知人ができたという話はしてあった。だが、冬休みの間に遊びに来いと誘われている以上、その知人の詳細を明かさないわけにはいかなくなった。

 

「いや、だからさ。夏に話したその同じ学科の知人の家に、冬の間に一度遊びに来いって誘われて。実家の方がでかい工房らしくて、随分といい場所にあるみたいなんだよ」

 

 最初こそ父の隣で食卓に着いていた母はいいじゃないと、大学でできたお友達の家ね、ちゃんとお土産を持たせるから失礼のないようにと、実に良い笑顔を浮かべていた。平民の商売人として、同業の有力者や他地区の工房とコネクションを持つのは、将来的にも良い繋がりの一つだと判断したのだろう。

 だが、そのいい場所についての具体的な住所を、王都の貴族街の一歩手前で特級としかいいような場所を口にした瞬間に空気は変わった。

 

「待て。そこは……お前、正気か?」

 

 手からフォークが滑り落ち、スープ皿に当たって硬質な音を立てた。スープが数滴、テーブルに跳ねる。二人の顔色からもみるみるうちに血の気が引いていくのが分かった。手もどこか 小刻みに震えている。

 

「そこは……特級彫師の…。 なんでお前がそんなところと縁を繋いでいるんだ!?」

 

 親父の声は、裏返りかけていた。

 我が家は魔法道具店としてそうした工房と全く取引がないわけではない。しかしそれは、年に1回あるかないかという、向こうでは使わないような3級や4級の魔石の端材をどうにか融通してもらうとか、超特殊な個別オーダーの受注だったりの場合で。

 

「いや俺としては、貴族だったら確実に見た目だけで最初から分かったんだろうなとは思うんだけどさ。別に取り巻きとかいたわけでもないし、身なりもかなりラフだったからただの同級生かと。入学式後のオリエンテーションの時に、たまたま席が近かったから話しかけたんだ、いや本当だって」

 

「カジュアルすぎるわよこのバカ息子!!」

 

 悲鳴のような大音量のツッコミが鼓膜を震わせた。

 両親とてその特級の工房の一つにアリアという名の娘がいるという噂は何となく耳にしていたのだろう。ただ、まさか自分のところの息子がその娘と同期かつ同じ学科で、さらにはあろうことか刻印の改良に魔石の3次元配置の最適化証明までしているとは夢にも思わなかったに違いない。

 

「どうしたものか……」

 

 親父は頭を抱え、文字通り本気で悩み始めてしまった。

 そんな一族に対して、無礼とは社会的抹殺で業界からの追放とも同意だ。とはいえ正式に招待されているのに何も用意せず手ぶらで行くというのも最悪だ。平民の一商人の家が最高峰の工房の門を叩くための最低限、すなわち非礼にならないだけの手土産をどうすべきか、親父の脳は限界まで熱くなっている。

 結果、親父から下された命は3日は家で待て。そしてその間にうちの店が用意できる最高級の手土産を調達するという物だった。

 その3日間の自宅待機では自分の部屋でぬくぬくと、同時にアイデアをまとめることで過ごすことになった。アリアへの報告として、3日後の昼過ぎに伺うとだけの手紙を王都の郵便に委託した。翌日にはアリアからの返信が来たものの、便箋もよくよく見ればいやに白さが目立った。

 父が今ごろ血眼になって王都中の問屋を駆け回り茶葉だか、あるいは希少な魔石の研磨油だかを仕入れて手土産としようとしているだろう。だがそれはあくまで一般の儀礼で。本質的にあのアリアという人間が世界で一番喜ぶ手土産は、結局脳内にある知識だろうなと。そんなことが頭に浮かんだ。もちろん、家という意味では手土産は物理的に存在しなくてはならないのはその通りだが、

 そして現在、どこか涙目な父から渡された織物で包まれた手土産の箱を小脇に抱え、教えられた住所の前に立っていた。

 目の前には白く美しい重厚な石造りの門。

 積もる新雪が白さをさらに際立たせており、門扉には刻印も施されている。全てが読める状態ではないがもしかしたらいくつかは機能しているのかもしれない。

 純粋にその存在に感嘆する反面、妙な違和感があった。

 何か、敷地や建物が家としては小さくないだろうか。

 特級彫師の王都でも指折りの家と聞いて想像していたのは、広大な庭園の奥にそびえ立つ、貴族の館にも似た大邸宅だった。使用人が行き交うような、そんな広さの家だ。

 しかし、この門の奥に見える建物は2階建てでよく言えば無駄のない四角い石造りの構造物だった。

 疑問を感じながらも門をくぐり鉄のドアの前へと進む。

 一つ息をつき、冷えた手を擦り合わせてからドアのノッカー3回ノックした。

 直後勢いよく扉が開いた。

 

「カイ!待ってたよ! よく来たじゃないか!」

 

 出てきたのはもこもことした厚手の防寒着、おそらく毛皮だがあちこちに炭か魔石の削り粉がついたものに身を包んだアリアだった。

 髪は少し寝癖で跳ねており、目の下にはかすかに徹夜の跡を思わせる隈がある。だが、その口調と様相は慣れたそれだった

 

「あ、これ、親から。一応、手土産だってさ。受け取ってくれ」

 

 挨拶もそこそこに、ずっしりとした包みを差し出すとアリアはそれを両手で受け取り目を輝かせた。魔石かあるいは刻印の解読文書か、もしかしたらそんなことを期待しているのかもしれない。

 

「普通のお菓子か茶葉だと思う。うちの親父が血眼になって仕入れてきた。普通に消費してくれ」

 

「…食べ物か。おーけい、でも嬉しいよ! ちょっと待っててくれ、奥に置いてくる!」

 

 バタバタと足音を立てながら廊下の奥へと姿を消した。どうやら両親への報告に行ったらしい。富豪の娘のくせに、執事やメイドを呼んで荷物を持たせるという発想はないらしい。

 すぐに戻ってきた彼女は、白い息を弾ませながら上がってくれ、狭いけどねと案内した。

 案内されるままに彼女の先導で廊下を進み階段を上がって自室へと足を踏み入れ、彼女の言葉が文字通りのものだったのだと理解した。

 そこは、人が生活する部屋というよりは倉庫兼作業スペースだった。広さは男子寮の一室と大差ない、むしろこちらの方が狭いかもしれない。

 辛うじて部屋の隅に簡素なベッドと小さな木製の机があるだけであとは視界のすべてが、仕分けもされず乱雑に積み上げられた魔石の、床には形状や長さの異なる無数の刻印用タガネにやすりと埋め尽くされている。

 床に散らばる端材を慎重に避けながら唯一何も乗っていなかった丸椅子にギリギリの体勢で腰を下ろした。膝が机の端にぶつかった。

 あまりの過密に表情は隠せなかったのだろう、アリアはベッドの端の工具を少しどかしたスペースに腰掛け悪びれる様子もなく笑った。

 

「あはは、驚いたかい?」

 

「いや、驚くっていうか……特級の彫師の家って聞いたから、もっとこう、城みたいな広い部屋を、な」

 

「あー、やっぱりみんなそう思うんだねぇ。ここは、元々人間が住む家として建てられたものじゃないんだよ」

 

 アリアは、散らばる工具の一つを手に取って回しながら窓の外の敷地を指差した。

 

「この敷地全体が工房そのものなんだ。だから、空間のほとんどは作業場や魔石に工具の保管庫に回されているんだよ。人間が何とか生活できるように最低限の居住スペースを後から無理やり追加したのがこの部屋で家なんだ。親も親でさ、朝から晩までずっと刻印に向かい合ってる。同じ彫師ではあるけど本当にとんでもないね。まだまだ及ばないよ」

 

 呆れたようでしかしどこか憧れが見える。

 外套を脱ぎ、椅子の背もたれにかけながら話し始める。

 

「せっかくだから何か作れないかと思って、アイデアをまとめてみたんだが……」

 

「おーけい! さすがはカイだ! 話が分かるじゃないか!そういえば私の方でも少し気になるものがあってね」

 

 アリアは山の中から一つの魔石を取り出した

 

「夏に作っていたあの除湿器は、空気中の水分を、湿度を落として快適に出来る良いものだった。だけど今は冬だろ? だったら逆もできないかと思うんだ」

 

「逆?」

 

「そうだよ! この、空気が乾燥して肌がカサカサして喉もかさつく冬に魔道具で空気に湿度を与えることはできないのかな、ってね!」

 

 唇を釣り上げ、笑う。

 加湿、前世の地球であれば、超音波式やら加熱式、あるいは気化式など多様な種類のそれが在った。だが、この世界でそれらの概念や理論の確立はまだない。魔石に施した刻印の結果として存在するだけだ。むしろそれすら存在するのだろうか。

 

「…わからんが、とりあえず見てみるか。…魔石と前に見せてくれたあの、古文書を貸してくれ」

 

 方針すら定まらない中で現状を確認するため再度あの古びた本に向かいあった。

 

 

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