また同じ時間にアリアの家に訪れてからというもの昨日の設計の見直しと、そもそもの刻印の修正を行っていた。だが修正の流れ自体はすでに組み上がっている。
元々の温度を制御記述に外部からのスイッチを付けるための条件分岐を数行入れ込むだけ。羊皮紙に書いた新しい構文渡すとアリアは犬のように目を輝かせてタガネを握り直した。
そうして試作2号はあっさりと完成した。
アリアの刻印を彫る速度が常人を遥かに超越したそれであることは今更言うまでもない。だがそれ以上にメインである魔石の温度を65度に固定して容器の水をゆっくりと気化させるというロジック自体が昨日の時点で検証を終えていたというのが最大の要因だった。
試作2号機、小さなレバーが側面に取り付けられた手のひらサイズの金属製水筒のようなそれ、に向かってレバーを上げる。
昨日と同じでじわじわと細かな気泡が魔石の表面から立ち上り、少しずつ水温があがる。
逆に今度はレバーを下げてオフにする。魔石の動きは停止し水温が冬に負けて下がっていく。
「おーけい! 全部正常に稼働だね!」
アリアはパチパチと手を叩いて2日の開発を終えた。
だが機能がその直後それまでが嘘のように、どこか退屈そうで飽きたような顔をして聞いてきた。
「で? 次は何をするんだい?」
彼女にとっては、未知と試作が一番の興味だ。ましてこの刻印自体は元々古典かつ夏に作り上げた一つでしかない。
「…とりあえず、実家で普通に売り出してみたい、ってのが俺の希望なんだが」
「売り出す?」
アリアは意外そうな顔で片眉を跳ね上げた。
「あぁ。お前も知ってるだろ、探索者や北方の商人が冬用の服の裏地に仕込むような、例の発熱する魔石。あれがすでに広く流通している以上、それを流用して冬の乾燥対策として売り出すのは、商売として悪くんじゃないかと思ってな」
平淡なトーンで見通しを語るとアリアは作業台に肘をつき、じっと俺の顔を覗き込んできた。
「ふぅん……なんだか、夏の時よりも対応がずいぶんと積極的じゃないか」
「まあ、あれは色々あったしな。小遣いが増える分には俺としても良いことだし、何よりさ……」
水の中で冷えた魔石を指差した。
「この程度の、ただ石を熱くしてその上にある水をちょっと蒸発させるだけの地味なもんだろう。これなら世間に出したところで、わざわざ国家なり研究者の解析が動くような可能性は低い」
「それは、そうだけどねぇ……」
アリアは微妙な顔で首肯した。
「だがさ、カイ。それだけ機能が地味で目立たないっていうなら……そもそも、売れるのかい? 冬の寒さを凌ぐわけでもない、ただ部屋の空気をマシにするだけの道具にお金を払うとは思えないんだけどねぇ」
「夏みたいに爆発的に、とは無理だろうさ。でも、細く長くやれる息の長い形でなら十分に売れるんじゃないかと思ってる。この程度のなら、わざわざお前じゃなくて俺が自分でやってもリスクは低い。まだ冬もかなり残っている以上実家での小遣い稼ぎとしての儲けを考えればそんなに悪くはないだろ」
「なるほどねぇ……。一理あるかもしれないね」
アリアはふむと納得したように頷いた。
「それはそれとしてさ、カイ」
アリアは俺が練習用に彫った歪な魔石のプロトタイプを指先でつまみ上げた。その瞳に、意地の悪い小悪魔めいた光が灯る。
「君の刻印の彫りは全然上手くならないねぇ。文字がガタガタじゃないか。やっぱりこれが結構売れた方がさ、数が増えて君の壊滅的な下手くそもマシになるんじゃないのかい?」
「……それはそうだろうが、これぐらいは並の水準だろうよ」
俺が苦笑交じりに言い返すと、アリアは魔石を机に戻してベッドの端に深く腰掛けた。
彼女の視線が窓に向いてどこか遠い目になる。
「……でもさ、2年次からはまた大学も格段に難しくなるんじゃないのかい?」
唐突に投げかけられた問。
一瞬思考が止まり、小さく溜め息をついた。
「それは、そうだろうな。後期だって色々あったし、まして2年なら本所属の手前だ。やることが増えるのは確実だろうな」
脳裏にはアリアとの開発に、フィールドワークのこと、研究室、そして教師役と浮かんでいた。
「それにさ、アリア。2年次になれば算術はもっと難しくなってもおかしくないぞ。後期であれだけ問題もやらされたんだ。もっと面倒なものになることだって普通にありえる」
「それは、困るねぇ……。本当に、算術だけは最初からカイを頼らせてもらうよ。じゃないと成績がどうなることやら」
そんな言葉を交わし試作2号機のスイッチを切り替えながら時間を過ごした。
試作2号機の動きはしっかりしていたらしくどこか昨日より過ごしやすい空間に思えた。