白色とトポロジー   作:朝凪小夜

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System; Recurrence_6

 無人の実験室で仮説を示しそして新たな地獄の想像が脳内で進んでしまった結果、一睡もできないまま朝を迎えることになった。

 重い頭を抱えながら食堂へ。トレイを持って適当な席につくと正面にまた、快活な雰囲気を全身から放射するアリア。

 

「おはよう、カイ! ……んん? なんだいその酷い顔は。目の下に隈が出ているじゃないか。もしかして、また徹夜かい?」

 

 アリアは手元のスープを楽しみながらどこか楽し気に俺の顔を覗き込んできた。

 

「……あぁ、ちょっと面倒なものがあってな」

 

 昨日のことは言えない。平坦な声で隠したものだが、アリアは俺のその死んだ魚の目を、全く別の意味として解釈したらしい。ニィと小悪魔的な笑みを浮かべ、身を乗り出してきた。

 

「やっぱり君もそうかい! 実はさ、私の方は昨日の十七角形の作図問題が楽しすぎてさ。昨夜は一晩中、十七角形を活かしてその頂点配置に沿って刻印を新しくレイアウトして、ちょっとオカルト的な見た目の魔石の試作テストを回していたんだよ。君の方もその口だろう?」

 

「……いや、違いはしないが……」

 

 曖昧な首肯。

 

「だよねぇ! 新しいものを見つけたら、すぐに試したくなるよねぇ!」

 

 アリアは満足そうに頷き、直後、急にその表情の輝きを失わせ退屈そうに肩を落とした。

 

「だけどさ……どうにも面倒でね。刻印の構造を弄っている間は最高に楽しかったんだけどさ、今日の予定を思い出したら一気に憂鬱だよ。結局、私も大して寝られなかったんだよ」

 

 アリアが憂鬱と表現した今日のスケジュールを思い出し即座にその意見に同意した。

 昨日は魔法道具学科という単一限定的なオリエンテーションだったが、今日は大学の2年生全体を対象とした大規模なオリエンテーションだった。

 これが、最高に面倒極まりない。

 話としては、来期の研究室本所属に向けて、大学に存在するすべての学科の紹介を丸1日かけて大講堂で順繰りに回していくというものだ。この大学のシステム上2年次からの他学科への転科を含めた所属変更が一応は可能であるため、学生全員に対してすべての学科の紹介を一律に、という極めて時間をとる工程が走る。

 

「他学科の紹介なんて、ねぇ…」

 

 アリアは不満そうに実に見事にむくれた。

 

「別に同じ学科の他の研究室だってさ、ボルス教授のところ以外に大して興味のあるところはないよ。それなのに、ただ座って話を聞くだけの時間で丸1日を消費するなんて、完全に身体が固まってしまうよ。……どうせ椅子に拘束されるなら、何か隙間で回せるような良い暇つぶし用の問題は無いのかい? 昨日の正十七角形の作図問題は直ぐ解けてしまったけど、あの応用は随分と面白かったからさ!」

 

 アリアは期待に満ちた目で俺を見つめてくる。彼女にとって、前世の難問はただのパズルなのだ。

 

「……あぁ、考えておくよ。大講堂に移動する間に何か考えてみる」

 

 俺たちはトレイを片付け、移動を開始した学生の人混みに紛れて大学の大講堂へと足を運んだ。

 前世でいつか見た問題群を思い出す。

 正十七角形が一瞬で解けた以上普通では暇つぶしにもならない。なら、最初から否定的解決しかない問題ならどうだろうか。

 大講堂の長椅子にアリアと並んで着席。その瞬間に俺は彼女に提示した。

 

「なぁアリア。昨日の制約は同じで、もう少し抽象的問題だ。問題は2つ。一つは、与えられたどんな角度でもその角を完全に三等分する直線を作図できるか。そしてもう一つは、与えられたどんな円でもそれと全く同じ面積を持つ正方形を作図すること。……この2つをどう解く?」

 

 前世において、古代ギリシャからの超絶難問。19世紀まで証明の時間を要し作図不可能として解決されるまで、千年単位で人を沼に落として来た伝説。

 昨日の十七角形がほぼ一瞬だった以上、これくらいなら少しはアリアの暇つぶしになるか。そう思って、またしても一瞬で上書きされた。

 

「……あぁ、無理だね。それは無理だよ、カイ」

 

 問題のルールを理解した直後でアリアは何の迷いもなく即座に無理だと。

 証明はわざわざ聞く必要はないだろう。

 そう分かっていたのだが、どうしても気になって聞いてしまった。

 

「何でそこまで言い切れるんだ?」

 

「単純だよ。円弧と直線じゃ、根本的に質が違うじゃないか。どれだけ直線を重ねても、コンパスを回しても、その本質的な差異は埋まらない。どうやっても無理だね、これは」

 

 ただそれだけを、ただ当然と淡々と言い放った。

 もしこれが他の誰かの答えであれば、解くのが面倒だから解けないと言い訳しているだけだろうと。だが、ことアリアの言葉となれば意味は違う。今この瞬間にも、彼女の脳内には幾千幾万もの複雑な図形が浮かびその全てで不可能の繰り返しが見えているのだろうから。

 

「それで終わりだろう?それじゃあこの課題は終了だね。私は私で、内職といかせてもらうよ」

 

 大講堂の長椅子に腰掛けたアリアは、壇上の教務たちの説明など最初から聞く気がないらしく、鞄から小さな魔石と羊皮紙の断片を引っ張り出し、手際よく作業の準備を整え始めていた。内職という名の完全なサボタージュだ。

 その手元を覗けば、恐ろしい速度で昨夜の多角形配置を羊皮紙へと書き込んでいた。サボりであることは間違いないのだが、目の前で展開されているのはあまりにも生産性が高すぎるサボタージュであり、なんとも不思議な呆れ混じりの感銘を抱くほかなかった。

 そんな中で大講堂のステージ上、学科ごとのプレゼンテーションが始まった。

 興味の有無はともかくとして現文明の学問分野を知っていく作業は意外な発見が多くて退屈しのぎにはなった。そもそも、この大学にどんな学科が存在するのかすら正確に把握していなかったし、そういえば入学時の全体説明でそんな名前の学科を見た気がするなと、忘却されかけていた断面が数多くサルベージされた。

 その中で、一つ強く興味を惹かれたのは天文学科の紹介だった。

 インフラのほぼすべてを魔道具が担うこの世界において、星々を観測する学問が存在すること自体は確かにあってもおかしくはない。それもそうだろう。だが、彼らの研究発表の内容をよく聞くと、それは前世の、遠い彼方の星を探すようなものとは違い、天球の精緻な動きを割り出す計算モデルと、海を渡る航海術のための立体三角法の追求という極めて泥臭い世界だった。

 前世の地球であれば、天文計算のライブラリや各種書籍、天体暦を開けば各種の数値は最初から何桁も何十桁だって正確に示されている。しかしこの魔法文明において、一桁の精度を向上させるために学者たちは一生の人生リソースをすべて消費して計算し続けている。

 もし隣で内職しているこのバケモノをあの天文学科の研究室に放り込んで計算の補助役として携わらせたら研究室の誰もが泣いて喜ぶだろうな。

 アリアの直感なら、彼らが数年がかりで計算する立体三角法の解に息より速く一瞬でたどり着く。本人にはそんな代数的な単純計算を回す気など、これっぽっちも存在しないだろうが。

そんな他学科の説明を聞き流しているうちに、いつの間にか昼の休憩時間になっていた。

魔法道具学科の番はまだ来ていない。だが、ただ座って他学科についてを一方的に聞き続けるだけの午前中は、精神的にも消費が激しく思った以上に重たく感じられる時間だった。

 

「やっと休憩だね! 身体の節々が固まってバキバキだよ」

 

 アリアは内職の道具を素早く鞄へ収納しながら俺の腕を引っ張るようにして大講堂を脱出した。

 向かったのは以前に史学科のリスト教授の体験で一緒だった連中と行った店。

店に入って席に着くなり、アリアは嬉々として羊皮紙のスケッチをテーブルの上に開いた。

 そこには、彼女が内職の間に書き連ねた、美麗な魔石の刻印配列が緻密に並んでいた。ただの暇つぶしでありながら、落書きのレベルを遥かに超越した極めて高度な図形スケッチ。

運ばれてきた料理をフォークで口に運びながらその圧倒的なスケッチを眺め、ふと考える。

 この才を大学内で直接活かすとしたら一体どこが良いんだろうか。

現状の紹介学科の中には、前世でいう純粋な数学科のようなドメインは存在しなかった。だが仮にそんな学科があったとしても、アリアの代数嫌いは致命的だ。解に一瞬でたどり着くだけの余人の及ばない才を持ちつつも、それを他人に説明するための数式というステップを踏むことを極端に嫌う。

 これではどれだけ正しい答えを出したとしても、現文明の人間が受け止めることは極めて難しい。下手をすれば彼女の出した真理は証明として承認されず、単なる予想として片付けられてしまうリスクが高かった。予想問題として具体的証明のないそれとして残ればましで、ただの妄言とすらなりかねない。

 だとすれば、現行の魔法道具学科の中で、一つだけ可能性のある場所は。

 ハルバート・クラン教授の研究室はどうだろう。

 少し前の話で、ハルバート教授の領域は欠損魔石による効率上昇という一種のバグの研究だ。そして結果として、魔石の形状を整え、中心の物理層への最短ルートに刻印を書くという配置による最適化は純粋な幾何学になりうることはすでに実証している。

 もしあの研究室で同様の最適化問題をアリアの直感に投げ込み続ければ、彼女はいくらでも論文を出せるはずなのだ。

 

「なぁ、アリア」

 

 静かに語りかけた。

 

「午後からは、法道具学科の紹介が始まるだろ。もし研究室の所属先に迷っているなら、ハルバート教授のところの話を、少し聞いてみても良いんじゃないか」

 

「ハルバート教授? あの、確か、刻印がとんでもなくへたな魔石の? どうしてまた、唐突に?」

 

 アリアは不思議そうに首を傾げた。

 

「あぁ。あそこなら、お前のその図形への才を数式に置換なんてせずにそのまま研究成果に結びつけられる可能性が一番高いからさ。そんなに悪くないと思うぞ」

 

 アリアはそんな提案にふうんと同意とも不満ともつかない顔でスープを飲んでいた。

 

 

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