白色とトポロジー   作:朝凪小夜

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「何、言って… あの課題をクソ難しいって言ったのはそっちだろ。それどころか解けることなんか期待してないって」

 

「それはそうだけどね、でもそれにしては気になることが多いんだ。それと、…その理由も含めてここで話しても良いが、ここで聞かれたら困るだろう?」

 

 問い詰める、という意図は無いだろう。アリアの事だ、面白そう、か、それともただ気になってその正答が知りたい、か。いずれにせよ今の俺にとっては追い込みの言葉でしかない。まして問題が問題だ、その言葉には乗る以外の選択肢はない。

「…わかった。俺の部屋で良いか? 一応寮の部屋ならここよりは心配もないだろ」

 

「良いね、行こう」

 

 その言葉を合図に揃って立ち上がる。片付けの為に少しばかり歩き、その間にアリアは男子寮の入り口に向かっていた。

 ゆっくりと手を振って笑っている姿は可愛いとかの言葉よりどこか悪魔的で、それでいてそれらしき威厳というのは無く、まさに小悪魔というやつなのだと。

「さて、行こうか」

 

「…そういうのは俺の科白なんじゃないか」

 

「それはここが寮、でなければ、だね」

 

 王都学園ではそう校則は多くない。が、学生寮においては逆。特に風紀の点ではかなり重たい。異性の立入は記名の上で厳格管理され夕刻以降は立入も不可、さらに管理簿外の異性が見つかれば引き入れたものまで含めて退学処分。歴史的経緯というやつはあまりわからないが男女関係で身を持ち崩すことに対して強烈に忌避をさせてくる。

 

「記名は済んでるんだろ? 俺の部屋はこのまま奥の角だ」

 

 身を翻してそのまま並んで歩く。一歩が嫌に重い。

 何故バレた、そう問うのは意味がない。俺の言葉か他の仕草か、何かを見抜いたというのだけは確かで良いだろう。問題はこの後だ。何を要求されるか、そしてその時に何を答えるべきか。考えても何も浮かばない思考に、ただ近づきつつある自室の扉がいつもよりずっと大きく見えてしまう。とても嫌な時間だ、先程食べた朝食が喉のすぐそばにありそうだ。胃が、目の奥がチリチリと疼く。

 何を考えても歩みを止めるには至らず、鍵を開け、ノブを捻り、扉を開ける、慣れ親しんだ動作は何の淀みもなく秘密への道を繋げた。

 

「…机の前の椅子に座ってくれ、紙が置いてあるからそれが解答だ」

 

 その言葉で部屋に入るなりアリアは即座に狼もかくやという速さで机に向かっていった。

そしてじっくりと清書され、要不要をきっちりと分けられ言葉の意味まで翻訳されたコードを見つめる。

 視線は左から右へ、上から下へ、また同じことを数度。その間は無言。強めに閉めたドア音にさえ何ら反応をしていない。

 十に届くほどの往復を繰り返してようやく視線はこちらに向いた。

 

「…随分と、というか世界をひっくり返すレベルの衝撃だよ。ここまでの事をやるなんて、徹夜だけで済んだのが信じられない」

 

 やけに晴れやかな顔をしている。これから脅迫でもしようかという人相とは違うのではないか、そんな気持ちにさせてくる表情だ。なんというか暗いものが無く純粋なものが見える気がする。

 

「内容的にも色々言いたいことも聞きたいこともあるが、ああ、そうだ、こうして押しかけてしまったからには先に私の方から答え合わせといこう。多分気になっているだろう」

 

 無言での頷き。それで意図は伝わる。

 

「おーけい。理由はいくつかあるけど、大きなところは2つ。

まず私から見て、君は堅実で同時にかなりの合理性で動いている。そして馬鹿じゃない。ここからスタートすると今回の動き方だと、徹夜と実習への切り替えの遅さは変だ。

これでも王都に構える彫師の子、大体の刻印は頭に入っているしその解読云々についてはお貴族様を除けば相当な調べも耳もある。その私が即座に無理だと思ったようなことにわざわざ首を突っ込んでどうにかしようなんて全くの無意味そのもの。そんなことに時間を掛けるような、氷河の下のたった一粒の砂金を探すようなことをするなんてどうやってもありえない。これが1つ」

 

目の前で指を真直ぐに立てる。白く、それでいて所々に節が強く目立つ。

 

「もう一つは第一声かな。合理的に動いてこの講義で満点あるいは高得点の成績を出したいなら実習の出来がほぼ全て。だったら解けない課題に最悪一日向かい合っても私に会ったときに出てくる言葉は”これからどうにかする”じゃなくて”どうにかしたいから教えてくれ”にならないとおかしい。」

 

指は2本へ。Vを形作るそれはどこか不吉にも見えて、喉が鳴った。

 

「その上で、家での仕事の方面は刻印の扱いとは少し違う。いくらレベル感が分かったところで実際に物に刻むのはまた別の難しさがある以上実際にやってもいないことで確実に、なんて言えない。ここまで不自然なことがあるとなると何かしら手がかりを掴んだか、そう疑いたくなる。だからちょっと踏み込んで聞いてみた、と」

 

 迂闊だった。余計なことは言わないようにと思っていたが、全く頭が回っていなかった。

気を遣ったようで全体で見ればチグハグな全く意味のない警戒になっていた。だが少し気になることもなくはない。

 

「俺が完全にロマンを追い求めて色々やったという可能性は?」

 

「ない、とは言い切れない。でもそれだと最後はやはり刻印を刻んだ現物で試してみないといけない、となってしまう。そんなふわふわした状態のものを許せるとは思えないね。それに一応ここは大学、裏付けの実験は要求されるだろうしそこを先回りしておくことくらいはやらないといけないだろう。」

 

「…買い被りだろ、そこまでのことは考えてない」

 

「ならなおさらに変だね、我々は大学課程の一員として何かしらの学びを得たいと思っている。だというのにあの解読が当然で、そしてそれを刻めば動くという確信もあるようだ。

…そこまで頭が回らなかったというのはなしだ。あまりにこの紙の文字には迷いが無い。色々考えて何度も直した、そんな見た目は全然ないね。理由も方法もわからないけど、さっさとこれを書き上げてあとは見直してた、そういう感じだ」

 

 またしくじった。机の上に羊皮紙だけを置いてしまったのは失敗だった。普通悩んでいたのならその過程で何枚かの下書き、思考整理用の紙が残るはずだった。それが全くない。俺はこの部屋に入れてしまうことで疑いをもっと強固な確信にしてしまったのだ。

 

「…それが全て真だとして、俺に何をしろってんだ。

 俺に出来る事なんてそうないぞ。それに脅したところで最悪その紙を奪い取って退学すればいい」

 

 精一杯の強気。向こうの出方がわからないが今ここで気合いで負けていては立場は不利なままだ。

 

「やりたいことが一つあってね、それに協力してもらいたい」

 

「…協力?」

 

「そう! この解読された刻印で実際に魔道具を作ってみようじゃないか!」

 呆れるほどに明るい声で言われたそれは懸念とは何もかも違った、勧誘だった。

 

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