「失礼します、ハルバート教授。魔法道具学科2年のカイとアリアです。本日の全体オリエンテーションの件で、少々質疑応答にお時間をいただきたいのですが」
ノックの後にそう声をかけてドアを開けると部屋の内部は穏やか空間。
「おや……? カイ君? どうしたんだい?」
デスクの奥でハルバート教授はハーブティーを楽しんでいる最中だった。
わずかに驚きを見せたもののすぐに温和な笑みを浮かべ歓迎してくれた。
「席に着くといい、お茶くらいはいつでも出せるからね。丁度茶葉も仕入れたばかりなんだ。すぐ用意をしよう」
勧められるままにアリアと並んで椅子に腰掛けた。
アリアの方はデスクの上に散らばる下手くそな彫り跡を残した魔石の山を見つめていた。
「教授。お茶をいただきながらで恐縮なんですが、研究室の所属条件について確認させてください。2年次の学科オリエンテーションで研究室によっては実質的に必修の講義があるという説明がありました。ただ、今日のオリエンテーションだと必ずしも説明をされているわけではなく、こちらの研究室においてはそうした特定の推奨講義などは求められるものでしょうか?」
そう問いかけるとハルバート教授はカップを持ったまま少し困ったように様子で苦笑した。
「あはは……! いやいや、カイ君。うちの研究室にそんな高度な選抜要件なんてあるわけがないじゃないか。そんな面倒な条件を課したらただでさえ不人気な研究室に、本当に来る学生がいなくなっちゃうよ」
教授は隠すこともなくのんびりとした口調で過去を開示した。
「うちは学科の中で標準的な講義の単位さえ取得していれば誰でもウェルカムな場所なんだ。何なら過去にうちに入った学生たちの中には、成績が本当にギリギリだった子もたくさんいたけれど……みんな卒業した後は働き口には全く困らなかったみたいだからねぇ。世間からすれば大学を卒業したという事実が最大の価値であって、どの研究室に所属していたか、なんていう細かい情報まで気にする人間はいないさ」
ハルバート教授のその答えを聴きながら妙な納得があった。
「あぁ、そうだ。まだ話してなかったね」
ハルバート教授は思い出したように手元のカップを置き、どこか嬉しそうな、誇らしげな表情を覗かせた。
「冬休みの前に、君が出してくれたあの論文、欠けた魔石での効率上昇と刻印配置の論文だけどね。……学期末に開催された教授会で、正式に研究成果として報告したよ」
「……教授会、ですか」
胃のあたりにうっすらとした緊張があった。
「そうなんだよ。明確な再現実証の形として価値がある、と非常に高い評価をいただけてね。……おかげで、これまでは偶然頼りのオカルト屋なんて囁かれていた僕に、他の教授たちの視線が、ほんの少しだけ柔らかくなったんだ」
教授は笑顔で頭を下げた。
「……それでね、カイ君。アリアさん」
ハルバート教授は、少しだけ声を潜め困ったような同時にどこか期待を隠しきれない声色で顔を見つめてきた。
「こうして発表の直後に来てくれたということは、もしかして二人は、来期の研究室所属をどうするか悩んでいる最中なのかな? ……それとも、もしやうちもその志望先の候補に並んでいると考えても良いかい……?」
その問いかけに対し100%の真実を返した。
「えぇ。正直に言って、私個人としては、かなり高い順位で教授の研究室への所属を希望していますよ。」
「それは、嬉しいねぇ……!」
救われたような笑顔。
だがその俺の隣でアリアの表情はなんとも言えない顔のままフリーズしていた。
彼女にとっては、この不人気かつ地味な場所は俺から幾何の才をそのまま使える環境だと推薦された場所ではある。
「……アリア。お前の方はどうだ? この研究室に興味あるか?」
「興味、ねぇ……そんなに悪くはないと思うけれどさ……」
アリアがそう呟いた瞬間デスクの奥のハルバート教授が目を見開いてアリアを凝視した。
「……あ、あぁ! そうか、そうだ……! 今更ながら、思い出したよ……!」
教授は論文のあの箇所をしたらしい。
「アリアさん。君、論文に載っていたあの計算……あれを担当したのは、もしかして君かい?」
「あぁ、そうだよ。あの程度なら私は脳内で構築できるからねぇ」
アリアは何の衒いもなく、ただの当然としてそれを認めた。
教授は身を乗り出し信じられないものを見るような目でアリアを見つめた。
「一応僕の方でも、教授会の報告前に検証はしたんだ。だが……あれは相当以上に面倒で泥臭い問題だった。あれを……君は本当に一人で?」
「そうだよ。だから、そう言っているじゃないか」
アリアは退屈そうに肩をすくめた。
「……素晴らしい。いや、恐ろしいと言うべきかな。それだけのことができるのなら、君が行ける研究室は、この大学内のほぼすべての学科を含めて格段に広いはずだよ。それこそ、午前に発表があった天文学科だって、うちだってね」
教授のその至極真っ当な推奨に対し、心底から嫌そうな声。
「……私は算術はそう好きじゃないんだよ。大嫌いさ」
「え? 好きじゃなくて……大嫌いで、あのレベルを!?」
「あんなの、わざわざ数式をこねくり回して無駄な計算を踏む必要なんて、最初からどこにも無いじゃないか。ただ空間を見れば最初から見えているのに」
教授は、何とも言えない複雑で微妙な声色で、ぽつりと呟きを漏らすほかなかった。
「……なるほど。見えている、かね……。それは、なんというか……随分と、尖りすぎている才能だねぇ……」
教授はたまらず苦笑していた。
「まあ……あの計算をやってのけるっていうなら……我が研究室としては大歓迎なんだけどねぇ……」
最後はハルバート教授の何とも言えない微妙なそしてどこか自嘲気味な声色によって、その質疑応答は締めくくられた。