「……ということで、高密度配置における誘発現象の検証実験をしたく、教授のお力を貸していただきたいのですが」
ハルバート・クラン教授の研究室において羊皮紙の図面をデスクの上に展開しそう切り出した。
「おや、おや……。随分とまた唐突だね、カイ君。それにアリアさんも、この前よりも、目がギラギラしている」
ハルバート教授はカップを片手に苦笑を浮かべながら迎え入れてくれた。
「……なるほどねぇ。ひどく強い出力で駆動させたとき周辺の魔石へと干渉がありうるか、か。君たちの言うように、安全管理の領域まで実験内容が到達するかどうかは今の段階ではちょっと微妙だけど……現象としてその未知を追ってみるのは、研究者として興味が無いと言ったら嘘になるね。まして僕は、ついこの前まで欠損を有する魔石での謎の効率化なんていうものを泥臭く追っていた男なんだしね」
教授は楽しげに肩をすくめると手元のカップを置いて俺たちの顔を順番に見つめた。
それにねと、教授は嬉しそうに補足を付け加えた。
「君たち2人のお陰であの効率化問題も無事に再現実証されてね。何より、その背景を幾何学の方向から決定づけてもらったからね。ハルバート研究室の今後として、こういう魔石の空間配置と幾何学という方向に領域をガッツリ決めてしまうのも大いにありかもしれないね」
少し前のあの持ち時間を大幅に余らせた破綻したプレゼンテーション。俺とアリアが冬休みにメイン研究を大幅に進展してしまったが故のもの。長い年月をかけた基幹プロジェクトがひと段落してしまった以上これは端境期におけるしょうがない一時的空白なのだろう。
だが。俺たちが教授の研究室を都合のいい環境としてハックしようとしているという裏を見透かしたかのように、ハルバート教授はどこか妙に真面目な顔に表情を切り替えて俺たちの目を見据えてきた。
「……一応、言っておくけれどね。僕の現在の研究領域がどうだとか、次のテーマ作りに困っているんじゃないかとか、その辺りで無駄な気を遣うことは一切不要だよ。そういう、人の事情を背景にした交渉事なんて、学生がやる時分じゃない。今は、そう、単に自分たちの純粋な好奇心だけで動けばいいのさ、僕もそうだったしね」
「……っ」
それはあまりにも大人で、理想の言葉。
「よし、方針が決まったならすぐにでも実作に向けて動き出そうじゃないか。お互いのリソースを最大効率で回すために分担を決めよう」
ハルバート教授はデスクの上の羊皮紙を引き寄せると、手際よく俺たちの役割を分解し始めた。その手際は、まるで前世のシステム開発における極めて有能なPMのそれだった。
「まず、アリアさん」
教授はアリアを指差した。
「君の、見れば分かる、という空間幾何学の才は、今回の密集配置の計算にフルで使わせてもらう。具体的には、大学の実験室という限られた環境の条件の中で、固定具の位置や干渉も考慮しつつ、中心の駆動魔石の周りに周辺の魔石をどの角度やどの距離でレイアウトすれば最も密集性が高まるか、その試算と図面引きをすべて担当してほしい」
「空間割り当てだね! やらせてもらうよ!」
アリアは拳を握りしめ瞳の奥の炎を燃え上がらせた。
ハルバート教授は満足そうに頷いて次に視線を俺へと向けた。
「そして、カイ君」
教授の鋭い目がじっと見つめてくる。
「君は、今回の実験のトリガーとなる、最も瞬間出力が大きそうな刻印探査を。それと同時に、中心に配置した駆動魔石に対して周囲の共振に影響を与えないように少し離れた安全な位置から魔力を通して駆動をキックオフさせるための専用の魔道具の設計と試作を頼めるかい?」
「……分かりました。瞬間出力の探査と遠隔駆動用の設計及び試作ですね。担当します」
言葉の裏で脳裏には作業タスクが並ぶ。
「最後に、僕だけどね」
教授は悪戯っぽく笑った。
「実験全体の論理、工程の検証と、何より君たちが不意の事故に巻き込まれないための、物理的な安全確認を担当するよ。それと同時に、大学に2級魔石の使用申請と実験室の使用に使用時間帯の他の人の立入制限も、僕の方で済ませておくよ」
教授のその一言によって俺たちの開発ラインは何一つの待機時間(オーバーヘッド)を挟むことなく、全員が同時に並列で稼働できる、最高効率状態へと一瞬で最適化された。
いや何というか、この人有能すぎるだろ
ただただ圧倒されていた。タガネ捌きという技術的なところこそ壊滅的に下手であることは目を瞑るとして、プロジェクト全体の役割配置や関わる人間の人心を完璧に把握して、自発的に120%の出力を出せるように駆動させるマネジメント能力において、この人は間違いなく、頭一つ抜けている。
もしかしたらその出自を考えれば、教授は弱小男爵家の三男坊として貴族社会の泥臭い権力闘争や交渉事の中で、生き残るために自然と覚えざるを得なかったものなのかもしれない。
だがたとえ生まれの環境がそうさせたものだったとしても、今こうして、平民の学生を相手にそれを一切の嫌味なく自然として完璧にやってのけているのであれば、それは一職人、一研究者として、とてつもなく優秀な能力として高く評価されるべきはずだった。
だというのに、この人は、魔道具学科のなかでも一際地味で面倒なオカルトじみた研究なんかに人生を費やしてしまったが故に、その本質的な有能さが世間の陽の目を浴びないまま、今こうして不人気研究室の長として収まってしまっているわけか……
こればかりは、人生の運が良いのか悪いのか平民の一商人の息子ごときがまともに神の因果を問い直せるものではないと内心で苦笑を漏らすほかなかった。
「よし、担当分は各々問題ないね」
ハルバート教授のその言葉で個別のタスクは割り振られ、ふと会話の隙間に先ほどから放置されていた歓迎用のカップへと手を伸ばした。
少しばかり喉を鳴らして流し込んだハーブティーは時間のせいで、少しばかりの渋みと冷たさを舌先にもたらした。
「じゃあ!早速それぞれのドメイン(作業)に取り掛かろうか! ……とは言っても各自、ほぼ完全な個人作業なんだけどねぇ!」
教授は声を上げて笑い俺たちの背中を優しく押した。外套を羽織り教授にと一礼してアリアと共に外に出る。
アリアの方も、教授の方もタスクを捌くのは間違いなく早い。おそらく律速段階になるのは俺の方だ。負けてなるものか。
心と脳に火がくべられて、歩く脚が少しだけ強く石畳を蹴った。