白色とトポロジー   作:朝凪小夜

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System; Recurrence_12

 すぐに実験の用意に取り掛かると言っても、今回の検証環境の構築にはまず俺の担当である遠隔駆動用の魔道具の設計を完了させなければ、アリアの配置計算が出来ず少し待ってもらう必要があった。

 とはいえ魔法道具店の息子ということもあって基本設計を組むのはそう長くかかるものではなかった。使用する2級魔石の凡その寸法を事前に確認していたこともあり、数時間もあればラフなスケッチと共に数値は大方出揃った。

 

「…待たせたな。これが遠隔起動用の筐体と回路の仕様書(設計図)だ」

 

 出来上がった羊皮紙をアリアへ渡し間髪入れずに次のタスクへ。今回の現象確認として使用する、最も瞬間出力の大きそうな刻印探査に。実験室にいくつかの魔石を持ち込み、刻印を削りつつ測定を試している最中アリアから不意に質問が飛んできた。

 

「ねぇカイ。この周囲に並置するサンプル魔石だけどさ、形はどうするんだい?」

 

 それは一つの中核的問で。

 

「今回は物理的に接触こそさせないけれどさ、中心に配置したメイン魔石に対してどれだけの距離をとるかが結果に影響するんだろう? だったら、外殻が歪なら伝達ロスも起こるだろうし、できる限り形状は全て均一に揃えた方が良いんじゃないか。……それにさ、距離依存っていう仕様ならその距離の基準も分かりやすくしたいよねぇ」

 

「……あぁ、そうだな。そこを考慮するなら、形状は球形で落ち着くだろうな」

 

 歪な塊のままでは、最短距離の計算にズレが混じる。魔石の中心から、外殻のどこを切り取っても等距離になるように研磨する。それが一番今回の検証実験においてはシンプルなやり方だ。

 クランプによる球体のホールド方法だけは少し気になるものではあったが、それは固定具の接触面に補助金属を当てるという、多少の補強を施せば十分問題のないものとなるはず。

 測定器具を睨みながら実験を進めていると部屋はどこか不思議な静寂。時折、同じ室内にいる他の学生たちが機材を動かす音が響き、すぐ傍らでアリアが少しだけペンを動かす音が耳に届く。

 本来であれば彼女にとって羊皮紙の上にペンで数式や線を書き残すという中間処理は全く必要のない無駄なはず。

 つまり、彼女が今あえて手を動かしているのは純粋に俺と教授に共有するため。ただ、他人に自分の見えている景色を見せるためだけの作業がそこにあった。

 

「これでわかるかい?」

 

 アリアから差し出されたのは、ラフというには随分と精密に整えられた配置図面。

 それは、単に魔石を密集させるだけの図ではなく、配置される個々の魔石の体積と、おそらくはそれらがもつ重量のバランスさえ、物理でいうモーメントまでもが盛り込まれていた。

 相変わらず計算式や過程は一ミリもない。ただ、中心魔石との距離と実験机の上での立体配置がいくつかの視点で書かれているだけだ。

 

「……あぁ、これは後で物理的に実現可能か確認しよう。ありがとう、アリア」

 

 図面をアリアに返しつつも、俺はその図面に対して一目見た段階で何の違和感もありはしなかった。

 おそらく何の問題もなくこの通りに構築できるだろうと、そんな感覚。

 もちろん直感だけを信用してシステムを回すのがどれほど危ういことかは分かっている。だが、彼女の引いた空間線に対して何一つとして強い疑いを抱けない自分自身にただ静かな畏怖だけがあった。

 そうして会話をしながら測定をすべて終えて。

 元々予想はしていたことだったが、瞬間出力の強さのトップ候補は確認が取れた。

 照明用の刻印がそれだった。この世界の照明用魔道具は、というか光という物を扱う以上、熱と光の両方を同時に外部へ放射する仕様になっている。エネルギーの総消費から逆算するに、時間当たりの魔力消費が最も大きいのは間違いなくこのコードだった。

 ただし、それはあくまで消費スピードから予測した、時間当たりのリソース消費に過ぎない。今後技術や計測理論が進み、物理実体以外にも直接魔力の放射を動的に捉えられたら、この結果も変わりうる。それでも今この段階のテストとしてはそう悪くはない。

 そんな結果をハルバート教授の研究室へ持ち込んで、少しばかりの検証を3人で行い、ついに本番実験を開始することになったのは講義のない休日のこと。

 特定の実験室を完全に貸し切りで立入禁止とできるのがその休日だけだったというのが最大の理由だった。

 無人でかつ人の気配もろくにない、静まり返ったうす暗い校舎内。意図はなくとも密かに物品を作業台へと持ち込んだ。どこか後ろめたいような不思議な高揚。手に在ったのは研磨済みの球形魔石、専用のクランプ固定具、試作した遠隔駆動用の簡易魔法道具、そして、ハルバート教授がどこからか抱えてきた大量の水と砂の入った桶だ。

 

「…多分、大丈夫だとは思うんだけどねぇ、だけど、安全管理の責任者としてはさ、どうやっても万が一の引火事故にだけは備えておかないとねぇ」

 

 教授は桶の水を前にポリポリと頭を掻きながら自嘲気味な苦笑を浮かべて語った。

 案外というか事前に全員での確認を重ねていたこともあってかセットアップは驚くほどスムーズだった。

 一番の懸念事項であった、球形魔石を高密度に密集させるという問題も、アリアの図面のおかげで何一つのエラーすらなくすんなりと終わってしまったのだ。

 そうして、俺の作った遠隔駆動用の魔力連絡線を数メートル先まで伸ばしすべての環境構築を終えたところで少しばかりの悶着を起こすことになった。

 

「いや、このスイッチを押すのはやはり教授の役割であるべきですよ」

 

「何を言っているんだい、カイ君。基本設計もやったのは君なんだ。開発の発言権を持つ発案者がスイッチを押すのが研究の世界では当然のマナーなんだよ?」

 

 教授と俺との間でまたも筆頭者の譲り合いが始まってしまった。

 最終的には見かねたアリアが面倒だと俺たちの手から遠隔レバーを強奪したことで解決した。

 しかし、その時の俺たちの見た目は随分なもので。

 今回の実験に使用するのは時間当たりのエネルギー消費が最も激しいであろう照明の刻印だ。しかもそれを2級魔石という高出力エネルギー源を使ってブースト稼働させる。万が一目にダメージが出るのを防ぐためのセーフティとして、俺たち3人は全員光量を物理的に減衰させるための黒い遮光布で、目元を厳重に覆い隠していたのだ。

 黒い布で目隠しをした男女2人と中年のおじさんが、無人の実験室の隅で一本のレバーを囲んで真剣に言い争っている。

 無人で、本当に本当によかった。

 嫌な仮面舞踏会にもほどがある。誰かに見られたら不審者として通報されかねないその滑稽な光景に俺は心の中でこの立入禁止の正しさを噛み締めていた。

 

「おーけい! それじゃあスタートだ! いくよ!」

 

 アリアの声とともに、遠隔レバーが物理的にクリックされた。

 直後。

 スイッチを入れると同時に、黒い遮光布越しですら届くほどに真っ白な凄まじい閃光。

 

「……っ!?」

 

 2級魔石はその内部に蓄えられている総魔力が3級とは根本的に桁が違うという情報こそ知識としては知っていた。だが、それを単なるバッテリーとして小出しにするのではなく、純粋な出力体として駆動すると、ここまで現象になるのかとただただ息を呑むしかなかった。

 そして。その凄まじい光の暴力の傍らで問は実行結果を返していた。

 中央の2級魔石の周囲に配置されていた4級や3級の未使用の魔石群。それらが中心の閃光に呼応して白い燐光をぼんやりと放っている。

 ラインも繋がっていない。刻印もない。ただそこに並べて置かれていただけの魔石が中心の存在によって起動されている。

 つまりは、仮説は立証されてしまった。

 魔石は極限の高出力環境下において一切の物理的接続を介さずとも周囲の魔石に対して誘発反応を引き起こしうる。

 

「……アリア、そのまま起動状態で。少し、固定具を弄る」

 

 黒い布の下で目を細めながら、手袋をはめた手で周辺の魔石の固定具を掴んだ。そして、中心の2級魔石に対する距離を、ほんの数ミリだけ前後に動かしてみた。

周辺の魔石が放つ燐光が、近づければ強く、遠ざければ弱く、明確な変化を見せた。

 

「カイ! 教授! いや、これは素晴らしい!」

 

「いやはや……驚いたねぇ。こんな現象があるとは」

 

 黒い布の向こう側から、アリアとハルバート教授の嬉しそうな声が耳へと届いてくる。

 これは、やってしまった、と言うべきなのだろうか。

 俺は、固定具を握ったまま凍りついたようにその場から動くことができなくなっていた。

 わからない。この世界の人間にとっては、これは単なる魔石と魔道具の起こす不思議な現象に過ぎないのかもしれない。

 でも、前世科学史を知っている俺の脳は。この、中心の極限出力に連鎖して周囲のオブジェクトが次々と青白い燐光を放ち始める構造を、臨界反応と、どうしても、どうやっても重ね合わせてしまう。

 もしこの配置の密度をさらに高めて中心を1級にして周囲の魔石だって2級にしてしまえば、どうなるか。

 美しく幻想的に白く光り続ける魔石の輝きを前に、二人の歓声のなかで、どうしても心から喜べずにいた。

 

 

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