実験終了後、ハルバート教授の研究室に集まり即座に実験結果をまとめた論文の執筆に取り掛かった。
だが、事前の準備とは裏腹にこのまとめ作業は驚くほどあっさりと終了してしまった。
「図面データが最初から完璧にされていたおかげだねぇ。あのラフスケッチが、そのままこの実験の完璧な設計書になっていたんだよ」
アリアが満足そうに胸を張り囁く通りで、彼女の書き連ねていた、あの高精度な配置図がある以上やるべきことはそれをベースに実際に並べて実行するだけだった。
それがゆえにこの論文には面倒な背景の解説も問題提起も一切必要なかった。
ただ、こういう特殊な高密度配置を構築しこういう結果を得たという事実と結果だけを報告する極めて軽量化された報告論文。
一種のロマン枠だなと脳裏でそんなことを思っていた時に、ハルバート教授からこの実験に対する極めて冷静なコメントが。
「……素晴らしい現象の実証ではあるんだけどねぇ、これ、起動用に2級魔石を使わないと現象が起きないという条件がある以上、おそらく今後の教授会や学会でも、大した注目はされない、かなぁ」
教授は手元に並べられた実験データの羊皮紙を指先でなぞりながら、どこか困ったような苦笑を浮かべた。
実際2級魔石での本番実験の直後俺たちは中心の駆動魔石を3級魔石へと変更した状態での検証テストも一通り実行していた。
そして結果は、周囲の魔石には何一つの変化は無く燐光など欠片も発生しなかった。
それはつまりこの誘発現象が現文明における2級以上のあるいはそれだけに相当する極限の高出力環境下でしかキックされない極めて限定的な現象であることの証明に他ならなかった。
2級以上の高出力魔石というのはかなり高価な品だ。その物理的な大きさも3級以下とは根本的に違うため大貴族の直轄工房、あるいは大学といった研究機関で一般の魔石とは完全に別の別管理をするのが普通なのだ。
よって、特別な意図をもって密集配置を人工的に作らない限り、一般社会においては自然環境下でどうやってもこの誘発現象が起こりうる確率はゼロに等しい。
安全管理という社会問題にすら跳ねない。結局のところ、今回の成果は、研究者たちの間でそんな奇妙な現象もあるんだねと、単なる知的好奇心、興味の世界だけで終始してそのまま流されていくだけの結果に過ぎなかったのだ。
「まぁ、他人の評価はともかくとしてさ。現象としては、実に見事な、最高に美しいものだったと思うよ。2人とも、本当によく頑張ったねぇ」
ハルバート教授は俺たちの労力を労い、励ますようなトーンでそう投げかけてくれた。
完成した報告論文には2人の連名で各々の署名がしっかりとインプットされた。
「じゃあ、この成果物はまた次の教授会の場で報告しておくから。……また何か面白いアイデアを思いついたら、いつでも来てくれるといい」
教授は誇らしげに論文を胸に抱え温和な笑顔で俺たちの背中を送り出してくれた。
教授の部屋を後にして、夕暮れに染まる大学の中央廊下を2人で並んで歩いていたとき。
隣を歩くアリアが、ふと、窓の外の赤みがかった空を見つめながら小さく呟きを漏らした。
「……2級魔石じゃないと、あの美しい燐光が起動できないっていうのは、なんだか、すごく惜しいねぇ、カイ」
「惜しい? どうしてだ?」
問い返すと、アリアは鞄の紐を指先で弄びながら憂いを帯びた表情で言葉を紡いだ。
「だってさ、もしあれが2級以下の魔石でもできるのだとしたらさ。私の部屋だって、実家の大工房だって、もっともっと、空間全体を明るくできるじゃないか。それにさ……」
歩みを止め夕暮れの赤い光が差し込む廊下の真ん中で、自身の脳内に広がる美しいデザインを反芻するように目を細めた。
「もし、もっと上の魔石も配置に組み込めるならさ……王族の儀礼式典や、王都全体の夜の空だって光で美しく彩ることだってできたはずなんだよ。それに、あの連続変化だって組み合わせれば……どれだけ綺麗な世界になるか…」
その目にはかつてのあの怯えや恐れは露ほどもなく。彼女の横顔をただ、じっと見つめることしかできなかった。