遺跡へと続く道は昨年の経験と変わらず強烈な緑の景色だった。
王都を離れるにつれて地面の舗装はみるみるうちに消え失せ、石畳からうっすらとした直線状の削れ跡に変わる。その残骸を覆い隠すように植物が繁茂し靴の半分が埋まるほどの獣道へと。
そんなレガシーな獣道を歩きながら脳裏にはもう少し先の事。
昨年に販売した蚊よけの魔石は今年も実家の店先に並んでいる。実習前にいくつか持ち込んでおいた。今のところはだが、今年は昨年ほどの暑さは無い気がしている。爆発的な売上とまではいかなくとも、そこそこ程度を維持して小遣い稼ぎになってくれればそれでいいだろう。
俺の傍らを歩く面々、同じテントの同室になったハインや、南の村出身のログとミナの2人と、リスト教授の研究室を第一志望に置いている同期たちも、未だ疲労の色は見せていなかった。思い思いの雑談を交わしながらも、隊列を乱さない程度の静かな声量でうっすらとした獣道をただ淡々と歩き続けている。
「そういえばさ、今学期のテストの手応えとか、来期の見込みはどうなんだ?」
彼らに声をかけてみた。
彼らからとしては今のところ単位そのものは問題なさそうだった。ただそこから本所属の方になると少し別で説明する顔は少し曇っていた。
「一応さ、リスト教授が設けている前提講義としては、フィールドワークに安全学、それといくつかの史学領域の講義。これはガイダンスで聞いていた通りなんだけどねぇ。……俺たち、フィールドワークは問題ないけど、史学の方はどうしても覚えることが多いし考察も難しくてちょっと苦戦気味なんだよ」
その一方でハインの方は、座学の成績そのものにはそう問題はなさそうだった。だが、彼はそれとは全く別の観点として、志望枠の競合が発生する可能性の方に強い懸念を抱いていた。
「学内じゃあ平民と貴族の間に差別はないってことになってるけどさ、つるむ人間ってのはどうしてもその階級を越えられないだろ? 講義のグループワークで席が近かったり、教務側の若干の配慮でシャッフルされることはあっても情報のやり取りには明確な隔絶があるんだよ」
どこか冷めた目で隊列の前方を顎で指し示す。
「どうにも、旧文明の遺跡を領内に持っているところの貴族の縁者が学科内にいるらしくてさ。そいつがリスト教授の元での本所属を狙ってるらしい」
正直に言えば最高に面倒くさそうな案件。
貴族関連の複雑な血統や縁戚関係など、1ミリたりとも関わりたくない面倒ごとだ。王都生まれとして、王族や公爵といった最上位、あるいは大邸宅を構える当主の名前程度は常識として覚えている。だが、その息子がどうだとか、婚約者がどうだのといった相関図などは完全に埒外だった。
王都の生まれ育ちである俺でそれなのだ。ろくに領地から出たことのない地方出身の彼らにとっては、その貴族の持つ見えない圧力やネットワークを把握することなど、困難を極めるに違いない。その不利な環境のままで、たった数枠の研究室の枠争いというのは、随分と不条理なものだとも思う。
「…その貴族の動向、どうやって掴んだんだ?」
歩きながらの何気ない問いに、大したことじゃないさと髭をさすりながらどこかはぐらかすように視線を逸らした。
それ以上の追及をしないまま、そのまま彼らとの会話を穏やかに続けた。
そうして3日間に及ぶ長い行程を消化し、隊列は再びあの懐かしき旧文明遺跡へとたどり着いた。
到着と同時に引率のリスト教授から実習全体における重要な諸注意がアナウンスされた。
「全員、よく聴け。遺跡の内部進入と探索を開始するのは、明日の朝からとする! 本日は周囲の野営環境の構築に専念せよ。内部は暗く崩落可能性が存在する危険な領域だ。体調管理と準備を欠かさないように」
リスト教授の説明は、随分と人命の保護やあるいは遺跡の損壊を恐れているようで、どちらの意図が上位に設定されているのかの区別は難しかった。だが、いずれにせよ生きて帰れということだけは揺るぎのない事実だった。
周辺でのテント設営に先立ち遺跡の外周を見て回る。
相変わらず大量の土砂に埋もれた壁面を見上げた。
土砂の隙間からは窓枠の痕跡らしきものが顔をのぞかせている。
翌朝、実習のメインである遺跡内部への進入・探索が始まった。
「暗いから足元に気をつけろ。照明の出力を落とすなよ」
教務の指示に従い、各々が用意した魔石照明を片手に暗闇の奥深くへとゆっくりと降りていった。
当然だが、この調査における経路は建物の正規のエントランスではない。土砂で完全に埋まった一階を飛ばし、どこかの中層階に位置する一室の窓枠が臨時のルートとして強引に切り開かれていた。
窓をくぐり抜けて室内へと降りるとそこは闇と大量に入り込んで堆積した土砂のレイヤーで埋め尽くされていた。床面は水平を保っておらず傾いているのが足の裏から伝わってくる。
さらに奥のスペースへと進むと目の前には階段と激しく歪んだ金属製のドアが姿を現した。
建物そのものも傾斜している影響だろう。暗闇の先に伸びる階段の傾斜はえらく急に見えた。先達によってあらかじめ太いロープが何本も張られておりそれに命綱としながら進んでいく。
最下段のフロアは完全に埋まっておりそれ以上の侵入は不可能だった。その手前のフロアで足を止め、事前に編成されていた4人一組の班行動による探索を開始することになった。
班分け自体は事前にアサインされていたため、移動自体は極めてスムーズだった。ただ、同じ班のメンバーは他学科で見知らない顔のためにお互いの会話はどこかぎこちなさを覚えた。
「手近な部屋から探索しよう」
誰の言葉か、班のメンバーと共に一番手前にあった錆びついたドアをくぐり室内見て回る。
だが、部屋の内部には生活を感じさせるような物品がほとんど残されていなかった。
長年の大学の研究調査として、大体のものはすでに外へ搬出された後なんだろうと。
そう納得しつつも、光を壁面に這わせて見回すといくつかの壁面に組み込まれた観音開きの扉が並んでいるのを見つけた。
「ちょっと一旦ストップしてくれ、扉を開ける」
他学科の学生に声をかける。
この整備済みの遺跡ではまず問題ない。とはいえ本来の未探索の未踏遺跡ではこのような扉を開けるときには、内部に仕掛けられた罠の可能性をも考慮しなくてはならない。周りの人間にしっかり声掛けをして、全員が注意と回避姿勢をとったのを確認してから開閉せよと。それが諸注意の一つでもあった。
他の面々はその声に従ってゆっくりと動きを取った。
そうして全員が距離をとったのを確認してから扉を開放する。
結果は空。中身は完全に空っぽで室内と同様にただ殺風景な世界が広がっているだけだった。
何か他にないだろうかと照明を動かして部屋を探していたとき背後から声が掛かった。
その方向を確認し、彼が新しく歪んだ扉を開けるのを見る。
その先には今の空間よりも狭い小さな部屋だった。部屋の各辺が随分と綺麗にまっすぐでただ、少し奇妙な場所。
「なんだこれ、何もないな、本当に。」
他学科の学生たちが首を傾げる。そこには棚も家具の残骸も何一つ存在しなかった。
もしここが集合住宅だったなら。ここは部屋そのものが動くエレベーターの何かしらか、あるいは風呂の跡地だろうか。
そんな前世の景色に思考を巡らせながら、部屋の内部をゆっくりと光で照らしていくと、天井と思わしき部分に何か穴の様なものを見つけた。
手は届かない。だが、位置的には部屋の中央に配置されているように見える。
今の手持ち機材ではこれ以上穴の奥にある何かを見ることは出来ず、ただそれだけで。結局、それ以上の有意義なものは何も思いつくこともなく割り当てられた一通りの確認を終えた後、ロープを伝って遺跡跡の外へと脱した。
「……うわ、眩しっ……!」
遺跡から地上の光の中へと降りた瞬間、誰もが眩しそうに手で目を覆った。
暗闇のダンジョン内で探索を進めていた間に思っていた以上に世界の時間は進行していたらしく外の気温は最高値まで跳ね上がっていた。
それに加えて全身には思い疲労感。
完全な暗闇という世界の中で常に緊張していたのだ。自覚していた以上に集中力を激しく消費してたのだろう。
その学生たちの疲弊はリスト教授の方でも把握していたようだった。
「よし、全員集まれ! 本日の内部探索はこれですべて終了! 暗闇での作業は精神を想像以上に削る。これ以上の稼働は事故の発生確率を引き上げるだけだからな。全員、休息に移行し、明日に向けて養生せよ!」
首元の冷気石パッチの冷たさを感じながら自らの共同テントへ真っ直ぐに歩みを進めた。