冬休みと同じように夏休みはアリアの実家に呼ばれ彼女の部屋の椅子に腰掛けていた。
この連休の直前では父の胃壁は負荷によって大分削り取られて顔面蒼白になっていたがそれに関してはもう諦めてもらうほかなかった。
肝心のアリアの方はというと作業台の椅子で不機嫌そうに唇を尖らせむくれ顔をしていた。
「……で? カイ、私の知らないところで、限られた時期にしか流通しない極上チーズを、一人で完食していたわけだねぇ……?」
「いや、お前がそんなに食い物の恨みを引きずるとは思わなかったんだよ」
夏休みの初日に俺がこの部屋へこなかったことを執拗に問い詰め、一体どこでサボっていたのかと。
隠し通す気もなく、正直に他学科の同期のツテで実家の店に行っていたと明かしたところ、追求はさらに鋭利さを増して食い下がってきた。
「北街? カイ、何でわざわざそんなところにいたんだい?」
そう拗ねられてしまっては隠すも他にない、観念して詳細を答える羽目になった。
「なるほどねぇ! そんな品が王都に在ったとは! だったらさ、今すぐ二人で行こうじゃないか!」
「…無理だ。もう今年のロットはすべて枯渇したって。次に涼しくなってくるまで、農場からの仕入れがない」
「仕入れが、ない……!? なんだいそのおかしな供給は! どんな理由で、夏には食べられないなんて!」
アリアは心底から納得がいかないという風で、地団駄を踏みそうなほどに。
結局彼女に対して、水分が多いと夏場の気温ではすぐに腐敗してしまうから馬車輸送も長期保管も不可能と説明した。
「そんなの、ただの怠慢じゃないか! カイがそんな最高の食事を一人だけ堪能して、私を仲間外れにするなんて!」
アリアはベッドの端に深く腰掛け怒り混じりの憂いを帯びた表情で俺を睨みつける。
「……だったらさ、夏の気温がそんなに障害になるって言うなら、その馬車ごとガンガンに冷やしてやればいいじゃないか。何でそんな簡単なことを実行しないんだい?」
アリアは、不思議そうな顔をして、その疑問を突きつけてきた。
これは、おそらく生まれながらのセレブの発想。
脳内でため息を吐きながら、その簡単がどれほどの難題であるかを説くことになった。
「お前さ、何が問題なのか分かってないだろ。……いいか、冷やすという行為を実行しようとすると、当然、輸送コストとして乗っかって価格が跳ね上がる。そして、そんな贅沢を負担できる人間なんて王都だってそう何人も存在しないんだよ。……何より一番の欠陥は、そんな技術も魔石の方も存在しない」
「……あの骨董品、君の首元のそれでも?」
アリアは食い下がり、俺の首元の冷気石に視線を走らせた。
無理、ではない。ハルバート教授との事件で実証した誘発も使えば3級や4級の冷気石でも出力を上昇させて冷蔵コンテナを作り上げることは技術的には可能なはずではある。
「無理ではないさ。だけど、この冷却だって俺の首元みたいに数時間程度のごく狭い領域を冷やすものだから成立しているんだよ。北の農場から何日もかかる輸送で無停止で回し続けるとなれば正直無理だ。途中で魔力が尽きないようにとんでもない量の魔石を配置するか、あるいは2級や3級を使い潰す必要が出てくる。……それは、さっきの問題そのものだ」
「うぐっ……」
アリアは渋い顔をして口を閉ざした。
理由は分かった。だが、それは納得とはまた別で、技術探求への欲求とが解消しきったわけではない。彼女はタガネを指先で弄びながら、代わりを要求してきた。
「おーけい、供給については理解したよ。だけどさ、カイ、私は今、猛烈に退屈なんだよ! 何か他に面白いものは無いのかい?」
「正直に言えば……面白そうなものは全然だ」
俺は両手を挙げてお手上げと。だが、と、俺自身実用と思える欲しいもの一つだけ脳内から引っ張る。
「だけどさ、ちょっと個人的に欲しい魔道具ならある」
「ほう? 」
アリアが身を乗り出してくる。
机の上の羊皮紙にあるスケッチを描く。
「この前の遺跡の内部探索でさ、暗闇の中で手持ちの照明を片手で持ちながら進んでいただろ? あれものすごく非効率だと思わなかったか?」
「あぁ、確かに。手が片方塞がってメモを取るにも随分と面倒だったねぇ」
「だったらさ、こういう構造にしてしまえばいい」
人間の頭部を模した円の上にヘルメットを描き、その額の中央に魔石照明設置する図面を引いた。
「蝋燭とかの火じゃ頭部に火を乗せるなんていう危険は不可能だ。だが俺たちは魔石を扱ってる。これならなら頭部へ乗せてしてしまっても何の問題もない。まあ、多少熱除けのために布当てとか金属を使うくらいだな。これなら、暗闇を照らし出しながら両手を完全にフリーにできる」
簡単なプレゼンを終えると、アリアは案の定、ふぅ、と退屈そうにため息を吐いて肩を落とした。
「……うん。確かに実用的で道具屋としては悪くない物だとは思うけれどさ、カイ。これ、技術的にも刻印としても、何一つ新しい何かが含まれていないじゃないか。ただ既成の魔道具を帽子に紐で縛り付けただけのだよ。面白みは、これっぽっちも無いねぇ……」
つまらなそうに頬杖をついて窓の外へと視線を逸らした。
確かに彼女の言う通りで、これは純粋な外部設計の変更であり特級彫師の才を爆発させるような未知の要素はどこにもない。
「なら、何が良いだろうな……」
アイデアのないことをどうにかしようと視線を振って、部屋の四隅まで目が動いたところで整然と並べられている大量の冷気石の山を見つけた。