翌日もアリアの部屋の椅子に腰掛け、どこか当然にすらなりつつあった。
昨日の実験の為か今日のアリアは驚くほど機嫌がよかった。
とはいえ彼女の飢餓が完全に消えたわけではない。微笑みの裏側には次なる未知を見せてくれという無言の圧力が放射されていた。
そんな中で、ふと脳裏に閃くもの。
「なぁ、アリア。昨日は塩水でやったろ? ちょっと別の方向で試したいんだ、今度は別の液体で」
「別の、で……? 砂糖でも溶かしたいのかい?」
「いや、今回はアルコール、酒だったらどうなるのかって。てか砂糖だと高いだろ」
今更ながらだが、子供であっても多少話ができるくらいになれば市場で普通に酒を購入できるし当たり前のように日常の飲料物として摂取している。
と言っても度は酷く薄い。それこそ生水よりは安全として日常に組み込まれているものだ。
当然、俺やアリアのような年齢であれば日々の食卓や折々に口にするのはごく当たり前。
「なるほど! それは確かに面白い!」
アリアは嬉々としてワインのボトルを一本持ってきた。
昨日と全く同じ実験手順を実行した。持ち込んだ3つのガラス容器にワインを均等に注いで浄水魔石を投入。1番はそのまま。2番は短時間で取り出し。3番は長時間の放置。
そうしてまた同じように3種の液体を味わってみた。
一つ目はワインそのまま、何ならちょっと良いであろう味がする。
そして2番目、そして3番目のサンプルを口に含めばやはりという確信。
2番目の短時間処理でさえ明らかにアルコールもブドウの酸味も薄まりどうしようもない安い味わいに。3番目の容器の液体に至っては。
「……完全に水だな。色も、匂いも、何もない」
アリアもと驚愕の声を漏らしている。泥水や塩を消滅させた刻印はワインという複雑な有機化合物の複合体に対しても等しく冷徹にただの水へという変換をしてみせた。
改めて古文書の浄水刻印を追跡してみる。
その関数の中には、確かに当たり前に浄化の行程が組み込まれているが、そのコードのどこを見ても、実のところ除去すべき物質の具体的な区別が記述されていない。
つまり、このプログラムは、水の中に入っているのが泥なのか塩なのか、あるいはブドウの香りだろうがアルコールだろうが一切区別しない。
普通に考えれば汎用的に何かを行うというのは便利な分無駄でもある。何かに特化すればその分効率も燃費も良くなる。同時に汎用的に書くというのは個別の異常を追えないということでもある。何か想定していなかった例外が出てくれば確実にエラーを出す。
そしてさらに、旧文明が作り出した刻印という存在が想像以上に随分とファジーな例外処理を許容してくれているという事実の証明でもあった。
前世でもこの今生でも特定の神様なんてものは一切信じちゃいない。でも、もしこの世界にシステム設計者がいるのだとしたら、それは、こんな曖昧さを許容してくれる随分と懐の深い神様らしい。
もっと言えば、この物質の区別すらなく水以外のすべてを消滅させてしまうというファジーな仕様はとんでもなくありがたい最強の資産に化ける可能性を内包していた。
固体や液体という物理的属性を一切問わずただ特定の成分だけを純化できるのだとしたら。そもそも対象が水である必要なんて最初からどこにも無い。
脳裏に爆発的に閃きが浮かんでくる。
そんな俺をどこか揶揄うように、そして同時に嬉しそうにアリアが見ていた。