液晶のドットという名の不格好な離散描画としてもはや過去の遺物として完全にパージされていた。
最新鋭の宇宙船コックピット。その中央に鎮座するコンソールを照らしていたのは流体が紡いだ光の帯。そこに展開されているのは、時空すらも連続体のまま誤差なくリアルタイムに描き出す超流動GUIモニターだった。
画面が捉えているのは船の眼前に位置する不気味に周囲の光を激しくねじ曲げ、因果のすべてを吸い込み続ける漆黒の天体。超巨大ブラックホールだった。
「……ばあちゃん、見てるか。あんたの言った本物の世界が、いまここにあるよ」
操縦席のシートに深く背を預け、超流動モニターの中でのうねりを見つめながら、一人の若者が不敵に笑った。
船のセンサーが、事象の地平面への接近を冷徹な警告音として告げ始める。光すら脱出できない完全なる限界点。
だが彼の瞳には、恐れなど微塵もなかった。あるのは底知れない飢餓感だけだ。
「……無限小も無限大もここにある。俺たちが現実に、目の前で観測してやる」
若者はモニターを真っ直ぐに見上げ、その聲音に歓喜すら融じ込ませて呟いた。
船は速度を極限まで上げ、光を置き去りにして暗黒の深淵の奥深く世界の根源へと向けて爆速で加速を開始した。
ニコラスとソフィアが3基の衛星による完全同期を確立し全地球規模のファイアウォールを起動させてからさらに長い歳月が流れていた。
世界は、完全に安定していた。
天空に展開された衛星網は、世代を超えてアップデートを繰り返し、地上のいかなる国家や魔導師が、重力兵器の刻印を偶然にも意図的に起動しようと試みようともその魔力粒子を狙い抑え込んでいた。
もう、世界の目を恐れて擬態と隠遁に狂奔する必要はなかった。漏洩を防ぐための秘匿規約も破棄した。一族の歴史は公開化され、今や彼らは堂々と、その圧倒的な数理知性を以て世界の最先端をひた走っていた。
宿願も義務も消滅した。
ならば残された知性集団は、ただベッドの中で安穏を享受するだけのものになれたか。
答えは、否。
誰に託されたわけでもない。頼まれたわけでもない。
その頭脳は真理という名の最も美しい一を、極限まで追跡せずにはいられないという、呪いにも似た狂気的な好奇心を宿していた。
防壁は完成した。ならば、次はその先。
時間も重力も方程式に詰め込んで、ついに、魔法と数理によって、形のない魂の波形すら高次元のトポロジー空間における非局所的な情報シグナルとして完全に数式化し、バックアップできる水準にまで技術を高め置いていた。
すべては、初代、知識の最奥に遺した実験や観測ではどうやっても証明不可能な、最後の2つの仮定を完全に解き明かすためのセットアップだった。
アーカイブモニターに2つの仮定が展開される。
仮定1: 自身の転生は、旧文明の重力兵器ブラックホールレベルの超高密度質量による次元接続とそれに伴う魂の流入である。
仮定2: この世界のシステムを駆動させる魔導の刻印が英語で書かれている理由は、自分よりも遙か昔世界の誕生の時にシステムを構築し神と呼ばれるような位置についてしまった地球の先達が、自身の存在を、いつかこの構造を突き止めて追いついてくるであろう同郷の誰かに気づいてもらうために残したメッセージである。
世界は時間さえ絶対ではないということさえ示せた。しかし、この2つの仮定だけは惑星のいかなる場所から望遠鏡を覗こうとも、どうあっても理論と実験では示し得ない観測不能のブラックボックスの向こう側にあった。
「……なら、次はその先だ」
コンソールを見つめる末裔の若者は、不敵な笑みを深くした。
理論と魔法によって、魂さえも扱えるようになったヴィッセンの末裔たち。彼らの出した結論は、極めてシンプルでかつ狂気でさえある。
「紙の上で証明できないなら、直接確かめに行くまでだ。魂のバックアップがあれば、肉体がブラックホールでゼロ除算されようが関係ない。あの暗黒の深淵を潜り抜けて、次元の先へ、世界を跨いで証明しに行こう」
神の座についてしまった、最初の先達。
この世界のシステムを構築し、あまりの孤独に耐えかねて、いつか自分と同じ21世紀の科学の領域に到達した者が、防壁を食い破って自分の元へ来てくれるのを、何億年もの時間の底でずっと待ち続けている。
「神様、あんたの遺したコードの意図は、完璧にリバースエンジニアリングしたよ。今からそっちのルートにハックして、俺たちを、その先を届けてやる」
Soul Wave Compiler: Backup Normal.
Time-Dilation Shield: Active.
Status: ALL GREEN.
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Crossing to the Root Node...
Initialization Success.
System Login: ALL GREEN.