励みになります
「お、清水。お前放課後になにしとんじゃ。部活か?」
「権田先生」
新聞片手に図書室に向かってスタスタ歩いている私。
反対側の曲がり角から現れたのは無精髭ボーボーで中年太りの絵に描いたような体育教師兼生徒指導教師、権田先生だ。
「そうです、部活動ですよ、部活動。文芸部の」
「なにー! お前まだ文芸部おったんか!?」
「おりますよ。文芸部。先輩いますしね」
ゲジ眉を吊り上げ声を荒げる権田先生。
ちなみに清水は私の今の苗字だ。
清水那由多。
それが私のフルネーム。
「別にいいじゃないですか、文芸部。何の問題があるんです?」
「いやだがなぁ……もったいないだろ……お前100m何秒だったと思っとるんだ」
「機材の故障で決着ついたでしょ、それ。確認にもっかい走ったら全然遅かったじゃないですか」
「10.12は男子記録でも遅いと言わん……というか二走目明らかに手抜いてただろお前……」
権田先生が私を見上げて思い切り睨んできた。
私の手抜きを責めているようだ。
だって仕方ないだろう。走るのは加減が難しいんだ。
「冷静に考えてください、先生。
毎日毎日走ることしか考えず突っ走ってきた人の記録をど素人の私が抜くなんて……漫画じゃあるまいしあり得ませんよ」
「おまえ高校の100m女子高生最高記録が何秒か知っとるか?」
「知りませんよそんなの。陸上やってる訳でもなし、知ってるわけないでしょ」
「…………おまえなぁ……はぁ」
呆れた顔でため息をつかれてちょっとイラっとする。
うーん、軽くやり返しておくか。
「どの部活に入るかは生徒の自由ですよ。
私は陸上部で汗を流すより文芸部で先輩を視姦する事を選択したんです」
「い、いやお前……視姦っておまえ……」
「普段から指導の名目でピチピチのJKにセクハラしてる権田先生なら私の気持ちもわかるでしょ?
ていうかいくら先生が日焼けして腹筋割れたJKが好みでも人の好みを否定するのはよくないと思います。
悪くない趣味だと思いますけど、だからこそ他の性癖にも寛容であるべきです。別に男と女の純愛だけが絶対正義って訳じゃないんです。女と女の純愛も監禁陵辱も角折り四肢欠損も一つの愛の形ですからね」
「主張が濃いわ!濃すぎるしそもそもわしはセクハラなんぞしとらん!!
というかお前か!わしがセクハラしたとか噂流したの!」
「失礼な、私はそんな噂流すような陰険な事しませんよ。
そんな事やるくらいなら教師辞めるまでぶん殴ってます」
そう、私ならそんな精神攻撃なんかしない。
まっすぐ行ってぶっ飛ばす。
右ストレートでぶっ飛ばす。
いつだってそれが私の主義だ。
「お、恐ろしい事言うなお前……本当にやりそう……。
…はぁ……何でわしがセクハラしたみたいな話が回っとるんだ」
「先生がセクハラ教師だって噂は私が入学する前からあるみたいですよ。先輩に気をつけるように言われましたから、多分1年以上前からあるんじゃないですか?
……私は先生がいやらしい目つきで生徒のことを見ているのが悪いんだと思いますけど、改めないんですか?」
「見とらん見とらん! いやらしい目でなんぞ見とらん! 怪我せんように見とるだけだ!」
ああ、そういえば権田先生も目撃者の1人なんだったな。
一応聞いておくか。
「そんな事より先生。聞きたいことがあるのですが」
「そんな事っておまえ………まぁいい、なんだ?」
「消えた飛び降り少女ってやつです。
3年前のやつですよ。先生屋上で見たんですよね?
覚えてますか?」
私が七不思議の話を権田先生に振る。
とたん、彼は腕を組み、顔を顰めた。
「2年の米田のやつか。当たり前だ。忘れられんよ」
米田?
「米田は真面目な生徒だった。運動が苦手で、手先が器用で、よく小物を作っては友達に配っとった。
丁度お前の先輩の九重並みに小柄でな。
皆可愛い可愛いと……本当に好かれとったよ……あんな事になるとはな……」
話に出たので解説すると、九重は先輩の苗字だ。
九重刹那。
うん、名前まで可愛いとは可愛いの権化だ。
可愛いの
「はぁ……その米田? さんが飛び降りた人なんですか?」
「あぁそうだよ。若駒が助けに向かったら『来ないで!』と叫んで……その後……一体どこに消えちまったのか……」
ふーん、大筋は同じかな?
女の子、米田さんが飛び降りようとしたところに若駒のクソが余計な事して……って感じ。
「何だ清水。お前達3年前の事を調べてるのか?」
「ええまぁ……」
「そうか……若駒にも聞いたのか?」
「はい、ちょろっと聞きましたよ」
「……あいつも落ち込んどったからな。
余り変なことは聞いとらんだろうな」
「先輩が話してたんで大丈夫じゃないですかね」
「まぁお前が話すよりは遥かにマシだろうな」
「失礼な」
うーん、二度手間? 重複した情報だなー。
でも消えた女の子の名前がわかったのは収穫だ。
ていうかうちの学校の子なの?んー?まぁいいか。
先輩喜ぶかな?
……ああそうだ。
「そういえば先生」
「何だ? 米田の事でまだ他に聞きたいことがあるのか?」
「猫ちゃん元気してます? 写真見せてくださいよ」
「…………お前な……まぁ元気にしとるよ……」
ガラリと扉を開ける。
「…………」
夕日も落ちかけ電灯のつけられた放課後の図書室。
試験期間でもないせいかそこは何とも閑散としている。
現にいる生徒は3人だけ。常連だろう三つ編みメガネの生徒が1人に黒髪サイドテールの図書委員の生徒が1人、不満げにこちらを睨む銀髪ショートカットの美少女1人、といった具合だ。
その銀髪美少女、天使のように可愛らしい先輩の前に座りぽいっと持ってきた新聞を置く。
「むぅ……」
「新聞持ってきましたよ先輩」
「おーそーいー! 遅いよ! 何してたんだいキミは!
キミの足ならボクより先に着いててもおかしくないだろ!」
周囲を気にして小声で怒鳴りながらバンバンと机を叩くという奇妙な行いをする先輩。ロリロリ揶揄ったのがまだ残ってるのかな?
「まったく! まったく! ……もう」
うーん、これは私が直ぐにこなかったからちょっと拗ねてますね。あんまり知らない人にはしっかりしてるのに仲良しだと甘えまくるの可愛いなぁ。
行動が一々あざといんだよ。
「先輩知らないんですか? 廊下は走っちゃ行けないんですよ?」
「むうっ……」
「足で扉を開けた程度で説教かましてくる先輩なら分かってますよね」
「ぅ…」
「まぁ先輩みたいなロリキャラの歩幅なら歩いてても追い越せますけど」
「なっ! ま、またロリって言ったな! ボクはロリじゃない! 断じてロリキャラじゃない!」
いやいや、どっから見てもロリキャラですやん。
先輩の好きなゲームなら名前とクラスの書かれたスク水着せられますね。もしくはクッソ面積少ないマイクロビキニ。
「ボクはロリキャラじゃないよ!
確かに……その……胸はないし背も低いけど! 立派なレディだ!」
なーんていったらどんな反応するかなー……まぁ三つ編みメガネちゃんも図書委員ちゃんもめっちゃこっち見てるしやめとこう……。
図書室でうるさくしてごめんね。
……うん、ここは手に入れた新情報を投げつけておくか。
「まぁ先輩、どうにもならない事実は置いといてですね」
「どうにもならなくないよ! まだボクは高校2年だよ! 成長途中で希望に塗れてるんだよ! これからだよこれから!! ボクの成長期はまだ終わってないよ!!!」
必死に『まだ慌てるような時間じゃない』と叫ぶ先輩。
いやー…私はもう試合終了だと思いますけど…それに立派なレディならもう成長期は終わっているはずでは?
まぁ可哀想だしさっさと話進めよ。
「ここにくる途中権田先生に聞いたんですけど。
消えちゃった女の子の名前、わかりましたよ」
「話逸らさないで……え?」
ピタリと先輩の動きが止まる。
「……名前? 消えちゃった女の子の?」
「はい、米田って言うらしいですよ。うちの生徒だったらしいです」
「下の名前は?」
「さあ? そこまでは聞いてないですね」
「……出来れば下の名前もわかったほうが良かったけど」
興奮して立ち上がりかけていた先輩がそのままストンと椅子に座り直す。机に置いてあった何冊かの分厚い本のうち一つを持ち上げた。
「よいしょ」
「何ですかそれ?」
「全校生徒名簿の古いやつ。
一年ごとに原本を印刷して図書室に保管するんだって。
何年生かは分かってる?」
「たしか……2年って言ってましたね」
「3年前に2年生で米田ね…………」
ペラペラとページを捲る先輩を頬杖ついて見守って暫く…………。
「……この子かな? ……うん、運がよかったね。この学年には他に米田って子いないみたい」
先輩のページを捲る手が止まり、一つの名前を指差した。
「『米田星花』2-C 身長142.2cm 体重42.5kg 手芸部所属 ……先輩が139.8cmでしたっけ?
同じくらい小柄って言ってましたけど先輩よりちょっと背が高いですね」
「ほっといてよ、バカ! ……何でキミがボクの身長知ってるのさ……」
「見りゃわかりますよ。
ていうかこんな個人情報載ってるやつ図書室に置いといて良いんですかね? プライバシーとか問題になりそう」
「うんまぁ……それはそうだけどさ……そうじゃなくて」
言いたいことは分かる。
「たしかウチの制服を着た謎の少女って触れ込みでしたよね。消えた女の子」
「新聞記事や千葉さんに若駒先生の話を聞く限りね」
「謎の少女、ガッツリウチの生徒じゃないですか」
「そうだね…………これは机の件と同じ……かな……」
先輩は黙り込み何かを考えているようだ。
うーん、ここは私も選択肢を提示しておこうかな。
「権田先生が嘘ついてるってのはどうです?
3年経って今更調査を開始した私達を撹乱する為にそれっぽい嘘情報をプレゼント!
理由は自分が少女を消した犯人だから!
犯人はヤスならぬ権田!」
「……それなら千葉さんにも言ってるんじゃないかな」
「千葉部長には言ったけど無視されたとか、そもそも言ってないとかどうです?
私たちと違って他にもインタビューするのが分かってましたし、嘘ついてもバレちゃうじゃないですか。
無駄なことはしなかったんですよ」
「うーん……そもそもの話、幻覚扱いされてる事件でそんな余計な事するかなぁ……」
権田先生犯人説を推す私に先輩はちょっと呆れ顔だ。
まぁ私もこれはないと思ってる。あの先生、意外と生徒思いだし。
「じゃあ米田星花さんが本当に消えた少女だったとして、なんで権田先生だけ知ってるんです?
みんなに好かれる人気者だったらしいですよ?」
「いくら人気者って言っても『クラスの〜』とか『部活の〜』とかそのレベルの話でしょ?
野次馬に来た人全員知ってるとは限らないし、下から見てた人は顔が見えるのなんて一瞬だっただろうから、分からなくてもしかたないんじゃないかな」
「若駒のクソはどうです?
止めようと接近したなら顔見てますよね?
一応教師なんで名前くらいは知ってるべきだと思いますけど」
「……若駒先生って言ってあげなよ…それにクソとか……汚いこと言っちゃダメだよ。
……うん、まぁ私も教師として知ってるべきだとは思うけど、別に教師として働く上での義務って訳でもないしね……仕方ないよ」
「若駒ですしね、仕方ないかー」
アイツ特定生徒以外どうでもいいタイプだからなぁ。
うーーん、じゃあ…
「こんなのはどうです? 新説です」
先輩の前に指を一本ピンと立てて話し始める。
「若駒と米田さんはお付き合いをしていた」
「えぇ……唐突だね」
「教師や生徒から隠れてイチャイチャしていた2人。しかし、その関係も長続きしない。2人の関係は校内で噂になってしまう」
「まぁ定番だね」
「面倒くさくなった若駒は米田さんの事を捨てます。
所詮遊びだったのでしょう。
私と先輩のように強い強い絆で結ばれた決して千切れない、お互いに思い合い愛し合う相思相愛の関係ではなかったと言う訳です……。悲しいですね…。
…どうしました先輩、顔が赤いですよ」
「キミね……もー……全くもぅ……まぁいいや、続けて」
「ええ、続けます」
クルクルと指を回して、ビシッと生徒名簿に書かれた『米田星花』の文字をつく。
「ここで問題になるのが米田さんです。素敵な年上の、倫理観ありまくりの倫理教師と付き合っていたのに……あっさり捨てられた」
「倫理観があるなら学生と付き合わないと思う……」
「所詮遊びだったと突きつけられた米田さんの気持ちは収まりつかないでしょう。そうするとどうなるか?」
『米田星花』の名前をつつきながら先輩に問いかける。
「どうにかこうにかやり返してやりたい気持ちで米田さんはいっぱいです。はい、先輩。どうしたと思います?」
「……事実を暴露しようとした? 飛び降りは説得力を上げるための振り?」
「
私にしてはなかなか出来たストーリーではないか?
これはシナリオライターができるな。先輩には絵を描いてもらおう。きっと大人気でイラスト集とかファンディスクとか出ちゃうぞ。
「……正直、ちょっと感心したよ。
若駒先生への悪意が凄いけど結構ありそうな話だね。
皆男性教師には軽く憧れてるしさ」
「でしょう? どうです? これから若駒気絶するまでぶん殴って屋上から突き落としに行きますか?」
「いくわけないでしょ! ……もー、暴力は良くないよ」
「すいません、口より先に手が出るタイプなので」
「うん、知ってる」
呆れた顔で私をみる先輩。
はぁとため息をついて彼女は思考の海に沈んでいった。
「うーん……権田先生に当時の事を聞いてみる……? でも米田さんの話を出したのも権田先生だけだし、そっちを完全に信じちゃうのも危ないかなぁ」
「ていうか若駒先生と米田さんが付き合ってたのは完全に妄想だし……」
「そもそも米田さんの存在自体、権田先生が嘘をついて適当な生徒を上げた可能性もあるんだよなぁ……」
「若駒先生を疑う理由……千葉さんの記事に謎の少女の名前が出てない以上、米田さんの事は知らないはず……」
「……嘘をついたのは権田先生じゃなくて若駒先生? ……知ってたけど米田さんの事を言わなかった? 謎の少女の落下の方が都合が良かった…?」
「部の活動なんだから千葉さんだけがインタビューしてた訳じゃないだろうし……若駒先生なら集めた情報に細工できる……疑いすぎかな……結論ありきな考えの気がする……」
腕を組み、視線を彷徨わせながら思考をまとめる先輩。
そうそう、そういえば……。
「先輩、これ何で持って来させたんですか?」
「ん……ああ、えーとね……」
私は机に置きっぱなしになってる新聞を指差す。
部室から取ってきた『いつのまにか増えてる机』のやつだ。
「ちょっと……新聞部の事で気になってね。貸して」
「はいはい、どうぞ先輩」
「ありがと。まぁでも、流石になぁ…ボクの記憶違いかな…でもなぁ…最近やめちゃったのかな………えーと……一番最近のは……一週間前に2-Aだから……」
チラリと内容を見ると何ともまぁ簡素な記事だ。
机の増えた日時と教室が羅列され『増えた机全一覧!!!』なんて謎の煽りが描かれたただけの何とも言えない記事。
はへー、最初に机が増えたのって2-Cなんだ。
そんな記事を私が見ている間に先輩は机の上のPCを操作し始めた。
「えーと、現行の使ってる名簿はこっち…………え?……………うそ…うそだ」
カチカチとキーボードを叩いていた先輩の動きが唐突に止まる。
「…………田中晶……新聞部…………そんな…確かに最近会えてないけど……嘘だ……嘘だよ…」
PCにうつされた生徒の名簿をみて硬直する先輩。
先輩に覆い被さって画面を覗き込んで見てみると『田中晶』の横列、『削除』のカラムにチェックがされていた。誤データを削除するためのフラグだろう。それが彼女はオンになっていた。
先輩の顔色が悪い。血の気が引いて真っ白だ。
「どうしたんですか? 先輩」
「……ボクが忘れられないの、知ってるでしょ」
「ええ、知ってますよ。テストとか羨ましいですよね。
……それがどうしたんですか?」
「……ボクの記憶では…新聞部は15人もいる大所帯で、賑やかで、いつも楽しそうで、それで……憧れてたんだ。
あり得ないんだよ…5人しか部員がいないなんてあり得ないんだ」
「…………」
先輩が震えて、私の制服の裾を掴む。
潤んだ青い瞳が、縋るように私を見上げて……。
「机が増えてたんじゃない。座る人が、減ってたんだ」
権田胤雄
所属クラス:3-F
所属部活動:陸上部
身長:183.0cm 体重:103.2kg
好きなもの:生徒、動物、甘いもの
嫌いなもの:レッテル貼り、辛いもの
趣味:筋トレ、猫カフェ巡り
夢:教師
備考
無精髭に中年太りのいかつい顔をした体育教師兼生徒指導担当。
教師歴が長く生徒思いだが熱血指導するせいで軽くうざがられている。
動物が好きで家では猫や犬からハムスター、ウサギにモルモットなど沢山のもふもふした生き物に囲まれている。
セクハラの噂が流れているがよほど騙されやすい生徒意外信じていない。
米田星花の落下を止められなかった事を夢に見るほど後悔している。