文芸部の2人   作:中落ちカルビ

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05:震える手

 

 

「はぁっ! ……はぁっ! ……はぁっ!」

 

 走る。

 走る。

 走る走る走る。

 

 右足を前に出して、左足を前に出して、両手を振りまわし、新聞部部長の千葉綾子が必死に走る。

 

 

「もう! なんなのよ! あれ! どんな! 生き物よ!」

 

 

 思い出すのは昇降口にいた顔のない化け物の事。

 人型ではあった。人型ではあったが、決して人ではない。当たり前だ、人には羽も尻尾もついていなければツノも生えていない。

 

 アレは人間ではない。まともな生物ですらないかもしれない。何せ口が無いのだ。どうやって栄養を摂るというのだろうか。

 

 

「はぁっ……はぁっ……こりゃ昇降口は無理かなぁ」

 

 

 咄嗟に下駄箱の影に隠れた綾子を顔のない化け物はあっさりと見つけ出し、そこから彼女と化け物の鬼ごっこがスタートした。

 とは言ってもその鬼ごっこは長くは続かなかった。綾子が二階に上がると化け物は彼女への興味を途端に失い、追いかけてこなくなったのだ。

 

 

「1階の窓も追いかけられるから間に合わないし……」

 

 

 都合3度の一階へのアタック。その全てを顔のない怪物に防がれた綾子。結果として得られたのは、1階から脱出するのは不可能という結論。

 

 

「2階の窓から飛びおりるのも……まぁダメだよねー」

 

 

 チラリと窓から外を覗く……いや、覗くなどという動作は必要ない。顔を向けるだけでわかる。

 一階で全力の鬼ごっこを楽しんだ化け物と同じ生物が優雅に窓の外に浮かんでいる。

 

 

「……はぁ……こりゃみんなを忘れてたバチが当たったかなぁ。……ごめんねー……いまだに顔も思い出せない頭の悪い部長で申し訳ないよ、ほんと」

 

 

 九重刹那。

 

()()清水那由多が『先輩』と親しげに話すちんまい美少女。彼女が溢した『新聞部は総勢15人、文化系でも中堅』という言葉。

 それに違和感を覚えた綾子は取材を終えた後その足でPCルームへと向かった。

 

 あまり知られていないが新聞部の新聞は神寄高校のホームページにも掲載されている。特に過去掲載された物が削除される事もなく、6年分ものバックナンバーが存在した。

 単純計算で72号分のそれは綾子が真実を知るには十分すぎる情報だった。

 

 

「はぁぁぁ……ため息ばっかり出ちゃうよ。小皺増えちゃうなぁ」

 

 

 綾子は知ってしまった。

 著者欄に刻まれた知っているはずの知らない名前。それは消えてしまった部員達の残した僅かな存在証明。この世にしがみつく微かな爪痕。

 

 そこからは早かった。

 机と消失した少女達の関係、そして消された権田のインタビュー内容。彼女はその工作を行った容疑者相手に最善手であり最悪手でもある手をとる。

 

 

 

 

 脅したのだ、生徒達をお前が消した証拠を持っていると。

 

 

 

 

 もう5人しかいないという集燥感もあったのだろう。

 新聞部の部長としての使命感もあったのだろう。

 今まで忘れていたという罪悪感もあったのだろう。

 

 そして、顧問としての付き合いからの信頼もあった。

 

 それが余計だった。

 

 

「……皆、コイツらに殺されちゃったのかな……」

 

 

 お嬢様学校で中学から高校まで六年間過ごした綾子。人の善性を信じる綾子はきっと自首してくれると容疑者を信じてしまったのだ。

 10人も殺した殺人鬼が自首して更生してくれるなどという甘い夢物語を、信じてしまったのだ。

 

 

 

 

 当たり前の結果が綾子に襲いかかった。

 

 

 

 

 

「あー……なるほどね、時間が来たら登ってくるわけ。

 エリア縮小ってか。あの系統やった事無いんだけど…………はー……どっこいしょっと……まったく、遊びだと思ってさぁ」

 

 

 綾子は疲れ切った体に鞭をうち3階へと登る。

 

 

「どーせ屋上で待ってるんでしょ。

 いいわよ、行ってあげる。待たせはしないわ。

 直ぐに会いに行ってあげるわよ」

 

 

 ブツブツと呟く綾子の瞳が暗い光を宿す。

 その瞳で真っ直ぐ前を見据えて、稜子は階段を一歩一歩踏み締める。

 

 

「……でもね……覚悟しなさい……」

 

 

 まず目指すは家庭科室だ。

 そこで最低限の武装をする。

 

 

「仏の顔も三度までなんて言うけどね」

 

 

 稜子は笑顔だった。

 しかしいま彼女の顔に貼り付いている笑顔は普段見せる快活な笑顔とは全く違う。

 

 

「仏様じゃないからね……あたしは」

 

 

 無慈悲に奪った容疑者への復讐心と消えてしまった部員達への哀悼、顔も思いだせない自身の無力への憤怒と許すという選択をした事への後悔、それらがない混ぜになった狂気の笑いだ。

 

 稜子はその表情を浮かべたまま、階段を踏み締める。

 

 

「…………2度目も無いわよ……あんたにはね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マックを出た私達は手を繋ぎながらテクテクと歩き、神寄高校の正門前までやってきた。

 因みに先輩とキスはしてない。

 報酬を先払いでもらうほど私は飢えてない。

 然るべき時、タイミングを測って受け取らせてもらおう。

 何なら勢いでそれ以上の物も貰ってしまおう。

 

 

「………………ぅぅ」

 

 

 道中の会話はゼロだ。

 もう先輩は顔真っ赤どころか頭から湯気がでている。カンカンの湯沸かし器状態。

 こんな状態ではまともな会話など望めない。

 

 

 

 

 

 

 

 学校に着いた所で先輩が握っていた手を離し、門の前に立ってポーズを取る。

 

 

「……そ、それじゃあ早速行こうか! 後輩!」

 

「リテイク、リテイクです。名前を呼び捨てでお願いします」

 

「ぅ…………は、恥ずかしいんだよ! 意識しちゃうんだよ! 仕方ないでしょ! バカ!」

 

「じゃあ恥ずかしく無くなるまで言い続けるしかないですね。早速どうぞ。さんはい」

 

「……ばか……サディスト……変態……」

 

「変態のサディスト。それがあなたの選んだ恋人です。諦めてください」

 

「ぅぅぅ…………」

 

 

 

 先輩が顔を真っ赤にして私をキッと睨みつける。

 そして……

 

 

 

 

 

 

 

「……那由多

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はあああああん!聞きました!?聞きました奥さん?! 

 名前呼びですよ名前呼び! 名前呼び! 

 顔真っ赤にしてさぁ!小声でさぁ!もじもじしてさぁ! 

 上目遣いでこっち睨んでさぁ! 唇尖らしてさぁ! 

 存在しないまたぐらのブツがいきり立ちますよ! 

 この子私の彼女なんです!今日から!私の物なんです! 

 私だけの物なんです!そう、私だけ!私だけの物!!! 

 ああもう明日から部活が楽しみすぎて眠れねぇよ!! 

 たまんねぇなぁおい! 鼻血出そう!!!!! 

 

 

「……ってうわっ!? だ、大丈夫かい! 鼻血出てるよ!?」

 

 

 すまん、出たわ、鼻血。

 堪え性のない鼻粘膜だよ、まったく。私の粘膜ならもっと気合い入れろ。

 

 

 でも血が抜けたおかげでちょっと冷静になってきた。

 やるべき事をさっさと済ませよう。

 

 

「大丈夫です、先輩……ちょっと電話しますね」

 

「う、うん……大丈夫なら良いんだけど……はい、これ。鼻に詰めときなよ」

 

「ありがとうございます、先輩」

 

 

 私は先輩から可愛い猫柄のティッシュを受け取り鼻に詰めてスマホを取り出す。

 コール先は私の義父だ。

 一回、二回、三回のコールで繋がった。

 

 

「こんばんは清水さん、お時間大丈夫ですか?」

 

 

 私の呼びかけにしゃがれた男の声で返事が返ってくる。

 

 

『……おう、こんばんは。時間は平気だ』

 

「申し訳ないんですけど車を一台学校にまわしてもらえませんか? 1時間……いえ、30分後くらいまでに正門の前に来てもらえると助かるんですが」

 

『30分だな、わかった……夕飯は家で食うのか?』

 

「はい。用事が済みしだい帰るのでそちらで頂く事になると思います」

 

『わかった……準備させておく』

 

「助かります。……では、失礼します」

 

 

 うん、これでいいかな。

 私はスマホをポケットにしまい先輩の方を振り向く。

 ……なんか先輩が驚いた顔でこっちを見上げていた。

 

 

「……先輩、どうしたんですか?」

 

「あ、あぁ……いや……キミ、まともに話せたんだね。

 キミはあらゆる相手に無礼なんだと思っていたよ」

 

「…………ド級に失礼ですね、先輩。

 私もまともな大人相手ならまともな態度で臨みますよ」

 

 

 そんなふうに思われてたのはちょっと、いや、かなりショックかもしれない。

 確かに先輩と一緒にいる時に教師やら高学年の生徒やらと会うと私に先んじて先輩が喋ってたな。

 

 ……楽で良いと思ってたけどアレって先輩に介護されてたのか……改めた方がいいかな……。

 

 

 まぁいいや。

 

 

「さてと……じゃあ先輩、学校に入る上で約束した事、守ってもらいますよ。破ったら……わかりますね?」

 

「わかってるよ『走らない』『離れない』『言う事を聞く』破ったら何でも一つ言う事を聞く…………エッチなこと言わないよね……?」

 

「残念ですが言いません」

 

 

 私は先輩を連れて学校に入るつもりだ。

 なぜかと言えば、先輩自身が強硬に同行する事を主張した事が一つ。

 もう一つは私が大事な物は手元に置いて自分で管理する主義だからだ。

 目の届かない場所、手の届かない距離で大事な人が襲われるとかもう腐るほど見てきた、漫画で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ……ほれみろ、もう来たぞ。

 

 

 

 

 

 

 

「先輩、私の後ろに」

 

「う、うん…………なに……あれ」

 

 

 校門の前に立っていた私達に我慢ができなくなったのか、早速メガネのお迎えが来た。

 なるほど。10人以上殺せた理由はこいつか。

 

 

「……飛んでる……人……?」

 

 

 それは空から現れた。

 

 

「動物園には結構行くんですけど、見たことないですね」

 

 

 ディテールは人間に似ている。痩せ型の人間って感じだ。

 肌は暗く湿っていてクジラのようで、背中には蝙蝠の羽、頭に牛のような角と尾部に長い尻尾。片手には肌と同系色のトライデントを持っている。

 

 だが最も特徴的なのはその顔だ。

 美しい? 醜い? ちがう。そんな低次元の話じゃない。

 

 

 何もないのだ。

 顔のあるべきところには鼻も、口も、目も、存在しない。つるりとした暗い色の肌があるのみ。

 

 生物としての欠落がそこにはあった。

 

 

「…………っ」

 

 

 先輩が私の袖を摘む。恐怖からだろう。

 今日は怖がらせてばかりで申し訳ない。もっと楽しい催しになる予定だったのに。

 まったく、散々な日だ。

 

 私は先輩を安心させるために袖を摘む手にそっと手を重ねて、優しく外した。

 

 

「大丈夫ですよ先輩。雑魚ですから。

 さっさと済ませますね。

 ちょっとグロいかもしれないので目をつぶっていてください」

 

「……雑魚って……本当……? 結構強そうだけど……」

 

「ええ、雑魚ですよこんなの。

 スライムみたいなもんです……ああ、勿論国産RPGのやつですよ。物理無効とかない方です」

 

 

 はっきり言うが、目の前のヤツには全く圧を感じない。御大層な登場をしてくれたが本気でやる必要もないだろう。

 

 

 多分掴んで飛んで高い所から落とすのが主兵装。

 尻尾を振り回して鞭みたいに使うこともあり得るか? 

 ……何でトライデント持ってるんだろ……? 

 片手塞がるから掴めなくなるよな……? 

 実は人間を掴んで飛べるほど筋力がない……? 

 わからん……掴みだけ気を付けてあとは流れでいいか。

 

 

 私は自然体のままスタスタと目の前の奇怪な生物に向かって歩き始めた。

 するとまぁ当たり前だが手に持ったトライデントで突いてくるわけだが……遅い……蝿が止まるってレベルじゃない。

 多分ハチワレの刺股とかのが強いんじゃないかこれ? ヤー! とか声出せない分勢いがないよ……。

 

 

 ヒョイっと横を通ってトライデントの半ばあたり、適当な所を掴みペキっと折ってやる。

 

 

 ……いや、武器折られたら離して徒手空拳に切り替えるか投げつけるかくらいしなよ……どんな教育受けてんだ……モンスター失格だよ、何茫然としてんのさ……。

 

 本当に10人殺したのか、コレ……? 

 

 いやでも相手は何の訓練も受けてない女の子だからな……行けるか……。

 先輩が相手なら……まぁ、うん……余裕だろうね……先輩を引き合いに出した私が悪かったよ……。

 千葉部長だと……うーん、包丁持ってれば倒せるんじゃない? 楽勝ではなさそうだけどタイマンなら勝率5割はあるでしょ。

 

 

 

 驚いた顔……顔? 

 まぁ驚いた雰囲気で動かないそいつに私は近寄る。

 

 ほら、間合に入ったから殴っちゃうよー、お腹殴っちゃうよー、はい殴ったー。

 

 私は軽く、コンクリートブロックを貫通させるくらいの気持ちで拳を振るう。

 ……柔らかいなコイツ、ちゃんと腹筋してる? 

 あれ、もしかして本当にスライム系? 

 だとしたら普通に厄介だな。

 念のため首捥いどこ……。

 

 

「うわ……うわぁ……う、腕貫通してるし頭が……キミヤバいって噂になってたけど、本当にヤバいね……ボクにはヤバいとしか表現できないよ……」

 

「あ、先輩……グロいから見ちゃダメって言ったじゃないですか」

 

「ああうん、大丈夫。ボクこういう系のグロ耐性は結構高いから」

 

 

 ……先輩に嫌な物見せちゃったなぁ。

 まぁ連れてきた以上仕方ないか。

 ……うん、あんまり気にしてなさそうだから良いよね。

 

 

「じゃあ次が来ないうちにさっさと行きましょうか、先輩。

 どうせメガネは屋上にいますよ。

 バカと煙は高い所が好きですから」

 

「……うん……そうだね。

 たとえまだいなくても千葉先輩を消すために七不思議使う以上絶対くるだろうし、屋上に向かうのが無難かな……」

 

 

 そう言って先輩は校舎の上、屋上を見る。

 

 

「………………」

 

 

 屋上に視線を合わせてなんだかぼんやりしてる。

 心ここに在らずって感じ……なんかアンニュイな雰囲気。

 ここはおどけておくか。

 

 

「じゃあパッと屋上に向かいますよ。ささ、お手を拝借」

 

「……手を繋いだら咄嗟に動けないんじゃないのかい?」

 

「手を繋いで行動すると私のモチベーションが上がりますよ? 

 歩いてるだけでNP溜まって開幕宝具が打てます。

 先輩が隣にいればチャージ効率も爆上がりですぐ爆発できます」

 

 

「……ふふ…………もー……仕方ないなぁキミは……はい!」

 

 

 ……あぁ、良かった。

 今日も先輩は私の下手な冗談で笑ってくれる。

 やっぱり先輩に辛い顔は似合わない。

 この人にはいつも明るく笑っていてほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 震える手を誤魔化すように、しっかりと手を絡み合わせて、私達は寄り添いながら学校の中へと入って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 




ナイトゴーント(顔のない化け物)
所属クラス:無し
所属部活動:無し
身長:不明 体重:不明
好きなもの:不明
嫌いなもの:不明
趣味:不明
夢:不明
備考
 事件の犯人に召喚された神話生物。
 正式名称はナイトゴーント又は夜鬼。
 普段は学校の裏の林に待機している。
 犯人の護衛から被害者の監視、学校からの脱出阻止、屋上からの被害者の投擲などその仕事は多岐にわたる。
 今回那由多達の前に現れたのは刹那の迎えのため。
 犯人は刹那が大人しくナイトゴーントについてくると思っていた。
 
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