励みになります。
※ちょっと残酷な描写があります
「はぁっ! ……ひぃっ! ……はひっ!」
走る。
走る。
走る走る走る。
右足を前に出して、左足を前に出して、両手を振りまわし、倫理教師の若駒郁夫が必死に走る。
「な、なんでぇ……何でだよぉ……何で、この僕が……何でこんな、目に……」
肩で息をしながら手頃な教室に飛び込み若駒が呟く。
彼の頭の中に浮かぶのはつい先程の屋上での光景。
自分は刹那を痛ぶって楽しむはずだった。
あの美しく幼い完成された少女の、柔らかく未熟な心に爪を立て、消えない傷を刻んでやる筈だった。
それなのに……。
『お前はもう喋るな』
地獄の底から響いたような声だった。
悍ましく、穢れていて、名状し難い声だった。
次の瞬間、那由多が若駒を見下ろしていた。
若駒が目を見開く。
那由多はまさに一瞬前まで刹那を後ろから大切そうに抱きすくめ、しゃがみ込んでいたはずだった。
だが声が響いた次の瞬間、既に彼女は若駒の目の前にまるで最初からそこに存在していたかのように立っていた。
『若駒の目の前まで移動する』という過程が消し飛び『若駒の目の前に移動した』という結論だけが残されたような、異質な動き。
『や、やれ!ナイトゴーント!」
咄嗟に若駒が左右のナイトゴーントに攻撃の指示を出す、しかし攻撃は行われない。
彼は左右を確認した。
確認してしまった。
『ひぃっ!!!』
左右に立っていた最精鋭のナイトゴーント二体。
それが、
『ゲームをしよう。お前もやっていたゲームだ』
若駒は確信する。
『20秒やる。逃げろ』
こいつは人間じゃない、悪魔だと。
「どうすればいい? どうすればいい? どうすればいい? どうすればあの悪魔を殺せる? …………ひっ!」
若駒郁夫、彼にはある悪癖があった。
その悪癖は広く知られた有名な物であり、世間一般から蛇蝎の如く嫌われている。決して誰にも知られないよう、秘さなければいけない悪癖だった。
その名は小児性愛、或いはロリータコンプレックス。
若駒郁夫はその身に刻まれた悪癖の世間での評判を理解し巧妙に隠していた。偽装の為に愛してもいない女を恋人として扱い、その間に子供まで授かっている。
そこまでして性癖を隠していた理由はただ一つ。『中等部』への人事異動。
彼の守備範囲は13〜15の開き掛けの蕾。身長は140〜145cm程度の小柄な女子が好み。故に中等部への異動は彼の悲願であった。
「……な、なんだ風か…………くそ……くそぉぉぉ……何でこの僕が……清水のバカ如きに……怯えさせられて……! なんて理不尽なんだ……!」
中等部にさえ異動できればどうとでもなる。
ただでさえ頭の軽いメスという劣等、その上教育の済んでいない中等部の小娘。如何様にでも騙くらかせる。踊り食いで食べ放題だ。
選民思想と男尊女卑と特殊性癖の組み合わさった彼の歪な思考回路はそのように考えていた。だが現実は厳しい物だ。彼の歪んだ性根は見抜かれていたのだろう、彼が中等部に異動される事はなかった。
「くそっ……くそっ! ナイトゴーントじゃ無理だ! 何匹だそうが蹴散らされる! 潰される!」
彼は我慢していた。彼は飢えていた。飢えながら、来るかもわからない中等部への異動という福音を待っていた。
そんな彼の前に現れたのが『米田星花』という好みにピッタリと合致する少女だった。
「とにかくデカいやつだ!デカいやつは強いはずだ!」
若駒はその少女を付け狙った。家を調べ、家族を調べ、友人を調べた。そのストーキング行為は加熱し、少女の行く先々へと先回りするようになり……当たり前に避けられるようになる。
その結果が、3年前の事件だ。
「コレだ! シャンタク鳥! ゾウ並みの大きさ! これならいける!」
若駒は右手に持っていたタイトルの擦り切れたハードカバーの中の1ページに目をつける。
このタイトルの擦り切れた本は3年前の事件の後まるで自ら滑り込むかのように若駒の手元に転がり込んだ物だ。その付き合いは長く、彼が一番信頼する相棒と言ってもいい。
「き、きた! は、早く出てこい! アイツが! アイツが来る!」
教室から顔を出して廊下を見ていた若駒の視界、曲がり角から彼の恐る悪魔、清水那由多が姿を見せる。
屋上で見せた奇妙な移動は使わないようで、ポケットに両手を突っ込んでトコトコと無防備に歩いている。
2mを軽く超える上背、傍目からはスレンダーに見える細く、長く、絞り込まれた四肢。腰まで伸びた黒髪は夜闇と比べてさえまだ黒い。まるで闇そのものが物質化したようだ。
「早く! 早く! 早くうううう!!!!」
しかしその闇を固めたような黒髪でさえも色褪せて見えるほど異常な部位がある。それは目だ。黄金色の目が、まるでそれ自体が光を放っているように思えてしまうほど爛々と輝いていた。
悠々と歩く彼女の目の前に影がさす。
ゾウを超える大きさ、首長竜のように長く曲がりくねった首、馬に似た頭部、全身は硬い鱗におおわれ、コウモリに似た翼の生えた姿。
シャンタク鳥と呼ばれる異形の生命体だ。
「きた! きた! きたぁぁぁぁああああ!!!!
三体! あは! あはははははははは! しみずぅ! これでお前はおわりだぁ! ふみつぶさ」
若駒の視界は召喚された三体のシャンタク鳥の巨体に塞がれて前が全く見えない状態。その筈だった。しかし……。
「…………はぁ……?」
バシャり、とタライで風呂水を掬って掛けたように、赤い液体が若駒の身体を濡らす。
塞がれて見えないはずの視界が一角、開いていた。下を見れば上半分が消し飛ばされた事に未だ気づいていないかのように脈動する肉、シャンタク鳥の下半身。
そして視界を恐る恐る上に向けて見れば、そこには拳を掬い上げるようなアッパーの形で振り抜いた姿の那由多。
凪払われたのだ。ゾウを超えるサイズを誇るシャンタク鳥、その上半身が、アッパー一つで。
そして今度は、振り上げた拳が振り下ろされる。
「何だよ……それ……」
チョッピングライトなんて格好のいい物じゃない、雑な打ち下ろしの拳が召喚されたばかりで周囲の様子を探るシャンタク鳥を襲う。
技術も無くただ上から下へ振り下ろされたその拳はシャンタク鳥の内蔵、骨、鱗をぐしゃぐしゃの混ぜ物に変えるだけでは飽き足らず、床のコンクリートまで貫き通し廊下に大穴を空けた。
「ズルじゃん…こんなの…」
トンっと那由多が軽やかに飛び上がり後ろ回し蹴りが放たれる。悍ましい風切音。刃のような暴風が吹き荒び、明らかに足の届いていない範囲にあったシャンタク鳥の残骸さえ切り刻まれ、生命の痕跡を掻き消した。
「……あー…………デカいやつの厄日だね……でしたっけ」
召喚された三体の異形の化け物。
彼等は那由多という悪魔の手にかかりほんの数秒で生命体としての活動を終え、かつて命であった事すらわからない残骸へとその姿を変えた。
象を越す巨体の生命の残滓、骨と肉の混合物でぬかるむ廊下に那由多が足を踏み入れる。
「はい、げーーむおーーばーーーー」
「ぅ……く、くるな……くるんじゃねぇ……!」
「いやーつまらないですね、これ。
鬼ごっこするならもう少しルール練った方がいいですよ。
まぁもうお前にゲームをプレイする機会は訪れませんけど」
那由多がゆっくり、なぶる様に若駒に向かって歩く。
「く、くそ! なにか! 何かない……あぎぁぁ!!」
「はーい、コンテニューは禁止です。
あなたが、コンテニューできないのさ……なんてね……先輩、金髪に染めたら結構似合いそうですよね……。
あぁ、まぁ、もう会わないんですけど」
手元の本を開こうとした若駒の右腕にシャンタク鳥の巨大な脛骨の破片が突き刺さる。那由多が床に散らばった骨片を蹴り飛ばし、散弾の様にばら撒いたのだ。
「はぁ……未練ですね……」
「腕がぁ!! 僕の、僕の腕がぁぁぁ!!!」
「…………先輩……」
那由多がトコトコと歩いて、原型を留めない肉と骨の混ぜ物になってしまった腕を掲げる若駒の足元にたどり着く。
そして……。
「逆関節にアセン変更でーす」
「腕がぁ! 腕ぎひぃぃぃい!!!」
「良かったですね。先輩は逆関結構好きでしたよ。一番好きなのはタンクでしたけど」
若駒の両膝を踏み抜いた。
那由多が淡々と、単純作業を進めるように若駒の四肢の関節を順番に踏み抜いていく。
「ぎっぃ! ひぎっ! ぎゃああああああ!!」
「本はどうしますかね……先輩読みたがるかな?
結構乱読なんですよね……先輩。
……ああいや、先輩とはもう会わないんだってば」
ブツブツと虚空に向かって呟きながら那由多が床に落ちたタイトルの擦り切れた本を拾い、空いた片手で若駒の頭髪を握った。恐らくはそのまま彼を引き摺ろうとしたのだろう。
しかし彼の髪には張力が足りなかったようだ。ブチリ、と引き抜かれる。
「ぎぃあああああ!!!!」
「あー、毛根弱いですね。わかめ食べてます?
まぁもう髪があってもなくてもどうでも良いですよね」
那由多は手をひらひらと振って髪の毛を捨てて、痛みに悶える若駒の身体を観察する。
「んー……頭はついつい握り潰しちゃう可能性がなぁ……足か腕か……足にしときますか」
「ひぃっ! やめっ! やめてくれっ! たのむ! なんでもする!」
「何でも? はぁ……何でもですか、そうですか」
若駒は那由多の言葉を聞いて懇願する。膝を踏み潰され、へし折られた足を粗雑に掴まれ、引き摺られる。その激痛を思って懇願したのだ。
「じゃあ、我慢してください」
しかしそれは全くの無意味だった。若駒の処遇は那由多の中で既に決まっているのだ。刹那が泣いた瞬間に、全ては決まっている。変更はありえない。
那由多が若駒の右足を掴み、引き摺って歩き出す。ついでにと、彼の着ているスーツを引きちぎり、シャンタク鳥の肉塊で濡らして丸め、口に突っ込んだ。
「はいこれ、舌を噛まないようにしてくださいね」
「そういえば先輩に借りたスタンドみたいなの出すRPGの4作目、こないだクリアしましたよ」
「先輩はカンフー少女が好きでしたよね。
私は断然探偵少女派閥です」
「僕っ子ですよ僕っ子。先輩みたいで可愛いですよね」
ゴミを引き摺ってトコトコと私は歩く。
目的地は屋上だ。
「先輩は不良少年の事どう思いました?
私は中々シンパシーを感じましたね」
先輩と手を繋いで歩いた道を歩く。
汚らしいゴミを引き摺って、先輩との思い出を汚物で塗り潰すように歩く。
「嘘です。全然シンパシーは感じませんでした。
いじいじ悩んで情けないと思いました。
私なら同性だろうと関係ありません。
速攻で押し倒してますね」
屋上での消失現象。
人々の記憶すら消し去る謎の現象。
特定の場所を通って人が消える、そんな点が少しだけあの作品のテレビに似ていると思った。
「それに不良になった理由も納得できません。
レッテル貼りが大好きなクソ女共の目なんて気にせずに裁縫楽しみゃいいんですよ。
子供のぬいぐるみ直してあげて、優しいじゃないですか。カッコいいじゃないですか。
何の問題があるんです? 何の問題もないでしょうに」
あのゲームのように消えた先に世界があるのかはわからない。希望的観測をするなら屋上には異世界につながるワームホールが開いていて、消えた少女達は今頃ファンタジー異世界で楽しく冒険している、なんて落ちもありうる。
「おばあちゃんが寝られないから不良しめたのも全然問題ないですよね。
ブーブーブーブー豚みたいにバイクのマフラー音響かせる方が悪いんですよ。
知ってます先輩?
アレってわざわざ音大きくしてるらしいですよ。
迷惑だからやめてほしいですよね」
だから万が一このゴミが異世界転移して無双するような事態が起きないように、確実に死ぬように、しかし落下と消失への恐怖は味わえるように、肋骨をへし折って肺に突き刺し確実に死ぬ状態にして屋上から落とす予定だ。
先輩は優しいからきっと納得しないだろう。だが新聞部10人に米田星花、都合11人の少女を無慈悲に消してきたコレに相応しい終わりだ。
「…それで…………えーと………あー」
先輩。
私の大好きな先輩。
銀色の髪の、青い目をした、小さな小さな私の天使。
「………………」
私は先輩から離れなければならない。
今日、たった数時間だけの逢瀬でよくわかった。
そもそも文芸部に入ったのが間違いだったのだ。
近寄らず、遠くから見ているべきだったのだ。
「…………」
私が崩れた切っ掛けは先輩に私の力を見られた事だ。
だが私が先輩から離れなくてはならないと思った理由はそれだけではない。もう一つ大きな理由がある。若駒が先輩に抱いていたのと変わらない、醜く汚らしい欲望がその理由だ。
先輩が私の告白を受け入れた事。アレは私にとって完全に予想外の吉事で、凶事だった。
先輩が私の物になったと、そう認識した瞬間、私のタガが外れた。汚らしい欲望が止まらず流れ出て、事件のことなど放っておいて彼女の事を汚したくて仕方なくなった。
先輩を
先輩は自分から私の物になった、だからいいだろう。自ら蜘蛛の巣に突っ込んできたんだ。美味しく頂かれるのは当たり前だ。
そう私の脳が囁く。
そんなわけがない。先輩は天使だ。綺麗な世界の住人だ。汚れた私が、彼女を犯し汚す事など許されない。
先輩は興奮しきって血走った目を向ける私をどんな目で見るだろうか?
細い手を無理やり掴み、小さな身体を床へ押し付け、覆い被さる私を見上げて、どんな感想を抱くだろうか?
最初は唇を奪う。
緊張で身構え、硬くなる先輩を抱きしめて待つ。
覚悟を決めた先輩が目を瞑り、唇を突き出す。
そこにそっと触れるだけのキスをして、見つめ合う。
私はきっとすぐに我慢できなくなって、先輩の小さな唇にもう一度キスを落とすだろう。もう一度、もう一度、もう一度と何度も何度もキスをするのだ。
そして先輩がキスに慣れてきた所で彼女の柔らかくて薄い唇を私の長い舌で割り開き、口内を侵略する。
先輩の身体に見合った真っ赤で小さい舌を突いて、絡ませる。唾液を流し込んで、敏感な上顎をなぞり、くすぐったさで身を捩る彼女を私の色に染めていく。
酸欠で頬を紅潮させ曖昧になる先輩を見て私の理性はぷつりとキれるだろう。ラッピングを引き裂くみたいに彼女の小さな身体を包む制服とフリルのついた純白のブラジャー、ショーツを引きちぎり、晒された裸体を味わう。
日に焼けてない深雪のような白い肌、愛らしいささやかな膨らみ、綺麗なアーモンド型のヘソ。
私は彼女に覆い被さり、首筋に舌を這わせる。
背筋に走るゾクゾクとした快感に先輩が恥ずかしげに吐息を漏らす。私はそれが嬉しくて、たまらなくて、我慢できなくて、首筋に口をつけ思い切り吸い上げる。
そっと口を離す、赤い鬱血、先輩が私の物である証明。
先輩が上目遣いで私を責めるように睨む。
こんな分かりやすくて丸見えの、服で隠せないところにキスマークをつけた事を責めているのだろう。
なんて不条理なんだ、持ち物の名前は見やすいところに書く、それと同じだ。誰が見ても分かるところに、この天使が私の物だと刻んでやっただけだ。
その旨を伝えると先輩は呆れた顔で両手を広げて、私の頭を抱きしめて……。
生温い夏の風が私の意識を浮上させる。
顔を上げるとそこには屋上への階段があった。
ここを登れば今日はもう終しまいだ。
全く、とんだ1日だった。さっさとゴミを捨てて先輩を家に送って寝よう。
「燃えるゴミは月水金……なんてね」
私はボソリと呟いて何の気なしに歩みを進める。
右足を前に出して、左足を前に出して、枠だけの扉をくぐって、私は屋上に出た。
くらりと、めまいがした。
ああ、こんなゴミ、恐怖を与えようとせずさっさと殺して捨てておけばよかった。
だから嫌だったんだ、目を離すのは。常に監視下に置くべきだったんだ。怒りに我を忘れて、一番大事なものを置いて行って、あり得ない失態だ。
絶対に、確実に、ここはないだろってタイミングで飛び出してきて、私の計画を狂わせる。そう、分かっていたはずだったのに、予測できていたはずだったのに。
私はまたしてもミスを犯した。
「…………那由多」
私の天使が、満月を背にして屋上に立っていた。
ネクロノミコン日本語翻訳抜粋版(タイトルの擦り切れたハードカバー)
所属クラス:図書室
所属部活動:無し
身長:18.8cm 体重:0.5kg
好きなもの:不明
嫌いなもの:不明
趣味:不明
夢:不明
備考
神寄高校七不思議その4『読むとおかしくなる本』
その正体は遥か昔に狂った賢者が書き残した魔導書の劣化コピー。
強力な攻撃呪文から奉仕種族の召喚まで幅広い呪文が記載されているが神格の招来呪文は省かれている。
また所有者が眠った際に過剰分の精神力を吸収、蓄積する機能が付加されており、術者の身の丈に合わない呪文を行使する際その助けになる。
この魔導書には意志のようなものが存在している。
その性格は魔導書の作者に似て人間的だが愉快犯的な性格。
適切な呪文を提示する事で所有者へ力を貸す事もあるがそれは全て状況を愉快な混沌に導く為であり面白くなるか否か以外の判断基準を持ち合わせていない。
しかし意志を持つが故にその意志の存続には意味を見出しているため物理的な脅しは通じる。