汚泥の花   作:ゆゆみみ

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第10話 Rの話-5

 

 ──僕は、東雲エレナが苦手だ。

 

 けれど、僕の人生に新たな彩りをもたらしたのは、間違いなく彼女だった。

 

◆❖◇◇❖◆

 

 「やあ、一緒にお昼を食べようよ」

 

 中学の時、自席で妹の作ったお弁当を食べていたところに急に声を掛けられた。突然のことに、ぽかんとした間抜けな表情を浮かべていたと思う。

 ずっと同じクラスだ、そうでなくたって日本人離れした美貌を持つ彼女の存在は知っている。人当たりの良い性格から友人にも恵まれ、周囲には常に人が集まっていた。

 

 きょろきょろと周囲を見渡しても、僕以外の存在は見当たらない

 

「僕……?」

 

「そう、キミ。蓮君、キミだよ」

 

 話したこともないのに、いきなりの名前呼び。どうしていいか分からずに、箸を持ったままの姿勢で硬直する。

 

「なんで……?」

 

「蓮君と一緒にお昼を食べたいからに決まってるだろう? ……ダメ?」

 

 美少女が眉を八の字に下げて小首を傾げて懇願する姿は、どう見てもあざとさを作ったものであり、周囲の視線もあり多少面倒くさく思う気持ちはあったが、その懇願に首を横にふれるほどの気概は僕にはなかった。

 

 そうして、僕と東雲エレナの交流は始まった。

 

 毎日のように彼女に昼食を誘われ、基本的には教室で、たまには屋上で二人きりで過ごしていた。

 最初こそ周囲から妬みや羨望の眼差しを向けられていたが、いつの間にかそれは日常の一部となっていった。

 

「でさ、そのカフェはコーヒーもケーキも美味しいんだよ! ちなみに蓮君はコーヒーはブラック派?それとも砂糖とミルクを使う?」

 

 口数の少ない僕に対して、彼女はとりとめのない話を続ける。

 いつだってそうだ。

 淡白な僕の反応に気分を害した様子もなく、いつだって一人楽しそうに喋る。

 決まって会話には僕に対する疑問が含まれていて、僕はそれに答えることで会話が続いていく。

 

「……ブラックが好きかな」

 

「そっか! 私は砂糖とミルクはどっちも入れちゃうなぁ。まだまだ子供舌だね!」

 

 そう言って、何処からか取り出した小さなメモ帳に何かを書き留めていた。

 

「それはなに?」

 

 「え? 蓮君メモだよ。蓮君から聞いた情報をメモしてるの」

 

 まるでそれが当たり前かのように聞こえるが、まさか僕の情報だけ集めているわけではないだろう。

 きっと様々な人物から得られた情報を書き留めて、普段の会話に活かしているのだろう。

 そして、周りとより仲を深めていくツールとして使うのだと、そういった努力の上でカーストの上位を維持する人もいるのだと聞いたことがある。

 彼女はあまり、そういった学校内での地位を気にするような人物だとは思えないけれど、意図せずとも元々マメな性格なのかもしれない。

 

「……あぁ、そういえば妹さんもいるんだよね?一つ下の学年だっけ。可愛くて性格も良いって専らの評判だよ」

 

「……うん、そうだね。僕とは正反対で誰にでも好かれる人気者で、僕の妹にしておくには勿体ないくらいだよ」

 

 その頃の僕はまだ、何も知らなかった。

 その時、既に凶行が行われていたことを。

 

「あははっ、そんなに自分を卑下することはないよ。蓮君には蓮君の魅力があるから、さ」

 

 不意に顔を覗き込まれた。

 本当に瞳は綺麗な青色をしていた。まつ毛が長い、いい匂いがする、一瞬そんなことを考えてから、目と鼻の先に彼女の顔があることを認識して、直ぐに顔を背けて距離を取る。

 

「実に初々しいねえ、そういう所も好ましいよ」

 

 恐らく僕を気に入っているのだろう。その理由が僕には全く分からなかった。

 

 最初こそ昼休みだけだったが、その内、彼女には帰り道でも出会うようになった。

 

「やあやあ、蓮君。奇遇だねえ」

 

 奇遇が毎日のように続くか、と内心で溜息をつく。

 そうして、何処かに連れていかれる。

 

 時にはカフェへ。

 時にはゲームセンターへ。

 時にはカラオケへ。

 時には公園へ。

 

 家と学校を行き来するだけの僕にとって、それらは新鮮なものだった。自分一人では決して行くことがなかっただろう場所、知らないままであったろう場所。

 

 学校で話す友達は多少なりとも出来てきたが、それでも彼女の存在感は別格だった。

 

 いつも屈託のない笑顔で、僕なんかと二人きりでも、いつも楽しそうにしてくれている。

 前よりも、より笑顔が浮かぶようになった。

 純粋に、その時間を楽しむようになった。

 人生に悲観的だった僕が、ほんの少し前を向けるようになった。

 

 立ち止まりがちな僕を、彼女は笑顔で手を引いてくれる。

 

 だからこそ、そんな彼女に惹かれていくのは当然のことだった。

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