汚泥の花   作:ゆゆみみ

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第19話 Rの話-9

 

◆❖◇◇❖◆

 

「今日は喫茶店に行こう。行きつけのお店があるんだ」

 

「喫茶店・・・?」

 

「知らないかい?お茶やお菓子を食べながら優雅な時間を過ごすところさ」

 

「いや、別に喫茶店の意味は分かってるけど……」

 

 最近はエレナの中でUFOキャッチャーがブームであり、取った景品を僕に押し付けるというありがた迷惑なことだったが、どうやら別のものに切り替わったらしい。

 

 それにしても、中学生にして行きつけの喫茶店があるということも驚きだ。一方、エレナだから、という妙な納得もある。

 

「ささ。そうと決まれば早く行こう。善は急げ、だよ!」

 

 まだ椅子に座って帰り支度をしているボクの腕を彼女を引っ張り立たせられる。

 それは、妹の力任せの無理矢理なものでなく、僕に配慮した優しく手を引くものだった。

 

「ん」

 

 立ち上がって準備を終えた鞄を手に持つと、僕の前に手が差し出された。

 

「えっ?」

 

「察しが悪いなあ。手を繋ごう、って言ってるんだよ。蓮君には言葉にしないと伝わらないみたいだね」

 

「あっ……」

 

 確かに何度か一緒に遊びには行っているが、手を繋ぐとなると、話は別だ。もしかしたらエレナさんはハーフだから海外の基準で考えているのかもしれないが、男女で手を繋ぐというのは最早恋人同士の行為だ。

 

「じゃ、手を繋ぐ代わりにエレナと呼んでくれないか」

 

 僕がどう答えていいものか悩んでいると、代替策が齎された。もともと"さん"付けで呼んでいたから、そこは手を繋ぐことと比べたら随分と気が楽ではある。

 

「わ、分かった。エレナ」

 

「ふふっ……少し擽ったいね」

 

 そう言って、人差し指を唇に当てて僅かに恥ずかしそうに笑みを浮かべる彼女は、背後からの夕陽も相まって見惚れるほどだった。

 

 しかし、不意に僕の方へと移動した彼女に下から覗き込まれる。心の中を見られているように感じて一歩後ずさる。

 

「蓮君、ドア・イン・ザ・フェイスって知ってる?」

 

「……?」

 

「知らないかぁ。ま、そうだよね。いいんだよ、蓮君はそのままでいい。飾らない君が、素敵なのだから」

 

 言っている意味がよく分からず小首を傾げるが、彼女はそんな様子をみて笑みを浮かべると不意に僕の頭の上に片手を置いた。

 何故、とはっきり形にできるわけではないが、少しだけ心が軽くなったような気がした。

 此処にいてもいい、と許されたような気がした。

 

 彼女の指先が、僕の頬を撫でる。

 いつの間にか僕は涙を流していたようだった。

 

「理由は聞かないよ。ただ、何があっても私は君の味方だから」

 

 心地よい、言葉だった。

 小さく息を吐くと、制服の袖口で涙を拭う。

 

「さ、行こっか」

 

 いつもの気軽な、友達のような雰囲気に戻って、爽やかな笑顔がこちらを向く。

 

 

 暫く歩いた閑静な住宅街の中に、そのお店はあった。見た目は一軒家のようで、知らなければ喫茶店だとは気づかれまい。

 

 中に入ると、そこは確かに喫茶店だった。古びた内装は、漫画やアニメに出てくるクラシックな雰囲気のお店そのものだった。

 

「ここのブレンドコーヒーは美味しいよ。ま、私は甘くしないと飲めないんだがね」

 

 運ばれてきたコーヒーに彼女は角砂糖三個とミルクをたっぷりと加えた。

 対して僕は、角砂糖一つとミルクを少し。コーヒーなど普段飲まないために匙加減がよく分からなかった。

 少し、甘い気がした。今度来る時があれば砂糖もミルクも入れずに飲んでみよう。

 

「ねぇ、帰りに蓮君の家に行っていい?そこで遊ぼうよ。ゲームとかあるでしょ?」

 

「えっ!? いや、それはさすがに……妹もいるし……」

 

「妹さんは部活で遅くなるから大丈夫だよ。この時間ならまだ帰ってきてないでしょ?」

 まるで知ってるかのような物言いだが、確かに彼女の言っていることは正しい。

 

「それでも女の子一人を家に上げるのは……」

 

「ふふっ、狼にでもなっちゃうのかな?」

 

「やっ、そういうわけではなく! 一般論として……」

 

「ふぅん。じゃ、部屋だけ見せてよ。男の子の部屋って純粋に興味あるんだ」

 

「えっ、うーん、それくらいな──」

 

「蓮君」

 

 名前を呼ばれ、彼女の方を見る。逆光になっていて、その表情は見えない。

 

「本当に、知らないんだね」

 

 何を示している言葉なのか分からず、僕は首を傾げるしかなかった。

 

 その後、エレナを連れて家に戻ったが、本当に少し僕の部屋の中を見ただけで帰って行った。

 

 猫のような人だな、と思う。そういった所も、魅力的なところなのかもしれないけれど。

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