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夜が来た。
ノックの音が、聞こえる。
「兄さん、入りますよ。……あれ? 鍵がかかってる? 開けてください、兄さん。開けてください。開けてください」
僕を呼ぶ、声がする。
僕はそれに応えない。
予想はしていた。今日来るであろうことは。夕飯のメニューを見れば直ぐに分かった。
だから、鍵を掛けて、布団にくるまって震えていた。
「開けてください。早く。開けて。まさか、拒んでるんですか? 妹を? 私を? なんで拒むんですか。なんで私を拒むんですか。兄さん。兄さん。兄さん」
声が、徐々に色を失っていく。淡々とした口調に変わっていく。
それでも僕は応えなかった。
余計に状況が悪化するのは分かっていたのに。
「兄さん」
──僕は、何を間違えたのだろう。
バキリ、と鈍い音がした。
「……あら、また壊しちゃいました。後で直しますね」
──妹は、何を間違えたのだろう。
布団を剥ぎ取られる。
冷えきった夜の空気が僕の体を襲ってきた。
視線を上げる。
表情を失った妹が、ベッドの上で丸まる僕を見下していた。
「なんで開けてくれなかったんですか」
腕を引っ張られ、強引に体を起こされる。その勢いに、肩の関節が軋んでわずかな痛みを覚えた。
「ねぇ、なんで開けてくれなかったんですか」
パンッ、と小気味いい音と共に頬に痛みが走った。
痛む頬を押さえようとすると反対側の頬から痛みが走った。今度は手の甲だからだろうか、先程よりも痛みが強い。
僕は体を動かすことを諦め、全身から力を抜く。
妹に掴み上げられた腕が伸びきって痛みを覚えるが、そんなことはどうでも良かった。
「…………っ!」
乱雑に突き飛ばされ、僕はベッドに倒れ込む。痛みは無かったが、その衝撃で肺から空気が漏れた。
「あぁぁ! ごめんなさい! また、私はこんなこと……。叩いてごめんなさい、兄さん。痛かったですよね。苦しかったですよね。そんなつもりはなくって」
衝動的に行動してしまっただろう、正気に戻ったらしい妹がベッドの上の僕に駆け寄り、目を伏せて頭を垂れる。見せかけではない、心からの謝罪。
「……でも兄さんが悪いんですよ。なんで私を拒もうとするんですか。妹を。私を」
けれど、直ぐにまた声色と瞳からは感情が失われていく。鈴の鳴るような美しい声なのに、その口調は平坦で、底冷えのする感覚に襲われる。
失われた感情、能面のような表情。
しかし、それは直ぐに変わっていく。先程までの申し訳なさそうな表情とは、全く色の違う感情が顔を出し始める。
──それは、
普段の清楚な雰囲気からはとても想像が出来ない、獣のように獰猛で、蛇が這い回るかのように嫌な湿度を帯びた視線が僕の痩躯を舐め回す。頭から、足の指先まで。じっくりと。
ベッドの上に仰向けに横たわる僕の上に、淡い水色の下着姿の妹が馬乗りになった。その息は荒く、静かな室内にやけに大きく響く。
ちゃんと服装を見ていなかったが、どうやら最初から下着姿で来ていたらしい。どうせ直ぐに脱ぐのだから、その方が手っ取り早いのだろう。
荒らげた呼吸の音と共に僕のパジャマのボタンが外されていき、妹の白魚のような指先が胸の上をなぞる。
「……んっ」
不意に胸元から走るもどかしい感覚に小さく声が漏れた。快楽の一歩手前の感覚。
「くふふっ……可愛い。可愛いですよ、兄さん。今日も可愛がってあげますね。だから、もっと、可愛いところを見せてください。兄さん」
舌先で唇を湿らせる様子は、その開ききった瞳孔は、獲物を前にした肉食獣そのものだった。
──今日も長い夜が始まる。