ブレイクハンド 〜創れない兄は、壊す力で世界を救う〜 作:鳩夜(HATOYA)
この世界では、何かを創れる者が尊ばれる。
家を建てる者。
橋を架ける者。
道具を作る者。
船を造る者。
そして時に、人の想像さえ超えたものを、この世に生み落とす者。
彼らは皆、己の魔力を材料にして、ゼロから形を創造する力を持っていた。
その力を、人々はこう呼ぶ。
――ビルドスキル。
掌に浮かぶ白い板。
白きビルドスキルボードに刻まれた技を使い、彼らは木材も、石材も、金属も、布も、時には魔力そのものすら組み合わせ、まだ世界に存在しない創作物を作り出す。
優れたビルドスキルの使い手は、どこの町でも引く手あまただった。
壊れた家を直せる者は尊敬される。
便利な道具を作れる者は感謝される。
巨大な塔や、海を渡る船や、空を覆う城を作る者は、英雄と呼ばれる。
そして、その頂点に立つ者。
神の手を持つ創作師。
人々は彼らを、畏敬を込めてこう呼んだ。
――ゴッドハンド、と。
クラウシュは、その名に憧れていた。
「見てろよ、ビセ! 俺、いつか世界で一番すげえもの作るからな!」
小さな島の外れ。
潮風が吹き抜ける崖の上で、十歳になる前のクラウシュは、両腕を空いっぱいに広げて叫んだ。
眼下には青い海。
背後には、木と石で出来た小さな家々が並ぶ島の村。
そのさらに向こうには、島の中央にそびえる古い祝福塔が見えた。
隣に立つ少年が、クラウシュを見上げる。
同じ年齢。
同じ顔。
だが、表情は少し違う。
クラウシュが太陽のように笑う少年なら、ビセは月明かりのように静かな少年だった。
「兄さんなら、なれると思います」
ビセは穏やかに言った。
「おう! お前も一緒になろうぜ、ゴッドハンド!」
「僕も、ですか?」
「当たり前だろ。俺たち双子だぞ? 二人で世界一になれば、誰にも文句言われねえ!」
クラウシュは拳を突き出した。
ビセは少しだけ困ったように笑ってから、その拳に自分の拳をこつんと当てた。
「では、兄さんが世界一を作るなら、僕は兄さんの隣に立てるものを作ります」
「なんだよ、それ。お前も世界一を作れよ」
「僕にとっては、兄さんの隣にいることが一番ですから」
「変なやつだなあ!」
クラウシュは笑った。
ビセも笑った。
その時の二人は、まだ知らなかった。
世界が、兄弟に同じ祝福を与えるとは限らないことを。
そして、片方に与えられなかったものが、もう片方の心を静かに壊していくことを。
十歳になる年。
この世界の子供たちは皆、祝福塔で祝福を受ける。
祝福を受けた者は、掌から二枚のボードを出現させることが出来るようになる。
右手からは白いビルドスキルボード。
左手からは黒いブレイクスキルボード。
ビルドスキルが創造の力なら、ブレイクスキルは破壊の力だ。
ただし、それは何でも壊せる力ではない。
魔力によって創られたもの。
ビルドスキルで生み出された創作物。
あるいは、それに近い性質を持つものを、解体し、分解し、崩す力。
生活に必要とされるのは、圧倒的にビルドスキルだった。
だから子供たちは皆、祝福の日を夢見て育つ。
自分の白いボードに、どんな模様が浮かぶのか。
最初から何か特別なスキルが刻まれているのか。
通常、ボードは最初は空白だ。
だが、稀に一つか二つ、最初からスキルを持つ者がいる。
そういう子供は、村中から期待される。
クラウシュも、期待していた。
自分の右手に、最高の白いボードが現れることを。
祝福の日。
塔の中には、島中の大人たちが集まっていた。
中央には祭壇。
その上には、白と黒の二つの結晶が浮かんでいる。
クラウシュとビセは、並んで祭壇の前に立った。
「双子の祝福は珍しいな」
「どちらも良いビルドボードが出るといいが」
「兄のクラウシュは元気がある。ああいう子は大物になるぞ」
「弟のビセは静かだが、手先が器用だと聞く」
大人たちの声が耳に入る。
クラウシュは胸を張った。
ビセは少しだけ俯いていた。
祭司が二人の前に立つ。
「クラウシュ。ビセ。両手を前へ」
二人は同時に手を差し出した。
「右手に創造を。左手に破壊を。汝らの内なる魔力よ、世界に形を示せ」
結晶が輝いた。
まず、ビセの右手が光った。
眩いほどの白だった。
雪のように白く、しかし真珠のような艶を持つ、美しいボード。
大きさはA5ほど。
表面は澄んだ白。
裏面には、細い銀の線が樹木の年輪のように広がっている。
村人たちが息を呑んだ。
「なんて綺麗なビルドボードだ……!」
「しかも、見ろ! 文字があるぞ!」
ビセの白いボードには、最初から二つのスキルが刻まれていた。
『簡易構築』
『接合補強』
子供が最初から二つのビルドスキルを持つことは、極めて稀だった。
続いて、ビセの左手から黒いボードが現れる。
だがそれは、完全な黒ではなかった。
灰色に近い、淡い黒。
まるで白と黒が混じり合ったような、グレーのブレイクスキルボード。
「ブレイクボードも珍しい色だな」
「双子の弟は将来有望だぞ」
大人たちの視線は、すでにビセへ注がれていた。
クラウシュは、我慢しきれず笑った。
「すげえじゃん、ビセ! お前、最初から二つもあるぞ!」
「兄さん……」
「次は俺だな!」
クラウシュは右手を強く握り、それから開いた。
出ろ。
出てこい。
俺の白いボード。
世界一になるための、最初の一枚。
だが。
何も起きなかった。
「……あれ?」
クラウシュは首を傾げた。
もう一度、右手に力を込める。
掌の奥に魔力を集める感覚はある。
だが、そこから何も浮かび上がってこない。
「んん……!」
さらに力を込める。
出ない。
白いボードが、出ない。
塔の中が静かになった。
祭司が眉をひそめる。
「落ち着け。先に左手を出してみなさい」
「あ、はい!」
クラウシュは左手を開いた。
その瞬間。
空気が沈んだ。
左手から現れたのは、漆黒のボードだった。
ただ黒いだけではない。
光を飲むような黒。
夜より深く、海溝より暗い黒。
裏面には、赤黒い稲妻のような模様が走っている。
大人たちがざわめいた。
「なんだ、あの黒さは」
「ブレイクボードか?」
「濃すぎる……」
クラウシュは自分の左手を見つめた。
かっこいい。
最初にそう思った。
だが、すぐに気づく。
右手には、何もない。
「祭司様。俺の、白い方は?」
祭司は答えなかった。
「なあ、まだ出てないだけだよな? ちょっと遅れてるだけで」
「クラウシュ」
祭司の声は低かった。
「もう一度、右手に魔力を込めなさい」
「はい!」
クラウシュは何度も試した。
一度。
二度。
三度。
汗が額を伝う。
右手が震える。
魔力が空回りしているような、嫌な感覚だけが残る。
白いボードは、最後まで現れなかった。
塔の中の誰かが、小さく呟いた。
「ビルド適性が……ない?」
その言葉は、針のようにクラウシュの胸に刺さった。
ビルド適性がない。
何かを作る力がない。
最高の物を作り、ゴッドハンドになる。
そう夢見ていた少年の右手には、何もなかった。
「……うそだろ」
クラウシュは笑おうとした。
だが、うまく笑えなかった。
「だって、俺、ずっと……作りたくて……」
ビセが一歩、前に出た。
「祭司様。兄さんのボードは、本当にないんですか?」
「分からん。だが、少なくとも今は出せていない」
「今は?」
ビセの声が、わずかに鋭くなる。
「いくら適性が低くとも、ボードすら出せない者は、私も見たことがない」
祭司は難しい顔で続けた。
「この島では分からん。大都会ファーストウッドにいるゴッドハンドなら、何か知っているかもしれない」
ファーストウッド。
島の子供なら誰もが憧れる大都会。
巨大な創作物が立ち並び、数多のビルド職人が集まる場所。
そして、ゴッドハンドが住むと言われる街。
クラウシュの目に、わずかな光が戻った。
「じゃあ、俺、行く! 今すぐファーストウッドに行く!」
「駄目だ」
祭司は即座に言った。
「な、なんでだよ!」
「ボードを得たばかりの子供が、外海へ出ることは許されていない。最低でも十五歳までは、この島でボードとスキルについて学べ」
「でも!」
「クラウシュ」
ビセが、クラウシュの袖を掴んだ。
「一緒に勉強しましょう。僕も手伝います。十五歳になったら、一緒にファーストウッドへ行けばいい」
クラウシュは唇を噛んだ。
右手は空っぽ。
左手には漆黒のブレイクボード。
白い創造の力を持たない少年。
けれど、完全に終わったわけではない。
大都会に行けば、何か分かるかもしれない。
「……分かった」
クラウシュは小さく頷いた。
「十五歳になったら、絶対行く。絶対、俺の白いボードを見つける」
「はい。兄さんなら、きっと」
ビセは微笑んだ。
だが、その目は笑っていなかった。
その日から、クラウシュの日常は少し変わった。
いや、島の人々の目が変わった。
「黒手のクラウシュ」
誰かが、そう呼び始めた。
「ビルドボードも出せないんだろ?」
「創れないやつが、ゴッドハンドになるって言ってたのかよ」
「壊すだけなら魔物でも出来るぞ」
同年代の子供たちは、遠慮なく笑った。
クラウシュは最初、落ち込んだ。
だが、長くは落ち込まなかった。
「うるせえな! 壊すのだって大事だろ!」
「でも作れないんだろ?」
「今はな! 未来の俺は違うかもしれねえ!」
「白いボードも出せないくせに」
「黒がかっこいいからいいんだよ!」
クラウシュは言い返した。
転んでも立った。
笑われても笑い返した。
悔しくないわけではない。
夜、布団の中で右手を何度も開いて、やっぱり何も出ないことを確認して、歯を食いしばる日もあった。
それでも朝になると、クラウシュはいつものように走った。
ブレイクスキルを学び、魔力の扱いを学び、創作物の構造を学んだ。
作れないなら、せめて壊し方を知る。
壊し方を知れば、作り方も少しは分かるかもしれない。
クラウシュはそう考えた。
一方で、ビセは笑わなくなっていった。
兄が馬鹿にされるたび、ビセは静かに相手を見た。
何も言わない。
怒鳴りもしない。
ただ、見ている。
その目に気づいた者は、なぜか次の言葉を飲み込んだ。
ビセのビルドスキルは、島でも評判になるほど成長した。
小さな椅子。
壊れにくい箱。
風を受けて回る水汲み車。
簡単な船の模型。
白いボードには、少しずつ新しい文字が増えていった。
クラウシュは、それを誰よりも喜んだ。
「すげえな、ビセ! お前、本当にゴッドハンドになれるんじゃねえか!」
「……兄さんが先です」
「いや、俺は白いの出てないし」
「それでも、兄さんが先です」
ビセは頑なだった。
クラウシュは笑って、弟の頭をぐしゃぐしゃ撫でた。
「じゃあ二人でなろうぜ。約束したろ」
「はい」
ビセは頷く。
しかし、その胸の奥では別の思いが育っていた。
なぜ、兄さんが笑われなければならないのか。
なぜ、兄さんが下に見られなければならないのか。
白いボードが出ないだけで。
ビルドスキルが使えないだけで。
あんなにも真っ直ぐな人が、なぜ否定されなければならないのか。
この世界は、間違っている。
ビセは、少しずつそう思うようになった。
そして三年が経った。
十三歳になったクラウシュとビセは、島の最終試験を受けることになった。
試験内容は、天然創作物の討伐。
天然創作物。
それは、自然界に発生する魔物の一種だ。
生物のように動くが、血肉を持たない。
木材、石材、鉄片、骨組み、古い家具、壊れた道具。
そういった無機物が魔力によって組み合わさり、生き物のような形を成した存在。
今回の相手は、板材で出来た六面体生物だった。
四角い木箱に手足が生えたような姿。
だが、その角は硬く、体当たりを受ければ大人でも吹き飛ばされる。
さらに周囲の木片を取り込み、傷を修復する厄介な性質を持っていた。
試験場は、島の北にある廃材森。
壊れた家屋や古い船材が積まれ、天然創作物が生まれやすい場所だ。
「クラウシュ、ビセ。二人で一体を討伐しなさい」
試験官の男が言った。
「ビルドとブレイク、両方の理解を見る。無茶はするな」
「はい!」
クラウシュは元気に返事をした。
ビセは静かに頷いた。
廃材の山の奥から、ぎしり、と音がした。
木の板が擦れる音。
釘が軋む音。
何かが転がる音。
やがて、それは姿を現した。
大人の背丈ほどもある木製の六面体。
四本の脚は椅子の脚を束ねたような形。
腕は折れた梁。
顔はない。
だが、正面の板に空いた二つの穴が、目のようにクラウシュたちを見ていた。
「来るぞ、ビセ!」
「分かっています」
六面体が跳ねた。
見た目に反して速い。
巨体が地面を蹴り、クラウシュへ向かって突進してくる。
クラウシュは左手を突き出した。
「ブレイクボード!」
漆黒のボードが現れる。
刻まれているスキルは一つ。
『継ぎ目崩し』
クラウシュは六面体の正面ではなく、角を見た。
板と板の接合部。
魔力の流れが集中する継ぎ目。
「そこだ!」
黒い光が走った。
六面体の角が弾けるように崩れ、突進の軌道が歪む。
クラウシュは横へ跳び、地面を転がって回避した。
「ビセ!」
「はい」
ビセが右手を開く。
白いボードが輝いた。
「ビルドスキル――簡易構築」
地面に散らばっていた廃材が浮かび上がる。
板が組み合わさり、一瞬で低い壁が出来た。
体勢を崩した六面体が、その壁に激突する。
だが、壁は壊れない。
「接合補強」
ビセの二つ目のスキルが、壁の継ぎ目を強化していた。
「すげえ!」
「感心している場合ではありません、兄さん」
「分かってる!」
六面体が腕を振る。
梁のような腕が壁を砕き、木片が飛び散る。
クラウシュはその木片の一つを掴んだ。
作れない。
だが、見える。
どこに力が通っているのか。
どこを崩せば、形が保てなくなるのか。
三年間、彼はそれだけを学んできた。
「ビセ、足止め頼む!」
「三秒でいいですか?」
「充分!」
ビセは白いボードを構えた。
「簡易構築、連続」
廃材が次々と組み上がる。
壁ではない。
杭だ。
細く尖った木杭が、六面体の足元を囲むように生える。
六面体が足を上げた瞬間、杭が脚の隙間に入り込み、動きを止めた。
「今です」
「おう!」
クラウシュは真正面から走った。
六面体が腕を振り上げる。
クラウシュは逃げない。
左手の黒いボードが、漆黒の光を放つ。
「ブレイクスキル――継ぎ目崩し!」
狙うのは、正面の板ではない。
足でも腕でもない。
中心部。
六面体の内側で、全ての板材を繋いでいる魔力の芯。
クラウシュの左手が、木の体に触れた。
次の瞬間。
ばきん、と乾いた音が響いた。
六面体の全身に亀裂が走る。
板がずれた。
梁が落ちた。
脚が外れた。
腕が崩れた。
巨大な天然創作物は、一瞬でただの廃材の山になった。
試験官が目を見開いた。
「討伐、完了……!」
クラウシュは肩で息をしながら、左手の黒いボードを見た。
作れない。
でも、戦える。
何かを壊すだけの力かもしれない。
それでも、この力で誰かを守ることは出来る。
「やったな、ビセ!」
クラウシュが振り向く。
ビセは白いボードを消し、静かに微笑んだ。
「はい。兄さんの勝ちです」
「二人の勝ちだろ!」
「……そうですね」
その日、二人は最終試験に合格した。
島の大人たちは、ビセの才能を褒めた。
そして、クラウシュのブレイクスキルも認めた。
だが、完全には変わらなかった。
「ビルドボードがないのに、よくやったな」
「壊す専門なら使い道はあるか」
「ビセがいれば、クラウシュもやっていけるだろう」
悪意のない言葉。
だが、悪意がないからこそ、深く刺さる言葉。
クラウシュは苦笑いで受け流した。
「ま、俺は俺でやるさ」
ビセは、その横顔を見ていた。
兄は強い。
笑っている。
きっと明日も、同じように走り出す。
だからこそ、許せなかった。
兄が傷ついていないわけではないことを、ビセだけは知っていた。
夜。
ビセは一人で海岸にいた。
白いボードを出す。
真っ白に輝くそれは、島の誰もが羨む才能の証だった。
けれど、ビセはそれを嬉しいと思えなくなっていた。
「兄さんを認めない世界なら」
波の音に紛れるほど小さな声で、ビセは呟いた。
「そんな世界は、作り直した方がいい」
白いボードに、淡い光が灯る。
ビセの足元で、流木が組み上がった。
小さな船の形になる。
まだ人が乗れるほどではない。
けれど、それは確かに海へ出るための形だった。
ビセは遠くを見た。
海の向こう。
大都会ファーストウッドがある方角。
そこには、ゴッドハンドがいる。
世界最高の創作師たちがいる。
この世界の価値を決めている者たちがいる。
ビセの瞳に、白い光が映る。
それは希望の光に見えた。
だが、その奥には、黒い影が静かに揺れていた。
二年後。
クラウシュは十五歳になる。
その時、兄弟は一緒に島を出るはずだった。
少なくともクラウシュは、そう信じていた。
連載中の作品とは別に、以前から温めていたオリジナル作品です。
反応を見ながらぼちぼち投稿致します!
どちらにしても、現在トリコ二次創作に注力している為、不定期更新となります。
ここまで見て気づかれているかもしれませんが……
とある作品にかなり影響を受けた作品です!