ブレイクハンド 〜創れない兄は、壊す力で世界を救う〜 作:鳩夜(HATOYA)
避難所の前には、壊れた兵器創作物の残骸が山のように積み上がっていた。
木材。
鉄板。
歯車。
釘。
杭。
何かの骨組み。
何かの刃。
何かの脚。
それらは少し前まで、人を襲うために動いていた。
だが今は、ただの材料に戻っている。
クラウシュは左手を下ろし、大きく息を吐いた。
小型はかなり壊した。
大型も二体ほど止めた。
まだ町の奥では別の創作物が蠢いている気配があるが、少なくとも避難所のすぐ近くにいたものは片付いたはずだ。
「……本当に壊してきたのね」
背後から声がした。
振り返ると、避難所でてきぱきと救助活動をしていた少女が立っていた。
同じ年くらい。
作業服の袖はまくり上げられ、額には汗が滲んでいる。
腰の工具袋には木槌や釘、細い金属棒が差し込まれていた。
右手には、まだ白いビルドスキルボードが浮かんでいる。
さっきまで避難所の中で補強や整理をしていたはずだが、今は外の惨状を見て目を丸くしていた。
「外で暴れてる創作物を壊してこいって言ったからな」
「普通は本当に行かないのよ」
「でも、壊した方がよかっただろ?」
「それは……まあ、そうだけど」
少女は言葉に詰まった。
それから少しだけ視線を逸らし、軽く咳払いをする。
「私の名前はレンカ。君は?」
「俺はクラウシュだ」
「クラウシュね」
レンカはもう一度、残骸の山を見た。
「本当に助かったわ。あのまま放っておいたら、避難所の防壁も長くはもたなかったと思う」
「いいんだ」
クラウシュは首を振った。
「これは、ある意味俺のせいでもある……」
「ん?」
レンカが眉を寄せる。
クラウシュは口を閉じた。
言ってどうする。
ビセが関わっているかもしれない。
そう思っているだけだ。
まだ確証はない。
それに、ここで自分の弟が原因かもしれないなどと言えば、余計な混乱を招くだけだろう。
クラウシュは苦笑いを作った。
「いや、なんでもない。それより状況を教えてくれ。俺は島にいたから、何が起こったか全然分からないんだ」
「島?」
「ああ。南西にある小さな島だ。今日ファーストウッドに着いたばかりで」
「今日……」
レンカは少し驚いた顔をした。
「よく港まで来られたわね。定期船はもうほとんど動いていないのに」
「船は来なかった。だから弟が作った船で来た」
「弟さん、ビルドスキル使いなの?」
「天才だよ」
クラウシュは即答した。
自慢するような響きになったことに、自分でも少し驚く。
けれど、それは本当のことだった。
ビセは天才だ。
島の誰よりも正確に、誰よりも美しく、誰よりも頑丈なものを作れた。
だからこそ。
今、胸の奥がざわついている。
「……そう」
レンカはクラウシュの顔をじっと見たが、それ以上は聞かなかった。
代わりに、避難所の入口へ視線を向ける。
「中で話しましょう。ここはまだ危ないわ」
二人は避難所の中へ戻った。
内部は相変わらず慌ただしい。
負傷者の手当て。
水の配給。
子供たちの確認。
壊れた壁の補修。
外の見張り。
多くの人々が疲れ切った顔をしている。
それでも、クラウシュが戻ってきたことに気づいた者たちは、少しだけ表情を緩めた。
「あの子だ。外の創作物を壊してくれた子」
「本当か?」
「ブレイクスキルで……?」
「助かった……」
囁きが広がる。
クラウシュは少し居心地が悪くなった。
今まで、ブレイクスキルでここまで感謝されたことはなかった。
島では、クラウシュの漆黒のボードは珍しがられ、怖がられ、時には笑われた。
だが、ここでは違う。
壊す力が必要とされている。
レンカは集会場の端にある作業台へ案内した。
そこには地図が広げられていた。
人間界の地図。
この世界の地図としては、あまりにも小さい。
島が三つ。
周囲を囲む海。
その北端に、ファーストウッド。
さらにその北に、小さく記された町。
エンドルークス。
「一年前」
レンカは地図の最北端を指差した。
「最北端の町、エンドルークスに無数の創作物が降り注いだのが始まりと言われているわ」
「降り注いだ?」
「空からよ。黒い雲みたいな裂け目が開いて、そこから大量の創作物が落ちてきたらしいの」
クラウシュは息を呑んだ。
島で見た空の裂け目。
数日前にファーストウッド方面へ降り注いだ黒い何か。
それと同じ現象が、一年前から起きていた。
「最初はエンドルークスだけの災害だと思われていた。でも、違った」
レンカの指が、地図の北から南へ動く。
「それから南に向かうように、徐々に創作物で世界は埋め尽くされていった。町が飲み込まれ、道が塞がれ、港が狂って、ついにファーストウッドまでこうなった」
「そんなことが……」
「私たちは、それらを憤造物と呼んでいるわ」
「ふんぞうぶつ?」
「ええ。世界に対する怒りの創作物。怒りに憑かれたように増え、壊し、襲い、また作られるもの」
レンカは作業台の上に置かれた小さな破片を手に取った。
黒ずんだ木片だった。
表面には、赤黒い魔力線の跡が走っている。
「普通の創作物とは違う。ビルドスキルで作られたものに似ているけど、魔力の質がおかしいの。作った人間の意思がほとんど感じられないのに、強い目的だけがある」
「目的?」
「この世界を埋め尽くすこと。そして、人間を排除すること」
クラウシュは黙った。
避難所の中から、子供の泣き声が聞こえる。
壁の向こうでは、まだ街が軋んでいる。
世界を埋め尽くす創作物。
人間を襲う兵器創作物。
創る力が尊ばれる世界を、創作物そのものが壊している。
「それらは、この衛星界のものではない」
レンカは続けた。
「創作世界から飛来したと考えられているわ」
「創作世界……」
クラウシュはその言葉を繰り返した。
胸の奥で、別の感情が揺れる。
創作世界。
小さな頃から何度も聞いた名前だ。
人間界から遠く離れた場所に見える、青い星。
夜空の中で最も大きく輝き、昼間でも空気が澄んだ日にはうっすらと見えることがある。
この小さな衛星界より遥かに広く、様々な創作物が存在する星。
伝説の建材。
意思を持つ工具。
生きた金属。
燃えない木。
形を記憶する石。
空に浮く布。
魔力を吸って育つ結晶。
そこから持ち帰った材料は、とんでもない価値を持つという。
多くの創作師が夢見る場所。
ゴッドハンドを目指す者なら、一度は行ってみたいと願う場所。
もちろん、クラウシュもそうだった。
「俺は……」
クラウシュは小さく呟いた。
「その材料で最高の創作物を作り、ゴッドハンドになるのが夢だった」
言ってから、自分で少し笑いそうになった。
最高の創作物を作る。
ビルドスキルボードすら出せない自分が、そんな夢を見ていた。
けれど、その夢は今も胸のどこかに残っている。
右手に白いボードがないことを知っても。
周囲に笑われても。
ブレイクスキルしか使えなくても。
完全には捨てられなかった夢。
レンカは何か言いたそうにクラウシュを見たが、何も言わなかった。
代わりに、地図の最北端をもう一度指差す。
「今もエンドルークスから日々、創作物は降り注いでいるわ」
「今も?」
「ええ。降ってくる量は日によって違う。でも、止まってはいない。だから北側の町ほど危険で、ほとんど連絡も取れない状態よ」
「ファーストウッドは?」
「まだ残っている方。ここは創作師が多いから、抵抗も補修も出来た。でも、長くはもたない」
レンカの声が少し低くなる。
「ビルドスキルがあれば何とかなる。みんな最初はそう思っていた。でも違った。作れば作るほど、憤造物に飲み込まれることがある。補強した壁が急に増殖したり、避難用の橋が人を閉じ込める檻になったりする」
「だから中で作る量を抑えてたのか」
「そう。今は必要最低限しか作れない。創る力が、必ずしも安全じゃなくなっている」
クラウシュは左手を見た。
漆黒のブレイクボードは、今は消えている。
だが、呼べばすぐに出る。
創る力が危険になっている世界で。
壊す力だけを持つ自分が、ファーストウッドに辿り着いた。
偶然だろうか。
いや、そんなことはどうでもいい。
大事なのは、行き先が決まったことだ。
「そうか。ありがとう」
クラウシュは立ち上がった。
レンカが目を見開く。
「ちょ、もしかして行く気?」
「ああ」
「どこへ?」
「エンドルークス」
避難所の空気が、一瞬だけ固まった。
近くで聞いていた大人が振り返る。
怪我人に包帯を巻いていた女性が手を止める。
子供を抱いていた老人が、信じられないものを見るような目を向けた。
レンカはすぐにクラウシュの前へ回り込んだ。
「危険よ!」
「分かってる」
「分かってない! エンドルークスは始まりの場所なのよ!? ファーストウッドでさえこの有様なのに、北へ行けばもっと酷いに決まってる!」
「だろうな」
「だろうな、じゃないわよ! さっき外の創作物を壊したからって、調子に乗って行ける場所じゃない!」
レンカの声には怒りがあった。
だが、その奥には心配もあった。
まだ会ったばかりだ。
それでも、彼女は本気で止めようとしてくれている。
クラウシュは少しだけ笑った。
「ありがとう」
「お礼を言われる場面じゃない!」
「でも、行く」
「どうして!」
レンカの問いに、クラウシュは一瞬黙った。
ビセのことを言うべきか迷った。
弟がいるかもしれない。
弟が原因かもしれない。
弟が世界を作り直そうとしているかもしれない。
どれもまだ、確かなことではない。
だが、胸の奥では分かっている。
あの手紙。
一年前の出発。
よい世界という言葉。
そして、北から始まった災厄。
全部が繋がっている。
「多分、そこに答えがあるんだ」
「答え?」
「ああ。俺が探してるやつの答えも、この世界がこうなった理由も」
レンカは唇を噛んだ。
「他の誰かに任せればいいじゃない」
「ほかの誰かなら危険だ」
クラウシュは左手を開いた。
漆黒のボードが現れる。
避難所の薄暗い光の中で、その黒は異様なほど深く見えた。
「だけど、俺はたぶん行ける」
「ブレイクスキルがあるから?」
「それしかないから」
クラウシュは笑った。
「俺は作れない。壁も作れないし、橋も作れないし、怪我人用のベッドも作れない。だけど、憤造物を壊すことは出来る。さっきも出来た」
「それは……」
「創る力が危ないなら、壊す力が役に立つかもしれない」
レンカは黙った。
何かを言おうとして、言えない。
そんな顔だった。
クラウシュは荷物をまとめた。
保存食はまだある。
水も補給してもらった。
ビセの工具箱は腰に括り付ける。
地図はレンカが写しをくれた。
「これ、北への道が書いてある。今はまともに通れるか分からないけど」
「助かる」
「……本当に行くのね」
「ああ」
「馬鹿ね」
「よく言われる」
「でしょうね」
レンカは深いため息をついた。
それから、作業台の上にあった小さな金具をクラウシュに投げた。
クラウシュは慌てて受け取る。
「何これ?」
「魔力信号具。強く握ると近くの避難所に信号が飛ぶ。助けが来る保証はないけど、ないよりマシよ」
「ありがとう」
「勘違いしないで。せっかく外の創作物を壊せる人間が出てきたのに、すぐ死なれたら困るだけ」
「分かった。困らせないようにする」
「そういう意味でもない!」
レンカは怒ったように言ったが、その表情は先ほどより少し柔らかかった。
クラウシュは避難所の出口へ向かう。
ミリアと両親が立っていた。
「お兄ちゃん、もう行くの?」
「ああ。ちょっと北まで」
「北は危ないって言ってたよ」
「大丈夫。危なかったら壊して進む」
ミリアは不安そうにクラウシュを見上げた。
クラウシュはしゃがみ、笑ってみせる。
「怖い扉がまた出たら、左手で壊してやるよ」
「……うん」
ミリアは小さく頷いた。
クラウシュは立ち上がり、避難所を出た。
外の空は相変わらず暗い。
ファーストウッドの街は、遠くで軋み続けている。
創作物が増え、絡まり、形を変え、街を飲み込もうとしている。
その向こう。
さらに北に、エンドルークスがある。
クラウシュは地図を広げた。
世界は、狭い。
人間界と呼ばれる場所は、このファーストウッドがある島と、俺たちが住んでいた島、そしていくつかの離島だけだ。
あとはすべて海。
星自体も小さいらしい。
子供の頃、村長がよく言っていた。
我々の世界は、大きな星に寄り添う小さな衛星のようなものだ、と。
そして、空を見上げれば分かる。
雲の隙間。
薄暗い空の向こう。
青い星が見えている。
創作世界。
小さな衛星界より遥かに広い、様々な創作物がいる星。
クラウシュは昔、何度もあの星を見上げた。
いつか行ってみたい。
いつかあの星の材料を手に入れたい。
いつか、その材料で最高の創作物を作りたい。
そして、ゴッドハンドになる。
そう思っていた。
今でも、ほんの少しだけ思っている。
たとえ右手に白いボードがなくても。
創る力がなくても。
夢だけは、まだ完全には消えていない。
「そんな夢を考える前に、まずはエンドルークスへ向かわないとな」
クラウシュは左手を握った。
遠くで、憤造物の咆哮のような軋みが響く。
その音は北から聞こえた。
ビセ。
お前はそこにいるのか。
お前の言った、よい世界はこれなのか。
分からない。
だから、行く。
クラウシュは崩れた道を踏みしめ、北へ向かって歩き出した。
創れない少年は、壊す力だけを手に。
世界を飲み込む怒りの中心へ向かう。