〜東方外来録〜   作:歩向タカ

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初めまして、歩向タカです。
この作品は東方Projectの二次創作です。
原作への敬意を持ちながら、独自設定やオリジナル展開を含みます。苦手な方はご注意ください。
また、本作は歩向タカ(ぽむたか)視点のみで物語が進行します。


第一異変 春雪異変 〜白玉楼〜
第一話「幻想郷に来た日」


第一話「幻想郷に来た日」

 

――――――――――――――――――――

 

【シーン1:森の中】

 

気がついたとき、あたりは暗かった。

 

目を開けても、景色に焦点はぼやけたままだった。何度かまばたきを繰り返して、ようやく頭上に木の枝が広がっているのが見えた。葉と葉が幾重にも重なって空をほとんど塞ぎ、その隙間をすり抜けてきた光も、地面に届く頃には力を失って、ぼんやりとした染みになっている。

 

湿った土の匂いがする。遠くで虫が鳴いている。風が吹くたび、頭上の枝がざわりと鳴った。その音の合間に、自分の呼吸だけがやけに大きく聞こえる。

 

歩向タカはゆっくりと身を起こし、周りを見回した。

 

「……ここ、どこ?」

 

見覚えがない。右を向いても左を向いても、知らない木と、知らない草と、その奥に続く暗がりばかり。どちらへ進めばいいのかはおろか、今が昼なのか夕方なのかすら判断がつかなかった。

 

頭に手を当てる。何かを思い出そうとするたび、記憶がするりと指の間を逃げていく。さっきまで自分がどこにいたのか。何をしていたのか。どうして、こんな場所に倒れていたのか。

 

「さっきまで……僕、どこにいたんだっけ」

 

掘り返しても、掘り返しても、何も出てこない。

 

「ダメだ。何も分からない……思い出せない」

 

――そのとき、右手の木の陰から声がした。

 

「そーなのかー」

 

「え?」

 

振り返ると、暗がりの中から、ふわりと少女が出てきた。

 

黒いワンピース。肩のあたりで切りそろえた金色の髪。瞳もぼんやりとした金色で、笑っているような、いないような、つかみどころのない顔をしている。そして――足が、地面についていなかった。踏むべき草を踏まないまま、宙にゆらゆらと浮いていた。

 

「んっ?女の子……?」

 

少女は、歩向タカをじっと見つめた。

 

「お前は、人間なのか〜?」

 

「たぶん……人間、だと思います」

 

「たぶんなのか〜?」

 

「僕にもよく分からなくて」

 

少女は小さく首をかしげた。

 

「耳と尻尾ある」

 

「え?」

 

「でも人間の匂いする〜美味しそうなのだ♪」

 

少女がゆっくりと近づいてくる。足音がしない。草の一本も揺れない。それがひどく不気味で、タカはじりっと後ずさった。

 

「お前、博麗の加護はないのか〜?」

 

「博麗の……加護?」

 

「ないのか〜?」

 

「何ですか、それ」

 

少女が、にっこりと笑った。口の端がゆっくり持ち上がる。子どもがおやつを見つけたときの、屈託のない笑顔――だからこそ、背筋が冷えた。

 

「じゃあ、食べていい人間なのだ!えへへへへ」

 

「……はい?」

 

「久々のご馳走だ!いただきまーす!」

 

「ちょっと待って!待って!待って!」

 

歩向タカは全力で走り出した。枝をかき分け、下草を蹴散らし、とにかく前へ。振り返ると、少女がふわふわと追いかけてきていた。足が地面についていないくせに、妙に速い。

 

「なんでいきなり食べる話になるんですか!」

 

「加護がない人間は、食べてもいいんだよ」

 

「そんな法律あるんですか!?」

 

「ある〜!だから、食べるの〜!」

 

「ここはなんなの!怖すぎます!」

 

木の根に爪先を引っかけ、体が大きく傾いだ。どうにか転倒だけは免れたものの、その一瞬で背後の気配がぐっと近くなる。首筋のあたりの産毛が、ぞわりと逆立った。

 

「まずい……!」

 

その瞬間――前方に、光の弾が落ちた。

 

少女の足元で土が激しく弾ける。タカはとっさに顔をかばい、地面を転がった。

 

「わっ!?」

 

「そこまでだぜ」

 

頭上から声がした。見上げると、暮れかけの薄い空を背に、箒にまたがった少女がゆっくりと降りてくるところだった。つばの広い黒帽子。白と黒のエプロンドレス。いかにも面倒くさそうな半眼で、地べたのタカを見下ろしている。

 

「……助かった……?」

 

「おっ!お前、外から来たのか?」

 

「分かりません!何が何だか……」

 

「分からないって何だよ」

 

「僕が聞きたいですよ」

 

黒白の少女――魔理沙は、金髪の少女へ目を向けた。

 

「こいつは私が連れてくが、文句あるか?ルーミア?」

 

「むー!久しぶりのご馳走だったのに〜」

 

「ないよな?あるなら私が相手だぜ」

 

少女はしばらく魔理沙を見上げていたが、やがてあっさりと肩をすくめた。

 

「今日はやめとくのだ〜」

 

言うなり、その姿が闇に溶けた。すっ、と。さっきまで少女がいた場所には、揺れる草の一本すら残っていない。

 

歩向タカは、その場にへたり込んだ。今さらのように、膝ががくがくと震え出す。

 

「……死ぬかと思った……」

 

「加護なしで森を歩くなんて、命知らずだな、お前」

 

「だから、加護って何なんですか!」

 

魔理沙は箒に寄りかかり、どう説明したものか、と視線を宙にやった。

 

「簡単に言うと、博麗の巫女に守られてる証みたいなもんだ。あれがあると、妖怪が本能的に手を出しにくくなる。博麗の巫女と喧嘩したくない奴が多いからな」

 

「じゃあ、ないと……」

 

「さっきみたいに普通に食われる。この森、夜になったらもっとやばいぜ」

 

タカは、暗くなりかけた木々の奥へ目をやった。枝の重なりの奥で、何かの目が光った気がした。気のせいかもしれない。気のせいであってほしかった。

 

「霊夢さんってところに行けば、もらえるんですか?」

 

「博麗神社の巫女だ。あいつに認めてもらわないといけない。今すぐ行かないと、お前、明日まで生きてないからな」

 

「そんなにここ、やばいんですか?」

 

「人を食べる妖怪が多いからな」

 

タカはしばらく黙った。それから、地面に手をついて立ち上がり、深く頭を下げた。

 

「……お願いします……連れて行ってください」

 

「大丈夫!最初からそのつもりだぜ」

 

魔理沙は箒を軽く傾けて、にっと笑った。

 

――――――――――――――――――――

 

【シーン2:博麗神社】

 

博麗神社は、山のふちに建っていた。

 

長い石段を上りきると、ふいに視界が開ける。こぢんまりとした境内に、年季の入った木造の社。石畳のところどころに苔が生えているのに、掃き清められた跡がきちんと残っていて、荒れた印象はない。木々に囲まれ、人里からは遠い。それなのに、ここだけ空気の質が違った。張り詰めていた肩の力が、勝手に抜けていく。

 

縁側に、巫女が一人、座って茶を飲んでいた。

 

「はあ……あんた、また面倒なの連れてきたわね」

 

湯呑みを持ったまま、視線だけをこちらへ寄越す。立ち上がる気配は、まるでない。

 

「森でルーミアに食われかけてたからな」

 

「人喰い妖怪って怖かったです……」

 

「そんな事どうでも良いわ、加護は?」

 

「ないです。というか、何も知りません」

 

巫女――霊夢は、ようやく湯呑みを膝に置き、タカをじっと見た。夕日を受けた巫女服の赤と白が、目に染みる。

 

「外来人……ね。でも、普通の人間じゃない…わね」

 

「え?」

 

霊夢の視線が、タカの頭のてっぺんと、腰の後ろへ順に動いた。

 

「だって、その耳と尻尾、人間にはないもの」

 

「……え?」

 

タカは慌てて頭へ手を伸ばした。

 

指先に触れたのは――柔らかな、獣の耳だった。

 

「えっ!?うそっ!」

 

今度は背中へ手を回す。腰の後ろで、ふわふわとした尻尾が一本、確かに揺れていた。

 

「なんで!?僕、こんなの……!」

 

「半妖?でも、それとも違うわ。なんだか中途半端ね」

 

「僕も、自分のことよく分かってないんです、何も覚えてなくて……」

 

「あなた、名前は?」

 

「歩向タカです」

 

「変な名前だな」と魔理沙。

 

「よく言われます」

 

霊夢は湯呑みを縁側に置いて立ち上がり、袖をさっと払った。

 

「仕方ないから、加護だけ付けとくわ」

 

「あの、加護って具体的に何なんですか?魔理沙さんから少し聞いたんですけど」

 

霊夢はあからさまに面倒くさそうな顔をした。が、それでも、ちゃんと答えてくれた。

 

「博麗大結界ってのがこの幻想郷を維持してるんだけど、外から来た人間は、その結界に馴染んでない。だから妖怪にとっては、何の後ろ盾もない獲物に見えるの」

 

「さっきのルーミアみたいに」

 

「そう。加護ってのは、私がここで保護するって認めた証。それがあると大結界と共鳴して、周りの妖怪に『博麗の巫女の保護下にある』って伝わる」

 

「それで、手を出しにくくなる、と」

 

「ここでは、霊夢と揉めたくない妖怪が多いからな」と魔理沙が補足する。

 

「ただし」と霊夢は続けた。「無敵になるわけじゃないから。異変の最中とか、本気で敵意を持った相手には普通に効かない。それに、ここを離れて神社との縁が切れたら、加護も消える」

 

「つまり、霊夢さんの保護下にいる限り、ということですか……」

 

「そういうこと。あっ、それと」

 

霊夢が、タカを正面から見据えた。

 

「私が取り消したときも消える。そこは忘れないでね」

 

「……はい」

 

なんとなく、この人には逆らわない方がいい。直感だったけれど、たぶん一生ものの、正しい直感だった。

 

「勝手に食べたら私が怒る、ってだけだけど」

 

「それは助かります」

 

「実際、霊夢と喧嘩したくない奴は多いからな」

 

霊夢は懐から御札を取り出し、タカの前に立った。間近で見ると、目つきが鋭い。

 

「タカ、動かないで」

 

「は…はい!」

 

御札がかざされる。淡い光が、ふわりとタカの全身を包んだ。

 

温かい。冬の日向に立ったときの、あのじんわりとした温もりが、皮膚を通り越して体の芯まで染みていく。同時に、森の中でずっと張り付いていた「見られている」という感覚が、すっと剥がれ落ちた。

 

「……とても温かいです」

 

「大結界と繋がった感触よ。これで一応、幻想郷の住人として認識されるから」

 

「ありがとうございます!これで……」

 

「ただ、繰り返すけど、安全になったわけじゃないからね!」

 

「悪い妖怪は普通に喧嘩を売ってくるからな」と魔理沙が苦笑する。

 

「むぅ、早く帰りたいです……」

 

「タカ?帰る場所あるの?」

 

少しの間があった。

 

「……どこにも、ないです」

 

「じゃあ、しばらくここにいなさいよ」

 

「いいんですか?」

 

「炊事と掃除と洗濯、全部やってくれるならね」

 

「住み込みの雑用じゃないですか」

 

「嫌なら、森に戻りたい?」

 

「やります!やらせて下さい!」

 

「ナイス判断だぜ」と魔理沙が笑う。

 

「あと、ここで暮らすなら自分のお金くらいは稼ぎなさい。強くなったら、妖怪退治でもすればいいわ」

 

「僕にできますか?」

 

「今はどう考えても無理よ」

 

「即答ですね」

 

「でも、」

 

霊夢がもう一度、タカを見た。さっきまでとは目つきが違う。値踏みするような、それでいて奥まで見透かすような視線だった。

 

「強くなるわよ、この子」

 

「本当か?」と魔理沙。

 

「私の勘よ」

 

「霊夢の勘か。お前の勘はよく当たるからな」

 

「あの〜……僕、さっき食べられかけたんですけど……」

 

「だって、今は弱いもの」

 

「やっぱり弱いんですね……」

 

「でも、変な力持ってるわね」

 

「なんですか?変な力?」

 

「まあ、今はまだいいわ」

 

「気になる言い方しないでくださいよ」

 

「知りたければ、強くなることね」

 

「まあ、頑張れ!タカ!」と魔理沙。

 

「いきなりですか」

 

「この幻想郷で生きるなら当然のことよ、死にたくないならね」

 

タカは、あらためて境内を見回した。古い社。苔の生えた石畳。境内の端まで迫る木々の影。日はもうだいぶ傾いて、あたりの色が少しずつ夜へ寄っていく。

 

知らない場所に、知らないルールがある。自分が何者なのかも分からないまま。どうしてこうなったのかも分からないまま。それでも――今さら、逃げ場なんてどこにもない。

 

タカは息を吸って、顔を上げた。

 

「分かりました。僕、強くなります」

 

霊夢の口の端が、ほんの少しだけ持ち上がった。

 

「なら、まず掃除からね」

 

「修行じゃないんですか!?」

 

「霊夢は厳しいな」と魔理沙が肩をすくめる。

 

「当たり前よ、居候は働くものよ」

 

「はい……」

 

風が境内を吹き抜けて、軒先の鈴が、ちりんと鳴った。

 

こうして、歩向タカの幻想郷での生活が始まった。

 

 




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