〜東方外来録〜   作:歩向タカ

11 / 22
第十一話「吸血鬼」

## 【シーン1:格の違い】

 

一瞬だった。

 

レミリアの姿が消えたと思った次の瞬間、腹に何かが直撃した。体が宙に浮いて、視界が回って、壁に叩きつけられた。

 

「がっ……!」

 

息が出ない。肺が潰れたみたいに痛い。壁から崩れ落ちて、床に手をついた。頭の中が真っ白だった。

 

レミリアはさっきと同じ場所に立っていた。動いた気配すらなかったのに。

 

「今のは早く動いたつもりないのだけれど、見えなかった?」

 

「……速い……見えなかった」

 

答えながら、震える腕で木刀を握り直した。足が言うことを聞かない。体中が痛い。でも立つしかない。

 

「良い子ね」とレミリアが笑った。楽しそうに、心底面白そうに。「帰れないから戦うのかしら?」

 

「……他に、選択肢がないので」

 

「食事が抵抗するなんて、困ったものね」

 

レミリアがまた動いた。今度はほんの少しだけ見えた。軌道が分かった。防御に全部を回す。腕で受ける。

 

衝撃が骨に響いた。骨が軋む音がした。それでも吹き飛ばなかった。

 

「なかなか耐えるわね」

 

レミリアの声に少し色が変わった。面白さが増した声だ。タカはすぐに切り替えた。防御から攻撃へ。木刀を振る。でもレミリアは軽く体を傾けてかわした。まるでそよ風を避けるみたいに。

 

「器用な子ね。あなた本当に人間なのかしら?」

 

「よく分かってないんですけど、一応は人間ですね」

 

「『わからない』、ね」レミリアが少し考えるような顔をした。「面白いわ。もっともっと遊んであげる」

 

それからは一方的だった。

 

防御しても吹き飛ばされる。攻撃は届かない。距離を取っても追いつかれる。立つたびに、傷が増えた。血が床に落ちた。

 

それでも立った。

 

倒れるたびに立った。手が震えても、視界がぼやけても、足が笑っていても、立った。

 

「本当にしぶといわね」とレミリアが言った。もう笑っていない。真剣に、何かを見極めようとしている目だった。

 

タカは答えなかった。返事をする余裕がなかった。ただ、次の一撃に備えて構えを作るだけで精一杯だった。

 

---

 

## 【シーン2:妹】

 

大広間の扉が開いた。

 

小さな足音が響いた。金色の髪。色とりどりの羽。ひらひらした服。見た目は幼い少女だけど、その瞬間に大広間の空気ごと変わった。

 

「お姉様?」

 

「フラン」とレミリアが少し表情を変えた。先ほどまでとは違う顔だった。「どうしてここに来たの」

 

フランドールと呼ばれた少女は、レミリアには答えずにタカを見た。しばらく無言で眺めてから、レミリアへ視線を移した。

 

「お姉様だけ楽しそう、ずるい」

 

「……」

 

「私はずっと下にいたのに。外で何かやってるって気配はしてたのに、私は呼ばれなかった。ずっと一人だった」フランドールの声に、感情が滲んでいた。怒りとも悲しみとも違う、もっと根っこにある何かが滲み出している。「ずるいじゃない、お姉様!」

 

「フラン、あなたは——」

 

「私も遊びたい!遊びたい!遊びたい!……壊したい……」

 

その言葉と同時に、空気が重くなった。

 

タカの背筋が凍った。理屈じゃない。本能が告げていた。この子は、レミリアとは違う怖さがある。レミリアは強くて速い。でもフランドールは、何か別のものを持っている。

 

フランドールがレミリアへ手を伸ばした。その細い指先が、レミリアに向いた瞬間、タカの体が動いていた。

 

考えていなかった。

 

ただ飛び出して、レミリアの体を横に突き飛ばした。

 

次の瞬間、右腕に激痛が走った。

 

バキッ。バリバリッ。

 

自分の体から鳴ったとは思えない音がした。視界が白くなった。声も出なかった。そのまま床に崩れ落ちた。

 

「あれ?」とフランドールが言った。不思議そうな声だった。「お姉様に当てようとしたのに、外れちゃった」

 

タカは右腕を押さえようとした。でも指が動かない。動かそうとするたびに、頭の奥まで痛みが突き抜ける。床に倒れたまま、それでも体を起こそうとした。

 

レミリアが床から立ち上がった。タカを見た。その目に、初めて別の感情が混じった。

 

「えっ……?あなた、私をかばったの?」

 

答えられなかった。

 

「ねえ」とフランドールが近寄ってきた。目が輝いている。「それ、今度は私が遊んでいい? ね、お姉様」

 

「……好きにしなさい」

 

レミリアが静かに言った。

 

---

 

## 【シーン3:おもちゃ】

 

右腕が使えない。

 

それだけで、戦いの形がまるで変わった。木刀を持てる腕が一本になって、防御に回せる力が半分になって、動きの幅が一気に狭くなった。

 

フランドールが飛んでくる。受ける。飛ばされる。床を転がる。立つ。

 

レミリアが追ってくる。避ける。間に合わない。壁にぶつかる。立つ。

 

また飛んでくる。また受ける。また飛ばされる。

 

血が床に落ちていた。自分の血だと認識するのが少し遅れた。

 

「このおもちゃ、なかなか壊れないねぇ」とフランドールが言った。純粋に不思議そうな声だった。「なんで壊れないの?」

 

「壊れないんじゃないです」とタカは言った。声がかすれていた。「ただ、約束を守ってるだけです」

 

「でも壊れかけじゃない。動きも鈍いし」

 

「……約束したんです、生きて帰らないとダメなんです」

 

「変なの」

 

「……」

 

フランドールが首を傾けた。それからまた攻撃してきた。

 

守る。弾く。少しでも押し返す。また守る。体が自動的に切り替えている。意識して動かしているわけじゃない。でも意識を切ったら終わる、という感覚だけはある。

 

視界が揺れ始めた。足元がぼやける。それでも構えを作り続けた。

 

「強くはないのよね」とレミリアが離れたところから言った。「でも、折れない」

 

「お姉様、私が弱いって言いたいの!」とフランドールが少し拗ねたような声で言った。

 

「あなたには分からないわ、フラン」

 

「どういう意味なの?お姉様」

 

「あなたは何でも壊せるから、わからないだけよ」

 

フランドールはしばらく黙った。それからタカを見た。

 

「ねえねえ、人間さん」

 

「……なんですか?」

 

「なんで壊れないの?」

 

タカは答えようとした。でも言葉が出てくる前に膝が落ちた。

 

---

 

## 【シーン4:吸血】

 

床についた手が震えていた。立とうとしても足に力が入らない。木刀が手から落ちた。拾おうとして、右腕が動かないことを思い出した。

 

レミリアがゆっくり近づいてきた。急がない。もう逃げられないと分かっているから。

 

「もう……終わりね」

 

タカは何も言えなかった。声が出なかった。

 

レミリアがタカの襟をつかんで、軽々と持ち上げた。吸血鬼の怪力だった。タカの足が床から離れた。それだけで、もう自力では何もできない。

 

レミリアの顔が近づいた。紅い瞳がまっすぐ見つめている。

 

「……抵抗しないの?」

 

「…………したいですけど」

 

「……いただくわね」

 

「……」

 

レミリアが少し笑った。それから、静かにタカの首筋へ牙を近づけた。

 

冷たかった。

 

血が抜けていく感覚は、思っていたものと違った。痛くはなかった。ただ、体から何かが静かに流れ出していく。力が抜けていく。目が重くなる。

 

フランドールが横に来た。

 

「私も〜 」

 

もう抵抗する手段がなかった。声を上げることすらできなかった。意識の端だけが、薄く残っていた。

 

霊夢さんたちが来るまで、持ちこたえれば良かった。でも、もう持ちこたえられない。

 

ただそれだけが、薄れていく意識の中にあった。

 

---

 

## 【シーン5:結界破壊】

 

その瞬間、紅魔館全体が揺れた。

 

ドォォォン!!

 

地鳴りのような衝撃が館の底から来て、大広間の壁がまるごと吹き飛んだ。石と砂埃が舞い上がる。外の光が入ってきた。赤い霧が吹き込んでくる。

 

「!」とレミリアがタカを放してとっさに後ろへ下がった。

 

「なになに?」とフランドールが目を細めた。

 

崩れた壁の向こうから三人が飛び込んできた。

 

霊夢が前に出た。お祓い棒を構えていた。目が座っている。

 

「その子を離しなさい」

 

霊夢の札がレミリアへ向かって飛んだ。レミリアはそれをかわしながら後ろへ下がった。

 

「金色のおもちゃは私が!」と魔理沙が横に出た。八卦炉をフランドールへ向けて、魔法弾を連射する。フランドールが眉を上げた。楽しそうな顔だった。

 

妖夢は二人とは別の方向に走っていた。一直線に、床に落ちていくタカへ向かって。

 

「タカさん!」

 

間に合った。タカの体が床に叩きつけられる寸前に、妖夢が抱き止めた。

 

返事がなかった。目は開いている。でも焦点が合っていない。顔が青い。血が服に滲んでいた。右腕が、明らかにおかしい角度になっていた。

 

「……っ!」

 

妖夢の手が震えた。声が出なかった。

 

「おい、妖夢!」と魔理沙がちらりと向けた視線が、タカの状態を見て止まった。「……お前!」

 

霊夢もレミリアから目を離さないまま、一瞬だけ表情が固まった。

 

レミリアは砕けた壁の前に立って、静かに三人を見渡した。砂埃が収まっていく。赤い霧が広間に漂っている。

 

「邪魔が入ったわね。でも丁度良かったかもしれないわ。こっちの方が楽しそうだから」

 

「楽しそう楽しそう!」とフランドールが魔理沙の前で声を上げた。「お姉様、こっちも遊んでいい?」

 

「好きにしなさい」

 

妖夢はタカを抱えたまま、歯を食いしばった。タカの体が重い。こんなに重く感じたのは初めてだった。血の匂いがする。

 

霊夢がお祓い棒を構え直した。

 

「話は後で聞くわ。まず、それなりに痛い思いをしてもらうから」

 

レミリアが口の端を上げた。

 

「あなたは人間じゃないのかしら?暑い夜になりそうね」

 

「あんたを退治したら、少しは涼しくなるんじゃない?」

 

戦いは終わっていなかった。むしろここからが、本番だった。




読んで頂きありがとうございます
感想や評価などいただけたら嬉しいです
誤字、脱字などの報告があると助かります
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。