## 【シーン1:決断】
妖夢がタカを抱き止めた瞬間、その重さで状態の深刻さが分かった。
力が抜けきっている。右腕が明らかにおかしい角度になっている。服が血で赤黒く染まっていて、首筋に牙の跡がある。目は開いているのに、何も見ていない。
「タカさん……!」
返事がなかった。名前を呼んでも、指一本動かない。
霊夢がひと目見て、すぐに口を開いた。
「妖夢、早く永遠亭へ連れて行きなさい!」
「でも、霊夢さんたちは——」
「急いで!ここは私と魔理沙でやる」
霊夢の声に迷いがなかった。それがかえって妖夢の胸を締め付けた。
「……本当に、ここは任せていいんですか」
「任せろ!」と魔理沙が八卦炉を構えながら言った。「今回ばかりは本当にやばい状態だ!早く行け!」
妖夢は唇を噛んだ。レミリアを、フランドールを、この場を放っていくことへの葛藤があった。でもタカの体温が腕から伝わってくる。弱い。人の体温じゃないくらい、弱い。
「……絶対に死なせません」
霊夢が小さく頷いた。
「絶対に死なせるんじゃないわよ!」
妖夢はタカを抱き直して、崩れた壁から飛び出した。
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## 【シーン2:永遠亭へ】
夜の竹林を、妖夢は全力で飛んでいた。
竹が左右に流れていく。月明かりが竹の隙間から差し込んで、地面に細い光の筋を作っている。普段なら迷う竹林も、今は目に入っていなかった。ただまっすぐに、永遠亭の方向へ飛び続けた。
腕の中のタカが、軽かった。
あまりにも軽すぎた。人一人の重さじゃない。血を失うと、人はこんなに軽くなるのか――妖夢はぼんやりと思った。
「大丈夫です。絶対に死なせません」
返事はない。でも声をかけずにはいられなかった。
「もう少しで着きます。生きるのを諦めないでください」
呼吸はある。確認するたびにそれだけが分かった。でも浅い。竹林を抜けながら何度も確認した。呼吸がある。まだある。
「もう少し……もう少しですから、タカさん」
竹林が開けた。永遠亭の灯りが見えた。
妖夢は庭に飛び込んだ。
「助けてください!」
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## 【シーン3:紅魔館】
妖夢が飛び出した後、大広間には四人が残った。
崩れた壁から夜風が入ってくる。赤い霧が漂っている。床には血の跡が残っていた。タカが倒れていた場所に、小さな染みが広がっている。
霊夢はそれを一瞬見てから、レミリアへ向き直った。
レミリアは砕けた壁の前に立って、霊夢と魔理沙を見ていた。先ほどまでの楽しそうな顔から、少しだけ温度が落ちた表情になっている。
「随分と怒っているのね、霊夢?だっけ?」
「許すわけないじゃない……」と霊夢は静かに言った。「あの状態にしておいて……大切な私の仲間をね!」
「人間も肉を食べる為に動物を殺すでしょ。それと同じことよ」
「あんたをぶっ飛ばしてあげるわ!」
レミリアはしばらく霊夢を見ていた。それから小さく笑って、スカートの端を摘まんで優雅に礼をした。戦場でやることではないけれど、この少女には似合っていた。
「改めて名乗りましょう。私は吸血鬼のレミリア・スカーレット。この紅魔館の主で、今回の異変の主犯でもあるわ」
「吸血鬼かよ。そりゃ厄介なわけだぜ」と魔理沙が言った。
「隠す理由もないもの。それより——」レミリアの紅い瞳が霊夢を見た。「巫女と白黒の魔法使いが二人で私に勝てるのかしら。面白いじゃない」
「あんたが面白いかどうかはこっちが決めるわ」
フランドールが前に出た。
「フランドール・スカーレット。お姉様の妹だよ」それだけ言って、霊夢たちを見渡した。「何して遊ぶ?」
「遊びに来たわけじゃないわ」と霊夢が言った。
「じゃあ何しに来たの?紅白と白黒は?」
「異変を終わらせに来た。そしてあんた達をぶっ飛ばしに来たのよ!」
「つまらない〜遊びたい!遊びたい!」とフランドールが口を尖らせた。
「フラン」とレミリアが静かに言った。「せっかくの食料よ。行儀良くしなさい」
「食料として扱われたくないわね」と霊夢がお祓い棒を構えた。「話はここまで。異変は終わりよ、レミリア・スカーレット!」
「それはどうかしら、あなた達も美味しそうよ」
レミリアの翼が広がった。窓の外の赤い霧が揺れた。
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## 【シーン4:紅魔館の主】
霊夢が札を放った。
レミリアは空中へ跳んで、天井に近いところまで一瞬で移動した。ただそれだけのことなのに、動いた瞬間が見えなかった。
「本当にすばしっこいな!」と魔理沙が言いながら八卦炉を向ける。
「褒め言葉として受け取っておくわ」とレミリアが上から言った。
霊夢が結界を展開する。空間ごと押さえ込む形の結界だ。レミリアがそこに突っ込んできた。結界が軋む。普通の妖怪なら通れない。でもレミリアは力ずくで突破してきた。
「っ」と霊夢が体制を立て直した瞬間、
「霊夢!」と魔理沙が叫んで八卦炉を向けた。
「フルパワーでいくぜ!恋符マスタースパーク!!」
白い光が大広間を塗りつぶした。轟音。レミリアが後ろへ大きく飛び退く。煙が広がる。
「なるほど」とレミリアが煙の中から言った。「威力は凄いわ」
「弾幕こそパワーだぜ」
レミリアが笑った。今度は先ほどまでと少し違う笑み方だった。本気を出す相手に対する笑みだ。
その時、床が砕けた。
「私も!遊ぶの!」
フランドールが飛び出してきた。狙いが読めない。何をするつもりなのか分からない。それが一番厄介だった。
「おいおい、二人同時かよ!」と魔理沙が後ろへ跳んだ。
「思っていた以上に厄介ね」と霊夢が距離を取りながら言った。
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## 【シーン5:姉妹】
戦いの最中、フランドールが急に動きを止めた。
「……お姉様ばっかり!ズルい!ズルい!ズルい!」
「遊びじゃないわ」とレミリアが霊夢と向き合いながら答えた。
「お姉様、そのおもちゃたちと遊んでる!」とフランドールが言った。「私はずっと地下にいたのに。外で何かやってるのは気配で分かってた。でも私は呼ばれなかった。霧も出してなかったし、人間も来なかった。ずっと一人だった」
「フラン……」
「ズルいよ!お姉様ばっかり!」
霊夢と魔理沙は距離を取ったまま、二人のやり取りを見ていた。割り込む気にはなれなかった。
レミリアがため息をついた。戦闘中にため息をつける余裕があるのが、この少女の恐ろしいところだ。
「後でいくらでも遊ばせてあげる。今は大人しくしてて」
「本当、お姉様?」
「本当よ。だから今は下がっていなさい」
フランドールはしばらくレミリアを見ていた。それから、少し機嫌を直した顔で後ろへ下がった。
「姉妹喧嘩しながら戦うなよ……」と魔理沙が呆れたように言った。
「助かるから、そのまま揉めててくれない?」と霊夢が構えを作り直した。
レミリアが正面に向き直る。
「邪魔が入って悪かったわ。さあ、殺し合いの続きをしましょう」
「私はあんたをぶっ飛ばすだけよ」
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## 【シーン6:決着】
長い戦いだった。
レミリアは速くて強かった。フランドールは読めなくて危険だった。でも霊夢と魔理沙は、幻想郷でこれまで何度も異変を解決してきた。修羅場の数が違う。
霊夢の札が四方を塞ぐ。魔理沙が正面から光を叩き込む。レミリアがそれを弾いた瞬間、霊夢が動いた。
「今よ!魔理沙!」
「おう!恋符マスタースパーク!」
マスタースパークが広間を埋めた。同時に霊夢の結界札がレミリアを包囲する。逃げ場がない。轟音が続いて、紅魔館全体が揺れた。
煙が晴れていく。
レミリアは立っていた。服が傷ついていた。翼の端が焦げていた。それでも立っていた。でも、もう余裕の笑みではなかった。
「……私も、まだまだね……負けたわ」とレミリアが静かに言った。
「負けを認めるのね」と霊夢が言った。聞き返したわけではなく、確認だった。
「ええ。今日のところはね」レミリアは崩れた壁越しに窓の外を見た。「霧を消すわ。それでいいでしょう」
「あんたが条件を言える立場じゃないけど、まあそれで十分よ」
レミリアが手を一度だけ動かした。
窓の外の赤い霧が、ゆっくりと薄くなっていく。濃い赤から、橙から、透明へ。少しずつ、夜の空が戻ってくる。
「えー、もう終わり〜」とフランドールが不満そうな声を上げた。「まだ遊べたのに」
「フラン、また今度よ」
「本当に今度やる、お姉様?」
「やるわ。嘘はつかないわ、約束する」
フランドールは少しだけ考えてから、小さく頷いた。霊夢と魔理沙はそのやり取りを黙って見ていた。
異変は終わった。
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## 【シーン7:永遠亭】
夜の永遠亭の廊下は静かだった。
月明かりが障子を透かして、廊下の板の上に薄い光を落としている。どこかで虫が鳴いている。でも妖夢にはその音も遠かった。
扉の前に立ったまま、動けなかった。
手のひらに乾いた血が付いていた。タカを抱えて飛んでいる間についた血だ。拭いていなかった。拭く余裕もなかった。
扉の向こうから声が聞こえていた。
「出血量が多すぎるわ!急いで!」と永琳の声。
「はい!」と鈴仙の声。
「右腕は後で処置する!まず止血を——」
それ以上は聞き取れなかった。
妖夢はゆっくりと壁にもたれた。力が抜けた。体が震えていた。いつから震えていたのか、自分でも分からなかった。
「ごめんなさい……本当、ごめんなさい……」
声が出たのか出なかったのか、よく分からなかった。「もっと早く……もっと早く着いてれば……」
霊夢さんが送り出してくれた。魔理沙さんも行けと言ってくれた。それは分かっている。でも。
自分がもっと早く動いていれば。紅魔館に踏み込んでいれば。タカが一人でいた時間を、もっと短くできたかもしれない。
廊下は静かだった。扉の向こうの声だけが続いていた。
月明かりが廊下に伸びている。妖夢はその光の中で、ただ扉を見つめていた。中から声が聞こえる限り、永琳たちが戦っている限り、自分にできることは待つことだけだった。
それが、今夜一番辛いことだった。