## 【シーン1:永遠亭へ】
竹林を、妖夢は全速力で飛んでいた。
竹が左右に流れていく。月明かりが竹の隙間から差し込んで、地面に細い光の筋を作っている。でもそんなものは目に入らなかった。ただまっすぐに、永遠亭へ向かって飛び続けた。
腕の中のタカが、軽かった。軽すぎた。人一人の重さじゃない。
「死なせません……絶対に死なせませんから……!」
自分に言い聞かせるように声が出た。返事はない。飛びながら呼吸を確認する。ある。まだある。でも浅い。浅すぎる。
「もう少しです。もう少しで永遠亭です」
竹林の奥に、屋敷の灯りが見えた。妖夢は速度を落とさなかった。そのまま庭に飛び込んで、着地と同時に叫んだ。
「誰か……! 助けてください!」
縁側の障子がすぐに開いた。鈴仙が出てきた。妖夢の腕の中を見た瞬間、顔色が変わった。
「妖夢さん、何が——」
「タカさんの血が止まらなくて、右腕も…首筋に傷があって……!」
「とにかく中へ!」と永琳の声がした。鈴仙の後ろから現れていた。一目見ただけで、永琳の表情が変わった。「鈴仙、早く!急ぎなさい!」
妖夢はタカを抱えたまま永遠亭の奥へ走った。
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## 【シーン2:処置室】
処置室の扉が閉まった。
廊下に一人残された妖夢は、そこから動けなかった。
手のひらにタカの血が付いていた。乾きかけていた。それを見ていたら、手が震え始めた。
扉の向こうから永琳の声が聞こえていた。
「鈴仙、輸血の準備。出血量が多すぎるわ!止血を先に!」
「はい!」
「右腕は後でいいわ!今は命を助けることを優先にして!」
命が先。その言葉が廊下に落ちて、妖夢の胸の中に沈んでいった。
ここへ来る前、霊夢に言われた言葉がある。死なせるんじゃないわよ。あの言葉の重さが、今になって全部のしかかってくる。
「ごめんなさい……本当にごめんなさい……」
誰にも聞こえない声だった。廊下の壁に向かって、ただ落ちた声だった。
「もっと早く……もっと早く来ていれば……」
震えが止まらなかった。
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## 【シーン3:紅魔館の決着後】
紅魔館の大広間では、赤い霧が少しずつ薄れていた。
崩れた壁から夜風が入ってくる。床には戦闘の跡が残っていた。タカが倒れていた場所に、血の染みが広がっている。霊夢はそれを一瞬見てから、目を逸らした。
レミリアは傷ついた服のまま、大広間の中央に立っていた。
「……私は、間違いを犯したのね」とレミリアが静かに言った。
「あんたは許されない事をした」と霊夢が答えた。声に力が入っていた。怒りが抜けきっていない声だった。
「私達の大切な仲間を」と魔理沙が八卦炉を下げながら言った。「あんな状態にしておいて、許されると思うのかよ」
「フランドール、もっと遊べたのに」とフランドールが不満そうに言った。
「お前、ぶっ飛ばすぞ!」と魔理沙はいつもよりきつい口調で言った。
フランドールは少し考えるように黙った。
霊夢はレミリアを見た。
「一つ聞くわ。あの子は、なんであそこまで壊れていたの。吸血だけであんな状態にはならないわ」
レミリアはすぐには答えなかった。少し間を置いてから、静かに口を開いた。
「……フランが、私を壊そうとしたの」
「……は?姉妹なんだろ?そんなわけないだろ」と魔理沙が眉をひそめた。
「フランの力は、何でも壊す程度の力。私でも例外じゃない。それをあの人間が見て、飛び出してきた。私を突き飛ばして、代わりに右腕を潰されたの」
霊夢と魔理沙が黙った。大広間に静けさが落ちた。
「お姉様を壊そうとしたら、あの人間が邪魔したの」とフランドールが不思議そうに言った。悪意はない。ただ事実を言っている。「だから壊しちゃった」
「……あいつ」と魔理沙が低く言った。
「本当に馬鹿ね……でも、あいつらしいわ」と霊夢が言った。怒りでも呆れでもなかった。もっと重い声だった。
「理由は分からないわ」とレミリアが続けた。「最初は食料としてしか見てなかったけど、迷いが生まれたわ……」
霊夢は何も言わなかった。ただ、永遠亭の方角を向いた。
「もういいわ。行くわよ、魔理沙」
「ああ。あいつのこと、心配だしな」と魔理沙がすぐに動いた。
「私も行かせてもらってもいいかしら?」とレミリアが言った。
霊夢は一瞬だけレミリアを見た。何も言わずに歩き出した。
「私も行きたい」とフランドールが続いた。
「勝手にしなさい」とレミリアが言った。
誰も止めなかった。
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## 【シーン4:永遠亭の廊下】
永遠亭の廊下に、月明かりが伸びていた。
虫の声が聞こえている。障子越しの光が板の上に薄い影を作っている。静かな夜だった。でも妖夢にはその静けさが、やけに遠かった。
処置室の扉の前で、妖夢は立ったまま動けなかった。座ろうとしたけど、座ったら崩れてしまいそうだった。
扉の向こうから声が聞こえている。
「出血がまだ止まりきっていない……」と永琳の声。
「圧迫を続けます!」と鈴仙の声。
「それでいいわ。血圧を確認して」
妖夢は扉を見つめたまま、壁にもたれた。手のひらの血が乾いていた。
廊下の奥から足音が聞こえてきた。霊夢と魔理沙が来た。その後ろにレミリアとフランドールがついてきていた。
霊夢は妖夢の顔を一目見てから、扉を見た。
「タカは?」
「……まだ処置中です」と妖夢が言った。声がかすれていた。「永琳先生が……」
魔理沙が壁にもたれて、腕を組んだ。「くそ……」という小さい声が廊下に落ちた。
レミリアは扉の前まで来て、そこで止まった。何かを言おうとして、止まった。フランドールもレミリアの隣に来て、今度は騒がなかった。
廊下に静けさが落ちた。処置室の声だけが続いている。
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## 【シーン5:永琳の説明】
どれくらい経ったか分からなかった。
処置室の扉が開いた。
永琳が出てきた。全員が一斉に顔を上げた。
「ふぅ……命は助かったわ」
妖夢の膝から力が抜けた。壁に手をついて、なんとか立っていた。
魔理沙が大きく息を吐いた。霊夢は目を閉じた。
でも永琳の顔は緩まなかった。
「ただし、あと少し遅かったら間に合わなかった。失血死してたわ。本当に、紙一重だった」
廊下が静まり返った。
「右腕は粉砕骨折。肋骨も数本折れている。内出血もあった。それに大量出血」永琳はレミリアへ視線を向けた。「吸血による血液不足も重なって、体への負担が大きすぎた」
レミリアは何も言わなかった。
「今は眠らせているわ。目を覚ますのは、まだ先になる。無理に起こそうとしないこと、休ませてあげなさい」
永琳はそれだけ言って、また処置室へ戻っていった。
廊下にまた静けさが落ちた。
妖夢は壁に手をついたまま、下を向いた。涙が床に落ちた。
「ごめんなさい……本当にごめんなさい……」
「妖夢のせいじゃないから」と魔理沙が言った。声が低かった。
「でも私は……もっと早く来られたかもしれない!タカさんが一人でいた時間を、もっと短くできたかもしれない!」
「責め合う時じゃないわ……良いじゃない。助かったんだから」と霊夢が言った。静かな声だった。でもいつもより低い。それ以上の言葉はなかった。でもそれで十分だった。
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## 【シーン6:レミリアの謝罪】
しばらくして、レミリアが一歩前へ出た。
「許してもらおうとは思わないわ」とレミリアが言った。「……あの時は、助けてもらったのに」
誰も返事をしなかった。
「私は死なせるつもりはなかった。遊びのつもりだった。けれど、それで済む話ではなかった」
「だから何だよ!お前のやった事はこれだ!」と魔理沙が言った。怒りをこらえている声だった。
「……結果は同じね」とレミリアが言った。魔理沙から目を逸らさなかった。「あの人間が死にかけた事実は変わらない。私に責任があるわ」
フランドールが小さく呟いた。「私も、なの?」
「ええ」とレミリアが静かに答えた。「あなたの力が向いた先に、あの人間が飛び込んだ。だから右腕が犠牲になったわ」
フランドールは黙った。
レミリアは処置室の扉を見た。
「あの人間は、私を守った。理由が分からなくても、命懸けで飛び出してきた事実は変わらない。礼を言わなければならないし、謝罪もしなければならない」レミリアは霊夢、魔理沙、妖夢を順に見た。「あなたたちにも迷惑をかけたわ。それも謝らせて……」
妖夢はすぐには答えられなかった。怒りも悲しみも、まだ整理がついていなかった。
魔理沙も黙っていた。
霊夢だけが、静かに言った。
「その言葉は本人に言いなさい。目を覚ました時に、直接ね」
レミリアは少しだけ目を伏せた。
「そうするわ……これは私の問題だしね……」
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## 【シーン7:病室】
タカは病室で眠っていた。
右腕が固定されている。全身に包帯が巻かれている。顔が白い。でも呼吸はしている。胸が静かに上下している。
妖夢は病室の入口で立ち止まった。
「妖夢、行かないの?」と霊夢が横で言った。
「……今、顔を見たら、泣いてしまいます」
「もう泣いてるじゃないの……フフ」
妖夢は袖で目を拭った。それでもまた滲んできた。
霊夢は病室の中へ少し入った。ぽむたかの顔を見た。いつもなら何か軽い返事が来る。うるさいくらいに謝ってくる。でも今は何もない。ただ、静かに眠っている。
魔理沙は壁にもたれたまま、腕を組んで病室の中を見ていた。「本当に心配かけやがって……でも良かったぜ」と小さく言った。
レミリアは少し離れた場所に立って、眠るタカを見ていた。さっきとは違う顔をしていた。楽しそうでもなく、余裕があるわけでもなく、ただ静かに見ていた。
フランドールもレミリアの隣で黙っていた。
霊夢はタカのそばで、少しだけ声を落とした。
「本当にしぶといわね……起きたら説教ね」
誰にも聞かせるつもりのない声だった。
「でも……よかったわ」
月明かりが病室の障子を照らしていた。タカはまだ目を覚まさない。でも呼吸は続いている。
命は、繋がっていた。