## 【シーン1:朝の永遠亭】
朝の光が、障子越しに病室へ差し込んでいた。
竹林の朝は静かだ。鳥の声が遠くから聞こえて、竹の葉が擦れる音がかすかに続いている。部屋の中には薬の匂いが薄く漂っていた。
タカは布団の上で眠っていた。右腕はしっかり固定され、全身に包帯が巻かれている。呼吸は昨日より落ち着いていた。でも顔色はまだ悪い。
妖夢は病室の隅に座っていた。
一睡もしていなかった。永琳に何度も休むよう言われた。別室も用意された。それでも、離れられなかった。
昨日の夜のことを思い出す。返事がなかった。目も合わなかった。腕の中で、どんどん軽くなっていく感じがした。あの感覚が、まだ手に残っている。
「早く……起きてください……」
その時、タカの指がわずかに動いた。
妖夢は身を乗り出した。まぶたが震えて、ゆっくりと目が開いていく。
「……あれ……ここ、どこです?」
ぼんやりした声だった。でも、声だった。
「タカさん……」
「あれ、妖夢さん? なんでここに——」
次の瞬間、妖夢はタカに抱きついていた。
「タカさん!!」
「ぐっ……! 痛いです……! すごく痛いです……!」
「あっ! す、すみません!」
妖夢は慌てて離れた。タカは顔を歪めながら、それでも少し笑った。
「いえ……もう目を覚まさないのかと思って、怖かったんです……」
「僕は……そんな簡単に死にませんよ!」
妖夢の目に涙が溜まっていた。
「あれ、泣いてます?」
「泣いてません……」
「泣いてますよね?」
「泣いてません!」
「……すみません」
「謝らないでください……怒りますよ」
妖夢は俯いた。声が震えていた。
「本当に……本当に、心配したんです。返事もなくて、目も合わなくて、腕の中でずっと……」
タカは左手をゆっくり動かして、妖夢の頭に触れた。
ぽん。ぽん。
「大丈夫ですよ。生きてますから」
妖夢は我慢できずに、また泣いた。今度は抱きつかずに、布団の横で静かに涙を落とした。
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## 【シーン2:安堵】
少しして、病室の扉が開いた。
霊夢と魔理沙が入ってきた。タカが目を開けているのを見て、二人とも一瞬足を止めた。
「やっと起きたのね」と霊夢が言った。
「やっとか」と魔理沙が大きく息を吐いた。「本当に心配かけやがって」
「おはようございます」とタカが言った。
霊夢は黙ってタカを見た。いつものように呆れた顔をしようとして、できなかった。目を覚ましている。それだけで、表情が少し緩んでいた。
「……本当にしぶといわね?本当に人間なのかしら?」
「それ、褒めてます?」
「怒ってるのよ」
「すみません」
「謝って済むなら苦労しないぜ!ははは!」と魔理沙が枕元に腰を下ろした。
「ですよね〜」
霊夢はタカの右腕を見た。固定された腕。包帯。まだ治りきっていない傷。
「退院はまだ先よ。分かってるでしょうね」
「どれくらいですか?」
「最低でもあと二日」と、入ってきた永琳が答えた。そのままタカの目を確認して、脈を取る。手際が良い。「意識は戻った。でも体はまだ戻っていない。右腕は特に無茶禁止。歩くのも今日は駄目。食事も軽いものだけ」
「はい……」
「おっ!珍しく素直だな!」と魔理沙が笑った。
「流石に右腕なくなりたくないですからね」
「賢いじゃないの。タカも成長したね」と霊夢。
「流石に命の危機を感じましたよ」
「笑い事ではありません!」と妖夢がすかさず言った。
「はい……ごめんなさい……」
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## 【シーン3:夜の来客】
その日の夜、永遠亭は静かだった。
妖夢は永琳に強く言われて、ようやく別室で休んでいた。霊夢と魔理沙も一度神社へ帰っていた。病室にはタカ一人。月明かりが障子越しに差し込んで、布団の上に薄い光を作っている。
タカは天井を見ていた。体はまだ重い。右腕は動かない。痛みもある。でも意識ははっきりしていた。
「……暇だ〜でも、良い暇だ」
その時、窓の外に影が落ちた。
障子が静かに開いて、月明かりを背にレミリアが立っていた。
「あっ!レミリアさん」
「起きていたのね」
「昼間ずっと寝てたので、目が冴えてしまってて」
レミリアは病室へ入ってきた。いつもの余裕のある笑みが、今夜は少し薄かった。
「夜に出歩いては危ないですよ」
「吸血鬼だもの。夜が本番よ」
「そうでした」
少し沈黙があった。レミリアはタカの右腕を見ていた。固定された腕。包帯。
「……あの時は、ごめんなさい」
タカは少し驚いた。
「え?」
「あなたを傷付けてしまった。それに、私を庇ったのに殺そうとしたわ。両方に対しての謝罪よ」
「庇うとか守ろうとか……あの時は、危なそうだったので体が勝手に動いたので」
「それで右腕を潰したの?」
「あの時は潰れるとは思ってませんでした!結果は潰れましたけどね」
レミリアが目を細めた。
「本当におかしいわ、あなた」
「よく言われます」
「私を恨まないの? あなたをこんな状態にしたのは私とフランなのに」
「恨む理由、ありますか?」
「あるでしょう。普通は、私なら殺すわよ」
「でも生きてますし。それに、レミリアさんこそ怪我は大丈夫だったんですか? 霊夢さんと魔理沙さん、かなり怒ってましたけど」
レミリアは一瞬、言葉を失った。
「……貴方、自分の状態が分かってるの?」
「右腕が痛いです……」
「そういうことじゃないわ!」
「じゃあ分かってないです」
レミリアは小さく笑った。今度は少しだけ柔らかい笑みだった。
「やっぱりおかしいわね」
「二回目ですね、それ」
「何度でも言うわよ!本当におかしいんだから」
レミリアは窓の外を見た。月が出ていた。しばらく黙ってから、静かに言った。
「何かあれば、次は私が守るわ。一度だけ。貸しとしてね」
「貸し、ですか」
「私に守られるなんて光栄なことよ。ありがたく受け取りなさい」
レミリアがいつもの少し偉そうな笑みに戻った。
「じゃあ、ありがとうございます。受け取りますね」
「軽いわね……なんかムカつくわ」
「重くした方がいいですか?」
「おかしな人間だから、そのままでいいわ」
レミリアは立ち上がった。
「もう帰るんですか?」
「長居すると妖夢に睨まれそうだからね」
「妖夢さんが? なんでですか」
「……気付いてないのね……妖夢に刺されるわよ」
「何がですか?」
「何でもないわ」レミリアは窓辺へ向かって、去る前にもう一度タカを見た。「早く治しなさい。次に会う時は、もう少し元気な顔を見せること」
「はい。ありがとうございます」
レミリアは月明かりの中へ消えた。
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## 【シーン4:退院】
二日後、タカは永遠亭を退院することになった。
右腕はまだ固定されたまま。全身の痛みも残っている。それでも自分の足で歩けるようになっていた。
玄関先で、永琳が最後の確認をした。
「無茶禁止。走らない。戦わない。能力も使わない」
「はい!」
「本当に分かってる? 返事だけは良いのよね、貴方」
「分かってます!命の危機はもう十分味わったので!」
「怪しいですね……誰か監視しててください」と鈴仙が横から言った。
「この方は、私が見張ります」と妖夢が言った。
「見張るんですか?大丈夫ですって」
「信用ないので見張ります。タカさんは目を離すと無茶をするので」
「いいんじゃない?私も賛成よ」と霊夢が頷いた。
「タカ、これは逃げられないな」と魔理沙が笑った。
「病人に厳しくないですか?」
「病人でタカさんだからです!」と妖夢がきっぱり言った。
「……はい……」
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## 【シーン5:博麗神社の宴会】
その日の夕方、博麗神社では宴会が開かれていた。
境内に敷物が広がって、料理と酒が並んでいる。夕日が石畳を照らして、風は柔らかい。紅霧異変の終わり、タカの退院祝い、紅魔館組との顔合わせ。理由はいくらでもあった。
「宴会の理由なんて何でもいいんだぜ!」と魔理沙が杯を掲げた。
「酒が飲めればね!さあ、みんなジャンジャン飲みなさい!」と霊夢が既に飲んでいる。
「タカさんは飲んでは駄目です!」と妖夢がタカの前から酒瓶を遠ざけた。
「分かってます。僕はお茶で十分です」
「タカ〜何飲むの〜?」とフランドールが覗き込んできた。
「僕はお茶ですよ」
「つまらない〜!フランとお酒飲も〜!」
「怪我人なので……監視人もいるので」
「まだ、右手は痛むかしら……」とレミリアが横から言った。
その瞬間、妖夢の目が鋭くなった。
「……誰のせいだと思っているんですか」
「私のせいよ」とレミリアがあっさり認めた。
「分かっているなら少しは反省した態度を」
「反省はしているわよ。態度に出すかは別として」
「妖夢さん、落ち着いて!レミリアさんも煽らないで!」とタカが割って入った。
「私は落ち着いています!」
「落ち着いてる顔ではないですよ……顔が怖いです」
霊夢が酒を片手に笑った。
「妖夢〜、嫉妬してないで飲みなさいよ〜!もう終わった事じゃない〜」
「嫉妬っ……してません!」
「あなた、わかりやすいぐらい嫉妬してるわよ」とレミリアが楽しそうに言った。
「していません!絶対にしてません!」
「嫉妬ってなに〜?」とフランドールが首を傾けた。
「大人になればわかるぜ〜」と魔理沙。
「魔理沙さんまで、やめてください!」
少し離れた場所では、魔理沙がいつの間にかパチュリーの隣に移動していた。パチュリーは宴会の中でも本を開いている。
「その魔導書、面白そうだな!」
「貸さないわよ」
「っ!まだ何も言ってない」
「顔に書いてあるもの。借りたら返さないでしょう、あなた」
「借りるだけだって!良いだろ〜」
「盗人の顔は覚えたわ」
「ひどい言われようだな〜仲良くなれそうだ!」
「ならないわ」
そう言いながら、パチュリーは開いていた本を少しだけ魔理沙に見えるように傾けていた。霊夢がそれを見て笑った。
「あんたと魔理沙もう仲良しじゃない」
「なってないわ!」とパチュリー。
「私とパチュリーは大親友だぜ」と魔理沙。
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## 【シーン6:新しい縁】
タカの周りには、自然と人が集まっていた。
隣に妖夢。向かいにレミリアとフランドール。少し離れたところに美鈴と咲夜が座って、料理をつまんでいる。
フランドールはタカの固定された右腕をじっと見ていた。
「まだ壊れてる?」
「治りかけなので」
「触っていい?」
「絶対に駄目です!」と妖夢が即答した。
「ちぇ〜ケチ〜」
「フ・ラ・ン〜!」とレミリアが窘める。
「分かってる。絶対に壊さないもん」
フランドールは口を尖らせた。タカは少し笑って言った。
「治ったら遊びましょうねフランさん」
「絶対に駄目です!」と妖夢がまた即答した。
「まだ内容言ってませんけど」
「タカさんの言う『遊ぶ』は無茶の入口なので駄目です!」
「過保護ね〜タカのお母さんかしら」とレミリアが笑った。
「当然です!誰かさんたちのせいで死にかけたんですから!」
霊夢がその様子を見て、杯を傾けながらまた笑った。
「妖夢、やっぱり嫉妬してるじゃない!」
「してません!断じてしてませ〜ん!」
宴会の笑い声が境内に響いた。
赤い霧はもうない。結界の館は、今は紅魔館として幻想郷の一部になった。白玉楼の騒ぎも終わった。大きな異変は終わって、そこから新しい縁が生まれていた。
タカはお茶をすすりながら、少しだけ笑った。
「なんか、すごいことになりましたね」
「だいたいあんたのせいよ〜」と霊夢が言った。
「僕ですか?」
「間違いなくタカ、お前だよ」と魔理沙。
「いつも無茶をするからです!」と妖夢。
「面白いからいいじゃない〜」とレミリア。
「良くありません!」
「楽しいからいいよ〜フランは」とフランドール。
「良くありません!」
タカは困ったように笑った。その周りで、また笑い声が起きた。
春の夜だった。博麗神社の宴会は、まだしばらく続きそうだった。