〜東方外来録〜   作:歩向タカ

14 / 22
第十四話「貸しひとつ」

## 【シーン1:朝の永遠亭】

 

朝の光が、障子越しに病室へ差し込んでいた。

 

竹林の朝は静かだ。鳥の声が遠くから聞こえて、竹の葉が擦れる音がかすかに続いている。部屋の中には薬の匂いが薄く漂っていた。

 

タカは布団の上で眠っていた。右腕はしっかり固定され、全身に包帯が巻かれている。呼吸は昨日より落ち着いていた。でも顔色はまだ悪い。

 

妖夢は病室の隅に座っていた。

 

一睡もしていなかった。永琳に何度も休むよう言われた。別室も用意された。それでも、離れられなかった。

 

昨日の夜のことを思い出す。返事がなかった。目も合わなかった。腕の中で、どんどん軽くなっていく感じがした。あの感覚が、まだ手に残っている。

 

「早く……起きてください……」

 

その時、タカの指がわずかに動いた。

 

妖夢は身を乗り出した。まぶたが震えて、ゆっくりと目が開いていく。

 

「……あれ……ここ、どこです?」

 

ぼんやりした声だった。でも、声だった。

 

「タカさん……」

 

「あれ、妖夢さん? なんでここに——」

 

次の瞬間、妖夢はタカに抱きついていた。

 

「タカさん!!」

 

「ぐっ……! 痛いです……! すごく痛いです……!」

 

「あっ! す、すみません!」

 

妖夢は慌てて離れた。タカは顔を歪めながら、それでも少し笑った。

 

「いえ……もう目を覚まさないのかと思って、怖かったんです……」

 

「僕は……そんな簡単に死にませんよ!」

 

妖夢の目に涙が溜まっていた。

 

「あれ、泣いてます?」

 

「泣いてません……」

 

「泣いてますよね?」

 

「泣いてません!」

 

「……すみません」

 

「謝らないでください……怒りますよ」

 

妖夢は俯いた。声が震えていた。

 

「本当に……本当に、心配したんです。返事もなくて、目も合わなくて、腕の中でずっと……」

 

タカは左手をゆっくり動かして、妖夢の頭に触れた。

 

ぽん。ぽん。

 

「大丈夫ですよ。生きてますから」

 

妖夢は我慢できずに、また泣いた。今度は抱きつかずに、布団の横で静かに涙を落とした。

 

---

 

## 【シーン2:安堵】

 

少しして、病室の扉が開いた。

 

霊夢と魔理沙が入ってきた。タカが目を開けているのを見て、二人とも一瞬足を止めた。

 

「やっと起きたのね」と霊夢が言った。

 

「やっとか」と魔理沙が大きく息を吐いた。「本当に心配かけやがって」

 

「おはようございます」とタカが言った。

 

霊夢は黙ってタカを見た。いつものように呆れた顔をしようとして、できなかった。目を覚ましている。それだけで、表情が少し緩んでいた。

 

「……本当にしぶといわね?本当に人間なのかしら?」

 

「それ、褒めてます?」

 

「怒ってるのよ」

 

「すみません」

 

「謝って済むなら苦労しないぜ!ははは!」と魔理沙が枕元に腰を下ろした。

 

「ですよね〜」

 

霊夢はタカの右腕を見た。固定された腕。包帯。まだ治りきっていない傷。

 

「退院はまだ先よ。分かってるでしょうね」

 

「どれくらいですか?」

 

「最低でもあと二日」と、入ってきた永琳が答えた。そのままタカの目を確認して、脈を取る。手際が良い。「意識は戻った。でも体はまだ戻っていない。右腕は特に無茶禁止。歩くのも今日は駄目。食事も軽いものだけ」

 

「はい……」

 

「おっ!珍しく素直だな!」と魔理沙が笑った。

 

「流石に右腕なくなりたくないですからね」

 

「賢いじゃないの。タカも成長したね」と霊夢。

 

「流石に命の危機を感じましたよ」

 

「笑い事ではありません!」と妖夢がすかさず言った。

 

「はい……ごめんなさい……」

 

---

 

## 【シーン3:夜の来客】

 

その日の夜、永遠亭は静かだった。

 

妖夢は永琳に強く言われて、ようやく別室で休んでいた。霊夢と魔理沙も一度神社へ帰っていた。病室にはタカ一人。月明かりが障子越しに差し込んで、布団の上に薄い光を作っている。

 

タカは天井を見ていた。体はまだ重い。右腕は動かない。痛みもある。でも意識ははっきりしていた。

 

「……暇だ〜でも、良い暇だ」

 

その時、窓の外に影が落ちた。

 

障子が静かに開いて、月明かりを背にレミリアが立っていた。

 

「あっ!レミリアさん」

 

「起きていたのね」

 

「昼間ずっと寝てたので、目が冴えてしまってて」

 

レミリアは病室へ入ってきた。いつもの余裕のある笑みが、今夜は少し薄かった。

 

「夜に出歩いては危ないですよ」

 

「吸血鬼だもの。夜が本番よ」

 

「そうでした」

 

少し沈黙があった。レミリアはタカの右腕を見ていた。固定された腕。包帯。

 

「……あの時は、ごめんなさい」

 

タカは少し驚いた。

 

「え?」

 

「あなたを傷付けてしまった。それに、私を庇ったのに殺そうとしたわ。両方に対しての謝罪よ」

 

「庇うとか守ろうとか……あの時は、危なそうだったので体が勝手に動いたので」

 

「それで右腕を潰したの?」

 

「あの時は潰れるとは思ってませんでした!結果は潰れましたけどね」

 

レミリアが目を細めた。

 

「本当におかしいわ、あなた」

 

「よく言われます」

 

「私を恨まないの? あなたをこんな状態にしたのは私とフランなのに」

 

「恨む理由、ありますか?」

 

「あるでしょう。普通は、私なら殺すわよ」

 

「でも生きてますし。それに、レミリアさんこそ怪我は大丈夫だったんですか? 霊夢さんと魔理沙さん、かなり怒ってましたけど」

 

レミリアは一瞬、言葉を失った。

 

「……貴方、自分の状態が分かってるの?」

 

「右腕が痛いです……」

 

「そういうことじゃないわ!」

 

「じゃあ分かってないです」

 

レミリアは小さく笑った。今度は少しだけ柔らかい笑みだった。

 

「やっぱりおかしいわね」

 

「二回目ですね、それ」

 

「何度でも言うわよ!本当におかしいんだから」

 

レミリアは窓の外を見た。月が出ていた。しばらく黙ってから、静かに言った。

 

「何かあれば、次は私が守るわ。一度だけ。貸しとしてね」

 

「貸し、ですか」

 

「私に守られるなんて光栄なことよ。ありがたく受け取りなさい」

 

レミリアがいつもの少し偉そうな笑みに戻った。

 

「じゃあ、ありがとうございます。受け取りますね」

 

「軽いわね……なんかムカつくわ」

 

「重くした方がいいですか?」

 

「おかしな人間だから、そのままでいいわ」

 

レミリアは立ち上がった。

 

「もう帰るんですか?」

 

「長居すると妖夢に睨まれそうだからね」

 

「妖夢さんが? なんでですか」

 

「……気付いてないのね……妖夢に刺されるわよ」

 

「何がですか?」

 

「何でもないわ」レミリアは窓辺へ向かって、去る前にもう一度タカを見た。「早く治しなさい。次に会う時は、もう少し元気な顔を見せること」

 

「はい。ありがとうございます」

 

レミリアは月明かりの中へ消えた。

 

---

 

## 【シーン4:退院】

 

二日後、タカは永遠亭を退院することになった。

 

右腕はまだ固定されたまま。全身の痛みも残っている。それでも自分の足で歩けるようになっていた。

 

玄関先で、永琳が最後の確認をした。

 

「無茶禁止。走らない。戦わない。能力も使わない」

 

「はい!」

 

「本当に分かってる? 返事だけは良いのよね、貴方」

 

「分かってます!命の危機はもう十分味わったので!」

 

「怪しいですね……誰か監視しててください」と鈴仙が横から言った。

 

「この方は、私が見張ります」と妖夢が言った。

 

「見張るんですか?大丈夫ですって」

 

「信用ないので見張ります。タカさんは目を離すと無茶をするので」

 

「いいんじゃない?私も賛成よ」と霊夢が頷いた。

 

「タカ、これは逃げられないな」と魔理沙が笑った。

 

「病人に厳しくないですか?」

 

「病人でタカさんだからです!」と妖夢がきっぱり言った。

 

「……はい……」

 

---

 

## 【シーン5:博麗神社の宴会】

 

その日の夕方、博麗神社では宴会が開かれていた。

 

境内に敷物が広がって、料理と酒が並んでいる。夕日が石畳を照らして、風は柔らかい。紅霧異変の終わり、タカの退院祝い、紅魔館組との顔合わせ。理由はいくらでもあった。

 

「宴会の理由なんて何でもいいんだぜ!」と魔理沙が杯を掲げた。

 

「酒が飲めればね!さあ、みんなジャンジャン飲みなさい!」と霊夢が既に飲んでいる。

 

「タカさんは飲んでは駄目です!」と妖夢がタカの前から酒瓶を遠ざけた。

 

「分かってます。僕はお茶で十分です」

 

「タカ〜何飲むの〜?」とフランドールが覗き込んできた。

 

「僕はお茶ですよ」

 

「つまらない〜!フランとお酒飲も〜!」

 

「怪我人なので……監視人もいるので」

 

「まだ、右手は痛むかしら……」とレミリアが横から言った。

 

その瞬間、妖夢の目が鋭くなった。

 

「……誰のせいだと思っているんですか」

 

「私のせいよ」とレミリアがあっさり認めた。

 

「分かっているなら少しは反省した態度を」

 

「反省はしているわよ。態度に出すかは別として」

 

「妖夢さん、落ち着いて!レミリアさんも煽らないで!」とタカが割って入った。

 

「私は落ち着いています!」

 

「落ち着いてる顔ではないですよ……顔が怖いです」

 

霊夢が酒を片手に笑った。

 

「妖夢〜、嫉妬してないで飲みなさいよ〜!もう終わった事じゃない〜」

 

「嫉妬っ……してません!」

 

「あなた、わかりやすいぐらい嫉妬してるわよ」とレミリアが楽しそうに言った。

 

「していません!絶対にしてません!」

 

「嫉妬ってなに〜?」とフランドールが首を傾けた。

 

「大人になればわかるぜ〜」と魔理沙。

 

「魔理沙さんまで、やめてください!」

 

少し離れた場所では、魔理沙がいつの間にかパチュリーの隣に移動していた。パチュリーは宴会の中でも本を開いている。

 

「その魔導書、面白そうだな!」

 

「貸さないわよ」

 

「っ!まだ何も言ってない」

 

「顔に書いてあるもの。借りたら返さないでしょう、あなた」

 

「借りるだけだって!良いだろ〜」

 

「盗人の顔は覚えたわ」

 

「ひどい言われようだな〜仲良くなれそうだ!」

 

「ならないわ」

 

そう言いながら、パチュリーは開いていた本を少しだけ魔理沙に見えるように傾けていた。霊夢がそれを見て笑った。

 

「あんたと魔理沙もう仲良しじゃない」

 

「なってないわ!」とパチュリー。

 

「私とパチュリーは大親友だぜ」と魔理沙。

 

---

 

## 【シーン6:新しい縁】

 

タカの周りには、自然と人が集まっていた。

 

隣に妖夢。向かいにレミリアとフランドール。少し離れたところに美鈴と咲夜が座って、料理をつまんでいる。

 

フランドールはタカの固定された右腕をじっと見ていた。

 

「まだ壊れてる?」

 

「治りかけなので」

 

「触っていい?」

 

「絶対に駄目です!」と妖夢が即答した。

 

「ちぇ〜ケチ〜」

 

「フ・ラ・ン〜!」とレミリアが窘める。

 

「分かってる。絶対に壊さないもん」

 

フランドールは口を尖らせた。タカは少し笑って言った。

 

「治ったら遊びましょうねフランさん」

 

「絶対に駄目です!」と妖夢がまた即答した。

 

「まだ内容言ってませんけど」

 

「タカさんの言う『遊ぶ』は無茶の入口なので駄目です!」

 

「過保護ね〜タカのお母さんかしら」とレミリアが笑った。

 

「当然です!誰かさんたちのせいで死にかけたんですから!」

 

霊夢がその様子を見て、杯を傾けながらまた笑った。

 

「妖夢、やっぱり嫉妬してるじゃない!」

 

「してません!断じてしてませ〜ん!」

 

宴会の笑い声が境内に響いた。

 

赤い霧はもうない。結界の館は、今は紅魔館として幻想郷の一部になった。白玉楼の騒ぎも終わった。大きな異変は終わって、そこから新しい縁が生まれていた。

 

タカはお茶をすすりながら、少しだけ笑った。

 

「なんか、すごいことになりましたね」

 

「だいたいあんたのせいよ〜」と霊夢が言った。

 

「僕ですか?」

 

「間違いなくタカ、お前だよ」と魔理沙。

 

「いつも無茶をするからです!」と妖夢。

 

「面白いからいいじゃない〜」とレミリア。

 

「良くありません!」

 

「楽しいからいいよ〜フランは」とフランドール。

 

「良くありません!」

 

タカは困ったように笑った。その周りで、また笑い声が起きた。

 

春の夜だった。博麗神社の宴会は、まだしばらく続きそうだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。