## 【シーン1:紅魔館の廊下】
紅魔館の扉が、重い音を立てて開いた。
タカと妖夢はゆっくりと中へ入った。館の中は薄暗かった。赤い絨毯が長い廊下の奥まで続いていて、高い天井に夕方の残り光がぼんやり届いている。以前来た時と同じ場所のはずなのに、人の気配がないだけでまるで違う建物みたいに見えた。
「あれ……誰もいませんね」
「ええ。咲夜さんの気配もありません……とても不気味です」
妖夢は刀の柄に手を添えたまま、視線だけで周囲を確認していた。タカも自然と声を潜めた。
「美鈴さんも門にいませんでしたし……また、何かあったんですかね」
「また、かもしれません……異変?」
その言葉に、二人とも少し黙った。
前にこの館へ来た時のことは忘れられない。結界に吸い込まれて、美鈴と戦って、咲夜を突破して、レミリアとフランにボロボロにされた。右腕はもうほとんど痛まない。でも記憶の方はまだ、廊下の赤さを見るだけで少しざわつく。
「レミリアさん?」
呼んでみた。返事はない。
「タカさん、少し静かに。慎重に進みましょう」
「はい……どうか無事でいて下さい」
二人は廊下を進んだ。足音だけが響く。コツ、コツ、コツ。奥へ行くほど、空気が重くなる気がした。
「本当に誰もいないんですかね」
「いえ……」妖夢が足を止めた。「奥から、音がします」
タカも耳を澄ました。最初は何も聞こえなかった。でも少しして、遠くからかすかに声が届いた。一人じゃない。何人もいる。
「それはあちらです!」——咲夜の声だ。
「はい! こっちですね!」——美鈴。
「これどこ置くの!?」——フラン。
「フラン様、走らないでください!」
「……騒がしいわね」——これはパチュリー。
タカと妖夢は顔を見合わせた。
「……いますね」
「いますね」
さっきまでの緊張感が、音を立てて崩れていく。
「何してるんでしょう?」
「分かりません。ですが……」
さらに奥へ進むと、声はどんどん大きくなった。ガタガタ、ドタドタ。何かを運ぶ音。誰かが慌てる声。どう聞いても、異変というより準備だった。
「……普通に忙しそうですね」
「ええ。とても……声は楽しそうですね」
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## 【シーン2:大広間】
大広間の扉の前まで来ると、中の声がはっきり聞こえた。
「サプライズって楽しいね!」とフランの弾んだ声。
「まだバレてませんよね?」と美鈴。
「おそらくは大丈夫でしょう」と咲夜。
「だから言ったのよ。毎日通っていた人間が急に来なくなったら、逆に怪しまれるって」とパチュリーの淡々とした声。
「パチェ、それは今言わなくていいの!」とレミリア。
扉の前で、タカと妖夢は固まった。
「……今、聞こえましたよね」
「聞こえました」
「サプライズって言ってましたよね」
「言っていました。それと、毎日通っていた、とも」
「入って良いと思いますか?妖夢さん」
「……知りませんよ。もう、聞いてしまいましたし」
タカが扉に手をかけて、ゆっくり押した。
ギィ。
扉が開いた瞬間、中にいた全員が固まった。
大広間は色とりどりに飾られていた。長いテーブルに料理が並びかけていて、赤いリボンと花があちこちに付いている。奥には大きなケーキらしきものまで見える。
咲夜は皿を持ったまま静止していた。美鈴は飾りを持ち上げた姿勢のまま止まっている。フランは椅子の上でリボンを掲げたまま固まった。パチュリーだけが本を片手に、まったく驚いていない顔でこちらを見た。
そして中央にいたレミリアが、目を丸くしていた。
数秒の沈黙。
「あっ……こんにちは」とタカが言った。
「…………」
「え……え〜っと」
「なんで来るのよーーー!!バカ!!」
レミリアの叫びが大広間に響き渡った。
「来なくなったからですって! 四日も!」
「タカさんは心配したんですよ!」と妖夢も続いた。
「だからって来る!? 普通!あぁー!もう!!」
「毎日来てた人が四日も来なかったら心配しますよ!」
「たった四日くらい待ちなさいよ!」
「美鈴さんも門にいなかったんです! 異変かと思うじゃないですか!」と妖夢。
「す、すみません! 準備で中に呼ばれてまして!」と美鈴が飾りを持ったまま頭を下げた。
「お嬢様のご命令でしたので、仕方ありません」と咲夜が静かに補足した。
「だから言ったのよ!」とパチュリーがページをめくった。「毎日神社に通っていたら、来なくなった時に不自然になるって。私の予測通りよ」
「パチェ!黙りなさい!」
「事実でしょう」
フランが椅子の上で元気よく手を上げた。
「サプライズ、失敗!お姉様のせいだよ!」
「フラン、それもわざわざ言わないで良いわ……私が一番ショック受けてるんだから……」
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## 【シーン3:準備の理由】
タカは改めて大広間を見回した。
飾り、料理、ケーキ。どこからどう見ても、何かのお祝いの準備だった。
「これ……何の準備ですか?」
レミリアは腕を組んで、少し気まずそうに顔を逸らした。
「……あなたの完治祝いよ」
「僕の?」
「他に誰がいるのよ。この場にいる怪我人はあなただけでしょう」
「完治祝い……」と妖夢が呟いた。
咲夜が一歩前に出て、静かに説明した。
「三日前、永琳様から連絡がありました。経過が良好で、このままなら数日中に完全に回復するだろうと。それを聞いたお嬢様が、完治祝いの宴を開くと」
「永琳先生が知らせてくれたんですね」
「そうよ」とレミリアが腕を組んだまま言った。「だから急いで準備していたの。あなたが来る前に仕上げるつもりだったのに!サプライズが台無しよ」
「お嬢様、この三日間かなり張り切っていましたよ。飾りの色も三回変えて」と美鈴がにこにこしながら言った。
「美鈴!黙りなさい殺すわよ!」
「はい……すみません」
「でも、事実でしょうレミー」とパチュリー。
「パチェ!やめてよ!」
「お姉様、ずーっとそわそわしてた! 今日来るかな、まだかなって!」とフランが楽しそうに言った。
「フラン! あなたまで!」
タカは思わず笑ってしまった。
「笑うと殺すわよ!」とレミリアがむっとした顔をした。
「すみません。でも、嬉しくて」
レミリアが言葉に詰まった。妖夢も、隣で少しだけ表情を緩めていた。
「心配して来たんですけど、何もなくてよかったです。むしろこんな……ありがとうございます」
「……本当におかしな人間ね。サプライズを台無しにしておいて礼を言うなんて」
「よく言われます」
レミリアは深く息を吐いた。それから、少し諦めたような、それでいてどこか満足そうな顔になった。
「もういいわ。明日、改めて来なさい。もう腕も動くのでしょ」
「はい。本当にありがとうございます!」
「完治祝いよ。せっかくここまで準備したんだから、ちゃんとやるわ。中途半端は嫌いなの」
「パーティーだ!」とフランが椅子の上で跳ねた。
「楽しみですね!咲夜さん、美味しい中華よろしくお願いします!」と美鈴。
「中華はあなたが作りなさい。明日までには全て仕上げておきます」と咲夜。
「今度は先に来ないことねー。レミーが怒るから」とパチュリーが本から顔も上げずに言った。
「すみません……」
「明日は私も同行します」と妖夢が言った。
「もちろんよ。霊夢も魔理沙も呼ぶわ」とレミリアが頷いた。
「華扇さんも呼んでいいですか」
「呼べばいいわ。紅魔館が開く完治祝いよ。規模で驚かせてあげるわ」
「ありがとうございます」
「礼は明日、ちゃんとした場で言いなさい」
レミリアはそう言って、ようやく少しだけ満足そうに笑った。
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## 【シーン4:翌日】
翌朝の博麗神社で、タカは永琳の最後の診察を受けていた。
縁側に朝の光が差している。永琳はタカの右腕を取って、関節の動きを一つずつ確認していった。
「問題なし。骨も完全に繋がっているし、血も戻っている」
「本当ですか? もう普通に動かして——」
「ただし」と永琳がタカの言葉を遮った。「完治した、と、すぐ無茶をしていい、は別の話よ。分かっているわね?」
「はい……」
「私が見張りますので」と妖夢がすかさず言った。
「完治しても見張られるんですね、僕」
「当然です。タカさんは完治した瞬間に無茶をする方なので」
「完治したそばから壊れたら、治した意味がないしね」と霊夢が縁側でお茶をすすった。
「特にお前はな」と魔理沙。
「信用がない……」
「たかちゃんの日頃の行いね」と華扇が微笑んだ。
「全員に言われるんですね、これー」
霊夢が湯呑みを置いて立ち上がった。
「それで、夕方に紅魔館に行けばいいのね?」
「はい。レミリアさんが皆さんも呼ぶようにって」
「宴会なら行くぜ。紅魔館の飯は良いもん出るんだろ!たらふく食うぜ!」と魔理沙が箒を担いだ。
「完治祝いなら喜んで行きましょう」と華扇。
「私ももちろん行きます」と妖夢。
「じゃあ、日が落ちる前に出るわよ。紅魔館へ」
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## 【シーン5:完治祝い】
夕方の紅魔館は、昨日とは別の場所みたいだった。
門の前には美鈴がちゃんと立っていて、一行を見つけると大きく手を振った。
「お待ちしていました! 完治おめでとうございます!」
「ありがとうございます。今日は門番に戻ったんですね」
「はい! 昨日はすみませんでした」と美鈴が深々と頭を下げた。それから少し声を落として、「あの、今日は戦いませんからね?」
「僕も戦いません。絶対に!」
「戦いなら、私がやりたいわね」と霊夢。
「私は良いけどな」と魔理沙。
「私も楽しそうだからありよ」と華扇。
「絶対ダメです!」と妖夢。
「妖夢さんだけまともです……」
大広間の扉が開くと、中は昨日よりさらに華やかになっていた。長いテーブルに料理がずらりと並び、花とリボンが飾られ、キャンドルの灯りが赤い壁を柔らかく照らしている。
咲夜が入口で静かに一礼した。
「ようこそ、紅魔館へ。本日はごゆっくりどうぞ」
壁際ではパチュリーがいつも通り本を読んでいた。宴会場でも読むらしい。
フランはタカを見つけるなり、椅子から飛び降りて走ってきた。
「治った?痛くない?」
「治りましたから大丈夫ですよ。フランさん」
「壊れてない? どこも?」
「どこも壊れてません」
「よかった!今度は普通に遊ぼうね!」
フランは本当に嬉しそうに笑った。タカは少し驚いた。あの夜、腕を砕いた張本人が、誰よりも素直に完治を喜んでいる。不思議な子だと思った。
その奥で、レミリアが椅子から立ち上がった。
「ようこそ。今日は、タカの完治祝いよ」
「レミリアさん、この度はありがとうございます」
「それと」レミリアは霊夢たちの方をちらりと見た。「紅霧異変の後始末も兼ねているわ。迷惑をかけた分は、ちゃんと返すのが紅魔館流よ」
「後始末が宴会なのね」と霊夢が呆れたように笑った。
「幻想郷らしいでしょう?」
「間違ってないな!私は毎日これなら嬉しいぜ」と魔理沙。
咲夜がグラスを配っていく。タカの前にだけ、お酒ではなくお茶が置かれた。
「……お茶なんですね、僕だけ」
「当然です!絶対にお酒なんてダメですから」と妖夢。
「お酒ぐらい良いんだけど、妖夢先生はダメみたいね。フフフ」と永琳。
「永琳先生まで来てたんですか!」
「患者の経過観察よ。ついでに美味しいお酒も飲めるしね」
「私の分は渡さないからね」と霊夢。
「霊夢の方が先に潰れちゃうでしょ」
全員の手にグラスが渡ると、レミリアが前へ出た。大広間が静かになる。
レミリアはタカを見た。一瞬だけ、いつもの偉そうな表情が緩んで、柔らかい顔になった。
「タカの完治を祝って」
「パーティー!パーティー!」とフラン。
「乾杯だ!たくさん飲んでやる!」と魔理沙。
「はいはい、乾杯」と霊夢。
「完治おめでとうございます」と妖夢。
「無事で何よりね」と華扇。
「「「「乾杯!」」」」
グラスが鳴った。紅魔館に笑い声が広がった。
タカはその中心で、少し照れたように笑っていた。レミリアは満足そうにその様子を眺めている。妖夢はタカの隣に立って、レミリアを少しだけ睨んだ。レミリアはそれに気付いて、わざとらしく楽しそうに笑い返した。
霊夢はその一連の様子を見ながら、酒を一口飲んだ。
「本当に賑やかになったわね、幻想郷……本当に飽きないわ」
「あいつが来てから特にだぜ!」と魔理沙がタカを指した。
「僕ですか?」
全員が笑った。
キャンドルの灯りが揺れて、料理の湯気が立って、笑い声が絶えない。紅魔館の夜は、まだ始まったばかりだった。
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