## 【シーン1:宴会のあと】
紅魔館の大広間は、ようやく静かになり始めていた。
長いテーブルには空いた皿が並び、グラスがあちこちに置かれている。キャンドルの火が半分ほど消えて、残った灯りが赤い壁をぼんやり照らしていた。
霊夢は椅子にもたれたまま眠っていた。湯呑みを持ったまま器用に寝ている。魔理沙は机に突っ伏して、帽子が半分ずり落ちていた。美鈴は壁際で立ったままうとうとしている。門番の習性なのか、座らずに寝ていた。フランはソファの上で丸くなって、規則正しい寝息を立てている。
咲夜だけが静かに皿を下げていて、パチュリーは隅の椅子で本を開いていた。ただ、ページはさっきから進んでいない。
タカは少し離れた場所で、一人お茶を飲んでいた。
「みんな寝ちゃいましたね」
「騒ぎすぎたのよ。人間は体が正直ね」
いつの間にか、レミリアが隣に立っていた。
「レミリアさんは眠くないんですか?」
「夜よ? 吸血鬼にとっては今からが本番だわ」
「あ、そうでした」
レミリアは少し笑った。それから、タカをじっと見た。
「少し私に付き合いなさい」
「はい? どこにですか」
「静かな場所。いいから来なさい」
タカは湯呑みを置いて、少し迷ってから立ち上がった。
その様子を、少し離れた椅子で妖夢が見ていた。目を閉じて眠っているように見えた。でも、目だけがうっすら開いていた。
タカとレミリアが大広間を出ていく。妖夢は数秒待ってから、音を立てずに立ち上がった。
咲夜だけがそれに気付いた。皿を持ったまま、妖夢と目が合う。咲夜は何も言わなかった。ただ、少しだけ微笑んだ。
妖夢は気配を消して、二人の後を追った。
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## 【シーン2:紅魔館のバルコニー】
バルコニーには、夜風が静かに吹いていた。
空には月が浮かんでいる。眼下には霧の湖が広がっていて、月明かりが水面に細く反射していた。遠くから、大広間の名残のような物音がかすかに聞こえる。
レミリアは手すりに寄りかかって、月を見上げた。
「静かでしょう。ここ、気に入っているの」
「良い場所ですね。湖まで見えるんですね」
少し沈黙があった。夜風が二人の間を通り抜けていく。
「あの日ね」とレミリアが月を見たまま言った。「死んだと思ったわ」
「レミリアさんが、ですか?」
レミリアは首を横に振った。
「貴方よ。永遠亭で話を聞いた時、本当に助からないと思った。血を失いすぎていた。骨も神経も粉々で、右腕は壊れていたわ」
レミリアはタカに目を向けた。
「それなのに今、普通に立って、お茶なんて飲んでいる」
「永琳先生のおかげです」
「それだけじゃないわ。あの状態から戻ってくるのは、本人がしぶとくないと無理よ」
「しぶといって、霊夢さんにも言われました」
「でしょうね。誰が見てもそうだもの」
少しだけ、空気が柔らかくなった。レミリアは手すりから体を起こして、タカに向き直った。
「それで、本題だけれど」
「はい」
「紅魔館に住みなさい」
「……はい?」
タカは目を丸くした。レミリアは真面目な顔のまま続けた。
「部屋なら余っているわ。食事も出る。金銭面でも困らせない。咲夜もいるから生活の心配もない」
「咲夜さんの仕事が増えるだけでは……」
「そこは咲夜だから大丈夫よ」
「それ、理由になってます?」
「なっているわ。咲夜は完璧だもの」
レミリアはそこで少しだけ目を伏せた。声のトーンが変わった。
「……私の罪滅ぼしよ。貴方を殺しかけた。私とフランがね。生きているのは結果論で、やったことは消えない。だから、それくらいはさせなさい」
タカは何も言えなくなった。月明かりの下で、レミリアの横顔がいつもより幼く見えた。
その時だった。
「絶対、駄目です!」
きっぱりとした声が背後から響いた。
「妖夢さん!?」
妖夢が柱の陰から出てきた。
「いつからいたんですか?」
「つい先ほどです」
「嘘ね」とレミリアが笑った。「最初からいたでしょう。気配は消せていたけれど、出てくるタイミングが早すぎるわよ」
「……念のためです!」
「いたんですね、最初から」
妖夢は答えずに、レミリアの正面に立った。
「それで、何が駄目なの?」とレミリアが楽しそうに聞いた。
「紅魔館に住む必要はありません。白玉楼にも部屋はあります。剣術の鍛錬も毎日できます」
「え?」とタカが目を丸くした。
「あら、対抗するのね」レミリアの目が輝いた。「紅魔館だって広いわよ」
「白玉楼も広いです!」
「食事も豪華よ。咲夜の料理は幻想郷一だわ」
「私も作れます。幽々子様に鍛えられていますから!」
「だ、そうよ。庭師の手料理ですって」
「何か問題でも?」
「別に、何も言わないわ」
タカは二人の間で、完全に置いていかれていた。
「フランも喜ぶわ」
「幽々子様も会いたがっています」
「美鈴もいる」
「私もいます」
「紅魔館よ」
「白玉楼です!」
「紅魔館に決まってるわ」
「白玉楼しかないです!」
「あの……」
「紅魔館よ」
「白玉楼です!!」
「聞いてます? ……僕の話」
二人は聞いていなかった。月明かりの下、まるで子供の言い合いみたいに一歩も引かずに睨み合っている。
しばらく続いた後、レミリアが先にため息をついた。
「……馬鹿らしいわね、これ」
「え?」と妖夢が拍子抜けした顔をした。
「決めるのは私達じゃないわ」レミリアはタカを見た。「あなたよ。紅魔館に来るか、白玉楼に来るか、神社に残るか、他の場所へ行くか。決めるのはタカ本人よ」
妖夢は少し黙った。さっきまでの勢いが消えて、静かな顔になった。
「……そうですね。その通りです」
タカは月を見上げた。
紅魔館。白玉楼。博麗神社。どこも、もう他人事ではない場所になっていた。それが不思議で、少し嬉しくて、だからこそ簡単には選べなかった。
「少し、考えさせてください」
「そう。急がなくていいわ」とレミリア。
「それでいいと思います。ただし、考えている間も無茶はしないでくださいね!」と妖夢。
「それは同意ね」
「そこだけは即一致するんですね、お二人……」
「良いじゃない」
「当然です!」
タカは苦笑いするしかなかった。
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## 【シーン3:相談】
翌日の博麗神社。
縁側に朝の光が差していて、風が心地よかった。タカは霊夢と魔理沙に昨夜のことを話していた。霊夢はお茶を飲みながら、魔理沙は団子を頬張りながら聞いていた。
「へぇ、紅魔館に住めって」と霊夢。
「白玉楼にも誘われたのか。人気者だな!私が代わりに行こうか!」と魔理沙が団子を飲み込んだ。
「笑い事じゃないですよ。あの後もずっと言い合いしてたんですから」
霊夢が湯呑みを置いた。
「ちょうどいいじゃない。神社の居候じゃなくなるのね」
「追い出す気ですか!?」
「別に? 食費は減るけど」
「それが本音か!」と魔理沙が笑った。
「半分くらいわね」
「半分もあるんですね……」
霊夢は少し笑った。でもその後の声は、少しだけ真面目だった。
「まあ、好きにしなさい。あんたの人生でしょ」
「霊夢さんは、どこがいいと思います?」
「知らないわよ!私に振らないで」
「即答ですね」
「私が決めることじゃないもの。あんたが決めて、あんたが住むのよ」
「珍しく正論だな」と魔理沙。
「珍しくは余計よ」
魔理沙は団子の串を置いて、タカを見た。
「まあ、どこにいても結局お前はお前だろ。紅魔館にいても、白玉楼にいても、神社にいても、面倒事には巻き込まれる。それは保証するぜ!」
「保証しないでください……そこは」
「変わらないわね、確かに」と霊夢。
「嬉しくないです……」
霊夢が笑った。
「でも、面白いじゃない。二ヶ所から取り合いされる居候なんて、幻想郷でもあんたくらいよ」
「完全に面白がってますよね」
「当然よ!こんな面白いこと、なかなかないもの」
「こんな面白いこと、なかなかないからな!」と魔理沙。
「相談相手を間違えました」
「でも、少しは答えに近づいたでしょ」と霊夢がお茶をすすった。
タカは少し黙ってから、頷いた。
「……少しだけ」
「ならいいじゃないの」
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## 【シーン4:毎日来る二人】
それからしばらく、博麗神社には新しい日常ができた。
昼頃になると、レミリアが来る。
「来たわよ。タカ」
「こんにちは。すぐにお茶淹れますね」
少し遅れて、妖夢も来る。
「おはようございます。修行の確認に来ました」
「あら、庭師さんも来たのね」とレミリアが振り返った。
「毎日、私と稽古するんですから。……あなたは来なくても良いんですよ。レミリアさん」
「暇だっただけよ。庭師さんには関係ないわ」
「紅魔館って暇なんですね!」
「何が悪いのよ?庭師さん」
二人が睨み合う。タカはお茶を三つ淹れながらため息をついた。
「また始まりましたね……」
縁側では霊夢がお茶を飲みながら眺めていて、魔理沙が団子を食べながら笑っていた。
「今日も面白いわね。団子も美味しくなるわ」
「だな。こんなこと、ここでしか見られないしな」
「紅魔館なら部屋も準備済みよ」とレミリアが再開した。
「白玉楼にも用意してあります!」と妖夢がすかさず返した。
「咲夜の料理は美味しいわよ」
「私も毎食作れます!」
「フランが遊びたがっているわ」
「幽々子様も会いたがっています!」
「あの、僕まだ決めてないですからね」
「だから待っているのよ」とレミリア。
「そうです!待っています!」と妖夢。
「待ってる人の会話じゃないんですよ、これ」
霊夢が吹き出した。
「もう、さっさと決めたら?」
「簡単に言わないでくださいよ。霊夢さん」
「簡単じゃないから面白いんじゃないの」
「僕で楽しまないで下さい!」
「知らないわよ。私には関係ないもの」
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## 【シーン5:夕方】
夕方になって、レミリアも妖夢も帰った後。
博麗神社は静かになっていた。夕焼けが石畳を橙色に染めて、軒先の鈴がたまに小さく鳴る。タカは一人、縁側に座っていた。
頭の中に、それぞれの場所が浮かんだ。
紅魔館。赤い壁と、賑やかな住人たち。レミリアの「罪滅ぼしよ」という声。月明かりのバルコニー。
白玉楼。満開の桜と、静かな庭。妖夢との毎日の稽古。幽々子様のマイペースな笑顔。
博麗神社。この縁側。霊夢のお茶。魔理沙の団子。最初に受け入れてくれた場所。
どこへ行くか。どこに住むか。
それは、ただの場所の話ではない気がした。
「僕は……どこにいたいんだろう……はあ……」
答えはまだ出なかった。でも、考えなければいけない。自分で決めなければいけない。レミリアの言った通り、決めるのは自分なのだから。
夕方の風が、静かに神社を通り抜けていった。
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