〜東方外来録〜   作:歩向タカ

17 / 22
第十七話「居場所」

## 【シーン1:宴会のあと】

 

紅魔館の大広間は、ようやく静かになり始めていた。

 

長いテーブルには空いた皿が並び、グラスがあちこちに置かれている。キャンドルの火が半分ほど消えて、残った灯りが赤い壁をぼんやり照らしていた。

 

霊夢は椅子にもたれたまま眠っていた。湯呑みを持ったまま器用に寝ている。魔理沙は机に突っ伏して、帽子が半分ずり落ちていた。美鈴は壁際で立ったままうとうとしている。門番の習性なのか、座らずに寝ていた。フランはソファの上で丸くなって、規則正しい寝息を立てている。

 

咲夜だけが静かに皿を下げていて、パチュリーは隅の椅子で本を開いていた。ただ、ページはさっきから進んでいない。

 

タカは少し離れた場所で、一人お茶を飲んでいた。

 

「みんな寝ちゃいましたね」

 

「騒ぎすぎたのよ。人間は体が正直ね」

 

いつの間にか、レミリアが隣に立っていた。

 

「レミリアさんは眠くないんですか?」

 

「夜よ? 吸血鬼にとっては今からが本番だわ」

 

「あ、そうでした」

 

レミリアは少し笑った。それから、タカをじっと見た。

 

「少し私に付き合いなさい」

 

「はい? どこにですか」

 

「静かな場所。いいから来なさい」

 

タカは湯呑みを置いて、少し迷ってから立ち上がった。

 

その様子を、少し離れた椅子で妖夢が見ていた。目を閉じて眠っているように見えた。でも、目だけがうっすら開いていた。

 

タカとレミリアが大広間を出ていく。妖夢は数秒待ってから、音を立てずに立ち上がった。

 

咲夜だけがそれに気付いた。皿を持ったまま、妖夢と目が合う。咲夜は何も言わなかった。ただ、少しだけ微笑んだ。

 

妖夢は気配を消して、二人の後を追った。

 

---

 

## 【シーン2:紅魔館のバルコニー】

 

バルコニーには、夜風が静かに吹いていた。

 

空には月が浮かんでいる。眼下には霧の湖が広がっていて、月明かりが水面に細く反射していた。遠くから、大広間の名残のような物音がかすかに聞こえる。

 

レミリアは手すりに寄りかかって、月を見上げた。

 

「静かでしょう。ここ、気に入っているの」

 

「良い場所ですね。湖まで見えるんですね」

 

少し沈黙があった。夜風が二人の間を通り抜けていく。

 

「あの日ね」とレミリアが月を見たまま言った。「死んだと思ったわ」

 

「レミリアさんが、ですか?」

 

レミリアは首を横に振った。

 

「貴方よ。永遠亭で話を聞いた時、本当に助からないと思った。血を失いすぎていた。骨も神経も粉々で、右腕は壊れていたわ」

 

レミリアはタカに目を向けた。

 

「それなのに今、普通に立って、お茶なんて飲んでいる」

 

「永琳先生のおかげです」

 

「それだけじゃないわ。あの状態から戻ってくるのは、本人がしぶとくないと無理よ」

 

「しぶといって、霊夢さんにも言われました」

 

「でしょうね。誰が見てもそうだもの」

 

少しだけ、空気が柔らかくなった。レミリアは手すりから体を起こして、タカに向き直った。

 

「それで、本題だけれど」

 

「はい」

 

「紅魔館に住みなさい」

 

「……はい?」

 

タカは目を丸くした。レミリアは真面目な顔のまま続けた。

 

「部屋なら余っているわ。食事も出る。金銭面でも困らせない。咲夜もいるから生活の心配もない」

 

「咲夜さんの仕事が増えるだけでは……」

 

「そこは咲夜だから大丈夫よ」

 

「それ、理由になってます?」

 

「なっているわ。咲夜は完璧だもの」

 

レミリアはそこで少しだけ目を伏せた。声のトーンが変わった。

 

「……私の罪滅ぼしよ。貴方を殺しかけた。私とフランがね。生きているのは結果論で、やったことは消えない。だから、それくらいはさせなさい」

 

タカは何も言えなくなった。月明かりの下で、レミリアの横顔がいつもより幼く見えた。

 

その時だった。

 

「絶対、駄目です!」

 

きっぱりとした声が背後から響いた。

 

「妖夢さん!?」

 

妖夢が柱の陰から出てきた。

 

「いつからいたんですか?」

 

「つい先ほどです」

 

「嘘ね」とレミリアが笑った。「最初からいたでしょう。気配は消せていたけれど、出てくるタイミングが早すぎるわよ」

 

「……念のためです!」

 

「いたんですね、最初から」

 

妖夢は答えずに、レミリアの正面に立った。

 

「それで、何が駄目なの?」とレミリアが楽しそうに聞いた。

 

「紅魔館に住む必要はありません。白玉楼にも部屋はあります。剣術の鍛錬も毎日できます」

 

「え?」とタカが目を丸くした。

 

「あら、対抗するのね」レミリアの目が輝いた。「紅魔館だって広いわよ」

 

「白玉楼も広いです!」

 

「食事も豪華よ。咲夜の料理は幻想郷一だわ」

 

「私も作れます。幽々子様に鍛えられていますから!」

 

「だ、そうよ。庭師の手料理ですって」

 

「何か問題でも?」

 

「別に、何も言わないわ」

 

タカは二人の間で、完全に置いていかれていた。

 

「フランも喜ぶわ」

 

「幽々子様も会いたがっています」

 

「美鈴もいる」

 

「私もいます」

 

「紅魔館よ」

 

「白玉楼です!」

 

「紅魔館に決まってるわ」

 

「白玉楼しかないです!」

 

「あの……」

 

「紅魔館よ」

 

「白玉楼です!!」

 

「聞いてます? ……僕の話」

 

二人は聞いていなかった。月明かりの下、まるで子供の言い合いみたいに一歩も引かずに睨み合っている。

 

しばらく続いた後、レミリアが先にため息をついた。

 

「……馬鹿らしいわね、これ」

 

「え?」と妖夢が拍子抜けした顔をした。

 

「決めるのは私達じゃないわ」レミリアはタカを見た。「あなたよ。紅魔館に来るか、白玉楼に来るか、神社に残るか、他の場所へ行くか。決めるのはタカ本人よ」

 

妖夢は少し黙った。さっきまでの勢いが消えて、静かな顔になった。

 

「……そうですね。その通りです」

 

タカは月を見上げた。

 

紅魔館。白玉楼。博麗神社。どこも、もう他人事ではない場所になっていた。それが不思議で、少し嬉しくて、だからこそ簡単には選べなかった。

 

「少し、考えさせてください」

 

「そう。急がなくていいわ」とレミリア。

 

「それでいいと思います。ただし、考えている間も無茶はしないでくださいね!」と妖夢。

 

「それは同意ね」

 

「そこだけは即一致するんですね、お二人……」

 

「良いじゃない」

 

「当然です!」

 

タカは苦笑いするしかなかった。

 

---

 

## 【シーン3:相談】

 

翌日の博麗神社。

 

縁側に朝の光が差していて、風が心地よかった。タカは霊夢と魔理沙に昨夜のことを話していた。霊夢はお茶を飲みながら、魔理沙は団子を頬張りながら聞いていた。

 

「へぇ、紅魔館に住めって」と霊夢。

 

「白玉楼にも誘われたのか。人気者だな!私が代わりに行こうか!」と魔理沙が団子を飲み込んだ。

 

「笑い事じゃないですよ。あの後もずっと言い合いしてたんですから」

 

霊夢が湯呑みを置いた。

 

「ちょうどいいじゃない。神社の居候じゃなくなるのね」

 

「追い出す気ですか!?」

 

「別に? 食費は減るけど」

 

「それが本音か!」と魔理沙が笑った。

 

「半分くらいわね」

 

「半分もあるんですね……」

 

霊夢は少し笑った。でもその後の声は、少しだけ真面目だった。

 

「まあ、好きにしなさい。あんたの人生でしょ」

 

「霊夢さんは、どこがいいと思います?」

 

「知らないわよ!私に振らないで」

 

「即答ですね」

 

「私が決めることじゃないもの。あんたが決めて、あんたが住むのよ」

 

「珍しく正論だな」と魔理沙。

 

「珍しくは余計よ」

 

魔理沙は団子の串を置いて、タカを見た。

 

「まあ、どこにいても結局お前はお前だろ。紅魔館にいても、白玉楼にいても、神社にいても、面倒事には巻き込まれる。それは保証するぜ!」

 

「保証しないでください……そこは」

 

「変わらないわね、確かに」と霊夢。

 

「嬉しくないです……」

 

霊夢が笑った。

 

「でも、面白いじゃない。二ヶ所から取り合いされる居候なんて、幻想郷でもあんたくらいよ」

 

「完全に面白がってますよね」

 

「当然よ!こんな面白いこと、なかなかないもの」

 

「こんな面白いこと、なかなかないからな!」と魔理沙。

 

「相談相手を間違えました」

 

「でも、少しは答えに近づいたでしょ」と霊夢がお茶をすすった。

 

タカは少し黙ってから、頷いた。

 

「……少しだけ」

 

「ならいいじゃないの」

 

---

 

## 【シーン4:毎日来る二人】

 

それからしばらく、博麗神社には新しい日常ができた。

 

昼頃になると、レミリアが来る。

 

「来たわよ。タカ」

 

「こんにちは。すぐにお茶淹れますね」

 

少し遅れて、妖夢も来る。

 

「おはようございます。修行の確認に来ました」

 

「あら、庭師さんも来たのね」とレミリアが振り返った。

 

「毎日、私と稽古するんですから。……あなたは来なくても良いんですよ。レミリアさん」

 

「暇だっただけよ。庭師さんには関係ないわ」

 

「紅魔館って暇なんですね!」

 

「何が悪いのよ?庭師さん」

 

二人が睨み合う。タカはお茶を三つ淹れながらため息をついた。

 

「また始まりましたね……」

 

縁側では霊夢がお茶を飲みながら眺めていて、魔理沙が団子を食べながら笑っていた。

 

「今日も面白いわね。団子も美味しくなるわ」

 

「だな。こんなこと、ここでしか見られないしな」

 

「紅魔館なら部屋も準備済みよ」とレミリアが再開した。

 

「白玉楼にも用意してあります!」と妖夢がすかさず返した。

 

「咲夜の料理は美味しいわよ」

 

「私も毎食作れます!」

 

「フランが遊びたがっているわ」

 

「幽々子様も会いたがっています!」

 

「あの、僕まだ決めてないですからね」

 

「だから待っているのよ」とレミリア。

 

「そうです!待っています!」と妖夢。

 

「待ってる人の会話じゃないんですよ、これ」

 

霊夢が吹き出した。

 

「もう、さっさと決めたら?」

 

「簡単に言わないでくださいよ。霊夢さん」

 

「簡単じゃないから面白いんじゃないの」

 

「僕で楽しまないで下さい!」

 

「知らないわよ。私には関係ないもの」

 

---

 

## 【シーン5:夕方】

 

夕方になって、レミリアも妖夢も帰った後。

 

博麗神社は静かになっていた。夕焼けが石畳を橙色に染めて、軒先の鈴がたまに小さく鳴る。タカは一人、縁側に座っていた。

 

頭の中に、それぞれの場所が浮かんだ。

 

紅魔館。赤い壁と、賑やかな住人たち。レミリアの「罪滅ぼしよ」という声。月明かりのバルコニー。

 

白玉楼。満開の桜と、静かな庭。妖夢との毎日の稽古。幽々子様のマイペースな笑顔。

 

博麗神社。この縁側。霊夢のお茶。魔理沙の団子。最初に受け入れてくれた場所。

 

どこへ行くか。どこに住むか。

 

それは、ただの場所の話ではない気がした。

 

「僕は……どこにいたいんだろう……はあ……」

 

答えはまだ出なかった。でも、考えなければいけない。自分で決めなければいけない。レミリアの言った通り、決めるのは自分なのだから。

 

夕方の風が、静かに神社を通り抜けていった。




お読みいただきありがとうございます
感想や評価は頂けたら幸いです
誤字脱字の報告も助かります
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。